ひと月おらんくなってみたけれど
やっぱり居場所は見つけられやん
どこにも居場所はないんやなって
@chicaich.bsky.social
明日なんて来なければいいのに。
ひと月おらんくなってみたけれど
やっぱり居場所は見つけられやん
どこにも居場所はないんやなって
理解してほしいみたいな気持ちは
元からあまり持ち合わせとらんが
自分の気持ちを吐き出したいだけ
抱えきれなくなっただけやったか
自分の言葉が誰かのためになると
少しでも思っていたからやったか
ここにいる理由は何やったっけか
と思っとるのに疲れてしまったのは
理解する努力を一方的に続けたから
伝える努力をする気も理解する気も
どちらも持たない人を理解しようと
一方的に努力を続けるのは無理です
言葉なんてものは何かを残すことや
伝えたりするためにあると思っとる
些細なニュアンスをどうでもいいと
切り捨てた時点で価値がなくなるし
伝えるための努力って必要やと思う
結果的に言葉にできるかは別やけど
伝える努力と受け取る努力を続けて
コミュニケーションが成立するはず
生きる理由も意味もないまま
自分の居場所さえも作れない
ほんまにそうそう出逢えやんし
無理ゲーやとは思っとるけれど
自分がどうありたいか考えたら
結局ここに行き着いてしまった
自分はって気持ちは多かれ少なかれ
誰でも持っとるものやししゃーない
自覚しとるかどうかと配慮があるか
相手のことを考えようとしとるかで
見え方が全然変わってくるの難しい
みさんは相手のことを考えてくれる
優しい人やと思っとるんやけどなー
ここにおる人たちはみんな優しい
全てのいいねが完全な同意やって
もちろん思っとるわけやないけど
それだけでも自分の考えや存在が
尊重されていると感じられるから
自分が大事にしている価値観とか
全部ひっくるめて 「 自分 」 やから
まとめて認めて大切にしてくれる
尊重し合える人とだけ関わりたい
発信する側と受け取る側が明確で
かつ文字でのやりとりやし余計に
ここでのコミュニケーションやと
平穏に関われとるような気もする
「 自分なら 」 ってアドバイスなら
相手への優しさのひとつやし良い
こっちが発言した内容に関わらず
「 自分が 」 を貫こうとされるのは
もうコミュニケーションではない
青空をひさしぶりに開いたら
今までのいいね通知があって
ここにならいてもいいのかな
という気持ちに少しだけなる
例の友人の件はこちら目線では
何も解決しとらんままやけれど
一応ゲームをする生活に戻った
友人の中では 「 解決 」 した模様
吐き出して自分を落ち着けるとか
誰かの為にと少しでも思うことも
とにかく何もする気が起きやん件
まだギリギリ生きてはいるけれど
虚無感どころじゃなくてガチ虚無
物理的な距離だとか関係値だとか
したくてもできやん距離ってある
は最近めっちゃ思うことではある
悲しい思いをしやんでほしいとか
溢れ出る涙を止めてあげたいとか
死を選ばないで生きてほしいとか
関わりがある人に対して発生する
その感情も思うことも自然やけど
関係的にも物理的にも心情的にも
そこで手を差し伸べられるか否か
ってシンプルに難しい話やと思う
昨日から少し食べとるけれど
全然メンタルが戻ってこやん
ひとまずゴミ袋に全部ぶち込むだけなら
できるかもやけどゴミ出しもしんどいな
死ぬための準備を始めようと思ったのに
行動するだけの体力がないことに気付く
ロフトの上は暑いし上がる元気もないし
寝たきり民の体力じゃ無理がありすぎた
同じ期間内に別の 「 死にたい 」 はなくて
前回はこのタイプの 「 死にたい 」 の期間
今回は別のタイプの 「 死にたい 」 の期間
異なる 「 死にたい 」 が順番にやってくる
日常的に 「 死にたい 」 が続く期間がある
その 「 死にたい 」 には幾つか種類があり
様々なタイプの 「 死にたい 」 が存在する
泣いて叫びたくなる 「 死にたい 」 の期間
淡々と無限に 「 死にたい 」 が溢れる期間
明確に 「 無理だ死のう 」 だけがある期間
ふと 「 あー死にたいなー 」 が過ぎる期間
どんな 「 死にたい 」 も湧かない期間だけ
この日々の 「 死にたい 」 から開放される
文章以外の会話とか友人関係においての
あくまで自分のスタンスの話なんやけど
理解できやんことは悪いことではなくて
なぜ理解できなくてなぜ伝わらないのか
を話し合いながら擦り合わせていきたい
最初から満点で会話が合うことはないし
話し合うことや擦り合わせることとかは
自分にとって苦でもなんでもないのよな
その過程さえ楽しめとまでは言わんから
せめてフラットに受け止めていてほしい
楽しくスムーズに会話したいだけやから
交友関係が広がって友人が増えたのなら
普通に会話ができる人に出逢えるのかな
そこまでしてしなきゃならんことなのか
そこまでしてやりたいことなのかって話
めっちゃ行きたい目的地があったとして
駅から先の移動経路が徒歩しかなくても
遠いけど行きたいから歩いてでも行くか
行きたいけど遠いし歩くのなら諦めるか
自分にとっての食欲はこの考え方に近い
普通は食べても戻してしまう状況以外は
当たり前に食べるし諦める選択肢がない
自分の場合は食べなきゃいけない理由も
食べる理由も食べたいという感情もない
だから普通には存在しない選択肢がある
とはいえ食べても気持ち悪くなるだけで
実際には吐かないので一応は食べられる
けど食べた後ずっと吐き気と闘いながら
半日以上とか過ごすのは誰だって嫌やろ
自分が何も食べられない状態というのは
食欲がないわけでもないし空腹感もある
食べたくない物を体内に入れたくないと
脳が命令するから結果的に体が拒絶する
内臓が拒絶するから戻す時とは別の感覚