受け容れることを無意識に辞めたときが、老いのサインだと思っている。
身体が思うように動かないと思ったとき。他人の意見が間違っていると思ったとき。ゲームに飽きたと思ったとき。環境の変化をつまらないと思ったとき。何かしら受け容れることを辞めてしまっているのだ。それに気付けなかったとき、ろくでもない老い方をしてしまっているのだ。
受け容れることを無意識に辞めたときが、老いのサインだと思っている。
身体が思うように動かないと思ったとき。他人の意見が間違っていると思ったとき。ゲームに飽きたと思ったとき。環境の変化をつまらないと思ったとき。何かしら受け容れることを辞めてしまっているのだ。それに気付けなかったとき、ろくでもない老い方をしてしまっているのだ。
私が世の物事に悪態をつかないようにしているのは、自分の責任だと考えたほうが自分で変えられそうだと思えるのと、自分の未熟さを棚に上げて講釈を垂れる等という、恥の上塗りが嫌いだからである。
30.01.2026 17:05 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
なんとなくだけど見えてきたものがあって、シンプルに良いと思ったものを応援したいという気持ちが一つ、自分の目に映るもの≒世間の噂や評価よりも確実なものという図式がこびりついているのが一つ。マイノリティでありたいという天邪鬼を尊重していることが一つ。
ちなみにマイノリティでありたいというのは、「私ってレアなキャラでしょ」みたいなのが好きなわけじゃなくて、世の明るみに出ていない素晴らしいものを発見する、パイオニア的存在に憧れるからである。いずれにせよ、おそらくは己の正しさを主張したいのである。
私が幸運であると思えば思うほど、私がそれに向けて準備をしてきたのだと。その準備が何であったかはわからない。バタフライエフェクトのように何かが作用したのかもしれない。
大切なことは、私自身がこの言葉に納得できるのであれば、心の底から信じられるのであれば、それでよいのだと思い込むことだ。
この言葉を書き留めていたことも準備かもしれない。そして今という機会に巡り合ったのだ。最近の自分は幸運に恵まれている。それでよいのだ。
最近の自分は幸運に恵まれている。しかし、嬉しい気持ちが全てではない。「幸運を取りこぼしてはならない」と、「その幸運をもたらしてくれた人に報いなければならない」と、気負っていた気がする。悪いことではない。悪いことではないからこそ、この幸運と重圧が同居するその不安定さを、怖いと思ってしまったのだ。
幸運に身を任せることについて、誰かにそっと背中を押してもらえればこの気持ちも楽になるかと、いやそんなことを期待して人にあうのも失礼ではないかと、いつまでも霧がかった心を、過去の私が書き留めていた、哲学者セネカの言葉が洗い流してくれた。
幸運とは、準備と機会が巡り合うことである。と。
流行語で自分の知らない単語がノミネートされたとき、まあ自分の知見の及ばないところなど数知れず、いつ流行ったんだよそんなの等という高慢的な思いは少しも湧いてこないが、誰がどういった流れでした発言でどのように使われてどのくらい流行したのかは知りたいと思う。
13.01.2026 03:29 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0自分はとても他人に言えないアブノーマルでマイノリティな趣味趣向の類を持っていると認識しているが、それを"わざわざ公にしなければ"誰も責めて来はしないし、この投稿でさえも「まあ誰しも一つや二つ」といったあたりで着地するだろう。自認がある故に、せめて慎ましく居たいのだ。思うに、"わざわざ「私の趣味趣向で迷惑かけてるわけじゃないんだからとやかく言わないでください」と言わなきゃいけない"その原因を作っているのは、その当人がどこかに石を投げたことが発端なんだろうな。と。
09.01.2026 05:04 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0先日、職場の人とその家族が過ごすアウトドアレジャーにご一緒させてもらったんだが、優秀な親の子は優秀なんだなという感想。小学生にあがったばかりの年齢だが、元気に遊ぶし、やりたいことはやりたいと言うし、きちんとやるし、お礼も言える。親からお願いされたこともすぐやるし、言われなくても自分で考えてやる。失礼な話だが、街中で見かける同じ年頃の子を思い出すと、大変に秀でていると感じた。
29.12.2025 04:00 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0あまり他人が楽しくやってることに水を差すようなことは言いたくないんだけど、アバターを活用して配信活動をしている人って、その時点で一定量そのキャラクターを演じることになるわけだけど、そういった人がゲーム内で役柄に徹する程ロールプレイングするの、もはやそこにその人って存在しているのかなとか、余計なお世話もいいとこなんだがそういうことを考えてしまう。
