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十分遡行的に

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Posts by 乳プ (@chchp5563.bsky.social)

インターネットで「デカルトなんてもう誰も読まないよねw」とか言ってるやつがいてモヤモヤ

02.03.2026 09:11 — 👍 2    🔁 1    💬 0    📌 0

前者は存在論的規定で、後者は認識論的と言えるかもしれない。
根本的には後者の態度を取っており、そこにおいて徹底的であるため、「純粋な私と同一性を持ちうるもの全ては人間であり、愛の対象である。私は存在するものとしてある。存在するものは全て愛の対象である」という壊れたおもちゃみたいな論理で生きている
愛の対象になりえない何者かを見つけることが当分の目標

01.03.2026 17:41 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

「人間」の規定を「自由・可能」以外にも「『私』と或る意味である程度同一であるところのもの」という形でも持っているからややこしい

01.03.2026 17:27 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

今日は0時から久々の雑談やります-`📢⋆

01.03.2026 06:31 — 👍 1    🔁 1    💬 0    📌 0

冒頭で「性奴隷のように犯してください」というセリフのある作品で、終始「私の中で明確な観念の構成されていないものに比喩をされても困るな……」となってしまって抜けなかった。悔しい

26.02.2026 07:11 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

一冊を読み込んで深い思想を得るよりも、書籍同士の歴史的な関連性の方を重視するオタクだから、(たまにがっかりされることはあるが)結果的に自分で思考を深めて人に説明する力は付いたと思うんだよな

25.02.2026 22:02 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

なるほど、ローティ、なるほど。哲学者の役割は会話の継続、なるほど。

25.02.2026 21:53 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

どれだけ思考を巡らせても根本的に戦略の思想ではないため、幸福以外の土俵で見たら弱い

25.02.2026 21:42 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

物事への(価値)判断を保留しすぎるところは私の長所だと思っているが、それはそれとして判断に保留をかけない人々を現実的には尊敬している

25.02.2026 21:32 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

書籍自体のおかげで友達との仲もめちゃくちゃ深まったし

25.02.2026 21:23 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

『言語と行為』バカみたいに読みまくって本当に良かったと思ってる。興味深さや面白さではなく、人生のメインウェポンを得た

25.02.2026 21:21 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

意味だと相手も答えにくいだろうから、同じに見えますか?違って見えますか?でいいか

25.02.2026 21:05 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

ちんちん

25.02.2026 20:59 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

これから本読んでるひとに話しかけるときは「このタイトルの意味は読む前と比べて変化しましたか?」と聞くようにしよう

25.02.2026 20:58 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

読後にタイトルが違って見える書籍って良くって……というだけの話だな

25.02.2026 20:56 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

話は変わるが、本とタイトルというものはここにおける最後の「問い」の部分であるべきだと思うんだ。つまり書籍という形式は、タイトルの問いについて答えるわけでは示しなく、その問いに正しくたどり着くための道を共に歩くべき形式だと思う。
この命名方式が一般化されれば、カスの部外者が本のタイトルだけ見て「で、それは何なのかわかった?」と問いかけることもなくなる

25.02.2026 20:54 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

キリスト教の徹底が神を殺したように、思想を徹底すると大抵挫折(絶望)が待っているから、それに慣れて(構造として受け入れて)しまっただけではあるなぁ。
絶望以前に戻って普通に考えることは自分の人生に嘘をつくことに他ならないわけでありまして。そこから導き出される当為は「普通に考えること」における、またその前提としてある「幸福」への問いかけであって

25.02.2026 20:48 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

ええ、ええ、二律背反こそが絶対的同一性の証明でありますとも。

25.02.2026 20:41 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

顔面やアイコン、今発した言葉などの身体的な事柄は、全て私と必然的な関係性を持たないという信念を持っているので、それらを指して私自身に糾弾されても困るよぉ

25.02.2026 15:43 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0

当の保留においてもなんらかの操作がなされたわけであるが、その対象は少なくとも直接的には会話相手ではなく関係形式であるため、非対称な規定関係は築かれなかったと考えたい

24.02.2026 18:27 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

今日バ先のひとに話の流れで「自分がどう思われてるかとか聞きたくないんですか?」みたいなこと聞かれた。
端的に言うと怖いから聞きたくない。だが怖いというのは、私は人間であることの傾向性故に他者からの自己規定を(内容に関わらず)無化せざるを得ないが、その無化故に発話者の側は少なくともその発言内容の一部を否定されることが確定しており、誤解によって発話者が傷ついたり私の評判が悪くなるのが怖いということである
だからその質問についてもただ保留してきた

24.02.2026 18:21 — 👍 1    🔁 0    💬 1    📌 0

しょーもね!

24.02.2026 18:03 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

前期に限っては反独我論的観念論であり(世界は事実の総体である)、後期では観念論/実在論の対立を成立させる言語実践を論じていると勝手に思ってる

23.02.2026 18:18 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

独断論者らが、彼らが実在を想定しているところの外部に向けて定立しようとして戯れているのが"言語化"という駆り立てなのだと思う(言語化という語彙は言語に対して失礼なので固定化とでも言いたいが)
一般人も素朴に独断論者(独断的前提を停止していないだけだが)であって、外部の未分節状態に耐えられないから、内的な言語に頼って存在しない外部を説明しようとする。待つことも無しに

後期ヴィトゲンシュタインはこれの逆の言語衝動な気がする(気がするだけ)

23.02.2026 18:13 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

外に向けた定立は停止しているつもりだけど、そもそも外なんてものは存在しないとする強い観念論者なので上の停止はナンセンス

23.02.2026 17:48 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0
Post image 23.02.2026 05:51 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0
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リーチ2回打ったらなんか東1の2本場で飛んだ

23.02.2026 05:42 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

だから重要なのは能力論なんだよな。ドゥルーズがカントをそう読んだように

22.02.2026 21:38 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

臨床概念的な狂気を常に顕性的に持っていると、常に関係は生成するがそれを持続させられない。あくまでも逸脱としての狂気を、常に他の何らかの態度と同時に可能的に持っていることが望まれる

22.02.2026 21:33 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

物事とは関係であり、関係の始まりはいつも狂気であるのだから、万物に開かれているためには常に狂っていなければならない

22.02.2026 21:29 — 👍 1    🔁 0    💬 1    📌 0