こんにちは
ストリーマーです
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こんにちは
ストリーマーです
東京から脱出して一軒家を借りよう(独身28歳男性)計画が動き出しているが
頓挫の可能性が非常に高い
ファミレスってすごい良いな
将来ファミレスになりたい
「選挙に行って投票しましょう」を機嫌よく発信できる人のことが好きだなと思う。
深刻に真剣に意思表示をすることと、わざわざ強い語気や恐い顔を見せつけることは、必ずしも同義ではない(パブリックな場ではなおさら)ため。
単純に言い方というか、加害性をいかに受け取らせてしまうかという方向性の差異が大きいというのはもちろんだけど
(「消えなさい」と「仲良うしようや…」ではそれは前者のほうがムッとされる)
こと「素人」への扱い方という点では、むしろマクドナルドのほうに変な味を覚える。
件の芸人コンビさんはコミュニティの本質への理解度が足りず感情的な発言を放ってしまったというだけだけど、マクドナルドはそれをしっかりわかったうえで「素人」文化を搾取しているといえなくもない。
これは本質的にはそっくりそのままマクドナルドXアカウントの広報クリエイティブなどにも転化でき得ると感じていて、先人が築いたカルチャーを巨額の資金で煎じている様を"あの頃の俺達"というグルーミングで嬉しくなってしまっていたら、それは本質がボカされてやいないだろうか?
もっと嫌な言い方をすれば、かつて「素人」が無償の情熱で積み上げた文化的コモンズの文脈を、巨大外資企業が金で買い取り、マーケティングの道具として再生産して数字に変えているだけでしかないのだけど、これもぜんぜん傲慢の範疇というか搾取ではないのかと思う。
この図式はそこそこ度し難いと個人的には思っている。
芸人さんの「素人はXをやめろ」に対してのコアな反応としては、傲慢な差別意識やデリカシーのなさのほかに、「そもそもSNSは素人が先に繁栄させておもしろくしていった場所なのだから、後からフリーライドしている芸能人に居場所を主張する正当性はないのではないか」といったものがあった。(そもそもが誹謗中傷問題による提起だから、やや論点が微妙ではあるが置いておく)
音楽の在り方も売り方も買い方も、別に取り立てて数十年前から変わってない気がしてきている。
仮にサブスクが無ければCDはずっと売れ続けていたのかと言われると別にそうではないと思うし、マーチャンダイズの価値が下がっているとも思わない。批評やフックアップも確かに存在し続けている。
あるとすればこんなものを大衆に売って稼ぐという行い自体のおかしさを今一度思い出して、皆が正気になりつつあるということなのではないだろうか、というか良くも悪くも結果的にお金と時間と余裕がなくなってきているだけだと感じる。
なんかこの緑の板に、勘で熱い鉄の棒を押し付けたりしてたら、機材が直って嬉しかったです
22.01.2026 11:45 — 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0芸人さんの「素人はXをやめろ」に憤っていた方々は、マクドナルドの広報にも怒ったほうがよいはずだと思っているが、むしろ称賛されている
14.01.2026 03:01 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0インターネット、熱狂もしくは歓喜しすぎている
10.01.2026 10:22 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0
オーイオイオイオイオイ
→泣いているのか突っ込んでいるのかわからなくて困りますね。
若さと美しさを宣する写真を日々発信している方を見ると、「若さと美しさを発信していてすごい」と思う
03.01.2026 10:41 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0【落語家】もうええ亭ええて
25.12.2025 19:18 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0
Xかるた
【し】
書道家がリプライに来た文章(推し活など内輪コミュニティに関するものが多い)を書くやつ
こんにちは
歌枠です
こんにちは
バーチャルとリアルです
めっちゃ外でセミ鳴いとるやんw暑wエグいてw
15.12.2025 18:17 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
旧時代の人が現代にタイムスリップしてきて、自動車を見て「鉄の猪」と言うお決まり、本当かよと思ってる。
猪ではなくない?
他者に対する適切な指向性の思いやりを持ち、それを疎かにしないことを選び続けている結果としての物言わぬ人種も、不可視だがしっかりとした支持をしたりされたりしているということを想像しなければならない。
物理的な支援と精神的な支援はえてして混同されがちだが、「やる偽善よりやらぬ誠実さ」を選ぶことが少なからず評価されてもいい。
産業の成功とは相反するが、産業の持続には必要な要素であることは事実だと思う。
可視化された言葉だけに倫理や正しさを委ねてはならないし、宿っていると思い込みすぎても駄目なのだ。
だからこそ、わざわざコメントやリプライを継続的に残し続ける人というのはごく少数派であり異常値だ、という前提を忘れてはならない。
彼らは、他者に対する肯定的な逡巡という多大な時間と精神コストを必要とする行為を疎かにしてしまっているか、もしくは毎度本気で取り組んでいるかのいずれかであり、どちらにしてもちょっと変(良い悪いではなく)ではある。
適度な逡巡の結果として大多数の人間は沈黙を選んでいるわけで、その倫理的自由・知的選択は常に尊重されるべきだ。
これこそ能動的な愛によって為せる行為だと思うが、消費システムの上では「熱量の低さ」「消極性・無関心」と誤解される恐れがある。それは間違っている。
そういった意味で、人気者の発言にぶら下がる根拠のない応援や気遣いなどは、本質的な思いやりとは位相がずれているとも言える。
そこに害意はなく、あるのはきっと愛に類するものであろうということは疑いようもなく確かだけど、そもそも他者に対してより良く接するための肯定的な逡巡が欠けており、些か断定的なニュアンスを含んでいることが非常に多い。
「血の滲むような努力」みたいな褒めのバリエーション、得心がいくことはかなり稀なので上級な表現だなと感じる。
人ひとりをそんな風に断定する資格がかろうじてあるであろう伴走者の実在はかなり限られていて、評される当人がほんとうに「血の滲むような努力」をしているのかどうかに関わらず、赤の他人にそう言われたら「あなたに何がわかるのか」としか思わない気もする。結局のところ大衆娯楽に不可欠なストーリー化に当てはめる形容でしかないのではないか、とか。
【人間あるある】
これって額面? 手取り?
【人間あるある】
雑食、成人済
生活マンに登場するヴィラン→限界マン
05.12.2025 04:03 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0個人の切り売り(ナラティブなアート)から脱却できたとして、経済的にはその先に権威への依存があるというシーソーゲームになりがちなのが現状の芸術圏ではと思うから、ほんとうの意味で公共的なアートをやって飯を食うにはどうしたらいいんだろうとずっと考えている。
03.12.2025 17:04 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0変なの
03.12.2025 15:56 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0
社会的分業に則り、心の機微のアウトソーシングや生き様の仮託(受け手の文化的脳リソースの外注)を求められるのが、表舞台に立つ表現者のパッケージであるので、言語化やドキュメンタリーはやっぱりどうしようもなく必須のインフラにはなっていると思う。
「私はお喋りが不得意だし見た目にも自信がないから、そのぶん作品で語るわね」が(少なくとも商業的に)成立する時代はとっくに終わっていて、透明性と共感性を提供できない者の天井が思ったよりも近いという状況は厳しいが致し方ない。