宿儺が宇宙でただ一人の存在でなければ、伏黒が宿儺に何か感情を持つこともなかっただろう。純度の低い孤独なら、宿儺を特別な一人にすることも無かった。
そうして都合よく宿儺を孤独にして、都合よくその言葉を受け取った。宿儺にとって有象無象の一人だったからこそ。一方的な認識だからこそ。
宿儺はカルシウム入りのウエハースを開封して、中身を一つだけこちらに寄越した。
意外と他者の存在を宿儺は視界に入れている。自分はあまり、人を見る目がないみたいだ。
「だから……オマエが他のいかなる人間にも興味を抱かないんだったら、あるいは」
「強欲だな」
言いながら変な顔をした。ウエハースが歯の裏に張り付いたのだろう。また冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。思い出したように戸棚を漁りミロを溶かす。
津美紀は怪我をして帰る弟のために、よくわからないなりに気遣ってくれていた。ウエハースもミロも、自分が買ったものではなかった。
宿儺の手つきはどうも辿々しい。味は、許せなくもなさそうな印象だ。
「オマエは無自覚かと思っていた」
「そうだな」
無自覚だった。自分のことを知らなかった。
宿儺は幼子のするように――かどうかは分からないがミロにウエハースを浸して口に運んでいる。それはそんなに美味しくない。津美紀は好きだったようだが。
伏黒は座卓に肘をついた。
伏黒は肉体に沈められ、宿儺の中で虎杖の精神に触れるまで、公平であろうとなんて思っていなかった。公平さを騙った不平等に憤っていた。だから、自分以外の他者が優しく公平で善であるならば、その人を贔屓して助けたいと思っていた。
今は視界に入らない存在が多い狭量で傲慢な考え方だったと思う。狭量さを自覚しているつもりで、見誤っていた。むしろ謙虚に近い狭量さだと、無自覚に思っていた。
ただ自分の好きな人間をそういうふうに見ていたに過ぎず、また都合の良い人間を好きになっていたに過ぎない。そして好きな人間以外に、無関心だった。
事実、五条の呪術界改革には及び腰であったしそれを掲げる五条を善と評価しようとしなかった。ただ無関心だった。
「オマエが貪欲で世界を呪っていて、我を通そうとしているのは、俺にとって面白かった」
「大した関心はない癖に」
「そうでもないぞ?」
「嬉しくもない」
「別にいいが」
「けど、そうやって――他人を面白いと言えるだけ、俺よりは社会的な存在だったんだろうな」
ただ、好きな人間が――津美紀が世界の全てだった。
この部屋で過ごした暖かい空気が。彼女の心配りと優しさの一つ一つ。喧嘩も何気ない雑談もひとりごとも、何もかもを含んだ彼女との全てが、伏黒の世界の全てだった。他に何も無かった。
「そうかオマエは……裏梅に似ている」
それはどうだろうか。伏黒はただただ宿儺にひたむきな随伴の術師を思い浮かべた。彼女?が自分に似ているのか、または津美紀に似ているのか。
宿儺は考えごとにぼんやりしながらもバリバリと袋を開けては口へ運んだ。
宿儺を憎む気持ちはある。しかし虎杖の言葉がそれを昇華させる。生まれ落ちた時から自分ではどうしようもない業を背負っていた。周囲を呪って、蔑ろにして、疎んじていた。その中で大事だと思っていたのに、大切にしてくれたのに、結局津美紀と最後に交わした言葉も何だったか覚えていない。
洗い物よろしくね、かもしれない。洗濯物畳んどいてね、かも。今日は五条さんのあるの?とか。思えば津美紀は、五条の支援の理由を問わなかった。率先して家事をしてくれた。見よう見まねで料理を学んで教えてくれた。買い込んだチーズやミロやカルシウムウエハース、魚中心の食事、薬味を欠かさない冷蔵庫。意味もわからず他人を傷つけ不機嫌を撒き散らす弟を叱るのは、怖かっただろう。
津美紀の幸せを願っていた。大切に思っていた。でも、大切にし続けることは怠ってしまった。
後悔は、本人には届かないままで、だからこそ今気づいた。
この結果を憎んでいる。
けれど津美紀をこれほど惜しんでいるのは、彼女を失った後の自分だ。
だから、失ってから惜しむ自分と、あの裏梅とを比べるのは、彼女に失礼だ。ずっと宿儺を陰日向に大切にしてきたのだろうから。
そう思えば、両面宿儺が伏黒恵と同じ葛藤を過ごすのは、これからかもしれなかった。
「宿儺」
別にウエハースの上下を割って食べるのを見せたいわけではないのだが、宿儺は伏黒の手元を見て倣った。術式を使ってもいないのに、割るのが妙に器用だった。
「もしも選べたら、だけど……来世は猫とかがいいと思う」
「なぜ?オマエは犬派だろう?」
「気分気儘に、慈しまれて過ごしてもいいし、気高く自立して生きるのも、似合ってる」
食べ物を咀嚼しながらするような話ではないのだが、宿儺は気にせず「猫か」と頷いている。
湿ったウエハースが歯に張り付いた。
立ち上がって窓を少し引く。猫が通れる大きさは、どのくらいだろうか、と少し思い描く。きっと大きな猫になるだろう。
風がひゅうと吹き込んだ。
「美味い物を用意しておけよ」
わかった。2匹分――
答え終わる前に、背後の気配はフンと猫の鼻息を残して、消えていた。
ページ数間違いすぎじゃない?
