「ああ、確かにあの時は興味無かったかな。でも今は少し興味が出てきたんだ」
「手、離せよ」
「どうして?」
「キメェからだよ」
「握って来たのはデンジ君の方じゃないか」
俺の服をね。
吉田はデンジが服を引っ張ったのと同じようにデンジを引っ張って先へ進む。入り口の方は閑散としていたが奥は人が多く、殆どがカップル同士で手を繋いでいた。
「…………」
両隣と背後をカップルに固められた状態でデンジは彫刻を見やる。強制的に握られた手は振りほどくことが出来ず指まで絡められてしまった。
「カワイイ~」
右隣のカップルの女が彫刻を見て声を上げる。
「この作品はいいね」
左隣のカップルの男が彫刻を見て感想を呟く。
「愛してるよ」
「アタシも」
背後のカップルがいちゃついた気配がしたのでデンジは振り返った。キスをしていた。最悪だ。
デンジは視線を彫刻に戻して抽象的なそれを眺めた。上から下まで眺めても可愛いとは思わないしどこが良いのかもさっぱり理解できない。
愛してるよと言ってアタシもと返って来て公共の場でチューをするような関係には憧れるが、男の吉田と手を繋いで作品を眺めているデンジにとって女の子とそういった関係になれるのは遠い夢のような気がした。
この空間はなんなのだろう。
デンジは口をへの字に曲げる。
周囲の人間が作品を褒めてもデンジにはそれがちっとも理解できないし、好いてくれる女の子もいない。デンジはこの空間で作品を褒めることも出来ず女の子とも居ない自分が異分子のように思えて仕方なかった。
「…………何もわかんねぇ。金属で出来てることしかわかんねぇ」
「はは、俺も1978年に制作されたことしかわからない」
「そうかよ」
ただ、この空間で吉田だけが同じように作品が理解が出来ないまま男のデンジと共に作品を眺めている。
「ここを出たら」
吉田の手は何をしても離れなかった。繋がれた手を振りほどくように振っても、デンジが片方の手で剥がそうとしてもきつく握られて離れない。足を踏んでも離れなかった。
「ここを出たら?」
仕方ないのでデンジは諦めることにする。なにも握られた手がミシミシと音を立て始めたのに負けたわけではない。びじつ館では静かにするのがマナーだからだ。
「新しく出来たシーフードレストランにでも行こうか。デンジ君はシーフード好き?」
「意味わかんねぇ作品以外ならなんでも好き」
男女の恋人同士が手を繋ぐ中で男同士で手を繋ぐ吉田とデンジは酷く浮いている。だがデンジは先程とは違って気にならなかった。自分ひとりだけじゃなく、吉田も同じだからだ。
デンジは吉田を見上げ、それから握られた手に
視線を移す。デンジが何をやっても離れなかった手はカップルの中に紛れ込ませまいとしているようでも、紛れ込めない中でデンジと共にいようともしているようだった。
「なあ、あとどんくらいで飯食えんの」
「さあ。今半分くらいだから少なくともまだ当分出れないかな」
「げえ」
「嫌がることないだろ」
吉田はデンジの手を引っ張る。布を引っ張った時よりも力強く引っ張られてデンジはもっと布を伸ばしておけばよかったと少しだけ後悔した。
「デンジ君、二人きりだぜ」
は、とデンジが口を開けると吉田は少しだけ笑って「ほら」と作品のキャプションを指さした。
作品名ふたりきり。
デンジは片眉を上げて作品を見やる。球体のようなものが一つしかないそれはデンジにとって理解不能だしそもそもタイトルが作品と結びつかない。
「きっと作者は二人が一つになるのを表わしたかったのね」
「一つに見えてふたりきりだなんて、なんて奥が深い作品なんだろう」
周りのカップルたちが口々に作品の感想を言い合う。デンジと吉田は顔を見合わせて、それから作品をじっと眺めた。
「意味わかんねぇ」
「あはは、俺も」
握られた手は解かれない。訳の分からない目の前の作品と同じ様に、吉田とデンジは一つで二人きりだ。
続き。吉デン。第二部、二人で美術展へ行く話(7/7)
2023/4/4に別名義で書いていた話の再投稿です。
01.11.2025 23:16 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「週末世界でふたりきり」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「これ二枚貰ったからデンジ君にあげるよ」
そう言って吉田が差し出したチケットをデンジは訝しげに見つめた。二枚。二枚ということは、一枚はデンジの分だろう。だがもう一枚は、きっと恐らく、いいや絶対に、吉田の分に違いない。
デンジはチケットの文字を読み上げる。
なんとかかんとかうつくしてん。
「美術展」