13.12.2025 16:21 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
うちの子(人、動物)が、病気なので助けてください!というクラウドファンド、救える命が増えるのはよいことだと思う一方で、それを見たら、支援しない人は見殺しにする選択を強制されているのではないか?という嫌悪感のようなものを抱かずにいられない。だから募る側に対しても、そういった人の良心につけこむ真似をしているように感じてしまって、同時にそんなことをいちいち考える自分にもまた嫌悪してしまう。
ひとまずは、受け取る側も100%協力的な考えの人からしか受け取りたくはないだろうと都合の良い解釈をして、そういったものは静観すると決めることで自分と折り合いをつけている。
名付けるということ。例えば寒さに耐える草花や野菜は越冬のため葉をすぼめて重ねたような形をとる。これをただ、冬に見られる姿と言うのもひとつだが、誰かがこれをバラのようであると見てロゼットと名付けたそうだ。これを知った瞬間に、凍えて縮こまっているだけの植物が、ただ機能美のためだけにその姿をしているのではなく、厳しさの中に美しさを表すことで、我々に自然の逞しさを伝えようとしているのではないかとすら思えるようになった。
31.10.2025 01:39 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0なんで横柄な態度をとったり不衛生な身だしなみをしているやつが我が物顔でその環境に居座れるんだろうなと思ったが、要はそいつ一人が迷惑だと大勢でけしかけるとそれをいじめだなんだと言う人がいるからだろうな。と。私はそういった話は「人権」が本質だと思っているので、人数がどうとか誰がどう感じたかとかはあまり論点だと思っていない。なので、例えば冒頭のような人間がいることによって、謙虚で清潔な人が窮屈な思いをすることのほうがよっぽど悪いことのように見える。
14.10.2025 08:43 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0人の情熱やモチベーションを炎に喩えるとして、「終わってしまった」ことに対してはそれ以上なにかを燃やせない。それが英雄譚的に思い返せることなら、そのときの熱を感じ取ることができるかもしれないが、いずれにしてもそれ以上燃えることはない。今この身を動かすのは、積み重なった炭灰の中で静かに燻る、燃えカス同然の一握りの熱である。どうして人が手持ち無沙汰を嫌い、まるで不安を抱えるかのように何かをしたくなる衝動に駆られるのかと言えば、この火を絶やすまいと必死になっているからだと気付いた。この僅かな燃えさしを頼りに、次の炎を揺らめかせる何かを探しているのだと気付いた。
12.10.2025 01:47 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
続き。
最終的に、この件はよい結果にならなかった。
それ自体はそう悲観していない。心残りなのは結局なにが正解だったのかわからないし、このままわかることは無いのだろうということ。それから、長期間それなりの熱意をもって取り組んでいたので、燻ったおもいをどこに向けたらよいかと、感じなくていい不安を抱いていること。
一方で、「もったいないことをした」という言い回しは頻繁に使っている気がする。よりよい価値のあるものや機会を逃してしまったことを悔いているのだ。つまりこちらは本来の価値観は変わっておらず、むしろその価値観からくる感想としてのみ「もったいない」という考えに至っているのだ。これは自然なことのように思える。
「面倒くさい」と同じくして、「もったいない」は形容詞であり、また形容詞は理由にならないということを裏付けたことになるだろうか。
「もったいない」という言葉があまり好きではない。本当は尊重したい価値観がもったいないからという、それらしい口実で歪められている気がしてならない。休日にベッドから出ずに寝続けることはメリハリをつけた生活を送りたいからだし、炊飯器のご飯を冷凍して新しく炊くのは炊きたてのご飯が食べたいからだし、使わないものを捨てるのはそれに代わる新しいものを置くための空間がほしいからだし、とにかくキリがない。
「もったいないから差し上げます」が、価値があるけど私には不要なのでどうぞという意味であるとするなら、「もったいないから貰います」は、要らないけど価値のあるものだから貰っておきますということだろうか。
続き。
自分の上長にこの話をしたら、自分と同じ感覚だった。りんごが何色か聞いたときに、赤と答える人はあまり魅力を感じない。と。嬉しいのは、自分自身がどちらのスタンスも受け容れられたこと、どちらも選択できるようになったこと、同じことで頭を悩ませる人の力になれるようになったこと。
彼らにとっては肉も魚も一緒だし、味噌汁もポタージュもスープだし、テクスチャがなめらかだったら全部クリームになる。
