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まど花です。海外ドラマ・映画、ロマンスとブロマンス。 【ao3】 https://archiveofourown.org/users/hananien

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ずっとヘンカポ書いてました 

ヘンカポまとめ【KCD hansry】 archiveofourown.org/works/698721...

他にもオメガバや現代AUで続き物書いたりしてます。キングダムカム:デリバランス2、貴族と従者のふたりの前作で築き上げた友情が(選択肢により)美しいロマンスに昇華する中世ヨーロッパが舞台の剣と攻城戦のゲームにご興味がありすでにプレイ済みという方はよかったら!!(絵は錬金術中にスクショしたヘンリー君のトレスです。火事になったようですね。😀)

30.08.2025 11:37 — 👍 10    🔁 3    💬 2    📌 0

sabotenn様のao3のダッシュボードはこちらです。
archiveofourown.org/users/sabote...

30.05.2025 03:36 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

拙作のゲタカラを英語に訳してくださいました。ありがたすぎて溶ける…
sabotenn様 「The Floating River」
archiveofourown.org/works/66011995

こちらは拙作「川は流れる」(グラ2、ゲタカラ)を訳してくださったものです。
sabotenn様、本当にありがとうございました😄✨

30.05.2025 03:32 — 👍 3    🔁 2    💬 1    📌 0
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大阪万博いってきました ほぼチェコ館の近をうろうろしてただけ
KCDやチェコという国がぐっと近くに感じられてすごくよかったです チェコいきたーい😭

カポン装備も着れました、重かった あの重さと不自由さを今後の創作に活かそう😄(理想語り)

07.05.2025 01:37 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
 「もっと食べななきゃだめだ」 ヘンリーの抑えられた静かな声。「あんたは体力を消耗してる。ずっと何も飲んでなかったし……」
 「ヘンリー?」 ハンスはやっとこれが現実だと受け入れ始めた。「ここで何してる?」
 「何って? 主人に食事を持ってきたんだ」
 「俺に……食事を与えてるのか」 ヘンリーはとぼけたが、ハンスにはそれに付き合っている体力がなかった。一日じゅう、夢とうつつを行き来しながら、抑えきれない欲望に溺れる体を一人でなぐさめ、濡れた指をシーツでぬぐって、次の発情の発作の予兆にもだえるのを繰り返していた。
 奥まで入れた指を曲げて自分自身を絶頂に落としたとき、まくらの中に叫んだ名前を彼ははっきりと自覚していた。
 「発情中のオメガに食事を与えてはいけない」 ハンスは無知な農民に教えてあげた。「それは……それは……」
 「求愛になるから?」 ヘンリーは平然と返した。「それって貴族のオメガに平民がやっちゃいけない唯一のことでしたっけ?」
 「身分は関係ない」 ハンスは言った。もっとしっかり体を起こそうとしたが、肘から下に力が入らなかった。崩れかけた姿勢をヘンリーの手が支えた。
 「身分は関係ない……」 彼はもう一度言った。「いや、関係ある……おまえは……俺の従者だ。俺の……。だから、こんなことにおまえを使っちゃいけない。俺の発情に付き合わせるのは……夢の中でだけにしないと……」
 呼気が多めの笑いにさらされ、ハンスは目を閉じた。発情の発作が近い。また体温が上がり、尻

 「もっと食べななきゃだめだ」 ヘンリーの抑えられた静かな声。「あんたは体力を消耗してる。ずっと何も飲んでなかったし……」  「ヘンリー?」 ハンスはやっとこれが現実だと受け入れ始めた。「ここで何してる?」  「何って? 主人に食事を持ってきたんだ」  「俺に……食事を与えてるのか」 ヘンリーはとぼけたが、ハンスにはそれに付き合っている体力がなかった。一日じゅう、夢とうつつを行き来しながら、抑えきれない欲望に溺れる体を一人でなぐさめ、濡れた指をシーツでぬぐって、次の発情の発作の予兆にもだえるのを繰り返していた。  奥まで入れた指を曲げて自分自身を絶頂に落としたとき、まくらの中に叫んだ名前を彼ははっきりと自覚していた。  「発情中のオメガに食事を与えてはいけない」 ハンスは無知な農民に教えてあげた。「それは……それは……」  「求愛になるから?」 ヘンリーは平然と返した。「それって貴族のオメガに平民がやっちゃいけない唯一のことでしたっけ?」  「身分は関係ない」 ハンスは言った。もっとしっかり体を起こそうとしたが、肘から下に力が入らなかった。崩れかけた姿勢をヘンリーの手が支えた。  「身分は関係ない……」 彼はもう一度言った。「いや、関係ある……おまえは……俺の従者だ。俺の……。だから、こんなことにおまえを使っちゃいけない。俺の発情に付き合わせるのは……夢の中でだけにしないと……」  呼気が多めの笑いにさらされ、ハンスは目を閉じた。発情の発作が近い。また体温が上がり、尻

の間が濡れてくるのを感じた。
 自分自身の香りでむせ返りそうになる。ふだんはヘンリー特製の、彼と出会う以前は城でお抱えの医者に作らせていた抑制薬でおさえていた香りが部屋に充満している。きっと廊下にももれているだろう。アルファを狂わせるこの香りを、包囲戦中の城の中で放つのがどれだけ危険で迷惑なことか、ハンスは理解している。はじめのうちは楽観的だった。薬の効き目が切れる前に援軍が来て戦いは終わると思っていた。周期的にもまだ先のはずだった。
 ストレス、不十分な食事と不規則な睡眠、先の見えない未来にぼんやりとちらつく婚約話、そういったものがすべて重なって、そして手の届く範囲に常に彼の恋焦がれるアルファがいて、気づいたときにはハンスは自分のうなじから百合とりんごの香りをかいでいた。すぐ横で靴を磨いていたヘンリーも気づいて、ぽかんと口をあけた間抜けな顔で彼を見つめていた。ハンスは自分が発情期に入ってしまったことを従者に短く宣言し、混乱を防ぐために部屋に閉じこもることを、ジシュカとピセックに伝えるように指示をした。ヘンリーはすぐに動き始めた。ハンスは自分の部屋に向かってよろよろと歩き始めた。途中で汗をかいたヘンリーが戻ってきて彼の体を支え、部屋に入って中から鍵をかけるまで確認してくれた。
 ベッドに倒れ込んですぐに服の上から体を触った。発情しながら濡れた服を脱ぐのは大変だった。
 彼は自分の世話をしてくれるアルファを強く望んだ。彼のアルファを。ハンスは自分を見つめる従者の青い目を想像しながら濡れた穴に指を入れた。

の間が濡れてくるのを感じた。  自分自身の香りでむせ返りそうになる。ふだんはヘンリー特製の、彼と出会う以前は城でお抱えの医者に作らせていた抑制薬でおさえていた香りが部屋に充満している。きっと廊下にももれているだろう。アルファを狂わせるこの香りを、包囲戦中の城の中で放つのがどれだけ危険で迷惑なことか、ハンスは理解している。はじめのうちは楽観的だった。薬の効き目が切れる前に援軍が来て戦いは終わると思っていた。周期的にもまだ先のはずだった。  ストレス、不十分な食事と不規則な睡眠、先の見えない未来にぼんやりとちらつく婚約話、そういったものがすべて重なって、そして手の届く範囲に常に彼の恋焦がれるアルファがいて、気づいたときにはハンスは自分のうなじから百合とりんごの香りをかいでいた。すぐ横で靴を磨いていたヘンリーも気づいて、ぽかんと口をあけた間抜けな顔で彼を見つめていた。ハンスは自分が発情期に入ってしまったことを従者に短く宣言し、混乱を防ぐために部屋に閉じこもることを、ジシュカとピセックに伝えるように指示をした。ヘンリーはすぐに動き始めた。ハンスは自分の部屋に向かってよろよろと歩き始めた。途中で汗をかいたヘンリーが戻ってきて彼の体を支え、部屋に入って中から鍵をかけるまで確認してくれた。  ベッドに倒れ込んですぐに服の上から体を触った。発情しながら濡れた服を脱ぐのは大変だった。  彼は自分の世話をしてくれるアルファを強く望んだ。彼のアルファを。ハンスは自分を見つめる従者の青い目を想像しながら濡れた穴に指を入れた。

 あれから一日は経ったのだろうか。ほとんどを欲望にかすんだ夢の中で過ごした気がする。
 「キスしてもいいですか?」
 ぽつりと落とされた言葉の幼さに、ハンスは笑った。喉を鳴らして笑い続けるハンスを彼の上にいる者がゆすった。
 「笑わないで! ハンス、お願い……答えが必要なんだ」
 思いがけない切望に満ちた声を聞いて、ハンスは目を開けた。
 夢にしては鮮明なクマのあるヘンリーが、眉を下げて彼を見ていた。
 「あんたを助けたい。薬を作ろうとしたけど、材料が集まらなかったんだ。これ以上発情を長引かせるとあんたの身が危険だ。だから……あんたの安全のために……その……」 ヘンリーは唇を噛み、目を閉じ、首を振った。そしてもう一度目を開け、しっかりとハンスの目を見すえた。「ちがう、ちがう――そうじゃない、そんな言い訳をするべきじゃない。俺はずっとこうしたかった――こんな機会があるなら――ずっと……もしも自分にこんなチャンスが与えられたら、絶対に逃すものかと思っていた――あんたに触れることを許されるなら……。俺が、あんたを必要としてるんだ」
 「おまえは俺の従者だ、ヘンリー」 ハンスは言った。ヘンリーの顔が悲しそうにゆがむのを見て、重い腕をなんとか動かし、慰めるために頬に触れた。
 「おまえをこんなことに使うのは不適切だ。俺がそうしたいからといって、欲望に付き合わせるなんて……すごく、いけないことだ。ちがうか?」
 「欲望ですか、閣下?」 ヘンリーは頬に置かれ

 あれから一日は経ったのだろうか。ほとんどを欲望にかすんだ夢の中で過ごした気がする。  「キスしてもいいですか?」  ぽつりと落とされた言葉の幼さに、ハンスは笑った。喉を鳴らして笑い続けるハンスを彼の上にいる者がゆすった。  「笑わないで! ハンス、お願い……答えが必要なんだ」  思いがけない切望に満ちた声を聞いて、ハンスは目を開けた。  夢にしては鮮明なクマのあるヘンリーが、眉を下げて彼を見ていた。  「あんたを助けたい。薬を作ろうとしたけど、材料が集まらなかったんだ。これ以上発情を長引かせるとあんたの身が危険だ。だから……あんたの安全のために……その……」 ヘンリーは唇を噛み、目を閉じ、首を振った。そしてもう一度目を開け、しっかりとハンスの目を見すえた。「ちがう、ちがう――そうじゃない、そんな言い訳をするべきじゃない。俺はずっとこうしたかった――こんな機会があるなら――ずっと……もしも自分にこんなチャンスが与えられたら、絶対に逃すものかと思っていた――あんたに触れることを許されるなら……。俺が、あんたを必要としてるんだ」  「おまえは俺の従者だ、ヘンリー」 ハンスは言った。ヘンリーの顔が悲しそうにゆがむのを見て、重い腕をなんとか動かし、慰めるために頬に触れた。  「おまえをこんなことに使うのは不適切だ。俺がそうしたいからといって、欲望に付き合わせるなんて……すごく、いけないことだ。ちがうか?」  「欲望ですか、閣下?」 ヘンリーは頬に置かれ

た手を自分の手で包んだ。「どんな?」
 「おまえに抱かれたい」 ハンスは秘密を明かすようにささやいた。「おまえは強いアルファだ、ヘンリー……。俺をよく世話してくれる。俺に仕えながら、どんどん大きくなるおまえを見てきた……」
 ヘンリーの鼻孔がふくらみ、のどぼとけが上下するのが見えた。
 「いつからそんなふうに思ってたんだ?」
 「いつから? そうだな、たぶん……」
 ハンスは、矢傷も生々しい青年が貴族たちの会議の場に現れ、年齢にふさわしくない堂々とした態度で話はじめた時のことを思い返した。
 「最初から」
 「最初って?」
 「おまえは憶えてないのか」
 「ハンス……」 ヘンリーの顔はとても近いところにあった。ハンスはまばたきをするとまつ毛で彼の鼻に触れることができた。
 「キスしてもいいですか?」
 「だめだ」
 ハンスは従者の首の後ろに腕をかけて引き寄せ、キスをした。
 
 *

 「ゆうべ塔の近くで騒いでいた猫を誰か捕まえたか? 猫でもいいから肉入りスープが食べたいぜ」 ――預言者サミュエルがキャサリンとジシュカに食堂からつまみ出された時の言葉(彼はとても後悔している!)

た手を自分の手で包んだ。「どんな?」  「おまえに抱かれたい」 ハンスは秘密を明かすようにささやいた。「おまえは強いアルファだ、ヘンリー……。俺をよく世話してくれる。俺に仕えながら、どんどん大きくなるおまえを見てきた……」  ヘンリーの鼻孔がふくらみ、のどぼとけが上下するのが見えた。  「いつからそんなふうに思ってたんだ?」  「いつから? そうだな、たぶん……」  ハンスは、矢傷も生々しい青年が貴族たちの会議の場に現れ、年齢にふさわしくない堂々とした態度で話はじめた時のことを思い返した。  「最初から」  「最初って?」  「おまえは憶えてないのか」  「ハンス……」 ヘンリーの顔はとても近いところにあった。ハンスはまばたきをするとまつ毛で彼の鼻に触れることができた。  「キスしてもいいですか?」  「だめだ」  ハンスは従者の首の後ろに腕をかけて引き寄せ、キスをした。    *  「ゆうべ塔の近くで騒いでいた猫を誰か捕まえたか? 猫でもいいから肉入りスープが食べたいぜ」 ――預言者サミュエルがキャサリンとジシュカに食堂からつまみ出された時の言葉(彼はとても後悔している!)

