本当にありがとうございます...
言葉が足りなくて申し訳ないです、とても嬉しいです、ずっとありがとうございます...!
私の桐島とアメリアはどうなるの?
私が死んだら彼と彼女は誰が覚えているの?
きついなあ
もう生きていたくない
とてもつらい
作品を描こうとするたび
また求められないんじゃないかって
フラッシュバックがひどい
涙が止まらなくて筆も握れない
立ち直ろうとしているのに
萎縮した脳みそと壊れた心ってどうすれば良いのですか?
自分の作品が消されて
私の存在も何もかもこの世から無くなって
全てが消えても
悲しい
言葉は人の心に一生の傷を残す
自分のアカウントを何度も消して私も命を終わらせようとしましたがそうすると彼と彼女が生きた証が残せないのでそれは出来ないのです。私が、彼と彼女を消してしまうと、この世に私が生きて融国を描こうとした記録が無くなってしまうので
早く死にますように私が
こんな思いをするくらいなら
もう2度とこの世に生まれませんように
なんで生まれてきちゃったかな
私が作りたいものは好きな人に求められないし望まれなかったのに
私が死のうと思ったこともきっと馬鹿らしいのでしょう
信じたい人が信じられなくなることが続き
心がずっと苦しくて
私も私が嫌になって、もう生きていたくないなと思う出来事ばかりです
私といえるものはもう残っていないのかもしれない
終わらせたいですこの夢を
去年は特に何度も終わらせようと思いました
それでも立ちあがろうとしたのですが
早く終わらせないと
立ち直って、創作を終わらせないと、私は一生惨めなままだ
どうして昔から私と私の作品は「踏み台」としての扱いしか受けないのかな...。
どうせ私が死ぬまでの呟きですのでまた何かぼやいてるなという認識で差し支えないです。あまり良くないことなのですが。信じられる人が周囲にいないのでもう終わりに向けて走るしかない。
私はどうすれば良かったの?
早く私がしにますように
これ以上、自分と自分の作品が惨めになる選択はしない方が良い
抑えが効かなくなってきている。限界が近いので、晩年を意識してどんどんおかしくなっているのだろうな。
現実の金閣寺なんて見ない方がいいですからね
自分が絶対だと信じていたものや、神聖視していたもの、尊敬と憧れ、理想と夢を仮託していた存在の消失
自分の人生の『幼少期編』が終わって『社会人編』が始まった実感がここ2年ほどある。
高校生くらいまではまだ『幼少期編』だった
(前向きな方向で)人生が大きく変わる出来事があったとして、それに応じるべき言葉がいまだ自分の中で形を結ばず、人生そのものが宙づりになっている、そんな感触があります。
本来なら自分の意思によって、自らの思考で選び取るべき局面のはずなのに、考えるべきところをうまく掴めないまま立ち止まってしまっているんです。
ありがとう!
私みたいに土下座して浪人せずとも内部進学や推薦で大学に入った人間の方が要領よく生きていて世間に求められて望まれてずっと予後良いの泣いてしまう。直近で当時を思い出す出来事がありまして、連鎖的に負の感情が膨れ上がってしまうのがよろしくないね...。
俺の前の前でそれらを自慢したら躊躇なくぶち転がしてやるからな、という鋼鉄の意志で今日も舌打ちしながら頭を打ちつけている。
文フリに参加して熱意のあるイベントはやはりいいなあと思いました
私は今までの出来事や決定的な致命傷のために30歳から先の残りの人生をいきるつもりがないし、創作についても気力的に「命をかけて挑戦する」ことはもう数えるくらいしか出来ないのかな、と思います。残り滓のような本は出したくないので、来年夏の楯アメが最後かも。
難しいですね。せめて本編を完成させてから全て終わらせたいものですが...。
来年夏コミが本番で、もし都合が合えば来年コミティア(秋)にも楯アメ本を持っていくかもしれないです!