『猫を飼ったら名前はつけずに』3/3
22.11.2024 03:54 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
茶葉はかろうじてあった。急須は茶渋が普通についている。何もかも、懐かしい暖かさだ。宿儺には、五条に出すのと同じ湯呑みで茶を淹れた。
宿儺に憎しみを感じないわけではない。けれど、今はどこか、親近感めいた気持ちがある。以前は神話や伝承じみた遠さだった。今はもう少し自分に近い。
親近感なんて、そんなものを寄せられても宿儺は困ってしまうだろうが。
「羊羹が食べてみたいな。とらやという屋号の店の」
「ない。ベビーチーズならあった」
「なぜ羊羹とそれを並べようと思える?それを出せば俺をもてなせるとでも?」
「大げさだな」
ちゃぶ台にならべたとりあえずの茶と菓子がわりのベビーチーズを、宿儺がのそりと手に取った。銀紙を剥がす姿を見ると、現世を楽しんでいたように見えなくもないのに、と伏黒は考える。
けれど反面、想像できる気もした。
生まれ落ちた世界を、境遇を、呪う自分に振り回されて生きてきた。自分の立場の弱さ、簡単に他人に左右される存在の軽さ、自分と自分の大事にしたいものを、踏み荒らされ損なわれ無きものとして扱われることに、どれだけ苛立ち憤ってきたことか。それが転じて、他人や社会に対して無関心で、極端に身内びいきになる思考や振る舞いに変化していくその過程まで。
そんな自分のことを宿儺には理解できたんじゃないか。理解できる宿儺を予測できるぐらいには、ひと月半という時間は長かった。
「他人のために生きると言ったが」
宿儺はチーズを少し嗅いで口に運んだ。
「俺のために生きればよかったろう?」
「虎杖が、オマエと生きようとしてただろ」
「変な風味だな」
醍醐とか蘇とか呼ばれていたものが平安にはあったはずだが、チーズとはまた違うのだろうか。バターに近いんだったか。そもそも、手のかかる乳製品が貴族以外の手に渡るイメージもないか。
伏黒は少し気まずく、茶を啜った。
宿儺は自らを「忌子」と言っていた。貧相な想像力で思い巡らすには気が咎める単語だ。しかし、世界を呪ってきたその生き方を後悔することもなかった、と想像した。あくまで伏黒が宿儺を理解するには手に余るものの、ただ一方的な親近感の産物としての「想像」である。
虎杖に手を差し伸べられてそれを取らなかったのは、伏黒が五条の厚意を喜ばなかったことと似た性質があるんじゃないか、という気がしていた。
津美紀のことや父親のこと、血筋の事情を口実にしてデリカシーなく踏み込んでくる五条を、感謝とは別にうんざりしていた。もちろん五条がそういう人間であることは受容している。嫌いなわけではない。昔も今も。
ただし、五条をあらゆる面で「持っている人」であると見做していて、振りかざされる厚意や温情を気障りに思う自分がいた。
ひいては五条個人に対してではない、ただ自分や津美紀がここに存在しありのままでいる事を許さない社会や他人、状態そのものを、呪ってもいた。呪っていたのだ。
五条は悪くない。五条への感謝は言うまでもない。それでも半ば反抗のつもりでこのボロアパートでの生活を堅持してきた。そんな伏黒である。
だから伏黒は、自分が虎杖と生きたいからといって、宿儺が彼の慈悲めいた振る舞いを厭う気持ちを否定する筋合いはなかった。
「不躾だった」
「別にいいが」
チーズを出すなら牛乳の方が良かったのでは、と言う宿儺に、客人に牛乳は出さないんじゃないか、とよく知りもしない付け焼き刃の常識を説く。なんとなくこの間抜けな会話が楽しいような気もする。本当に話したいことは、もう話さなくてもいいような気になる。
「俺はオマエを必要としていたが、オマエと生きたいわけじゃなかった。オマエはオマエが俺の一番であれば、誘いを受けたか?」
受けなかっただろう。宿儺は伏黒の一番ではないから。