(3/3)キングダムカム2(KCD2) ヘンカポ(ハンスリー)
「オメガと包囲戦」

01.05.2025 12:41 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0
たが、ベラドンナのような毒草は誤って家畜が食べないよう生やさないようにしていると言っていた。ケシは乾燥させたのが保管庫にあったが、痛み止め用にとっておくべきだとムーサーが」
 「忌々しいなまぐさ医師め! 何も知らないくせに!」 ヘンリーの命の恩人への敬意を欠いた発言は、井戸の底に落ちて響きわたった。彼は井戸のへりに手をついてうなだれた。
 「カポン卿はいまどうしてるの?」
 キャサリンが気づかった。隣にいたサミュエルが肩をすくめて言った。「発情期のオメガがすることをしてるんだろ。面倒なことが起こる前に、彼の部屋をもっと塔の高いところにするか、地下に入れないと。アルファの兵士が迷っちまう。食堂に行くたびににおいがするんだ」
 ヤノシュ、ゴドウィン、ジシュカの三人が、気が狂ったねずみを見るかのように若いサミュエルを見つめた。サミュエルは視線を感じてたじろいだ。
 「なんだ、あんたらもアルファだからわかるだろ。ただでさえ腹が減って皆気が立ってるんだ、食堂の近くで発情期のオメガの匂いなんて嗅ぎ続けたら、妙な気を起こすバカがいてもおかしくないだろ……」
 ヘンリーの深い呼吸と、なぜか彼の手の中でくだけた井戸の縁の一部が水の中に落ちる音がした。
 キャサリンは若いユダヤ人の腕をがっしりとつかみ、鍛冶場のほうへ歩き出した。
 「どこに連れてく!」
 「火の側で、オメガへの口の利き方を教えてあげる。せっかくできた兄弟に頭をかち割られたくないでしょう?」 

たが、ベラドンナのような毒草は誤って家畜が食べないよう生やさないようにしていると言っていた。ケシは乾燥させたのが保管庫にあったが、痛み止め用にとっておくべきだとムーサーが」  「忌々しいなまぐさ医師め! 何も知らないくせに!」 ヘンリーの命の恩人への敬意を欠いた発言は、井戸の底に落ちて響きわたった。彼は井戸のへりに手をついてうなだれた。  「カポン卿はいまどうしてるの?」  キャサリンが気づかった。隣にいたサミュエルが肩をすくめて言った。「発情期のオメガがすることをしてるんだろ。面倒なことが起こる前に、彼の部屋をもっと塔の高いところにするか、地下に入れないと。アルファの兵士が迷っちまう。食堂に行くたびににおいがするんだ」  ヤノシュ、ゴドウィン、ジシュカの三人が、気が狂ったねずみを見るかのように若いサミュエルを見つめた。サミュエルは視線を感じてたじろいだ。  「なんだ、あんたらもアルファだからわかるだろ。ただでさえ腹が減って皆気が立ってるんだ、食堂の近くで発情期のオメガの匂いなんて嗅ぎ続けたら、妙な気を起こすバカがいてもおかしくないだろ……」  ヘンリーの深い呼吸と、なぜか彼の手の中でくだけた井戸の縁の一部が水の中に落ちる音がした。  キャサリンは若いユダヤ人の腕をがっしりとつかみ、鍛冶場のほうへ歩き出した。  「どこに連れてく!」  「火の側で、オメガへの口の利き方を教えてあげる。せっかくできた兄弟に頭をかち割られたくないでしょう?」 

 「あんたはベータだろうが!」
 「こうなったら夜中に砦を脱出して森を探してくるしかない」 ヘンリーは赤い目を上げて隊長に向けた。「ジシュカ、悪いけど――」
 「ああ悪い。許可できない」
 「求めてない。俺は行く」
 「今は包囲戦の最中だ。脱走兵になるには最悪のタイミングだぞ」
 「脱走じゃない! 必要な薬草を採ったらすぐに戻ってくる!」
 「ヘンリー、冷静になってよく考えろ。森まで無事に辿り着けるわけがない。おまえが死んだらハンス卿と私たちがどうなると思う?」
 ゴドウィンが言った。
 「俺は死なない。絶対に戻ってくる。カポンには薬が必要だ」 ヘンリーは食いしばった歯の間でささやいた。
 「それには同意しかねる。カポン卿に必要なのは薬草でも薬でも地下室でもない」
 ヤノシュが語気強く語り始めた。全員が彼を見た。
 「なんだ。もったいつけずに言ってみろ」
 こめかみをさすりながらジシュカが渋々と促した。ヤノシュはうれしそうに手を広げてうったえた。
 「あの若い貴族のオメガに必要なのは、同じように若くて強い繁殖馬の、熱く肥大した……」
 「ソーセージと言ったら打つ!」 ジシュカは片手で目を覆い、片手を腰の剣の柄にかけた。
 「天を突くほど硬い……」
 「わかった、言いたいことはわかったから、神にかけて、もう黙れ」

 「あんたはベータだろうが!」  「こうなったら夜中に砦を脱出して森を探してくるしかない」 ヘンリーは赤い目を上げて隊長に向けた。「ジシュカ、悪いけど――」  「ああ悪い。許可できない」  「求めてない。俺は行く」  「今は包囲戦の最中だ。脱走兵になるには最悪のタイミングだぞ」  「脱走じゃない! 必要な薬草を採ったらすぐに戻ってくる!」  「ヘンリー、冷静になってよく考えろ。森まで無事に辿り着けるわけがない。おまえが死んだらハンス卿と私たちがどうなると思う?」  ゴドウィンが言った。  「俺は死なない。絶対に戻ってくる。カポンには薬が必要だ」 ヘンリーは食いしばった歯の間でささやいた。  「それには同意しかねる。カポン卿に必要なのは薬草でも薬でも地下室でもない」  ヤノシュが語気強く語り始めた。全員が彼を見た。  「なんだ。もったいつけずに言ってみろ」  こめかみをさすりながらジシュカが渋々と促した。ヤノシュはうれしそうに手を広げてうったえた。  「あの若い貴族のオメガに必要なのは、同じように若くて強い繁殖馬の、熱く肥大した……」  「ソーセージと言ったら打つ!」 ジシュカは片手で目を覆い、片手を腰の剣の柄にかけた。  「天を突くほど硬い……」  「わかった、言いたいことはわかったから、神にかけて、もう黙れ」

 ゴドウィンも両手で顔をおおった。
 炎天下でも鎧を外せないこと、食料が尽きかけていること、高貴なオメガが発情中なこと、そのどれもが不本意にもいま彼らに下されている試練だった。
 耳に心地良く、万人が賛成する解決策などあるはずがない。
 「ヤノシュはただしい。カポン卿に必要なのは薬ではなく君だ」
 ゴドウィンは胸中でのみ十字を切り、若い友人のために勇気がこの地にあることを祈った。
 ヘンリーは射られるとわかって射手を凝視するときの牡鹿のように固まっていた。
 「今夜は主塔に衛兵は置かないことにする。それはできるか? 隊長」
 ジシュカはうなずいた。「ああ。胸壁に余計に配置すれば大丈夫だろう」
 ゴドウィンは立ち上がって若いアルファの友人の肩を叩き、励ました。「主君の側にいてあげなさい。彼が必要なことをして、その、あー、彼の世話をしてやるといい。音は気にせずに」
 「もしもお前が望まないなら、俺がやる」 固まっているヘンリーに、ジシュカが言った。「サミュエルのいうことも一理ある。今はまだ兵士たちは戸惑っているだけだが、時間がたつにつれ面倒ごとは起きるだろう。鉄兜をかぶっただけの農民が貴族を襲ったなんて事件を抱える余裕はないんだ。一刻も早く彼の発情を止めなければ。お前がやれないというなら、この作戦の責任者として、俺が」
 ヘンリーは猛然とジシュカの目前に迫り、その胸倉をつかんだ。

 ゴドウィンも両手で顔をおおった。  炎天下でも鎧を外せないこと、食料が尽きかけていること、高貴なオメガが発情中なこと、そのどれもが不本意にもいま彼らに下されている試練だった。  耳に心地良く、万人が賛成する解決策などあるはずがない。  「ヤノシュはただしい。カポン卿に必要なのは薬ではなく君だ」  ゴドウィンは胸中でのみ十字を切り、若い友人のために勇気がこの地にあることを祈った。  ヘンリーは射られるとわかって射手を凝視するときの牡鹿のように固まっていた。  「今夜は主塔に衛兵は置かないことにする。それはできるか? 隊長」  ジシュカはうなずいた。「ああ。胸壁に余計に配置すれば大丈夫だろう」  ゴドウィンは立ち上がって若いアルファの友人の肩を叩き、励ました。「主君の側にいてあげなさい。彼が必要なことをして、その、あー、彼の世話をしてやるといい。音は気にせずに」  「もしもお前が望まないなら、俺がやる」 固まっているヘンリーに、ジシュカが言った。「サミュエルのいうことも一理ある。今はまだ兵士たちは戸惑っているだけだが、時間がたつにつれ面倒ごとは起きるだろう。鉄兜をかぶっただけの農民が貴族を襲ったなんて事件を抱える余裕はないんだ。一刻も早く彼の発情を止めなければ。お前がやれないというなら、この作戦の責任者として、俺が」  ヘンリーは猛然とジシュカの目前に迫り、その胸倉をつかんだ。

 「彼は俺の」 ヘンリーは言った。「……俺の主人だ。俺がやる」
 「そのほうがいい」 ジシュカはうなずき、ヘンリーの肩を二回叩いた。
 ヤノシュが足踏みした。「ちょっと待ってろ」
 彼はいちど厨房に引っ込み、革袋に入ったワインを持って戻ってきた。
 「本当は堀を突破された時の景気づけにみんなに飲ませようと取っておいたんだがな。まあ、戦場でも戦争はロマンスに勝てないのさ」
 彼はウインクをしてヘンリーに革袋を渡した。

 *

 ハンスは食べ物の香りで目が覚めた。
 「起きたか。ハンス、少し食べれるか?」 彼が夢で見ていた従者の声が耳の側で聞こえた。力強い手がシーツと背中の間に入り込み、空いたすきまにまくらが重ねられて上体が起こされた。
 「ほら、ワインとパンのスープだ……口を開けて」
 ハンスは言われるまま口を開けた。ワインに漬けてやわらかくなったパンが舌の上にそっと押し込まれた。乾いた口にはあまりにも美味で、ハンスはすぐに次のひとくちが欲しくなる。彼が求めるように口を開くと、すぐにまたワイン漬のパンが口に入ってきた。
 甘味の中にわずかな塩気を感じ、ハンスはパンと一緒に入ってきた指に舌を押し付けた。その味はワインよりも彼を酔わせ、パンよりも強く食欲を刺激した。
 上の歯で甘噛みすると、惜しくも指は離れていってしまった。

 「彼は俺の」 ヘンリーは言った。「……俺の主人だ。俺がやる」  「そのほうがいい」 ジシュカはうなずき、ヘンリーの肩を二回叩いた。  ヤノシュが足踏みした。「ちょっと待ってろ」  彼はいちど厨房に引っ込み、革袋に入ったワインを持って戻ってきた。  「本当は堀を突破された時の景気づけにみんなに飲ませようと取っておいたんだがな。まあ、戦場でも戦争はロマンスに勝てないのさ」  彼はウインクをしてヘンリーに革袋を渡した。  *  ハンスは食べ物の香りで目が覚めた。  「起きたか。ハンス、少し食べれるか?」 彼が夢で見ていた従者の声が耳の側で聞こえた。力強い手がシーツと背中の間に入り込み、空いたすきまにまくらが重ねられて上体が起こされた。  「ほら、ワインとパンのスープだ……口を開けて」  ハンスは言われるまま口を開けた。ワインに漬けてやわらかくなったパンが舌の上にそっと押し込まれた。乾いた口にはあまりにも美味で、ハンスはすぐに次のひとくちが欲しくなる。彼が求めるように口を開くと、すぐにまたワイン漬のパンが口に入ってきた。  甘味の中にわずかな塩気を感じ、ハンスはパンと一緒に入ってきた指に舌を押し付けた。その味はワインよりも彼を酔わせ、パンよりも強く食欲を刺激した。  上の歯で甘噛みすると、惜しくも指は離れていってしまった。

(2/3)キングダムカム2(KCD2) ヘンカポ(ハンスリー)
「オメガと包囲戦」

01.05.2025 12:41 — 👍 2    🔁 0    💬 1    📌 0
 「あの目立ちたがりカポンもまさか包囲中に発情期にはならないだろうさ」 ――包囲戦最初の日のサミュエルの言葉。あるいは不吉な預言者として名をはせるようになった男の最期の言葉(彼は後悔している!)