吉田から訂正が入ったのでデンジは繰り返した。「びじつ……てん」本当は訂正されなくてもデンジはそれくらい読めたが、ちょっと間違えたふりをしただけだ。
「俺ぁ男とびじつてんに行くシュミはねえ」
「俺も美術展に行く趣味はないんだ。だからこれ、あげる」
はい、と二枚とも渡されてデンジは思わず吉田を見た。
「一緒に住んでる子と二人で行ってきたらいい」
女の子とでもいいけど、と吉田は付け加えた。デンジは吉田とチケットを交互に見てそれならばとチケットを掴んだ。タダで貰えるのなら貰っておくべきだ。デンジはびじつてんというのに興味は無かったが、休日にナユタと少し遠くへ出かけるのもたまには良いだろう。もしナユタが断ったなら女の子を誘ってデートに行ってもいいかもしれない。デートに誘うような関係の女の子はいないがこれを機に仲を深めたって良いのだ。
チケットを受け取ったデンジが鞄の中にいそいそとしまうのを眺めた吉田は「美術展は興味無いけど」と前置きをしてゆっくりと喋り始める。
「もしデンジ君が一人で行くっていうのなら、付き合うよ」
フンと鼻を鳴らしたデンジは鞄を背負った。
「俺は女のコと一緒に行くんだ。だから一人で行かねぇ。よってお前とはぜってぇ行かねぇ。この話は終わり」
すたすたと教室から出て行ったデンジに吉田は肩を竦めてデンジの後を追う。吉田にはなんとなく次の休日の予定が見えた気がした。
***
「意味がわからないな。デンジ君はわかる?」
吉田に喋りかけられてデンジは彫刻を見つめる。
抽象的な形のそれは一体何なのかデンジには理解できなかったし、キャプションを見ても理解できなかった。ただ吉田にわかるかと聞かれた手前、わからないと答えるのは癪な気がしてデンジは手掛かりを求めてキャプションの文字を読む。
「……金属で出来てる」
「そうだね」
会話が終了した。
デンジは全く理解できない彫刻を前に口を真一文字に結ぶ。
本来ならこの美術展には吉田とではなくナユタか可愛い女の子と来る予定だった。だがナユタは「興味無い」と一蹴し、ならばと手当たり次第に女の子に声をかけたが本題を切り出す前に全て逃げられてしまったのだ。
余った一枚のチケットをどうしようかと考えているデンジの前に現れたのが吉田だった。デンジは一人でも行く予定だったし、一人でも行ける筈だった。だが「帰りにどこか食べに行こう。奢るよ」と言われてしまっては仕方がない。
意味がわからないと言った割には吉田はじっと彫刻を眺めている。その姿は傍からすれば作品に興味を持って眺めているように見えるのだろう。近くにいた女性の二人組が吉田を見て「あの男の人熱心に見てるね」と浮つきながら話しているのに気付いたデンジは吉田の服を引っ張った。
「……おい、次ンとこ行くぞ」
デンジとしてはこれ以上この彫刻を眺めたくなかったのと吉田がモテるのが鼻持ちならないだけでそれ以上の意味は無かったが、その行動は吉田を酷く驚かせたようだった。
吉田は目を丸くしてデンジを見つめる。掴まれた服に視線を移し、デンジに視線を移し、それから再度掴まれた服に視線を移した吉田は「は、」と小さく口を開いて息を漏らした。
「……デンジ君、手、」
「あ?」
吉田に指摘されてデンジは男の服を掴んでしまったことに気付いたが手を離さずそのままさらに服を引っ張った。デンジの着ている服より滑らかな触り心地の布は引っ張られて伸びる。それを見てデンジは洗濯が大変そうだと薄らと思った。伸びやすい生地の服は干すときに形が崩れやすいのだ。
「……服が伸びる」
「伸ばしてんだよ」
しゃれた服着やがって、とデンジは悪態を吐いて吉田の服から手を離した。ナユタがよそ行きに着ていくような服と殆ど同じような布だった。デンジの手持ちの服は殆どが綿100%だからあんな風には伸びないし、今も着ているお気に入りのチェンソーマンTシャツは着すぎて襟元がよれて
きている。
もう少しおしゃれしてもよかったかもしれない。
そう思いながらデンジは自分のチェンソーマンTシャツを見下ろす。チェンソーマンTシャツがイカすことは違いないが、びじつてんに行くには少しラフなのは否めなかった。
デンジは再び吉田の服を引っ張る。服がよれてモテなくなればいいと思ってのデンジの行動は、吉田にとっては違う意味に捉えられたようだった。
「デンジ君、服が伸びるから」
吉田の手が服を引っ張るデンジの手を覆う。デンジは目を丸くして吉田を見つめた。覆われた手に視線を移し、吉田に視線を移し、それから再度覆われた手に視線を移したデンジは「は、」と小さく口を開いて息を漏らす。
これはもしかしなくても手を握られているのではないか。
デンジがそれに気付くと同時に近くにいた女性二人組がデンジと吉田を見てキャッと声を上げる。「手、繋いでる!」小さな声で興奮気味に言われた言葉は、静かな会場では大きく響いた。