宿儺が伏黒の一番になり得るとしたら。津美紀や、虎杖や、五条や釘崎や先輩たちを超えて一番になるとしたら。
「結局俺は、俺にとって都合のいい人間しか一番にしない」
「俺では都合が悪いか?」
「オマエが――」
宿儺が立ち上がった。数歩先の冷蔵庫を空けて少し振り返る。別に遮ったわけでは無かったらしい。次々に戸棚を開く宿儺の背中は、語りかけるのにちょうど良い夕暮れの陰影だった。
「オマエが俺にかけた言葉で、俺は自分自身に期待をしたことが、ある」
誰に激励されても、誰に褒められても。自分が強いとも、自分が優秀とも、恵まれているとも思えなかった。
宝の持ち腐れ。
親から売られて、身に負った呪いの力により自由や選択を奪われて、人質を取られて、呪術師になった。ただ五条の施しによって成り立つ自分と津美紀。自分とはそういう価値の存在なのだとこびりついた思考が、他人の言葉を通りにくくしていた。他者とは、思惑があって自分に接するものなのだと。
「オマエがオマエ以外の何者にも忖度したり肩入れしたりしない、そんな義理も感情も関係性も持たないと感じていたから、オマエを信じた」
『猫を飼ったら名前はつけずに』1/3
ページ数間違えてました。
22.11.2024 03:51 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
表紙
[chapter:猫を飼ったら名前は付けずに]
「もうオマエに興味などないのだが、一応聞いてやろう」
「すまん」
言いながら伏黒はすでに気が引けていた。宿儺は見知らぬ禪院家の顔立ちで呆れたような面白がるような、そんな毒のない表情で気怠く重心を傾げて立っている。
もう毒も未練も無い。伏黒は分かっていた。
「生まれ変わったら、どうしたい?」
「オマエ達の考え方では、徳を積まねば人に生まれ変わることはないのだろう?」
「聞いたことはあるけど、別に俺がそう考えてるわけじゃない」
「そうか」
そんなことが話したいわけではなかった。宿儺も分かっているようだし、伏黒の方も彼に伝わる前提でいる。
今伏黒は、ただ宿儺に話しかけたいだけだった。
「ずいぶんと、懐かしい趣の家だな」
「アンタでも言葉を選ぶのか」
見上げれば、赤く燃え立つ夕陽を受ける自宅が――津美紀と共に暮らしていたあのボロアパートがある。洗濯物を取り込んだばかりのような窓枠の隙間。最低限の見栄すらない建材で建てられ、歴年の風雨が壁のシミやポストの錆となり重々しく築年数を主張している。
ここが、自分の生得領域なのだ、と伏黒はなんとなく感慨深い。
生得領域というのは不思議なものだ。「生得」とあるものの、実際は生まれ落ちた時に得たものがそのまま保持されるわけではない。
伏黒の場合は津美紀と共に両親の戻りを待ったこの小さなアパートがそうなのだ。
「成長過程で自分を構成する出来事が基礎となり形が決まっていくのだろう」と、虎杖はもっと下手な日本語で分析しながら、彼の広大で清々しいそこを案内してくれた。
話が逸れた。ボロアパートの手に馴染んだドアを引く。
「――よければ、中へドウゾ」
「招かれてやろう」
今伏黒は、両面宿儺に話しかけたいのだ。
しかし宿儺は文句ともなんともつかない言い回しでぶつぶつと伏黒に文句を垂れる。
「平安の世でもこの程度の家はあったぞ。千年経っても、雨風を凌げるだけの粗末な家がまだ残っていようとは」
もう少しはマシじゃないか、と伏黒はム、とした。電気は通っているし、ガスもこう見えて都市ガスだし、トイレは水洗だ。平安と比べられるとは心外である。
「五条悟が用意した家に移れば良かったものを」
そういえば宿儺は丹念に記憶を取り込んだのだった。聞かん気なガキの意地だと思われているだろうか。五条の厚意は、常識的には過分な計らいだったのに。
「アンタならそうしたか?」