 *

 「……あとはケシとベラドンナだけ。どこかに一本くらい生えているはずだ。誰か見つけたか? 誰も? クソ、役に立たないな。ちゃんと便所の周りも這って探したのか?」
 夕暮れのスフドル。中庭の井戸のまわりをヘンリーは片頭痛持ちのクマのようにグルグルと歩き回っていた。厨房の入口にもたれかかったヤノシュと、その横のベンチに腰かけたゴドウィン、井戸から五歩以上下がった安全な場所でジシュカとキャサリンとサミュエルが、今にも暴発しそうな火器を警戒するような目で彼を注視していた。
 「もういい、ヘンリー。ハンス卿も便所の周りに咲いていた花から作った薬を飲みたくはないだろう」
 疲れた相貌で諭すゴドウィンを振り返り、ヘンリーは目を見開いた。「飲みたくない? 飲みたいとか、飲みたくないとか、そういう次元の話をしていると思っているのか? ゴドウィン、彼は飲まなきゃいけないんだ! 便所から生えた草だろうが、クビエンカのベッドから生えたキノコだろうが、材料がなんだって関係ない! 彼には抑制薬が必要なんだ!」
 「すみずみまで探した」 ジシュカが組んでいた腕を下ろして言った。「ピセック卿にも聞いてみ

 「あの目立ちたがりカポンもまさか包囲中に発情期にはならないだろうさ」 ――包囲戦最初の日のサミュエルの言葉。あるいは不吉な預言者として名をはせるようになった男の最期の言葉(彼は後悔している!)  *  「……あとはケシとベラドンナだけ。どこかに一本くらい生えているはずだ。誰か見つけたか? 誰も? クソ、役に立たないな。ちゃんと便所の周りも這って探したのか?」  夕暮れのスフドル。中庭の井戸のまわりをヘンリーは片頭痛持ちのクマのようにグルグルと歩き回っていた。厨房の入口にもたれかかったヤノシュと、その横のベンチに腰かけたゴドウィン、井戸から五歩以上下がった安全な場所でジシュカとキャサリンとサミュエルが、今にも暴発しそうな火器を警戒するような目で彼を注視していた。  「もういい、ヘンリー。ハンス卿も便所の周りに咲いていた花から作った薬を飲みたくはないだろう」  疲れた相貌で諭すゴドウィンを振り返り、ヘンリーは目を見開いた。「飲みたくない? 飲みたいとか、飲みたくないとか、そういう次元の話をしていると思っているのか? ゴドウィン、彼は飲まなきゃいけないんだ! 便所から生えた草だろうが、クビエンカのベッドから生えたキノコだろうが、材料がなんだって関係ない! 彼には抑制薬が必要なんだ!」  「すみずみまで探した」 ジシュカが組んでいた腕を下ろして言った。「ピセック卿にも聞いてみ

(1/3)キングダムカム2(KCD2) ヘンカポ(ハンスリー)
「オメガと包囲戦」 9枚

アルファヘンリー/オメガハンス

スフドル包囲戦中に予期せぬ発情期に入ったハンスと、周囲の善良な大人たちに説得されて覚悟を決めるヘンリー君。

01.05.2025 12:41 — 👍 3    🔁 0    💬 1    📌 0

KCD2の二次創作するのに夢中になっています😇(近況)
ぴくしぶで長編(傷ついても倒れない)連載中です。ao3にもまとめてます。
ao3のヘンカポシリーズのページ🔽
archiveofourown.org/series/4787005

01.05.2025 12:25 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
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#1 傷ついても倒れない 1 | 傷ついても倒れない - まど花の小説シリーズ - pixiv 岩壁に当たる強い雨音が、耳の奥で渦を巻くようにうなっていた。 首筋を撫でる雨の夜の湿気と、暖炉の中で燃え盛るオレンジ色の炎の熱さ。 彼は右手を左腰に下げた剣の柄に伸ばした。 空に稲妻が走ったのが見えた。 窓の前に立つ男が振り返った。 「……だが戦争は……奪うと同時に人生に目的を与...

KCD2 ヘンカポ 【傷ついても倒れない】
www.pixiv.net/novel/show.p...

性懲りもなく続きものを書く。でもこれには思い切り書きたいものを詰め込むつもり。ヘンリーの騎士叙任式、盗賊退治、エリックとの因縁、復讐。(微妙な父子関係も😄) 資料読んでるあいだに熱冷めるくらいなら妄想で突き進むことも辞さない覚悟(堕落者)

08.04.2025 02:50 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

中世チェコについて勉強しようと思って買った本、分厚すぎてどこから読めばいいかわからない えっ全部読むんですか…そっかあ😇

08.04.2025 02:23 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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今日のヘンカポ #kcd2

03.04.2025 13:13 — 👍 5    🔁 0    💬 0    📌 0

ファーニンダイすごかった

02.04.2025 14:25 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

今日道が異様に空いてたのはなぜだ みんなニンダイに備えてモニターの前で待機してるのかな🫠

02.04.2025 12:40 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0
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今日の #kcd2

30.03.2025 14:19 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
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#KCD2 #ヘンカポ 愛 - まど花の小説 - pixiv 図書室の色ガラスがはめ込まれた小さな窓の前に立って、ヘンリーは夕暮れのササウの街を見下ろした。街にはまだ賑わいがあるが、市場の口上は終わり、厩舎の埃は落ち着いて、酒場に人が集まりはじめている。鍛冶屋の煙が紫の空に立ち上って消え、今日最後の品を窯から出したパン屋の香ばしい良い匂いは、...

【愛】
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こっちはゲーム本編から5、6年後を妄想したヘンカポ 1万文字くらい

29.03.2025 13:48 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
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【ヘンカポ小話まとめ】
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キングダムカムデリバランス2 ヘンリー/ハンス(ヘンカポ)小話まとめたのでよろしくお願いします🫶🏻
みんなヘンカポを書くのだ さあ…

29.03.2025 13:45 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

ブルースカイを(私にとっての)チナミにはすまいとあれほど思っていたのに気づいたら向こうを更新している👹

29.03.2025 13:40 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

最近は向こうもキングダムカム2日記みたいになって申し訳ないが、今日はクマン人と酒を飲むクエスト「侵入者」をやり、想像を超える展開に度肝を抜かれた いい声すぎてびびる

24.03.2025 14:23 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
感心したよ。あの采配はさすがとしか言いようがない」
 ハンスはまくらの上でひじをついて、オレンジ色の火に舐められたヘンリーの顔を見上げる。「領主の寛大さを宣伝するためでなければ、どうしてあんな面倒な儀式を毎月行うんだ?」
 「さあな。役に立つからかもな。農民や職人の率直な訴えを聞いて民のための統治をしたいって考えている、本当に寛大な領主がいるからかもな」
 「ふん。終わってからおだてても無意味だぞ」
 「何を。本心です、閣下」
 ヘンリーがシワだらけの下着姿で正式なお辞儀をしたので、ハンスは彼のヘソにまくらを投げつけた。ヘンリーはなんなく手で受け止めて笑った。あっという間にベッドに戻って、領主の胸に押し付けたまくらごと抱きしめてキスをした。
 「……で?」 まだ鼻が触れたままでハンスはたずねた。「あの牛飼いに会って何を聞いた? または、何を余計なことを言った?」
 「余計なことなんて言ってない」
 ハンスは目を細めた。純朴そうな顔で否定するヘンリーを信じられたのはハイネクが生まれる前までだった。
 ヘンリーは負けを認めて肩の力を抜いた。彼は主人の胸の上に置いたまくらに頬をうずめた。
 「少し……もしかしたら少し、期待させてしまったかもしれない。こう言ったんだ、誰かが彼に同行して、詳しく調べるべきだって。シモンはクマが戻ってくるのを怖がってる。自分だけが心配なんじゃなくて、村のほうまで降りて行って被害が広まるのを恐れているんだ。そういう不安はすぐに村人の間で伝染するし、疫病よりも恐ろしいの

感心したよ。あの采配はさすがとしか言いようがない」  ハンスはまくらの上でひじをついて、オレンジ色の火に舐められたヘンリーの顔を見上げる。「領主の寛大さを宣伝するためでなければ、どうしてあんな面倒な儀式を毎月行うんだ?」  「さあな。役に立つからかもな。農民や職人の率直な訴えを聞いて民のための統治をしたいって考えている、本当に寛大な領主がいるからかもな」  「ふん。終わってからおだてても無意味だぞ」  「何を。本心です、閣下」  ヘンリーがシワだらけの下着姿で正式なお辞儀をしたので、ハンスは彼のヘソにまくらを投げつけた。ヘンリーはなんなく手で受け止めて笑った。あっという間にベッドに戻って、領主の胸に押し付けたまくらごと抱きしめてキスをした。  「……で?」 まだ鼻が触れたままでハンスはたずねた。「あの牛飼いに会って何を聞いた? または、何を余計なことを言った?」  「余計なことなんて言ってない」  ハンスは目を細めた。純朴そうな顔で否定するヘンリーを信じられたのはハイネクが生まれる前までだった。  ヘンリーは負けを認めて肩の力を抜いた。彼は主人の胸の上に置いたまくらに頬をうずめた。  「少し……もしかしたら少し、期待させてしまったかもしれない。こう言ったんだ、誰かが彼に同行して、詳しく調べるべきだって。シモンはクマが戻ってくるのを怖がってる。自分だけが心配なんじゃなくて、村のほうまで降りて行って被害が広まるのを恐れているんだ。そういう不安はすぐに村人の間で伝染するし、疫病よりも恐ろしいの

は不安と、上役がまともに取り扱ってくれないっていう不満が蔓延することだ。冬が近いってことが不安に拍車をかけてる、今の時期に活発なクマがどれほど厄介かわかるだろ。成果がどうあれ、城から調査のために人が遣わされたって事実があれば、シモンも村人も安心するはずだ。確かに、彼の話の大部分は幻想的だったけど、聞くと死骸の処理は解体人に頼んだそうだ。つまり、首のない牛の死骸を実際に見たの彼自身だけじゃないってことだ。牛の親子を襲った大きな獣がいるのは事実なんだ」
 「だから、そのために金と人を貸してやったんじゃないか」 ハンスは無精ひげの頬を両手ではさんで持ち上げ、目線を合わせる。「そもそもだ、ヘンリー。わが国にクマはいない。腹を空かせて森をうろつく動物の中で最も危険なのは、盗賊か放浪中のクマン人だ」
 「あー、それも言ったんだ。よけいに怯えさせてしまった」
 「ヘンリー!」
 「まあ、大きなクマにしろ太った盗賊にしろ、何か危険な生き物が北の村の近くにいることは確かなんだ。金と作業員だけを乗せた荷車だけを帰すのはちょっと……かわいそうじゃないか。誰か一人兵士を付けても害にはならないだろ?」
 「それで、その“誰か”は誰だ? 僻地まで村人の護衛をして、成果の期待されない調査をして、その途中で野生動物か盗賊のクマン人に襲われるかもしれない仕事を誰に任せる?」
 「ええと……俺とか?」
 「ヘンリー、ヘンリー。ああ、ヘンリー」
 ハンスは従者の耳に指をかけ、犬を撫でるがご

は不安と、上役がまともに取り扱ってくれないっていう不満が蔓延することだ。冬が近いってことが不安に拍車をかけてる、今の時期に活発なクマがどれほど厄介かわかるだろ。成果がどうあれ、城から調査のために人が遣わされたって事実があれば、シモンも村人も安心するはずだ。確かに、彼の話の大部分は幻想的だったけど、聞くと死骸の処理は解体人に頼んだそうだ。つまり、首のない牛の死骸を実際に見たの彼自身だけじゃないってことだ。牛の親子を襲った大きな獣がいるのは事実なんだ」  「だから、そのために金と人を貸してやったんじゃないか」 ハンスは無精ひげの頬を両手ではさんで持ち上げ、目線を合わせる。「そもそもだ、ヘンリー。わが国にクマはいない。腹を空かせて森をうろつく動物の中で最も危険なのは、盗賊か放浪中のクマン人だ」  「あー、それも言ったんだ。よけいに怯えさせてしまった」  「ヘンリー!」  「まあ、大きなクマにしろ太った盗賊にしろ、何か危険な生き物が北の村の近くにいることは確かなんだ。金と作業員だけを乗せた荷車だけを帰すのはちょっと……かわいそうじゃないか。誰か一人兵士を付けても害にはならないだろ?」  「それで、その“誰か”は誰だ? 僻地まで村人の護衛をして、成果の期待されない調査をして、その途中で野生動物か盗賊のクマン人に襲われるかもしれない仕事を誰に任せる?」  「ええと……俺とか?」  「ヘンリー、ヘンリー。ああ、ヘンリー」  ハンスは従者の耳に指をかけ、犬を撫でるがご

とく揺さぶる。「おまえは誰だ? 夜中に商店の通りを巡回する兵士か? バーナードに恫喝されながら胸壁を警備する衛兵か?」
 「あんたの騎士です、ハンス卿」 ヘンリーは歯を噛み締めて笑顔を作り、頬を膨らます。
 「ああ、そうだったっけ。そういえば、一年くらい前にここの中庭で叙任式をやったよな。その時作ってやったサーコートに文句を言った生意気で恩知らずの騎士がいたよ。それがおまえだったよな」
 「あんたは俺の口の減らないいじわるで高慢なご主人様だ」 城から出ることが少なくなったせいで白いハンスの手を取り、ヘンリーは口元に持っていく。「俺の唯一の主人だ」
 「ああ、そうか。だから今夜はあんなに熱心だったんだな。おまえの唯一の主人が許せば、明日の朝は小袋にりんごを詰めて馬上の旅だ。簡単だな。そんなに旅が恋しいのか?」
 「え? 本気で傷つく。俺はいつも熱心にあんたを抱いてるつもりなのに」
 「ヘンリー、おまえ……」 にこにこと屈託のない笑顔に照らされて、ハンスは言葉を失う。ついにため息を吐いて、両手を顔の横に落とした。
 「“家ほどの大きなクマ”か」
 「“家ほどの大きなクマ”だ、ハンス。異国の神話集で読んだ、英雄が変身した獣かもしれない! 本当かどうか確かめないと」
 「わかった、わかったよ。愚かな私生児め。その好奇心がおれを殺すんだ。せいぜい退屈な旅をして、死んだ牛の小屋を這いつくばって調べてくるといいさ。そうして見つけたのがクマン人の野営地だったとしても、がっかりするなよ」

