来月末開催の読書会資料を準備していると、すっかり忘れていた、10年前のゼロ年代批評に対する疑義がムラムラと蘇ってくるから面白い。
23.02.2026 10:22 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0来月末開催の読書会資料を準備していると、すっかり忘れていた、10年前のゼロ年代批評に対する疑義がムラムラと蘇ってくるから面白い。
23.02.2026 10:22 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0身体論。系譜の交通整理が不十分なので、先行世代の問題点や、陥りやすいパターンの回避が意識されているのか、気になる。
28.01.2026 03:16 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0ブギーポップ版の「ニュルンベルクのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲」を数年ぶりに聴いているが、未だに鳥肌が立つので感性は錆びてないようだ。
25.01.2026 02:32 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0今年は、これまでと研究対象は変えずに、戦争表象に目を向けていくのをメインの読書ラインとする方針。趣味では現在進行形の文学と、世界像関連で明治文学を読んでいきたい。
04.01.2026 06:41 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0数か月、研究関連の書籍を読み続けていたので、今日・明日は全く無関係の小説を読むと決めて、町屋良平『ほんのこども』を読みました。好みはともかくテンコ盛りで、簡単には咀嚼できないが気になる思考を残してくれました。素朴にゲルハルト・リヒター展の図録、都筑道夫『猫の舌に釘をうて』、中村真一郎『死の影の下に』を読み返したくなりました。が、青木淳悟『四十日と四十夜のメルヘン』を読みます。
28.12.2025 14:25 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0「創作者たちによる世界像」で対象とする人々のリストアップをはじめた。批評でやれば終わるだろうが、研究としてやる。完遂せずに人生が終わる予感。
19.12.2025 12:57 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0セカイ系の系譜ではなく、想像的な世界像の系譜を。
17.12.2025 13:56 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
セカイ系に共鳴する思考をゼロ年代以前にはるか遡ることに関心をもつクチだが、例えば渡邉大輔『セカイ系入門』における文学史への接続に魅力を感じる人は実際どの程度いるのだろうか。
『セカイ系入門』の読書会をしたいと思ったときもあるが、一般と関心がずれすぎているので自重している。
切通理作の体感では、抑圧する装置としての学校、学問、学習がセカイ系的な感性を生み出す土壌であったと思われる。
28.11.2025 03:31 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0現状、冷戦下日本を扱うこと自体が人々に新しさを感じさせているということもあるのだろうが、落ち着いたら実際の「冷戦下日本」と異なるところにも議論が向うといいですね。
16.11.2025 11:46 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0昨日、読書会にて『GQuuuuuuX』についての分析や、関係者の発言から、太平洋戦争乃至第二次世界大戦ではなく、冷戦下日本の状況が扱われていることの意義が注目されている、と聞いた。素朴に、その視点において『Gガンダム』や『水星の魔女』と『GQuuuuuuX』とを比較する人はいるのかしら、と思った。
16.11.2025 11:43 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0既視感の理由を思い出せずにいたのだが、スチュアート・ヒューズ『意識と社会』である程度整理されている議論でしたね。
28.09.2025 11:46 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0本日、美術館の展示に出てきたガブリエル・タルドの議論を眺めていて、以上のようなことを考えた。その後ちょいと調べて、類似の発見をイメージの発見と結びつける、という発想も関連付けるのであればエドマンド・バーク『崇高と美の観念の起原』にも遡れることも知る。似たような言説が多すぎて、メルロ=ポンティを百科全書的な哲学者じゃない、と語った廣松渉の言葉の重みを感じます。
27.09.2025 14:58 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0ここしばらくメルロ=ポンティ関連の著作を読み進めている。同時代の状況を知ることができて面白いのだが、およそメルロ=ポンティのよい読者ではないのだろうと思う。偶然、生理学・心理学関連の同時代状況を知っていたために、メルロ=ポンティの人間の内外をとりまくシステムをいかに包括的に把握するのか、という問題意識に同時代性を感じてしまうからだ。勿論、この発想には飛躍がある。個々の人物かいかなる疑問に思索を巡らせてきたかを精査せねばいけないし、一概に同じだと談じてしまうのは怪しい。危うい飛躍に陥らないように自らを律していかねばならないわけで、思想史家や哲学史家の方々の苦労を実感した次第。
