これより語るは昔々……昼が未来より暗く、空は死者の国より高い、まだ何も知らないほんのこどもだった頃の話――
04.11.2025 09:46 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0@matsurika.bsky.social
これより語るは昔々……昼が未来より暗く、空は死者の国より高い、まだ何も知らないほんのこどもだった頃の話――
04.11.2025 09:46 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0これより語るは昔々……夜が絶望より暗く、月は彼の死に顔より白い、まだ何も知らないほんのこどもだった頃の話――
04.11.2025 09:43 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0「前の夫が余所の女の香水のにおいを移されて帰ってきたとき、わたし、そんなに傷つかなかったの。期待も、妻としての矜持もなかったのね。言われるがまま嫁いで……言われるがまま過ごして……その、夜のことだって怖かったし、あんな思いをしなくて済むならそれでいいとさえ思ったの。でも……でも、あなたが帰ってきて、甘い香水のにおいがして……心がざわざわして……なんだか苦しくて……そう思うのに、そう思えることが嬉しかったの。わたしは、わたしをこんなふうに変えてくれたひとの妻に……夫の帰りが待ち遠しい妻になれたんだって。だから、よかったの。……よかったの」
14.10.2025 14:12 — 👍 2 🔁 2 💬 0 📌 0あのね、死者の国に持っていける荷物はトランクひとつ分なのよ。あのひとの形見は指輪があるし、あなたの刺繍したハンカチと、お気に入りの茶葉をいくつか、それから本も数冊入れましょう。ちいさなトランクだけど、まだこんなに空いてるわ。だからね、わたしはここに、あなたの抱えきれない苦しみを入れて持ってゆきたいの。わたしはもう眠るから、その間に詰め込んで、鍵を掛けておいて頂戴ね。そうしたら、トランクは棺と一緒に埋めてくれたらいいわ。これが、わたしがあなたにかける最後の魔法。どうか心から信じてね。この魔法の名前は、大丈夫。大丈夫の魔法よ。
06.10.2025 14:20 — 👍 8 🔁 1 💬 0 📌 0「ナイトキャップなんか嗜んでおとなぶるからいけないのよ。あなたみたいなひと、子守唄でじゅうぶん」
「……いつから、そう思っていた?」
「……そうね、あなたと出会って、一年と経たないうちからかしら」
「あの頃こんな指摘を受けたら、きみを好きになれたかな」
「……」
「それでも必ずと言いたくなるわたしがいるよ。そいつに歌ってやってくれないか。こいつはたぶん、死ぬまでいるから」
「よくってよ……あなた」
「知らなかったことをなぜ詫びるの? 偶然で構わないのよ。あなたがわたしの傷痕をなでるのに、あなたがわたしを知っている必要なんかないの。たまたますれ違いざまに手が当たっただけでも、まったく充分だわ。わたしはただあなたが好きなだけで、あなたに何もかも慰撫してほしいわけじゃないの」
「……さみしくないか、それは」
「さみしいって、わたし? あなた?」
「……ぼくだ……」
「英雄なんかじゃなくてよかった! わたしだけの棺の中で静かに眠ってくれていたならほかには何もいらなかったの! あなたはどう? あなたのことなんかろくすっぽ知らない連中に褒めそやされるのと、わたしの胸で腐り果てるのと、どっちがよかった? ……そうよね……あなたは、パーティとか、お茶会とか、だいすきだものね……そうね……」
12.09.2025 10:55 — 👍 3 🔁 1 💬 0 📌 0「おかあさま……」
ぞっとした。背骨が氷柱になったのかと錯覚するほど。
戦場での死の間際、男たちは母を呼んだ。未婚の男は特に。自分に呼ぶ母がいなくとも、それがどんなにか悲しいかは、わかるつもりだった。
今夜、彼女は自分を受け入れてくれた……と、感じていた。自分の人生に突如として与えられた包み込むような承認を、感慨深い混乱の中で噛み締めていた。