とく揺さぶる。「おまえは誰だ? 夜中に商店の通りを巡回する兵士か? バーナードに恫喝されながら胸壁を警備する衛兵か?」  「あんたの騎士です、ハンス卿」 ヘンリーは歯を噛み締めて笑顔を作り、頬を膨らます。  「ああ、そうだったっけ。そういえば、一年くらい前にここの中庭で叙任式をやったよな。その時作ってやったサーコートに文句を言った生意気で恩知らずの騎士がいたよ。それがおまえだったよな」  「あんたは俺の口の減らないいじわるで高慢なご主人様だ」 城から出ることが少なくなったせいで白いハンスの手を取り、ヘンリーは口元に持っていく。「俺の唯一の主人だ」  「ああ、そうか。だから今夜はあんなに熱心だったんだな。おまえの唯一の主人が許せば、明日の朝は小袋にりんごを詰めて馬上の旅だ。簡単だな。そんなに旅が恋しいのか?」  「え? 本気で傷つく。俺はいつも熱心にあんたを抱いてるつもりなのに」  「ヘンリー、おまえ……」 にこにこと屈託のない笑顔に照らされて、ハンスは言葉を失う。ついにため息を吐いて、両手を顔の横に落とした。  「“家ほどの大きなクマ”か」  「“家ほどの大きなクマ”だ、ハンス。異国の神話集で読んだ、英雄が変身した獣かもしれない! 本当かどうか確かめないと」  「わかった、わかったよ。愚かな私生児め。その好奇心がおれを殺すんだ。せいぜい退屈な旅をして、死んだ牛の小屋を這いつくばって調べてくるといいさ。そうして見つけたのがクマン人の野営地だったとしても、がっかりするなよ」

 「何かしら発見はあるだろう。クマン人はときどき、ものすごく貴重な宝を野営地に縛り付けておくことがあるから」
 「くそったれ、いつまでその話をするつもりだ?」
 「もうラッタイ中の人に言いふらしたから、今はハイネクが大きくなるのを待ってる」
 「その貴重な宝からの命令だ」 ハンスは騎士の胸に拳を当てて言った。「無謀で、馬鹿な行為で俺の騎士の命を危険にさらすことは許さない。相手がクマだろうとクマン人だろうと、討伐のために行かすんじゃない、調査だけだ。三日で帰れ」
 「謹んで閣下の命令をお受けします」
 ヘンリーは主人の拳を握り、また口元へやって短いキスをする。
 「すぐに戻るよ。約束する」
 そうして彼は領主の上から退き、テーブルの上の水を一口飲み、主人にも飲ませてやり、服を着て、うとうとし始めた主人の額に長いキスを落とし、もう一度暖炉の火を調節して、扉の横の剣を取り、しばらくそこで外の音を聞いて、誰もいないと判断してから静かに退室する。

 東の丘の稜線が赤く染まると同時にピルクシュタインの城門が開かれ、灰色馬に乗った黒騎士と荷馬車の後ろの牛飼いのシモン一行は、それぞれ帰路、労働、調査と目的に違いはあれど、秋深まる穏やかな道をゆっくりと北へ向かって進み始めた。
 意識不明のヘンリーと彼を乗せた愛馬がラッタイへ戻ったのは、それから一週間後のことだった。

 「何かしら発見はあるだろう。クマン人はときどき、ものすごく貴重な宝を野営地に縛り付けておくことがあるから」  「くそったれ、いつまでその話をするつもりだ?」  「もうラッタイ中の人に言いふらしたから、今はハイネクが大きくなるのを待ってる」  「その貴重な宝からの命令だ」 ハンスは騎士の胸に拳を当てて言った。「無謀で、馬鹿な行為で俺の騎士の命を危険にさらすことは許さない。相手がクマだろうとクマン人だろうと、討伐のために行かすんじゃない、調査だけだ。三日で帰れ」  「謹んで閣下の命令をお受けします」  ヘンリーは主人の拳を握り、また口元へやって短いキスをする。  「すぐに戻るよ。約束する」  そうして彼は領主の上から退き、テーブルの上の水を一口飲み、主人にも飲ませてやり、服を着て、うとうとし始めた主人の額に長いキスを落とし、もう一度暖炉の火を調節して、扉の横の剣を取り、しばらくそこで外の音を聞いて、誰もいないと判断してから静かに退室する。  東の丘の稜線が赤く染まると同時にピルクシュタインの城門が開かれ、灰色馬に乗った黒騎士と荷馬車の後ろの牛飼いのシモン一行は、それぞれ帰路、労働、調査と目的に違いはあれど、秋深まる穏やかな道をゆっくりと北へ向かって進み始めた。  意識不明のヘンリーと彼を乗せた愛馬がラッタイへ戻ったのは、それから一週間後のことだった。

(3/3)KCD2 ヘンカポ(ハンスリー)「家ほどの大きなクマ」

24.03.2025 13:50 — 👍 1    🔁 1    💬 0    📌 0
が古い雑巾みたいに首を噛み切られたんで、まだショックを受けてるのかも。まあ、そのことだけはよかったですね」
 シモンが話しを終わると、室内はシンと静まり返った。位の高い役人たちがお互いを横目で見合った。
 書記官の助手は言った。「おまえは何を言っているんだ?」
 「へえ。なので、牛が大人しくなったのはいいんですが、俺は牝牛を一頭と子牛を失って損をしたし、あの家ほどの大きさのクマは俺の牛の味を覚えてるんで、いつまた戻って別の牛を襲うかもしれません。どうにかしてくれませんかね?」
 ハンスの後ろでヘンリーが息を吸い込んだが、カポン卿の黒騎士が何かを言う前に、若い書記官助手が動いた。「この酔っぱらいをここまで上げた衛兵はどいつだ? 責任を持って連れ帰れ」
 「今日はまだ飲んでませんで!」 牛飼いはびっくりしたように言った。「本当です! 誓って、最後に飲んだのは日が上りきる前にレデチコの近くの野宿から出発する時でさ! それからは水の一滴も飲んでおりませんで!」
 「酒飲みなら、そろそろ幻覚が見え始める頃だな」 衛兵の言葉に部屋の中の男たちは笑った。「さあ、行くぞ。これ以上偉い方々の時間を無駄にするんじゃない」
 「そんな! ここに来るのに苦労したんだ。これじゃあ何も解決しない」 衛兵に腕を絡められて連れて行かれようとすると、牛飼いはその場に倒れ込んで抵抗しようとした。すぐにもう一人衛兵がやってきて、足をつかみ、荷物のように簡単に運ばれた。「あのクマがまたやってきたらと思う

が古い雑巾みたいに首を噛み切られたんで、まだショックを受けてるのかも。まあ、そのことだけはよかったですね」  シモンが話しを終わると、室内はシンと静まり返った。位の高い役人たちがお互いを横目で見合った。  書記官の助手は言った。「おまえは何を言っているんだ?」  「へえ。なので、牛が大人しくなったのはいいんですが、俺は牝牛を一頭と子牛を失って損をしたし、あの家ほどの大きさのクマは俺の牛の味を覚えてるんで、いつまた戻って別の牛を襲うかもしれません。どうにかしてくれませんかね?」  ハンスの後ろでヘンリーが息を吸い込んだが、カポン卿の黒騎士が何かを言う前に、若い書記官助手が動いた。「この酔っぱらいをここまで上げた衛兵はどいつだ? 責任を持って連れ帰れ」  「今日はまだ飲んでませんで!」 牛飼いはびっくりしたように言った。「本当です! 誓って、最後に飲んだのは日が上りきる前にレデチコの近くの野宿から出発する時でさ! それからは水の一滴も飲んでおりませんで!」  「酒飲みなら、そろそろ幻覚が見え始める頃だな」 衛兵の言葉に部屋の中の男たちは笑った。「さあ、行くぞ。これ以上偉い方々の時間を無駄にするんじゃない」  「そんな! ここに来るのに苦労したんだ。これじゃあ何も解決しない」 衛兵に腕を絡められて連れて行かれようとすると、牛飼いはその場に倒れ込んで抵抗しようとした。すぐにもう一人衛兵がやってきて、足をつかみ、荷物のように簡単に運ばれた。「あのクマがまたやってきたらと思う

と夜も眠れないんです! どうにかしてください、お願いです、お慈悲です、領主さま」
 「まあ、ちょっと待て」 ハンスが口を開くと、部屋のすべての動きが止まった。
 「災難だったな、シモンだったか。大きなクマとやらが月と雲と二日酔いが見せた産物だったとしても、牛を失ったのは事実だろう。そうなのか?」
 「は、はい」 牛飼いは衛兵の手から逃れてあわてて床に手をついた。「そうです。牛を失ったんで。乳の出る牛と、まだ売りに出す前の牛です」
 「おまえの不運とここに来てそれを訴えるまでの苦労のために、牛代の補償をしてやろう。あとは獣避けに小屋の周りに柵を立てる費用と、作業を手伝う人手を貸してやる。お前は今日は泊まる場所はあるのか? ないなら、城の使用人部屋を一晩貸してやれ。侍従長、手配してやれ――そして、明日の朝、牛二頭分の補償金と、手伝い人を連れて村へ戻る。柵の費用は二春後までに城に返却しに参るように。以上だ、他に言いたいことはあるか?」
 「ありません、はい、ありません。ありがとうございます」
 「では牛飼いのシモンは部屋を出る」
 ハンスは顔の前で振った手で小さなあくびを隠した。ワインが欲しかったが、ヘンリーが許さないと知っていた(この従騎士は、謁見中に主人が飲んだワインの数を憶えていて、四杯目を注ごうと近づいてくる使用人を怖い目で怯えさせて追い返す術に長けている)。
 「では次、レデチコのラドスラフ……」
 書記官が次の謁見者の名を読み上げる間に、ハンスはゴブレットを傾けた。残った赤ワインが舌

と夜も眠れないんです! どうにかしてください、お願いです、お慈悲です、領主さま」  「まあ、ちょっと待て」 ハンスが口を開くと、部屋のすべての動きが止まった。  「災難だったな、シモンだったか。大きなクマとやらが月と雲と二日酔いが見せた産物だったとしても、牛を失ったのは事実だろう。そうなのか?」  「は、はい」 牛飼いは衛兵の手から逃れてあわてて床に手をついた。「そうです。牛を失ったんで。乳の出る牛と、まだ売りに出す前の牛です」  「おまえの不運とここに来てそれを訴えるまでの苦労のために、牛代の補償をしてやろう。あとは獣避けに小屋の周りに柵を立てる費用と、作業を手伝う人手を貸してやる。お前は今日は泊まる場所はあるのか? ないなら、城の使用人部屋を一晩貸してやれ。侍従長、手配してやれ――そして、明日の朝、牛二頭分の補償金と、手伝い人を連れて村へ戻る。柵の費用は二春後までに城に返却しに参るように。以上だ、他に言いたいことはあるか?」  「ありません、はい、ありません。ありがとうございます」  「では牛飼いのシモンは部屋を出る」  ハンスは顔の前で振った手で小さなあくびを隠した。ワインが欲しかったが、ヘンリーが許さないと知っていた(この従騎士は、謁見中に主人が飲んだワインの数を憶えていて、四杯目を注ごうと近づいてくる使用人を怖い目で怯えさせて追い返す術に長けている)。  「では次、レデチコのラドスラフ……」  書記官が次の謁見者の名を読み上げる間に、ハンスはゴブレットを傾けた。残った赤ワインが舌

に一滴落ちた。後ろで長い視線の引力を感じた。

 その夜、上城に戻ったハンスの私室にヘンリーが訪れた。
 「遅かったじゃないか」
 窓枠の椅子に片膝を立てて腰かけたハンスは、読んでいた本を閉じてそう言った。すでに甲冑を脱いでいたヘンリーは、主人がいる窮屈な場所から目を離さずに、ベルトから剣を外してドア横の壁に立てかけた。
 「暗いな。本なら火の側で読めばいいのに」
 「熱すぎる。さっきローベルトが来て薪を足していったんだ。それに、領主の部屋が西向きにあるのには理由があるんだ」
 「字を読むために西日を追いかけて窓際のせまいベンチに自分を押し込むような、勤勉な領主ばかりだったとは思えませんけどね」 ヘンリーはぶつぶつと言って、暖炉の前に屈みこんで薪木を崩した。「ほら。今度から侍従長には薪じゃなくて炭を足すように言っておくよ」
 近づいてきたハンスの手を取って、ヘンリーは彼を自分と暖炉の前に置いた。「なんてこった。石みたいに冷たい」
 「朝晩は冷え込むようになったな。今日の謁見でも冬支度の相談が多かった。一昨年のように鉱道の中まで積もるほど雪が降るとは思わないが……」
 ヘンリーは神妙に頷いた。「そう願うよ。あれはひどかった。ハイネクが生まれた日のことを思うと特に。産婆を乗せた荷馬車が雪で立往生して、ジトカはパニックになるし、あんたも気が変になって狩りに行きたがるし、出産を手伝うと約束した薬草師と狩人の妻は急病になるし……」