27.09.2025 14:52 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0日本民藝館、というか民藝の多くの人々は落合陽一をどのように捉えているのだろうか。
25.09.2025 14:05 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0現代をポストモダンといったり、ポストモダン以後の混沌と語る方々が、社会のもろもろを説明するのにあるタームによる二分法で済ませてしまうのはなぜなのか。それが三つや四つになろうと数えられるもので説明して混沌といえるのだろうか。二分法じゃないと人間は理解しにくいという事情はありますが、たとえたたき台の議論だとしても、疑問を抱くことはないのだろうか。
30.08.2025 10:00 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0切通理作によるセカイの風景についての語りを、彼の山田洋次論と合わせて考えるとどうだろうか。
22.08.2025 10:14 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0『セカイ系入門』、読んだら読書会をしたくなる予感があります。
22.08.2025 09:41 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0読者は、批評をプロレスと格闘技、どちらとして受容しているのだろうか。U系という筋もあるのかもしれないけど、ふと気になったこと。
21.08.2025 09:27 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0新法ができて、出版社がライターに対して注文書を事前に送付するなど、これまでなあなあにされてきたことが改善されているのはいいのだけど、物価上昇率に対して単価が据え置きという肝腎の部分がまったく改善されていないので、絵に描いた餅にしかなっていない。改善しなくちゃいけないのはまずそこ。
19.08.2025 02:29 — 👍 19 🔁 7 💬 0 📌 0『ブギーポップ・ナイトメア 悪夢と踊るな子供たち』を読む。『VSイマジネーター』から一歩進んだ問題を扱っているのもあるが、「ブギーポップ」シリーズがはじまって四半世紀、その描き方から作者が成長による変化を明確に与えようとしているのが織機綺なのではないか。
17.08.2025 23:10 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0メルロ=ポンティ、戦前の心理学・生理学の動向を知っていると、同時代を並走していることがよくわかる。入門書でもゲシュタルト心理学や精神分析とのかかわりが指摘されているが、身体図式も行動主義・新行動主義心理学からすれば条件付けといわれそうである。
08.08.2025 13:39 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0問題発言で注目を集める集団を批判することが、かえって注目を集める原因となるのだ、という意見はわかる。が、戯言として暴論を批判してこなかったことへの反省から動いているパターンもあるし、暴論を垂れ流しにしてはいけまい。なのでこの手の意見には、過去への反省をどうとらえているのか疑問がある。
19.07.2025 03:31 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0笹沢左保が忘れられた作家として語られているのを耳にしたのだが、『木枯し紋次郎』は懐かしのドラマで良く紹介されるし、「東西ミステリーベスト100」や『有栖川有栖の密室大図鑑』にも名前が出てくる。近年も東京創元社、徳間書店から文庫が複数出てますし、単純に普段触れているジャンルが異なるだけなのではないかと感じた。
28.06.2025 02:15 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0ジークアクス、個人的に気になるのは、正史から新たなる足場を作る実践として、グリッサンらクレオールの想像力とどこまで肉薄しているのか、ですね。
24.06.2025 22:29 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0ゴジラ関連から「免責のプロトコル」(byてらまっとさん)を検討することになりそうだ。
23.06.2025 14:17 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0岡本太郎の縄文への関心と、落合陽一の神道への結び付き、さらに高山市の民芸館に落合の社があることは繋がっていくのかな。
20.06.2025 02:12 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0回ってきた落合陽一のパビリオン映像を観たが、タローマンとセットだとより面白そうだ。
20.06.2025 02:10 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0考察させられることと、踊らされることとの差異を検討するころになってるのかな。
20.06.2025 00:17 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0実存的なためらいに対して構図的な議論を要求する(ように見える)やり取りを聞いていると、論では語り落されるものの発生に立ち会っているようであった。
15.06.2025 08:05 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0