ところがどうだ。彼女はまどろみの中で母を呼ぶ。閨房こそ彼女にとって戦場だというのなら、そこに彼女を連れてきた自分はなんだ。まるで悪鬼だ。
闇夜に素肌がまぶしかった。その隣に潜り込むことは、とてもできなかった。
「……怖いよ」
彼はときどき、怖いと口にする。男のひとが怖いなんて言うところを、わたしは彼以外に知らなかった。
「ときどききみがぼくの欲望を女の形にしたものに思える。ぼくにとって都合のいい女になる必要なんかないんだ。もっときみの思うように振る舞っていい。きみはいくらでもぼくを裏切っていいんだ」
彼は甘えているのだと思う。彼はたぶん、わたしが本当に裏切ったら死さえ選びかねないだろう。わたしがそう考えている時点で、わたしたちにイーヴンはありえなかった。
「なぜきみはぼくにこんなにもやさしい? 誰もきみを愛さず、顧みず、誰もきみを見つけてやらなかったのに。なぜきみは当然のようにぼくを愛する? その方法を知っている?」
「わたしがまだ赤ん坊の頃……月のきれいな真夜中がいいわ。泣いているのにみんな眠っていて、でも泣く以外に何もできないでいるとき、あなたは夢を見ているの。夢の中であなたは赤ん坊の泣き声を聞いて、そちらに向かって走る。果たしてそこには赤ん坊がいて、あなたは乳もおしめも持たないけれど、そのてのひらで頭を撫でてやるの。せめてさみしくないように。その一夜の夢がわたしを生かして、あなたのところに還ってきたの。わたしはなんだかそんな気がするのよ」
彼女があんまりぼくを好きだと示すものだから、なんだか自分が価値ある存在のような気がしていて、だからすっかり調子に乗っていたのだ。ぼくには価値があるのだと。その錯覚はあまりに儚く、呆気なく崩れ去った。……だというのに、彼女がまた笑うから。それを愛しいと思うから、足の裏に地面を感じる。ぼくはここにいる。ぼくは彼女が好きなんだ。だからここまで歩いてきたんだ。
01.07.2025 10:32 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0「きっと、わたしはあなたと茶飲み友達にならねばならなかったのだわ。くだらないお喋りをして、おいしいお茶を喫して、嫌なことを嫌だと言って慰めあう……そうしていれば、きっと何もかもが違ったのよ。たとえそれで何も変わらないのだとしても、きっと何もかもが……」
06.05.2025 05:22 — 👍 3 🔁 1 💬 0 📌 0未練。これは未練だ。未練とは過去から未来に放たれた矢だ。それを避けるすべはもはやなく、わたしは甘んじてそれを受けるほかない。しかし……しかしわたしは、この痛みを喜んでいた。あまつさえこの痛みでどうか殺してほしいと願っている。それが何より始末に負えないことだった。
21.04.2025 10:11 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0「……嫌だなんて、言わないでよ」
「たしかにそうね。つい言ってしまうこともあるだろうけれど……あまり言わないようにするわ。本当に嫌なときだけ」
「……じゃあ、次に嫌だと言われたら、ぼくのことはもう嫌になったってこと?」
「違うわ。違う。……たとえば、そうね、こどもが悪いことをしても、その子が悪い子になったわけではないでしょう? やったのが悪いことでも、その子はいい子よ。あなたのしたことがわたしにとって嫌なことでも、あなたはわたしの好きなひとよ。……あなたなら、悪い子になっても好きよ」
「きみだけは……きみだけは、ぼくの人生で唯一、ぼく自身が選んだものだ。だがそれゆえにきみはぼくを選んでいない。ぼくはきみに選ばれていない。だからぼくは生涯をかけてきみに償いをしなければならない。……ぼくは何かおかしなことを言っているかい?」
25.02.2025 10:28 — 👍 3 🔁 2 💬 0 📌 0「きみが星に向かって飛ぶ鳥であることを疑ったことはない。きみはいつだってうつくしかった。ぼくはほんの一瞬だけ風切羽を撫でる風でよかった」
「……裏切りだ」
ぼくの声は情けなく震えていた。ようやっと絞り出した言葉は、なんというか……そう、告白して振られたやつが口にする「友達でいてくれる?」に似た響きだ。つまりどこまでもぼくの敗北!