に一滴落ちた。後ろで長い視線の引力を感じた。  その夜、上城に戻ったハンスの私室にヘンリーが訪れた。  「遅かったじゃないか」  窓枠の椅子に片膝を立てて腰かけたハンスは、読んでいた本を閉じてそう言った。すでに甲冑を脱いでいたヘンリーは、主人がいる窮屈な場所から目を離さずに、ベルトから剣を外してドア横の壁に立てかけた。  「暗いな。本なら火の側で読めばいいのに」  「熱すぎる。さっきローベルトが来て薪を足していったんだ。それに、領主の部屋が西向きにあるのには理由があるんだ」  「字を読むために西日を追いかけて窓際のせまいベンチに自分を押し込むような、勤勉な領主ばかりだったとは思えませんけどね」 ヘンリーはぶつぶつと言って、暖炉の前に屈みこんで薪木を崩した。「ほら。今度から侍従長には薪じゃなくて炭を足すように言っておくよ」  近づいてきたハンスの手を取って、ヘンリーは彼を自分と暖炉の前に置いた。「なんてこった。石みたいに冷たい」  「朝晩は冷え込むようになったな。今日の謁見でも冬支度の相談が多かった。一昨年のように鉱道の中まで積もるほど雪が降るとは思わないが……」  ヘンリーは神妙に頷いた。「そう願うよ。あれはひどかった。ハイネクが生まれた日のことを思うと特に。産婆を乗せた荷馬車が雪で立往生して、ジトカはパニックになるし、あんたも気が変になって狩りに行きたがるし、出産を手伝うと約束した薬草師と狩人の妻は急病になるし……」

 ハンスは短く笑った。「あの冬、正気だったのはおまえだけだった。ハイネクとジトカは幸運だったよ」
 「産婆の真似事をした俺を彼女は永遠に許さないだろう」
 「そうか? 彼女はおまえを愛してるだろ?」
 「彼女はマットより俺がマシだと思ってる」
 「ならいいじゃないか」 ハンスは首にかけられたヘンリーの腕に自分の指を巻き付けた。「マットはすごくいい犬だ」
 しばらく後、ハンスはベッドに残り、ヘンリーは再び暖炉の前に屈んで炭化した薪をいじっている。ハンスは、短い麻のブレイズだけを履いたヘンリーが、炭焼き職人の技術力と熱意について持論を述べているのを聞きながら、彼の広い背中と、もう消えかかった矢傷をぼんやりと眺める。
 「あの牛飼いに会いに行っていたんだろう?」 ハンスは言った。「親切にワインとチーズを持って行ってやっただけか、それとも酒飲みの幻覚に共感しに行ったのか?」
 「ああ、まあ……」
 「ヘンリー、まったく。後ろにいたおまえが今にも口を挟みそうだったのに気づいてたぞ。ああいう話が好きなのは知ってる。なにせ、“家ほどの大きなクマ”だ、俺だって興味が湧いたさ。村はずれで暮らす男にしては、妙に話も上手かったしな。酒場で旅人が話す与太話としてなら金を払ってもいいくらいだ」
 「じゃあ、シモンの話を信じていなかったのか?」 ヘンリーは振り返り、立ち上がって軽く腰を伸ばした。「なのに牛代を補償してやって、柵の建付け代まで貸してやったのか。あんたの寛大さに

 ハンスは短く笑った。「あの冬、正気だったのはおまえだけだった。ハイネクとジトカは幸運だったよ」  「産婆の真似事をした俺を彼女は永遠に許さないだろう」  「そうか? 彼女はおまえを愛してるだろ?」  「彼女はマットより俺がマシだと思ってる」  「ならいいじゃないか」 ハンスは首にかけられたヘンリーの腕に自分の指を巻き付けた。「マットはすごくいい犬だ」  しばらく後、ハンスはベッドに残り、ヘンリーは再び暖炉の前に屈んで炭化した薪をいじっている。ハンスは、短い麻のブレイズだけを履いたヘンリーが、炭焼き職人の技術力と熱意について持論を述べているのを聞きながら、彼の広い背中と、もう消えかかった矢傷をぼんやりと眺める。  「あの牛飼いに会いに行っていたんだろう?」 ハンスは言った。「親切にワインとチーズを持って行ってやっただけか、それとも酒飲みの幻覚に共感しに行ったのか?」  「ああ、まあ……」  「ヘンリー、まったく。後ろにいたおまえが今にも口を挟みそうだったのに気づいてたぞ。ああいう話が好きなのは知ってる。なにせ、“家ほどの大きなクマ”だ、俺だって興味が湧いたさ。村はずれで暮らす男にしては、妙に話も上手かったしな。酒場で旅人が話す与太話としてなら金を払ってもいいくらいだ」  「じゃあ、シモンの話を信じていなかったのか?」 ヘンリーは振り返り、立ち上がって軽く腰を伸ばした。「なのに牛代を補償してやって、柵の建付け代まで貸してやったのか。あんたの寛大さに

(2/3)KCD2 ヘンカポ(ハンスリー)「家ほどの大きなクマ」

24.03.2025 13:50 — 👍 1    🔁 1    💬 1    📌 0
 始まりは、謁見の時間にあらわれた、とある村人が情感たっぷりに語った『家ほどの大きさのクマ』だった。
 北の村から来た牛飼いのシモンという男だ。労働以外で使う唯一の上着と精一杯の礼儀を身に着けて、ハンスの前でお辞儀をした。彼は退屈そうな顔の領主よりも、その後ろに立つ黒地に金糸の刺繍を施した威圧的なサーコート姿のヘンリー(もちろんハンスが特別に作らせた。ヘンリーは着るのを嫌がり、ハンスは彼の反応を喜んだ)に圧倒された。シモンは緊張しておどおどと小さな声で話はじめた。
 この前の満月の夜のこと、真夜中に小便がしたくなって目が覚め、桶を手に取ると底が抜けていることに気が付いた、仕方なしに納屋の隣の便所まで歩いていくことにし、ランタンを手に持ったが、満月で明るかったので火を付けるのを忘れていて、足元に転がっていた大きめの枝につまずき転びそうになって参った……と、そこまで話が進むと(あるいは、全く進まなかったので)、部屋にいたピルクシュタインの当主とその家来たちは、男が間違った場所にいると思った。
 「ここが酒場と勘違いしていないか」 書記官の助手がイライラした声を上げた。「カポン様は村人の与太話を聞かれるためにここにおられるわけではない」
 「へえ」 単純に話の先を促されたと思ったらしい男は、励ましに応え、「ここからが大事なところで」と少し声を大きくして続けた。「小便中に気づいたんですが、牛小屋が妙に静かだったんです。中に一頭、不眠症の牛がいるんで、そいつ一晩中干し草を食べ漁っては、半刻に一度は大きな

 始まりは、謁見の時間にあらわれた、とある村人が情感たっぷりに語った『家ほどの大きさのクマ』だった。  北の村から来た牛飼いのシモンという男だ。労働以外で使う唯一の上着と精一杯の礼儀を身に着けて、ハンスの前でお辞儀をした。彼は退屈そうな顔の領主よりも、その後ろに立つ黒地に金糸の刺繍を施した威圧的なサーコート姿のヘンリー(もちろんハンスが特別に作らせた。ヘンリーは着るのを嫌がり、ハンスは彼の反応を喜んだ)に圧倒された。シモンは緊張しておどおどと小さな声で話はじめた。  この前の満月の夜のこと、真夜中に小便がしたくなって目が覚め、桶を手に取ると底が抜けていることに気が付いた、仕方なしに納屋の隣の便所まで歩いていくことにし、ランタンを手に持ったが、満月で明るかったので火を付けるのを忘れていて、足元に転がっていた大きめの枝につまずき転びそうになって参った……と、そこまで話が進むと(あるいは、全く進まなかったので)、部屋にいたピルクシュタインの当主とその家来たちは、男が間違った場所にいると思った。  「ここが酒場と勘違いしていないか」 書記官の助手がイライラした声を上げた。「カポン様は村人の与太話を聞かれるためにここにおられるわけではない」  「へえ」 単純に話の先を促されたと思ったらしい男は、励ましに応え、「ここからが大事なところで」と少し声を大きくして続けた。「小便中に気づいたんですが、牛小屋が妙に静かだったんです。中に一頭、不眠症の牛がいるんで、そいつ一晩中干し草を食べ漁っては、半刻に一度は大きな

ゲップをするんですわ。でもその晩は、ゲップも、他の牛たちの不満そうないびきも何も聞こえなくて、不思議に思って牛小屋を覗きに行ったんです。その時、満月にちょうど薄い雲が差し掛かりましてね。明かりも持っていなかったんで、見えたのは入口に倒れた子牛の足だけでした。それからワっと血の臭いがして。そんで最後に目と鼻から自然と水が垂れてくるほどのすさまじい獣臭がしたんで、気づいたんです、やられた、狼がやってきて、牛たちを襲った、って。でも、狼じゃなかったんで」 シモンは大きく息を吸いこみ、抑揚をつけて続けた。「クマでしたんで。小屋の奥の暗がりから出てきやがったんです。その時ちょうど、雲の切れ間から月明かりがサーっと差し込んで、そいつが死んだ子牛の母牛の首をくわえてぶらぶらと出てくるのが見えたんです。俺は慌てて、もう死ぬ思いで早足で後ずさりして、家に帰ってからはドアと窓の前に全部の家具を置いて一睡もしねえで震えておりました。あの大きさといったら。恐ろしかった。四つん這いで歩いている時ですら小屋の入口ほどの背丈がありました。立ち上がったら家ほどの大きさがあったでしょう。死んだ母牛の血走った目から流れていた涙が見えました。子牛が殺されるところを見たんでしょうな。世話好きでよく乳を出すいい牝牛だったのに、かわいそうな死に方をさせてしまった。ああ」 彼は赤く丸い鼻をすすり、続けた。「でも、良いこともあったんです。他の牛たちは無事でした。あまりの恐怖に気絶して静かにしてたのがよかったんで、きっと。なんと、その晩以来、不眠症の牛がよく寝るようになって、いびきをかく牛も静かに寝られるようになったんで。小屋の中で仲間

ゲップをするんですわ。でもその晩は、ゲップも、他の牛たちの不満そうないびきも何も聞こえなくて、不思議に思って牛小屋を覗きに行ったんです。その時、満月にちょうど薄い雲が差し掛かりましてね。明かりも持っていなかったんで、見えたのは入口に倒れた子牛の足だけでした。それからワっと血の臭いがして。そんで最後に目と鼻から自然と水が垂れてくるほどのすさまじい獣臭がしたんで、気づいたんです、やられた、狼がやってきて、牛たちを襲った、って。でも、狼じゃなかったんで」 シモンは大きく息を吸いこみ、抑揚をつけて続けた。「クマでしたんで。小屋の奥の暗がりから出てきやがったんです。その時ちょうど、雲の切れ間から月明かりがサーっと差し込んで、そいつが死んだ子牛の母牛の首をくわえてぶらぶらと出てくるのが見えたんです。俺は慌てて、もう死ぬ思いで早足で後ずさりして、家に帰ってからはドアと窓の前に全部の家具を置いて一睡もしねえで震えておりました。あの大きさといったら。恐ろしかった。四つん這いで歩いている時ですら小屋の入口ほどの背丈がありました。立ち上がったら家ほどの大きさがあったでしょう。死んだ母牛の血走った目から流れていた涙が見えました。子牛が殺されるところを見たんでしょうな。世話好きでよく乳を出すいい牝牛だったのに、かわいそうな死に方をさせてしまった。ああ」 彼は赤く丸い鼻をすすり、続けた。「でも、良いこともあったんです。他の牛たちは無事でした。あまりの恐怖に気絶して静かにしてたのがよかったんで、きっと。なんと、その晩以来、不眠症の牛がよく寝るようになって、いびきをかく牛も静かに寝られるようになったんで。小屋の中で仲間

(1/3)KCD2 ヘンカポ(ハンスリー)「家ほどの大きなクマ」10枚

AIに書かせた話を自分で書きなおしました。改めて、あんなガバあらすじで五万字は欲望にまみれすぎているとわかった😂

※ゲーム本編から数年後、ハンスは既婚、息子がいます。奥様は遠方で療養中の設定のためお城にはいません。名前だけ登場します。
※たぶん続きません。このあとはハンスによる寝ずの看病とラッタイじゅうの支援でヘンリー君が奇跡の回復をする(大きなクマにやられたので)パートです。

24.03.2025 13:50 — 👍 2    🔁 1    💬 1    📌 0

来週土日休み…行く…ム…多分…

23.03.2025 12:37 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0

エスプレッソ×4のラテ飲んでたら(バカ)急に頭がグラっときてやばかった😇

19.03.2025 10:31 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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Post by @hananien AIに二次創作書かせた話 その⑥【完成稿】 グロックさんさんががんばって書いてくれた、ゲーム<キングダムカムデリバランスⅡ>に登場するキャラクター、ヘンリー/ハンスの二次創作です。 段落や字下げなどの体裁を整えた他は、AIの出力した文章そのまま掲載します。 この完成稿を読む前に、ぜひ①~⑤をご覧になってみてく…

AIに二次創作書かせた話
www.tumblr.com/hananien/778...