「いや、しないな。五条悟の態度は鼻につく」
宿儺ならおそらく勝手に実力行使でどこかを占拠するのだろう、と伏黒は思った。
勝手に居間に寝転がる姿は若き日の五条を彷彿とさせる。肉体を共有した宿儺が知らぬはずはないのに、自分を棚上げして口を歪ませるのが面白い。それを素でやっている。今はなんとなく、わかる。
「先生のこと気に入ってるかと」
「強さと人柄は別だ」
冷蔵庫には牛乳が入っていた。生得領域の牛乳?、と一瞬考えたが、たぶんそもそも客人に牛乳は出さない。残り2センチの麦茶の犯人は自分か津美紀か、それとも五条か。
出すものがないので湯を沸かした。
「コーヒーでいいか」
「茶がいい」
『猫を飼ったら名前はつけずに』(宿伏)1/4
www.pixiv.net/novel/show.p...
pixivにもアップしました。
生得領域でウエハース食べる宿伏。
22.11.2024 03:47 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0
ついったには書いたことだけど…
伏黒は津美紀がいない2018年の12月を過ごしたこと、これからの12月も最後に一緒に過ごした12月を思うんだろうな
思い出せないことを思うかもしれん
15.11.2024 10:58 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
戻らない十六歳の十二月、十七からはずっと祝うよ
いや別に、オマエ居るしさ。爺ちゃんが居ない3月初めてなだけ
虎伏短歌練習中
誕生日にまつわるいたふし
15.11.2024 09:30 — 👍 6 🔁 0 💬 1 📌 0
寝て起きて人間のような事をするただの7月オマエはいない
呪術短歌 虎伏の7月
11.11.2024 16:21 — 👍 7 🔁 0 💬 0 📌 0
さざれ石ほども残らぬ人々と渋谷悪意はただの行きずり
呪術短歌 宿儺と渋谷事変
11.11.2024 16:20 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
書き忘れましたが、続きがあります。
267話を見て書きました。
01.09.2024 09:48 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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『3月20日山羊座の運勢は、』3
01.09.2024 07:34 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
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『3月20日山羊座の運勢は、』2
01.09.2024 07:33 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
タイトル画像
pixivに全文アップしています。pixivへのリンクはこのポストに貼り付けておきます。
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『3月20日山羊座の運勢は、』(虎伏)
誕生日にまつわるお話&一部未来IF
途中暗いけど一応ハッピーエンドです。
pixivに全文アップしています。
www.pixiv.net/novel/show.p...
01.09.2024 07:30 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0
二次創作小説の表紙 タイトル『とうひこう』
音楽アプリのプレイ画面風デザイン。
www.pixiv.net/novel/show.p...