09.09.2025 23:34 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0人を見かけで判断するのが得意という自負があるんだけど(そうしないようにはしている)、おとぼけっぽいなって人の共通点として味音痴であることが最近わかってきた。もうちょっと厳密にいうと、味に関する表現が壊滅的である。
09.09.2025 23:31 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0仕事に関する面接の練習というものをした。実際に面接官を担当することのある方にお相手していただいたのだが、業界が全く違う相手なためか、根底が全く違う。普通とか常識というものが全くもって違う。例えば、言葉遣いが丁寧だと雰囲気が重たいとか、思想の部分(≒確証もない不確かなこと)を主張した方がいいとか。是とされていたものが非だし、タブーとされていたものがベターであるとされた。自分にとってはかなりの衝撃だし、環境が当たり前とか当然をつくるんだろうなと改めて思った。
30.08.2025 10:28 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 024時間という区切りはあれど、身体が24時間ぴったりに例えばゲームのスタミナみたいにリセットされるかといえばそんなことはない。と。そうなると勉学や鍛錬への時間について、1日n時間と決める・決めつけるのはベストではないかもしれない。とはいえ無尽蔵にやるのも非効率だと言われるしそもそもどこかで無理がくる。じゃあ何を区切りにするかと言われれば、寝ることなんじゃないか。と。活動のインターバルを睡眠とすれば、何時間もやるより効果があるかもしれない。寝る子は育つってそういうこと?
21.08.2025 23:51 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0よくわからんけど所属チームから出場させてもらえないのに他のチームでレンタル出場はOKなの、普通に戦力外通告じゃないの?お前は敵に行ってもなんとも思わないって言われてるようなもんじゃね?まあその状況を受け入れてる時点でアレか。
18.07.2025 12:39 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0時間という概念とその力。流行とはよく言ったもので、気付いたらその流れに乗っているし、気付かないうちに振り落とされている。たぶんこれ自体をどうにかするのは難しくて、できることと言えばせいぜいいつか衰える波をどれだけ華麗に乗りこなせるか、或いはその機を逃すまいと穏やかな日のうちに精進を続けるか、いずれにせよその時勢が自分の力とは全く別の存在だと捉えることが肝要なのだろう。と。
09.07.2025 23:56 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
ヤベーポイント
1.お前ん家ちゃうねん
2.他のやつのこと考えんのか
3.案内に「体温調節できる服でこい」って書いてあるやろがなんでお前ハーパン半袖やねん
とある試験を受けた。後ろの席のやつが会場の空調の温度を勝手にあげてて、シンプルにやべーやつだなって思った。
06.07.2025 04:19 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0諦めることと悟ることと認めることにはそれぞれどんな違いがあるだろうか
30.06.2025 00:23 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0人に何かを施すことは好きだが、回向を振りまけるほど功徳を積んだわけではない。なんなら巡り巡って自分に返ってきたらいいなどと現金な考えすらもある。それはエコーじゃろう。と。
27.06.2025 07:27 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0あながち外れてはいなかった説
30.04.2025 05:19 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0もちろんそんな意図はないし、そういう気持ちを隠そうだとかいうこともないんだけど、潜在的に無意識的にある種では悪魔じみた自分に気付いたとき、こうして執拗に事情聴取を試みることが、未来の私に向けて出来る数少ない投資になると信じている
17.04.2025 02:42 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
何でも聞いてねって言うとき、マウントを取りたがっている自分がいる気がする。聞かれたがっている自分が主体にあって、質問者に催促してるみたい。それに答えることで私は物知りであるという自尊心を満たしているのだろう。
そうじゃないときは、困ったことがあったら言ってねとか、力になれることがあったら言ってねっていう言葉を口にしている気がする。