キングダムカム2のヘンカポ小説読みた過ぎてAIに書かせてみました。私とAIのやりとりをtumblrで公開中です。面白いものではありませんが、記録に残しておきたかったので。
リンク先は⑥【完成稿】です。何でもいいからとにかくAIの書いたヘンカポ小説が早く読みたい方はこちらからどうぞ。

欲望のままに挑戦してみて、苦労のわりに実りは少ないという感じ。まあまあ実質半日で一万五千字のプロットが完成したと思えばいいのかも。これをもとに自分の文章をつけたり貼ったり切り崩したりしていけばいいんでしょうね、きっと。

14.03.2025 16:39 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
 悪魔の隠れ家に戻った男たちがやりたがったことといえば、ビールがぬるいと宿屋の主人に文句をいうこと、乾いた悪魔のクロスボウの腕をからかって怒らせること、暇そうな犬を追いかけて川べりで一緒に小便をすることの他に、靴や装備品の清掃や修繕、洗濯、日なたでボーっとするなど、戦争と戦争のあいだの、短い平和なひと時にしか出来ない日常と雑用で時間をつぶすことだった。
 ハンス自身も、宿屋に到着して一昼夜ほどは、そういった心地よい、久しぶりの平穏にどっぷりと浸かった。クビエンカが全員分の宿屋のシーツを洗うと宣言した時は、本を片手に洗濯場近くの木の下に座り、日が上っているあいだじゅう、熟練の傭兵が濡れたシーツを丸めてしぼったり、ロープに干すときに洗濯かごにつまずいて転んだりするのを、膝の上で開いた本ごしに眺めながら過ごした。
 まさに平和だった。二日で飽きてしまった。
 というか、ハンスは焦った。日が経つにつれ、彼が自由に消化することを許された時間は長くないのだと、実感せざるを得なくなったからだ。
 自分たちで今後の予定を立て、いつでも好きなときに動けるジシュカたちとは違う。ハンスは自分の意志とは無関係に、不本意な理由でこの僻地に留め置かれているだけなのだ。いつ、この神に見捨てられた宿屋にハヌシュ伯父の使いがあらわれ、結婚式の日取りが決まったから教会に来いと命じられるかもしれない。その使者があらわれる日が、ハンスの人生の終わりといってよかった。
 彼にはあと何日残されているのかもわからなかった。残りの人生を、クビエンカの洗濯の進捗やジシュカの口ひげの長さが一日でどれくらい伸

 悪魔の隠れ家に戻った男たちがやりたがったことといえば、ビールがぬるいと宿屋の主人に文句をいうこと、乾いた悪魔のクロスボウの腕をからかって怒らせること、暇そうな犬を追いかけて川べりで一緒に小便をすることの他に、靴や装備品の清掃や修繕、洗濯、日なたでボーっとするなど、戦争と戦争のあいだの、短い平和なひと時にしか出来ない日常と雑用で時間をつぶすことだった。  ハンス自身も、宿屋に到着して一昼夜ほどは、そういった心地よい、久しぶりの平穏にどっぷりと浸かった。クビエンカが全員分の宿屋のシーツを洗うと宣言した時は、本を片手に洗濯場近くの木の下に座り、日が上っているあいだじゅう、熟練の傭兵が濡れたシーツを丸めてしぼったり、ロープに干すときに洗濯かごにつまずいて転んだりするのを、膝の上で開いた本ごしに眺めながら過ごした。  まさに平和だった。二日で飽きてしまった。  というか、ハンスは焦った。日が経つにつれ、彼が自由に消化することを許された時間は長くないのだと、実感せざるを得なくなったからだ。  自分たちで今後の予定を立て、いつでも好きなときに動けるジシュカたちとは違う。ハンスは自分の意志とは無関係に、不本意な理由でこの僻地に留め置かれているだけなのだ。いつ、この神に見捨てられた宿屋にハヌシュ伯父の使いがあらわれ、結婚式の日取りが決まったから教会に来いと命じられるかもしれない。その使者があらわれる日が、ハンスの人生の終わりといってよかった。  彼にはあと何日残されているのかもわからなかった。残りの人生を、クビエンカの洗濯の進捗やジシュカの口ひげの長さが一日でどれくらい伸

びるのかを観察して終わらせるわけにはいかない。

 「狩りに行くぞ、ヘンリー」
 すでに身支度を整えて宣言すると、宿屋の軒下で犬に餌をやっていたヘンリーは戸惑った顔を上げた。
 「え? 今から? 森に入ったら日が暮れてしまうぞ……」
 「森で野営を張ればいい。一晩くらいここを離れても大丈夫だろう。さあ、馬を出せ」
 ヘンリーは眉を下げて、はいはい、と支度を始めた。ハンスは彼の主人らしく、のんびりと厩の梁にもたれかかり、従者が食料とワインを調達するために宿屋の主人と交渉するのを待った。
 「さあ、外套がいるぞ、ご主人さま。野営がどれだけ冷えるか、砦暮らしが長くて忘れてしまったのか?」
 戻ってきたヘンリーは、世話焼きの顔をして長い外套を押し付けた。ハンスがもたもたとそれを羽織り、袖の位置を合わせているあいだに、従者は用意した装備品を慣れた手つきで自分と主人の鞍に取り付けていった。
 ヘンリー自身は、短いグレーのギャンベゾンにキルト生地のズボンと、先ほどまで宿屋の軒下にいた姿のままだった。古いウールの外套は、馬の世話をするときに邪魔にならないように裾をまとめて左肩に引っかけていた。
 綿入りのギャンベゾンを着ていても、広い肩から続く引き締まった腰のラインは明らかだった。鞍の取付が終わったヘンリーが振り返って、一人で外套も着れないのかと呆れた顔でハンスを笑った。従者の後姿に見とれていたとは言えずに、ハ

びるのかを観察して終わらせるわけにはいかない。  「狩りに行くぞ、ヘンリー」  すでに身支度を整えて宣言すると、宿屋の軒下で犬に餌をやっていたヘンリーは戸惑った顔を上げた。  「え? 今から? 森に入ったら日が暮れてしまうぞ……」  「森で野営を張ればいい。一晩くらいここを離れても大丈夫だろう。さあ、馬を出せ」  ヘンリーは眉を下げて、はいはい、と支度を始めた。ハンスは彼の主人らしく、のんびりと厩の梁にもたれかかり、従者が食料とワインを調達するために宿屋の主人と交渉するのを待った。  「さあ、外套がいるぞ、ご主人さま。野営がどれだけ冷えるか、砦暮らしが長くて忘れてしまったのか?」  戻ってきたヘンリーは、世話焼きの顔をして長い外套を押し付けた。ハンスがもたもたとそれを羽織り、袖の位置を合わせているあいだに、従者は用意した装備品を慣れた手つきで自分と主人の鞍に取り付けていった。  ヘンリー自身は、短いグレーのギャンベゾンにキルト生地のズボンと、先ほどまで宿屋の軒下にいた姿のままだった。古いウールの外套は、馬の世話をするときに邪魔にならないように裾をまとめて左肩に引っかけていた。  綿入りのギャンベゾンを着ていても、広い肩から続く引き締まった腰のラインは明らかだった。鞍の取付が終わったヘンリーが振り返って、一人で外套も着れないのかと呆れた顔でハンスを笑った。従者の後姿に見とれていたとは言えずに、ハ

ンスは適当に袖を直したふりをして馬に飛び乗った。
 
 もしもヘンリーも自分と二人きりになる機会を待っていると信じていたなら、それはとんだ愚かな勘違いだったとハンスは思った。従者の態度は、ジシュカたちと宿屋で一緒にいるときと同じようにのんびりと、寛容で、道すがら話すのは、ハンスがただの口実に使った狩りという目的に忠実な話題だけだった。
 トロスキーで見つけた牡鹿の狩場でマットが果たした英雄的役割について、喜々として話すヘンリーに相槌をうちながら、ハンスは自分のよこしまな期待を恥ずかしく思った。ハンスは、従者と自分のあいだに何か、あの一度だけではない何かがあると思っていた。あれが終わりではなく、始まりだと勝手に思い込んでいた。自分と彼とにその勇気があれば、お互いの未来に何かを築けると期待していた。
 ひと月後には結婚する身でありながら、従者に対してそのような期待を抱くのはまことに身勝手で、高位の貴族としてふさわしくない。
 今も、自分が二人きりで狩りに行こうと誘えば、ヘンリーはその意図を汲んで、少しは緊張するものと思っていた。だが実際のヘンリーは森の奥に入れば入るほどリラックスしていくようだった。ハンスが残りの人生をかけて誘惑しようとしていた男は、まだ大人になりかけたばかりの無邪気な少年だということだ。ハンスはますます恥じ入るべきだった。
 あの一夜のことは、非常に切迫した状況で現実感を失った男たちの、狂気の末の過ちだったとし

ンスは適当に袖を直したふりをして馬に飛び乗った。    もしもヘンリーも自分と二人きりになる機会を待っていると信じていたなら、それはとんだ愚かな勘違いだったとハンスは思った。従者の態度は、ジシュカたちと宿屋で一緒にいるときと同じようにのんびりと、寛容で、道すがら話すのは、ハンスがただの口実に使った狩りという目的に忠実な話題だけだった。  トロスキーで見つけた牡鹿の狩場でマットが果たした英雄的役割について、喜々として話すヘンリーに相槌をうちながら、ハンスは自分のよこしまな期待を恥ずかしく思った。ハンスは、従者と自分のあいだに何か、あの一度だけではない何かがあると思っていた。あれが終わりではなく、始まりだと勝手に思い込んでいた。自分と彼とにその勇気があれば、お互いの未来に何かを築けると期待していた。  ひと月後には結婚する身でありながら、従者に対してそのような期待を抱くのはまことに身勝手で、高位の貴族としてふさわしくない。  今も、自分が二人きりで狩りに行こうと誘えば、ヘンリーはその意図を汲んで、少しは緊張するものと思っていた。だが実際のヘンリーは森の奥に入れば入るほどリラックスしていくようだった。ハンスが残りの人生をかけて誘惑しようとしていた男は、まだ大人になりかけたばかりの無邪気な少年だということだ。ハンスはますます恥じ入るべきだった。  あの一夜のことは、非常に切迫した状況で現実感を失った男たちの、狂気の末の過ちだったとし

て、忘れたほうがいいのだ。最初からなかったと思うほうが、得たものを失ったと感じるよりも優しい。そもそも、あの一夜でハンスは何を得たというのか。ヘンリーは? 彼は何を思って、あの時、内側から鍵を掛けたのだろうか。
 それくらいは、二人きりで野営の火を囲むことになる今夜に聞いてみたかったが、自分たちのこれからを考えると、きっぱりと諦めたほうがいいもかもしれなかった。理由など、聞いたところで何になる。自分たちはただの貴族、ただの従者として生きていくのだ。特に、ヘンリーは自分を結婚式に引きずって行ってくれる、唯一の友だ。
 少し落ち込んでしまったので、狩りもうまくいかなかった。ヘンリーもクロスボウを持つ手が冴えなかった。すぐに日が落ちたので、成果もないまま野営を張ることになった(実際のところ、成果はないに越したことはない。密猟で告発されるのは一度でじゅうぶんだ)。ヘンリーが場所を決め、先に馬から降りた。
 ハンスが馬たちに水を飲ませに川に行っているあいだに、ヘンリーは火を焚き、ワインとチーズを温めていた。馬を繋いだハンスは、長い夜に友人を楽しませるための昔話を思い返しながら明かりに近づいた。
 焚火の側に腰を下ろそうとした瞬間、ヘンリーが腕を握って彼を古布の寝床に引き倒した。
 枯れ葉のクッションと、キルトに包まれた男のずっしりとした重みに挟まれて、ハンスは夢中でキスを受け止めた。それから、むさぼるように強く、求め返した。

て、忘れたほうがいいのだ。最初からなかったと思うほうが、得たものを失ったと感じるよりも優しい。そもそも、あの一夜でハンスは何を得たというのか。ヘンリーは? 彼は何を思って、あの時、内側から鍵を掛けたのだろうか。  それくらいは、二人きりで野営の火を囲むことになる今夜に聞いてみたかったが、自分たちのこれからを考えると、きっぱりと諦めたほうがいいもかもしれなかった。理由など、聞いたところで何になる。自分たちはただの貴族、ただの従者として生きていくのだ。特に、ヘンリーは自分を結婚式に引きずって行ってくれる、唯一の友だ。  少し落ち込んでしまったので、狩りもうまくいかなかった。ヘンリーもクロスボウを持つ手が冴えなかった。すぐに日が落ちたので、成果もないまま野営を張ることになった(実際のところ、成果はないに越したことはない。密猟で告発されるのは一度でじゅうぶんだ)。ヘンリーが場所を決め、先に馬から降りた。  ハンスが馬たちに水を飲ませに川に行っているあいだに、ヘンリーは火を焚き、ワインとチーズを温めていた。馬を繋いだハンスは、長い夜に友人を楽しませるための昔話を思い返しながら明かりに近づいた。  焚火の側に腰を下ろそうとした瞬間、ヘンリーが腕を握って彼を古布の寝床に引き倒した。  枯れ葉のクッションと、キルトに包まれた男のずっしりとした重みに挟まれて、ハンスは夢中でキスを受け止めた。それから、むさぼるように強く、求め返した。

KCD2 ハンスリー(ヘンカポ)
「狩りに誘って」4枚

すべてが終わって(メインストーリークリア後)、悪魔の隠れ家に滞在中のハンスとヘンリー。ヘンリーを狩りに誘うハンス卿。
自分たちの間には何かがある、ない、あるいは。

12.03.2025 14:27 — 👍 3    🔁 1    💬 0    📌 0
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Anything and Everything〈2024〉 - Chapter 1 - hananien - Supernatural (TV 2005) [Archive of Our Own] An Archive of Our Own, a project of the Organization for Transformative Works

2024年に書いたサムディンの小話をao3にまとめました😀
【Anything and Everything〈2024〉】
archiveofourown.org/works/637620...