『とうひこう』(虎伏)
pixivに2022年12月発行 虎伏 逃避行アンソロジー寄稿作品を再録しました。
本誌展開を受けて、二人の前途を願う気持ちをバリバリに込めた二次創作です。
31.07.2024 15:32 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0
「なに」
「楽しそうな顔してねぇじゃん」
「うるせえ」
でも、楽しいんだ。伏黒は。
実のところ、俺もテレビをさほど面白いとは思っていない。さっきの人気のスポット情報や映え情報も俺の興味ではないし、趣味でもない。さほど目新しいこともなく、好みにもあってない。
彼女には興味があったはずだった。デートスポット、美味しいもの、たくさんの楽しいことの先に、えっちなこともする。童貞卒業。そういう行為をできる関係性。
それが昇華?成仏?風が汗を冷やす爽快感で、サッと無くなってしまう。そして隣には何気なく本物が、くたりと座っている。冷たい床を探すように脚を投げ出して。怪訝な顔をして。
「なに」
「ん?」
「なんだよ」
「いや、なんも」
伏黒とは、まだ出会って10日だ。だから気が早い。俺しだいで、全然普通に嫌われるかもしれない。
「なぁ伏黒、明日の朝メシなにがい?」
「米」
「オッケー米ね!」
でも、手ごたえがあった。手ごたえじゃない、なんだろう。これから時間を重ねた先に伏黒ともっと仲の良い状態で一緒に居て、それで自分が満たされていることが、想像できた。そういう想像に、じんわりと温かい気持ちになった。
童貞卒業という単語の権威づけの寒々しさがもはや笑えてくる。
「たまには寮母さんに作ってもらえば」
「いや、一緒に食おうぜ」
「それはいいけど……お前作れよ」
「いいよ!」
でも、伏黒はどうなんだろう。俺といて楽しいって、どういう感じなんだろう。彼女に代われる俺、ってことで良いんだろうか。
こんなに伏黒の部屋に入り浸っても、嫌なわけじゃないっぽい。俺のことを宿儺の器として監視してる感じは、出会って3日目には消えた。むしろ宿儺の器ということをブレーキにしている感じがある。俺に踏み込みすぎないように。
じゃあ、あれだよな。ヤブサカではない、はず?一緒に居てもいいよな。伏黒は、俺といるのが一番楽しいんだし。
「だから何」
「え?」
「……」
なにかおかしかっただろうか。伏黒はため息をついているが、別に嫌そうというわけではないけれど。
かゆくもない耳の後ろをかいて分からない素ぶりを見せても、伏黒は納得した顔はしてくれなかったが、かといって追及もしてこなかった。
「釘崎は」
「あーどうだろ。一緒に食うかな?」
伏黒ははたと何か気づいたように「時間、合わせたほうがいいのか」と、初めてのことをするおぼつかなさで俺をみた。
「時間?」
「なんか……あるんじゃないか。メイクとか」
「え?アイツ化粧してんの?」
「たぶん……してるんじゃないか?」
「全然わかんねぇんだけど」
「……アイツ顔かわいいから、だったらしてるだろ」
「なんで?」
「化粧してなきゃ男も女もだいたい同じ顔だろ。あいつは可愛いから、それならメイクしてるだろ」
「そうなん?」
「わかんねぇけど……なんかまつ毛とか」
「いやそれでいくと、お前もしてることになんねぇ?」
「なにが」
「化粧」
「なんでだよ」
「だってそーじゃん」
「……じゃあしてねぇ」
思わず笑うと強めにバシリと叩かれた。いつものように――男同士のコミュニケーションと人間関係の型通りに、彼をからかってイジろうかと口を開くが、実際には「痛てぇって!」とだけ口に出した。
コイツの前ではそういうアレをしたくないと思った。まるで初めて人に心を許したような無防備な彼だ。いいポジション取りとか、役回りとか。童貞がどうとか。そういう、真面目さを冷笑してマウントを取るようなコミュニケーションをしなくて良い。しなくても、コイツは俺とつるんでくれる。
なんと言っても、伏黒は俺と居る時が一番楽しいんだから。
「おい、釘崎から」
釘崎 〈朝はパン派]
「うーん……」
「二人で食べるか」
「おう!」
2024/07/15 初出 Twitter @wt_camoc
『オマエといるのが』(虎伏)2/2
ちょけて絡めるだけの自信がつくまで
15.07.2024 09:12 — 👍 9 🔁 0 💬 0 📌 0
表紙
タイトル 『オマエといるのが』
中学の頃は「大人」といえば、とにかく童貞を卒業することを指していた。言い過ぎかもしれない。だがそういう文脈でコミュニケーションするのが中学生男子のお作法みたいなところがあった。