泣きたいな、と思った。こんな日くらい泣きたかった。
ぴったり嵌るピースが永遠に失われたパズルを愛せるようになる老眼の進んだ日、ぼくはようやく彼のことを至極穏やかに思い出した。それはつまり、愛せるようになったということだ。愛していると受け入れられるようになったということだ。彼はとっくにこの世界からいなくなっていて、ぼくは単に間に合わなかったのか、だからこそようやくなのか、判ずることはできなかった。けれど、ねえ。ぼくは心のうちでそっと呼びかける。完璧でも純潔でもいられなくなったそのあとを、生きてきてよかったね。こんな日があるなら。こんな日が来るならさ。
18.10.2024 09:26 — 👍 3 🔁 1 💬 0 📌 0気まぐれのやさしさや必然性のない代用品がそれでも人生の慰めになった肌寒い夜、あなたと出会ったのはそんな夜だったのですよ。あなたにとってはなんでもない、季節さえ朧気なただの夜のことでしょうけれど、わたしにはあなたが月よりまぶしく見えるような、そんな夜だったのですよ……。
15.10.2024 09:23 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0「それは、それだけは、それだけはわたしのものなの……わたしのもの……ほかにはなんにもないの、それしかない……それ以外に、わたしは、この世界のどこにも、いないの……」
そんなことはない、とは言えなかった。言うべきだ、と「ぼくだけのぼく」が強く主張するのが聞こえた。しかし「ぼくのものではないぼく」は、彼女がさらけ出した「彼女」に寄り添うことを非難した。板挟みになって立ち尽くすぼくはもはや誰でも何でもなく、どこにもいなかった。
「たしかにきみは……ぼくが最も焦がれ欲したものではない。だが……こんなことを言わせてどうしようっていうんだ。こんなことを言いたくないと思うくらいにはきみのことが大事なんだよ、こっちは……なんなんだきみは。何がしたい?」
「あなたの歴史と躊躇が見たくて。今はきみがいちばんだ、なんて言われていたら家出するところだったわ」
彼女のそういうところに自分は救われてきた。しかし、もし今よりずっと彼女のことを……そう、愛してしまったとしたら? そんな懸念が生まれたこと自体、考えられないことだった。ここが行き止まりでも構わないのに、遠くに何かが見える気がした。
咄嗟に彼女を突き飛ばし、伸し掛かり、その細い首に手をかけ、力を込める寸前になって気がついた。自分は今、戦場と同じ感覚でいる。このままでは気が狂ってしまう。……その奥底にある感情は、恐怖だ。おれは彼女に脅威を感じていた。認めざるをえない。おれはこの細っこいお綺麗な女に恐怖している。……なぜ?
不意に思い浮かんだ言葉は愛だった。なるほど、なるほど……。女は笑っていた。仔犬のように? 赤子のように? ならどれほどよかったことか! 彼女は女神像のように笑っていた。知りもしない母のように。
構わない永遠がほしいわけじゃないまぶたの裏に夢が欲しいだけ
05.06.2024 07:15 — 👍 5 🔁 0 💬 0 📌 0欠ける月くすむ真珠になら誓うぼくの愛などその程度だよ
05.06.2024 07:15 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0さようならさればさらばと重ねてもなぜか声にはならないバイバイ
24.04.2024 12:32 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0虹の惑星を探すには、まず彼女の恋人を見つける必要がある。彼女の恋人は箒星。箒星の向かう先に彼女がいる。虹の惑星はいつだって、旅好きの彗星を健気に待っているのさ。だから旅人はみな、彼女を見つけては祈っているんだ。
22.04.2024 23:19 — 👍 1 🔁 2 💬 0 📌 0彼女は日曜の昼下がりにキャロットケーキを焼くのが好きだった。ぼくはそれがあまり好きではなかった。人参のひとつも食えないこどもだと思われている気がしたから。落ち込んだ日にはチョコチップの入ったクッキーを焼いて、いいことがあった日はケーキの横にホイップが添えられる。今にして思えば、彼女はぼくに入った罅をよくわかっていたんだろう。それに気づくためにはぼくは若く、青かった。今ならわかる。彼女の情けが。あるいはまだ、何もわかっていないのかもしれない。漠然とその予感は、あった。
16.04.2024 13:23 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0世界は彼女であふれていた。空は光。雲は光。雨は光。地は光。花は光。木は光。窓は光。猫は光。道は光。砂は光。海は光。水平線は、光。彼女が去った世界で、しかしすべてが彼女だった。わたしはどうしようもなくひとりで、けれど孤独ではなかった。世界は未練でできている。あるいは……あるいは……。何かきらめく言葉を続けたかったが、舌がひりついて出てこなかった。胸で暴れる心臓さえ光り輝き、一拍ごとに全身の血管を刺しているのかもしれなかった。光は刃物にも布団にも似ていた。
14.04.2024 14:03 — 👍 5 🔁 2 💬 0 📌 0「あなたの……あなたの誇りを傷つけたいわけではないけれど……あなたの生命は、尊いものよ。わたしの生命と同じだけ……伝わるかしら? こういうの……変なことを言っていると思うでしょう。でも、でも……そうなのよ。そのはずなの。あなたの生命は星より重いの」
03.04.2024 23:37 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0照り映える薔薇の血潮の朝露を見たらわたしを思い出してね
13.03.2024 23:32 — 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0釣りびとは、竿を垂らして水面を見ていた。ぼくはそんな彼を見ていた。
「何が釣れますか」
「思い出だよ。忘れてしまった思い出。霞の向こうの記憶を掬い上げる行為は、水面の向こうの魚を釣り上げるのに似ている」
「あれはただの魚ですよね」
「ただの魚なんてこの世にいないよ。ましてやこの川には」
そういえばぼくはこの川の名を知らないのだった。あるいはかつて知っていたことがあったのだろうか?
……俯くと、右手に釣り竿があった。