全27話。
自分ではオメガの兄が弟を挑発しちゃった「ブロンドのオメガ」とボビーが養父な「いい親」、ねこになってものん気な兄の「ねこより兄」がお気に入り。

話数のわりに文字数が少ない。悪夢とかスーパーノヴァとか中編見込みを単体で投稿したからだろう。。早く続き書かなきゃ。🫠

11.03.2025 10:56 — 👍 6    🔁 1    💬 0    📌 0
ちになる)。
 「あなたがどこに居ても、誰と結婚しても、どんなバカ息子の親になっても、俺はあなたの側にいる」
 彼はハンスの指を手に取り、訓練された剣士の指先の一本一本にキスをしていった。「俺にそんな価値がないとあなたが俺に宣告するまで。そして、俺は常にあなたの側にふさわしい男であり続けるよう、人生をかけて努力する」
 「そんな誓いはいらない」
 ヘンリーに指を好きにさせたあと、ハンスは彼の頬を手で包んだ。疲れて上気した表情をしていた。
 「感動的だけど、そんな誓いはいらないんだ。ヘンリー。ただ、今回の一度だけ、戻ってきてくれれば」
 「それは約束します」
 ヘンリーは歯を見せて笑った。
 「簡単に言うと思っているでしょ? でも、俺は絶対に戻ってくると決めたんだ。だって、それしかあなたの無事を確かめる方法がないから」
 「そうか。だったら、俺も死ぬわけにはいかないな」
 ハンスも笑った。見るたびに釣られて笑いそうになる、ヘンリーの大好きな笑顔だった。
 「敵の攻撃で死ぬより、飢えて死ぬほうが先だろうけど。だが誰かの靴を食べるはめになっても、援軍が来るまで持ちこたえてやるさ」
 「そうだ。できることは何でもやって生き延びると約束してくれ」
 「ああ。おまえもだぞ、ヘンリー」 ハンスは疑わしそうに眉をひそめた。「おまえのほうが心配

ちになる)。  「あなたがどこに居ても、誰と結婚しても、どんなバカ息子の親になっても、俺はあなたの側にいる」  彼はハンスの指を手に取り、訓練された剣士の指先の一本一本にキスをしていった。「俺にそんな価値がないとあなたが俺に宣告するまで。そして、俺は常にあなたの側にふさわしい男であり続けるよう、人生をかけて努力する」  「そんな誓いはいらない」  ヘンリーに指を好きにさせたあと、ハンスは彼の頬を手で包んだ。疲れて上気した表情をしていた。  「感動的だけど、そんな誓いはいらないんだ。ヘンリー。ただ、今回の一度だけ、戻ってきてくれれば」  「それは約束します」  ヘンリーは歯を見せて笑った。  「簡単に言うと思っているでしょ? でも、俺は絶対に戻ってくると決めたんだ。だって、それしかあなたの無事を確かめる方法がないから」  「そうか。だったら、俺も死ぬわけにはいかないな」  ハンスも笑った。見るたびに釣られて笑いそうになる、ヘンリーの大好きな笑顔だった。  「敵の攻撃で死ぬより、飢えて死ぬほうが先だろうけど。だが誰かの靴を食べるはめになっても、援軍が来るまで持ちこたえてやるさ」  「そうだ。できることは何でもやって生き延びると約束してくれ」  「ああ。おまえもだぞ、ヘンリー」 ハンスは疑わしそうに眉をひそめた。「おまえのほうが心配

だ。おまえの手際や腕を心配してるんじゃなく、同行者がいるという点で――……」
 「ハンス、それは――」
 「いや、よそう。いざという時にサミュエルを見捨てろなどと、おまえに言えるはずがない。ただ信じるよ。絶対に戻ってくると、おまえが俺に約束したなら。俺はただ信じる」
 ヘンリーは、先ほど感じた真実への確信が、倍の輝きになって胸に迫ってくるのを感じた。
 「ありがとう」
 彼はハンスの肩のくぼみに頭を入れてもたれかかり、胴に腕を回して抱きしめた。
 「ありがとう、ハンス」

 ハンス視点

 薪の火はまだこうこうと燃えていた。自分たちはあっというまに高い垣根を飛び越えた、とハンスは思った。たった数分間の喜びをへて、教会の教える聖句を、今までどおりに唱えられるのかわからなかった。果たして、忌々しいプラハ軍を撃退したあとで、染み込んだ罪の香りで聖職者が振り向くのを知りながら街を歩けるのか、わからなかった。
 ひとつだけわかっていることがあるなら、もう恐れてはいないということだった。
 すでに明るみに出て、容赦なく確かめられ、観念して相手に引き渡したものを、取り戻すことも、また自分だけのものにして、誰かの手によって晒されるのを恐れることもできない。
 彼らは騎士だった。それだけで、天にはばかることなく、互いが互いのものだった。

だ。おまえの手際や腕を心配してるんじゃなく、同行者がいるという点で――……」  「ハンス、それは――」  「いや、よそう。いざという時にサミュエルを見捨てろなどと、おまえに言えるはずがない。ただ信じるよ。絶対に戻ってくると、おまえが俺に約束したなら。俺はただ信じる」  ヘンリーは、先ほど感じた真実への確信が、倍の輝きになって胸に迫ってくるのを感じた。  「ありがとう」  彼はハンスの肩のくぼみに頭を入れてもたれかかり、胴に腕を回して抱きしめた。  「ありがとう、ハンス」  ハンス視点  薪の火はまだこうこうと燃えていた。自分たちはあっというまに高い垣根を飛び越えた、とハンスは思った。たった数分間の喜びをへて、教会の教える聖句を、今までどおりに唱えられるのかわからなかった。果たして、忌々しいプラハ軍を撃退したあとで、染み込んだ罪の香りで聖職者が振り向くのを知りながら街を歩けるのか、わからなかった。  ひとつだけわかっていることがあるなら、もう恐れてはいないということだった。  すでに明るみに出て、容赦なく確かめられ、観念して相手に引き渡したものを、取り戻すことも、また自分だけのものにして、誰かの手によって晒されるのを恐れることもできない。  彼らは騎士だった。それだけで、天にはばかることなく、互いが互いのものだった。

 「こうしておまえの重みに耐えながら息苦しい夜を過ごしたいものだが」
 しばらくして、ハンスは静かに言った。「出発前に鎧をつけてやる約束だ」
 ヘンリーは顔をくしゃくしゃにして笑い(ああ、神よ、彼は若い。馬鹿げた戦争や、馬鹿げた貴族に振り回されるには、罪なほど)、体を起こしてハンスの唇にキスをした。
 「主人に世話をしていただくとは、光栄です、カポン卿」
 ハンスの胸がまた痛んだ。短剣で刺されたような痛みより激しく、矢を受けたような痛みより熱い。もっと鋭く、もっと単純で、絶望的な理由からだった。
 (愛しています)
 「俺もだ」
 ヘンリーは不思議そうに目を丸めた。「あなたも? 俺の世話をすることがそんなに光栄なら、普段からもっとやって欲しいことが山ほどあるのに……」
 ハンスは愛しい平民をベッドから突き落とし、泣き言を唇で押さえ込みながら鎧を着せた。

 夜明けは遠い。だが今夜送り出した日は、必ず彼のもとへ戻ってくる。

 「こうしておまえの重みに耐えながら息苦しい夜を過ごしたいものだが」  しばらくして、ハンスは静かに言った。「出発前に鎧をつけてやる約束だ」  ヘンリーは顔をくしゃくしゃにして笑い(ああ、神よ、彼は若い。馬鹿げた戦争や、馬鹿げた貴族に振り回されるには、罪なほど)、体を起こしてハンスの唇にキスをした。  「主人に世話をしていただくとは、光栄です、カポン卿」  ハンスの胸がまた痛んだ。短剣で刺されたような痛みより激しく、矢を受けたような痛みより熱い。もっと鋭く、もっと単純で、絶望的な理由からだった。  (愛しています)  「俺もだ」  ヘンリーは不思議そうに目を丸めた。「あなたも? 俺の世話をすることがそんなに光栄なら、普段からもっとやって欲しいことが山ほどあるのに……」  ハンスは愛しい平民をベッドから突き落とし、泣き言を唇で押さえ込みながら鎧を着せた。  夜明けは遠い。だが今夜送り出した日は、必ず彼のもとへ戻ってくる。

(3/3) KCD2 ハンスリー(ヘンカポ)
 「夜明け前」

08.03.2025 13:06 — 👍 2    🔁 1    💬 0    📌 0
 だから、彼はすでに自分を救っているのだ、何度も何度も。ハンスがいるから、強くなりたいと思う。ハンスがいるから、騎士として誇れる生き方をしなければならないと感じる。
 ハンスがいるから、自分は戦う。彼が貴族としての生と義務を、そして願わくば人生の大きな喜びを得て、長くまっとうできるように。
 たとえ、そのために死んでも。それでもヘンリーの人生には、何事にも代えがたい価値がある。
 「必ず戻る。約束します」
 彼は、万感の思いを込めて主人の指を握った。細い指先が束になるように、思いを力にして握りしめた。剣と弓の扱いに長けた指には硬いタコがあった。本当は、ひとつひとつの指先に尊敬を込めた仕草をしたかった。
 ヘンリーは、自分の行為がハンスを戸惑わせていると気づいて素早く立ち上がった。
 「大丈夫、すべてうまくいくよ。援軍を連れて戻ってくる――」
 ハンスは立ち上がり、ヘンリーの手を握って、そしてキスをした。

 ハンス視点

 ハンスは自分自身を恐れていた。神は怖くなかった。神はゴドウィンの胃袋の中で溺れているからだ。
 「俺は……俺……すまない……」
 彼は無意識に火のもとに向かい、意味もなく薪を積んだ。
 彼は自分の無力さを恐れていた。憎んでいると言ってもよかった。

 だから、彼はすでに自分を救っているのだ、何度も何度も。ハンスがいるから、強くなりたいと思う。ハンスがいるから、騎士として誇れる生き方をしなければならないと感じる。  ハンスがいるから、自分は戦う。彼が貴族としての生と義務を、そして願わくば人生の大きな喜びを得て、長くまっとうできるように。  たとえ、そのために死んでも。それでもヘンリーの人生には、何事にも代えがたい価値がある。  「必ず戻る。約束します」  彼は、万感の思いを込めて主人の指を握った。細い指先が束になるように、思いを力にして握りしめた。剣と弓の扱いに長けた指には硬いタコがあった。本当は、ひとつひとつの指先に尊敬を込めた仕草をしたかった。  ヘンリーは、自分の行為がハンスを戸惑わせていると気づいて素早く立ち上がった。  「大丈夫、すべてうまくいくよ。援軍を連れて戻ってくる――」  ハンスは立ち上がり、ヘンリーの手を握って、そしてキスをした。  ハンス視点  ハンスは自分自身を恐れていた。神は怖くなかった。神はゴドウィンの胃袋の中で溺れているからだ。  「俺は……俺……すまない……」  彼は無意識に火のもとに向かい、意味もなく薪を積んだ。  彼は自分の無力さを恐れていた。憎んでいると言ってもよかった。

 燃えるように唇が熱い。いや、火傷しそうな痛みは唇の周りにあった。ヘンリーの顎に生えた硬い無精ひげがこすれてそうなった。彼は男とキスをした。男にキスをした。男ではない、ヘンリーにだ。彼の従者であり、馬鹿な鍛冶屋であり、何者にも代え難い、尊敬すべき友人に。
 「俺は……その……俺は……」
 何か言い訳をしなければと思った。してしまったことは変えられないが、うまく誤魔化すことはできるはずだ。そうしなければならなかった。立ち上がったらそこに唇があって、偶然当たってしまった、とか。もう十日も白パンを食べていないから、歯とパンを見誤って、とか(おまえの歯は白い、とさりげなく誉めることにもなり、善き友人としての評価もきっと上がる)。女体と無縁の生活を強いられて、つい魔が差してしまった、とか。
 まったく、死地に向かう友人に、自分は何という心苦をかけたのだろう。すぐに、冗談だったというべきだ。特別な理由があったわけではない、もちろん禁忌を犯すつもりもない、何でもない、ただの偶然かいたずらで起こってしまった出来事だと。サムと一緒に外壁を下りたら、書簡なんて忘れて最初に会った女の尻を追いかけるべきだと、悪魔の仲間にふさわしいジョークを添えて、自らを愚かな笑いものにすべきだ。
 そうだ。誤魔化すべきだ。ガラハットとランスロットの物語を語った後で。鍛冶屋の瞳に理解と警戒の色が浮かんだのを読んだあとで。それでも、いや、だからこそ。自分自身とヘンリーのために。愚かな行いを正すために……。
 ヘンリーは扉へ向かった。当然だ、もう顔も見

 燃えるように唇が熱い。いや、火傷しそうな痛みは唇の周りにあった。ヘンリーの顎に生えた硬い無精ひげがこすれてそうなった。彼は男とキスをした。男にキスをした。男ではない、ヘンリーにだ。彼の従者であり、馬鹿な鍛冶屋であり、何者にも代え難い、尊敬すべき友人に。  「俺は……その……俺は……」  何か言い訳をしなければと思った。してしまったことは変えられないが、うまく誤魔化すことはできるはずだ。そうしなければならなかった。立ち上がったらそこに唇があって、偶然当たってしまった、とか。もう十日も白パンを食べていないから、歯とパンを見誤って、とか(おまえの歯は白い、とさりげなく誉めることにもなり、善き友人としての評価もきっと上がる)。女体と無縁の生活を強いられて、つい魔が差してしまった、とか。  まったく、死地に向かう友人に、自分は何という心苦をかけたのだろう。すぐに、冗談だったというべきだ。特別な理由があったわけではない、もちろん禁忌を犯すつもりもない、何でもない、ただの偶然かいたずらで起こってしまった出来事だと。サムと一緒に外壁を下りたら、書簡なんて忘れて最初に会った女の尻を追いかけるべきだと、悪魔の仲間にふさわしいジョークを添えて、自らを愚かな笑いものにすべきだ。  そうだ。誤魔化すべきだ。ガラハットとランスロットの物語を語った後で。鍛冶屋の瞳に理解と警戒の色が浮かんだのを読んだあとで。それでも、いや、だからこそ。自分自身とヘンリーのために。愚かな行いを正すために……。  ヘンリーは扉へ向かった。当然だ、もう顔も見