男の人間関係ではその手の話題がサマになるキャラクターというのはとにかく便利で、交友関係で損をしない役回りを陣取ることができる。そんで、俺はそういうヤツだった。
というと、何やら腹黒そうに見えてしまうのが不本意なのだが、当時言語化未満の打算の中でしていたやりとりも、俺は自分の本音なのだと信じていた。
童貞卒業への憧れ。えっちなことへの興味。背伸びする感覚。節度の保てる範囲で、というのが俺の線引きで、話題に生身が伴うと話に乗らないようにしてはいた。しかしそれは聴く側への配慮であって、内容を否定するものではない。
童貞卒業には憧れていたし、えっちなことに興味もあった。大きな興味があると、そういうことにしていた。
ごくありふれた毎日――祖父の死が目前に迫る孤独の気配と、インスタントで手応えのない人間関係、そんなすこしだけ虚ろな生活のその先に、心を通わせ互いに拠り所となるような濃密な人間関係の象徴として『童貞卒業』というキャッチーさが俺を上向かせていた。いつかは現実になりそうな気がする夢のようなものだ。口に出すほどにインスタントに慰められ、気晴らしになった。
けれどそれももう過去のことだ。もう終わりだ。いま、虎杖悠仁の前に、夢でなく本物がそっと差し出されている。
「オマエといるのが一番楽しいから」
突然、本当に突然、目がよく見えるようになった。指の先まで血が通っていることに気がついた。肌をゆるい風が通り過ぎていく。
剥がれ落ちたような、脱ぎ捨てたような……ポコンと、軽やかに生まれ直したぐらいの清々しい衝撃だった。何かがじんわりと体中を満たした。満たされる気配がした。
いや!まだ気が早すぎるかもしれない。
まだ出会って数日だし。だからまだ俺の行動しだいでアッサリ嫌われるかもしんないし。でも伏黒は確かに言ったのだ。
「別に」
「ふーん、キョーミねぇの?」
「ない」
「彼女とどこ行く何するとかも?」
「ない」
ふーん、と鼻から声を出した。テレビは価値のあることのように騒いでいたが、伏黒は別になんてことないという顔をしていた。
俺の経験上は、男子のこういう答えはすかしているか、強がっているかだったから、この時はまだ疑っていた。「普通」、そういうことには興味がある、または興味があるフリをしておくものだったから。
「こういう子がいいな、とかは?」
「別に」
「彼女だとかデートだとか、楽しそうとかもない?」
「ない。今が十分楽しい」
「え?」
「興味ない」
「いや……うーんと、彼女も?」
「オマエといるのが一番楽しいから、べつに彼女はいらない」
オマエといるのが一番楽しい。
伏黒はこう言った。言ったよな?
なんてことないぼんやりした横顔。眉の流れ、額の角度、こめかみの産毛。テレビは俺たちを置いてすでに次の話題に移っていた。芸人が街ブラしながらいじっても良さそうな一般人を探している。伏黒はたぶんテレビをつまらないと思っている。
楽しいの?俺といるのが。一番?彼女よりも?自分に都合の良い、自分のことを大好きで自分のことを応援してくれて自分といると笑ってくれてちょっとわがままでちょっと気が強い、妄想上の彼女よりも?俺といる時が、オマエは楽しいの?
『オマエといるのが』(虎伏)1/2
15.07.2024 09:07 — 👍 28 🔁 6 💬 1 📌 1
ショートストーリー
『ふたり同じ涙で泳いでる』
いつから決意していたんだろう、とふと思った。
眠る前に耳を澄まし、隣の部屋の静かさに彼を思う、この一連の流れが睡眠ルーティンになりつつある。自分の判断の愚かさ、甘い見通し、存在の胡乱さ、彼の優しさ、彼の独りよがり、彼のくれた自分の意味、それら思考のドロドロの中で、彼を助ける決意だけ、他のあらゆる物事に対してあまりにも確かすぎて、まるで水の中にいるみたいに思えた。
伏黒を助ける。自分の輪郭と決意が同じ形をしている。周りを取り巻く色々なことと俺の境目が、想いの形をしている。
宿儺から伏黒を助ける、その方法はいくつかあって、俺達はその準備をしている。一人でじゃない。先生、先輩、冥冥さん、日車、脹相達九相図、ほかにも。計画の検証や段取りは難しいことも多くて、人の力をたくさん借りた。けれど、今までとは違う。自分の力や自分の存在はもう気にならない。俺じゃなくていい、ただあらゆる手を使って、どうやっても、伏黒を助ける。
この決意の境界には、自分を非難する思考がずっとまとわりついている。
伏黒一人のために、他のすべての人を「ついで」にするのか。人を殺してしまった俺が。人を助けられなかった俺が。宿儺の脅威を目覚めさせてしまった俺が。
その思考をもってしても、決意は確かで、揺るぎないとかそういう言葉を超えて、ただ「そう」なのだった。