たくないに決まっている。
 短剣で胸を刺されるような痛みに、ハンスは歯を食いしばってうつむいた。こんな別れになるとは想像していなかった。引きとめる資格も自分にはなかった。ヘンリーが旅立った後で、彼の無事を一秒ごとに神に祈るだろう(ゴドウィンが胃袋で飼っているのとは別の神に)。もうそれくらいしか、彼にできることはなかった。
 扉が開く音を待っていたが、それはやってこなかった。かわりに、錠前をスライドさせる鈍い音がした。
 ヘンリーが戻ってきて、ハンスを抱きしめた。
 唇とその周囲の痛みは、すぐに気にならなくなった。

 ヘンリー視点

 二人が並んで横たわると、ベッドは小さかった。
 「頼むから、その鎧を脱いでくれ」 ヘンリーの下敷きになったハンスが小さな声で頼んだ。「重いし、うるさいし、どうしてそんなものを着て来たんだ?」
 「半刻後に出陣するから?」
 「いいから、早く脱げ」 背中の留め具に指を通して引っ張りながらハンスは言った。「着せるのを手伝ってやるから」
 ハンスの手を借りてキュライスを脱いだが、結局はそこで留まらず、ふたりは競うように身に着けていた服を脱いで、最終的には裸で重なり合った。
 「これでよくなった」 ハンスはヘンリーの埃っぽい背中に腕を巻き付けて、満足そうな歌声でうめいた。「ずっといい」

たくないに決まっている。  短剣で胸を刺されるような痛みに、ハンスは歯を食いしばってうつむいた。こんな別れになるとは想像していなかった。引きとめる資格も自分にはなかった。ヘンリーが旅立った後で、彼の無事を一秒ごとに神に祈るだろう(ゴドウィンが胃袋で飼っているのとは別の神に)。もうそれくらいしか、彼にできることはなかった。  扉が開く音を待っていたが、それはやってこなかった。かわりに、錠前をスライドさせる鈍い音がした。  ヘンリーが戻ってきて、ハンスを抱きしめた。  唇とその周囲の痛みは、すぐに気にならなくなった。  ヘンリー視点  二人が並んで横たわると、ベッドは小さかった。  「頼むから、その鎧を脱いでくれ」 ヘンリーの下敷きになったハンスが小さな声で頼んだ。「重いし、うるさいし、どうしてそんなものを着て来たんだ?」  「半刻後に出陣するから?」  「いいから、早く脱げ」 背中の留め具に指を通して引っ張りながらハンスは言った。「着せるのを手伝ってやるから」  ハンスの手を借りてキュライスを脱いだが、結局はそこで留まらず、ふたりは競うように身に着けていた服を脱いで、最終的には裸で重なり合った。  「これでよくなった」 ハンスはヘンリーの埃っぽい背中に腕を巻き付けて、満足そうな歌声でうめいた。「ずっといい」

 ヘンリーは、ハンスの鼻を自分の鼻で押し上げながら息を奪っているときに、タコのある細い指が胸の毛を分けて撫でてくれるのがとても好きだと思った。
 ピルクシュタイン卿の肌は、胸から平らな腹の下まで、どこまでも滑らかだった。淡い金髪から立ち上がるペニスですら。
 ヘンリーは、二人を同時に手で包み込み、手首をゆっくりと上下に動かした。ハンスの喉からもれ出た声は、飢えたヘンリーの腹の底をさらに広げた。剣よりハンマーを持っていた時代のほうが長い、洗練されているとは言い難い形のタコで硬くなった手のひらの中で、主人のペニスがびくびくと喜びで震えるのを感じ、赤く染まった首筋に歯を食い込ませるようなキスをしながら、ヘンリー自身も感情を解放した。
 高揚と愛情の嵐が少し収まり、ヘンリーが金髪の横に手をついて、薄い青色の目を見下ろしたとき、彼はすっと胸の曇りが晴れるのを感じた。そこにあった真実を見出した。晴れ間から降り注ぐ日差しが、真実の名前を教えてくれた。
 誤魔化しも、恐れもなく、ただそこにそれはあった。美しく輝いていた。
 「愛しています」
 「ヘンリー……」
 「あなたを怖がらせるために言ってるんじゃない」
 ヘンリーはハンスの貴族的な鼻のてっぺんにキスをした。正直なところ、初めて会ったときから彼はこの鼻に執着していた。もっとも、初めのころはキスしたいとは思わず、気取った高い鼻を殴って折ってやりたいと思っていたのだが(そしてさらに正直にいえば、今でもたまにそんな気持

 ヘンリーは、ハンスの鼻を自分の鼻で押し上げながら息を奪っているときに、タコのある細い指が胸の毛を分けて撫でてくれるのがとても好きだと思った。  ピルクシュタイン卿の肌は、胸から平らな腹の下まで、どこまでも滑らかだった。淡い金髪から立ち上がるペニスですら。  ヘンリーは、二人を同時に手で包み込み、手首をゆっくりと上下に動かした。ハンスの喉からもれ出た声は、飢えたヘンリーの腹の底をさらに広げた。剣よりハンマーを持っていた時代のほうが長い、洗練されているとは言い難い形のタコで硬くなった手のひらの中で、主人のペニスがびくびくと喜びで震えるのを感じ、赤く染まった首筋に歯を食い込ませるようなキスをしながら、ヘンリー自身も感情を解放した。  高揚と愛情の嵐が少し収まり、ヘンリーが金髪の横に手をついて、薄い青色の目を見下ろしたとき、彼はすっと胸の曇りが晴れるのを感じた。そこにあった真実を見出した。晴れ間から降り注ぐ日差しが、真実の名前を教えてくれた。  誤魔化しも、恐れもなく、ただそこにそれはあった。美しく輝いていた。  「愛しています」  「ヘンリー……」  「あなたを怖がらせるために言ってるんじゃない」  ヘンリーはハンスの貴族的な鼻のてっぺんにキスをした。正直なところ、初めて会ったときから彼はこの鼻に執着していた。もっとも、初めのころはキスしたいとは思わず、気取った高い鼻を殴って折ってやりたいと思っていたのだが(そしてさらに正直にいえば、今でもたまにそんな気持

(2/3) KCD2 ハンスリー(ヘンカポ)
「夜明け前」

08.03.2025 13:06 — 👍 2    🔁 1    💬 1    📌 0
 ヘンリー視点

 二人が並んで座ると、ベッドは小さかった。
 ヘンリーが今まで寝起きした経験の中でもっとも狭く、小さなベッドというわけではなかった。
 ほんの数か月前まで、彼は戦火で両親と故郷を失った難民だった。城壁の外のテントの下で、藁の上に古布を被せた寝床を住処としていた。身分を得て、各地を一人で旅するようになってからも、設えた者が死んでいることを祈りながら拝借した道端の野営地の、冷たく湿って異臭のする敷布の寝床や、決して安くはない銀で酒場の主人から借りた、屋根裏の木枠に藁を詰め込んだだけの粗末なベッドに慣れていた。
 それらに比べれば、ハンスのベッドは立派だった。貴族の領主が貴族の客に用意したベッドなので、当然だ。ヘンリーが整えたこともあった。まさにこのベッドで眠るハンスを見守ったこともあった。彼が一人で眠っている時は、この立派なベッドが小さいなんて思ったことはなかった。
 ヘンリーは笑いそうになった。今生の別れをしに世話になった主人の部屋を訪れたはずが、ふたりで黙りこくり、上等なベッドに尻を並べて座っている。燃える薪を見つめながら、明日死ぬかもしれない自分が考えるべきは、この世のベッドのサイズの不思議や、今までに踏みつけてきた粗末なベッドと、一生知ることもない貴族のベッドの寝心地について比較してみることなのか?
 「ええと……お別れをいいにきた」
 沈黙を破った自分の声がいつもに増してまぬけに聞こえて、ヘンリーは耳を塞ぎたくなった。
 ふたりの呼吸の音と薪の爆ぜる音だけの静寂が、

 ヘンリー視点  二人が並んで座ると、ベッドは小さかった。  ヘンリーが今まで寝起きした経験の中でもっとも狭く、小さなベッドというわけではなかった。  ほんの数か月前まで、彼は戦火で両親と故郷を失った難民だった。城壁の外のテントの下で、藁の上に古布を被せた寝床を住処としていた。身分を得て、各地を一人で旅するようになってからも、設えた者が死んでいることを祈りながら拝借した道端の野営地の、冷たく湿って異臭のする敷布の寝床や、決して安くはない銀で酒場の主人から借りた、屋根裏の木枠に藁を詰め込んだだけの粗末なベッドに慣れていた。  それらに比べれば、ハンスのベッドは立派だった。貴族の領主が貴族の客に用意したベッドなので、当然だ。ヘンリーが整えたこともあった。まさにこのベッドで眠るハンスを見守ったこともあった。彼が一人で眠っている時は、この立派なベッドが小さいなんて思ったことはなかった。  ヘンリーは笑いそうになった。今生の別れをしに世話になった主人の部屋を訪れたはずが、ふたりで黙りこくり、上等なベッドに尻を並べて座っている。燃える薪を見つめながら、明日死ぬかもしれない自分が考えるべきは、この世のベッドのサイズの不思議や、今までに踏みつけてきた粗末なベッドと、一生知ることもない貴族のベッドの寝心地について比較してみることなのか?  「ええと……お別れをいいにきた」  沈黙を破った自分の声がいつもに増してまぬけに聞こえて、ヘンリーは耳を塞ぎたくなった。  ふたりの呼吸の音と薪の爆ぜる音だけの静寂が、

美しい音楽だったことに気づいた。酒場で喧嘩をしていた頃は、ハンスとこのようなぎこちない静寂を共有するとは思っていなかった。これが最後という時になって、二人で過ごす沈黙の居心地の良さに気づくなんて。
 「もう……?」
 「ああ、俺たち……夜のうちに出発しないといけないから」
 ハンスがどこか切実な様子で異国の奇妙な名前の騎士たちの話を始めると、ヘンリーはすぐに主人の語る物語に集中した。ふたりの騎士の物語を通じて彼が伝えたがっているものを理解するのは、ヘンリーにとって雨の後の川で溺れるくらい容易なことだった。同時に、自分が理解したと思っていることが、ただの独りよがりの期待だと思い知らされるのが怖かった。
 「ヘンリー、もしおまえに何かあったら……何かがあったら……」
 ハンスは吐く息を震わせ、無力感もあらわに言い放った。「どうして一度くらい、俺がおまえを救えないんだ?」
 ヘンリーは、まずは自らの期待を横において、主人の訴えを心の底から不思議に思った。
 どうして彼はわからないんだろう。ハンスがいなければ、ヘンリーの人生はただ復讐のためだけにあった。彼が側にいてくれなかったら、敵に対する憎しみと、生存者としての義務を理由に、人を拷問し、村を焼き尽くす、そんな人間になっていただろう。彼がヘンリーに、友情の瑞々しさを思い出させ、忠誠心という尊い感情をくれたのだ。
 そして、もっと高く、物語で語るしかない感情も。

美しい音楽だったことに気づいた。酒場で喧嘩をしていた頃は、ハンスとこのようなぎこちない静寂を共有するとは思っていなかった。これが最後という時になって、二人で過ごす沈黙の居心地の良さに気づくなんて。  「もう……?」  「ああ、俺たち……夜のうちに出発しないといけないから」  ハンスがどこか切実な様子で異国の奇妙な名前の騎士たちの話を始めると、ヘンリーはすぐに主人の語る物語に集中した。ふたりの騎士の物語を通じて彼が伝えたがっているものを理解するのは、ヘンリーにとって雨の後の川で溺れるくらい容易なことだった。同時に、自分が理解したと思っていることが、ただの独りよがりの期待だと思い知らされるのが怖かった。  「ヘンリー、もしおまえに何かあったら……何かがあったら……」  ハンスは吐く息を震わせ、無力感もあらわに言い放った。「どうして一度くらい、俺がおまえを救えないんだ?」  ヘンリーは、まずは自らの期待を横において、主人の訴えを心の底から不思議に思った。  どうして彼はわからないんだろう。ハンスがいなければ、ヘンリーの人生はただ復讐のためだけにあった。彼が側にいてくれなかったら、敵に対する憎しみと、生存者としての義務を理由に、人を拷問し、村を焼き尽くす、そんな人間になっていただろう。彼がヘンリーに、友情の瑞々しさを思い出させ、忠誠心という尊い感情をくれたのだ。  そして、もっと高く、物語で語るしかない感情も。

(1/3) KCD2 ハンスリー(ヘンカポ)
「夜明け前」 9枚

ロマンスシーンを私なりの解釈で再構築した小話の体をとった感想文です。
ハンスとヘンリーの視点が交互になります。

誤字脱字申し訳ない。あともしハンスとヘンリーの名前を打ち間違ってたらごめんなさい😇(大っぴらに教えて頂けると助かります)。

なんとか自分の想いをしたためたので、これから二次創作探しにいきます。
ちょっと前に確認した時はao3にハンス/ヘンリータグ140作品くらいしかなかったのに、今みてきたら100件以上増えてるという。
ありがたい。泣く。

08.03.2025 13:06 — 👍 2    🔁 1    💬 1    📌 0

キングダムカムデリバランス2、メインストーリークリアした もう泣く

08.03.2025 03:06 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

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