伏黒を助ける。悪いけど、他の全ての人はついでだ。伏黒のついでに、全員助ける。許し難いことでも、途方もなく無責任なことでも、この決意はそういうことだ。
目を開けた。
いつもならこの手触りを確かめて眠りにつくのだが、今日は少し起きていたかった。気になることができたから。
横を向きスマホを覗き込むと、待ち受けにしていた画像を眺めた。狗巻先輩の誕生日写真にみんなで撮った写真だ。直前に京都校に呼ばれて滋賀に行っていて、その任務が空振りだったから京都駅でたくさん土産を買ったのだ。帰ったのはちょうどよく週末で、誕生日をダシにみんなで騒いだ。
伏黒は高級茶漬けを食べて「お茶漬けってよりスープだな」と言っていた。楽しそうにしていたが、写真ではいつものスンとした顔だ。澄ました顔は真希さんとそっくりなのだが、勝気な表情の真希さんに比べると、すこしばかりおっとりした感じがある。釘崎いわくの弟っぽさ。思い出すと心がギュッとした。夏のあの、二人と離れて特訓していた頃とは別の気持ちで、ギュッとなる。
体を起こした。大きく息を吸って吐く。暗い壁際でテレビが水のように真っ黒くこちらを向いている。その向こうが伏黒の部屋だ。
高専に越してきたころ、伏黒が面倒を見てくれた以上に、自分から伏黒にまとわりついていた。
部屋の壁が薄いのでテレビの音がなるべく響かないようにそっちに置いたけれど、彼にこちらを気にしてほしくて、少し鼻歌を歌ったりなんかしていた。食事を口実にその後の自由な時間を共に過ごし、ほぼ四六時中一緒だった。伏黒自身は愉快な奴というわけではないけど、俺はなんとなくそうしたかった。
「ずっと俺と一緒だとさ、友達とか彼女?とかに悪いよな」とかなんとかいう、たいして本気でもない俺の言葉に、変なところで素直な伏黒は「オマエと居るのがいちばん楽しいから」と言っていた。多分何気なく口にした言葉で、あれは夏前のことだったから、慣れない自分を気遣ってくれていたのかもしれない。
「オマエと居るのがいちばん楽しい」
照れ隠しで逆に大袈裟に照れて見せて、伏黒をムンとした顔にしたのが悔やまれる。こんなに嬉しいのに。たわいない一言をこれほど大事に思っているのに。ギュ、
立ち上がった。2歩の距離、壁に手を伸ばす。テレビや机が邪魔で、余計に心が逸ってしまう。
「鍵はちゃんとかけろ」という伏黒の声を頭に響かせながら、床を踏み、廊下に出た。ミシミシ。馴染んだドアノブに手をかけて、ふと気がつく。
(あの時の、伏黒か)
交流会で復帰した夜、久々の自室で香った嗅ぎ慣れないにおい。あれは、伏黒のにおいだったのだ。俺が不在の間、伏黒が俺の部屋で、俺のベッドで過ごしたにおい。「死んだ俺」を偲んで、名残りに縋りついたにおいだったのだ。
「オマエを助けたことを一度だって後悔したことはない」
決意は、伏黒の方が先にしていた。
俺を助ける決意を、してくれていた。今ようやくわかった。
伏黒を助ける。なににおいても、伏黒を助ける。
これは、我儘だ。
これは私情だ。
伏黒を助けても、彼が俺を見る目は変わってしまうかもしれない。それでも他の全てをついでにして、俺は伏黒を助けるのだ。
「鍵……かけろよ、伏黒」
このギュッとした気持ちの腹いせに、涙と鼻水を薄い枕になすりつけた。
おわり
【お題】(お題.COMよりランダムお題)
決意
あの日に戻れたら
狂おしい人
虎伏「ふたり同じ涙で泳いでる」
26.04.2024 09:56 — 👍 8 🔁 1 💬 0 📌 0
Xでセクハラ支店長への殺意を呟いたらアカウントロックされてしまった
15.03.2024 10:09 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
好きなもの
蒸しパンのツルツルのとこ
07.03.2024 10:16 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
虎i伏フィードに虎i伏関係ないすごい美味しそうなツイート流れてきた
どこが虎i伏なのか探すのが楽しい
18.02.2024 05:01 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
ポケモンスリープのスクリーンショット
マネネの金スキルが3つある
ポケモンスリープのスクリーンショット
ユキカブリの金スキルが4つある
ポケモンスリープのスクリーンショット
金スキルが3つある
ポケスリで捕まえた
才能豊か
07.02.2024 23:30 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0