「て、てめ、よし、」
「静かにしないと」
窘められてデンジは渋々口を閉じる。振りほどこうと手を振ったがタコの吸盤のように吉田の手は離れない。それどころか強く握られてデンジはギリギリと歯ぎしりをした。
「次のところ行こうか」
「………………もう帰る」
「もう?」
「びじつてんに行くシュミはねぇんだろ。俺も男と見るシュミはねぇから、帰る」
吉デン。第二部、二人で美術展へ行く話(4/7)
2023/4/4に別名義で書いていた話の再投稿です。
01.11.2025 23:16 — 👍 1 🔁 1 💬 1 📌 0
て言えないだろうよ」
「何故?」
「当たり前だろ? 汚いからだ」
手が離される。暁星塵は息を吐き、拭われた指先を擦り合わせて足元へ首を傾けた。
足元の方では男が地面に書いた文字を消す音が聞こえる。
彼が触れた文字は確かに綺麗だったのだ。少し癖はあったが、それでも誰が見ても――書いた本人以外は――綺麗だと言うだろう。だが、消されてしまっては確かめようがない。
「もしもあなたの字が読めたら……私はもう一度同じことを言うでしょう」
男は声を上げて笑い、それから吐き捨てるように言った。
「もしもあんたの目が見えて俺の字を褒めてくれるんなら、これほどまで嬉しいことはないだろうさ!」
暁星塵は薄く笑みを浮かべる。「もしも……」小さく口にしただけだったが、男は耳聡くその呟きを拾った。
「もしもそうだったらどんなによかったでしょうね」
暁星塵は過去を振り返らない。自分が選んできた選択は間違っていたかもしれないが、自分で決めて選んだ道を否定することも悔やむこともない。
だがこの時ばかりは自分の目が見えれば良いと思った。目の前にいる自虐的に笑う彼を励ませたかもしれないからだ。
息を呑んだ男の顔がどんな表情をしていたのか暁星塵は知ることができない。だから暁星塵は言葉を連ねることにした。
「あなたの字は綺麗ですよ。私はとても好ましく思います」
握られた手は血が出ている。食いしばった歯からかちりと音が鳴りそうなことに気付いて男は顎を引いてゆっくりと口を開いた。
「道長は本当に人が良い」
綺麗すぎて反吐が出る、とその言葉は飲み込んで薛洋は暁星塵を見つめた。
かつて彼は字が読めなかった。だから彼は読み書きを学んだ。彼は書けるようになったが、師匠もおらず見よう見まねで学んだそれは書き順も違っていれば、筆の持ち方すら違った。表面上は繕っていたが書を習っていた人間と比べるとぼろが出る。まるで自分自身のようだった。
どうしようもなく気分が悪い。
暁星塵は目が見えても見えなくとも薛洋の字が綺麗だと言ったが、書いた人物が薛洋だと知ったら口を噤むだろう。そして非難するに違いない。それがわかっているからこそ、彼の目が見えなくてよかったと思ってしまった自分が嫌だった。
薛洋は自分の手のひらを見下ろした。筆を握ることなんか教えてもらったことのない、孤児の手のひらだ。暁星塵の読み書きを習った綺麗な手とは違う。
「俺のことを見ても俺の字が綺麗だってあんたは言ってくれるのか?」
「ええ。もしも私の目が見えたのなら」
恐らくその日は来ないだろう。暁星塵は目が見えないのだから、薛洋の姿を見ることもないし、彼の字を目で追うこともない。
薛洋はそれに酷く安堵してもう一度暁星塵を見つめる。彼の目は相変わらず白い布で覆われてお
り、薛洋と視線が交わることはない。
「もしも、なんてない」
事実を口にすればさらに安堵感が広がる。心の底に沈んだそれがどこからくるものなのか、薛洋は考えたくなかった。彼が自分を見ることが出来なくてよかったと、その感情を無理やり押し込めて薛洋は笑う。
「道長、あんたは馬鹿だな。俺の字は汚いんだ」
薛洋と暁星塵と字の話(7/7)
冒頭のみ金光瑶と薛洋
17.09.2025 22:50 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「歪な字」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「おや」
薛洋から渡された報告書を見た金光瑶は目を瞠った。わざとらしい表情は相手に気付かせるようにやっているとしか思えないし、実際そのためにやっている。
薛洋は眉を上げて金光瑶の望むとおりに「どうした?」と声をかけてやった。不機嫌な日はこの茶番に付き合わないが、今日は機嫌が良かったので付き合おうと思ったのだ。今日は魏無羨が残した僅かな資料を手掛かりに金光善が望んだ多すぎる課題を一つ乗り越えたのだ、機嫌が悪いはずはなかった。
金光瑶は薛洋へ視線を向けず報告書を読みながら可笑しそうに口を開く。
「もっと読めないかと思っていたけれど。君は案外字が上手いな」
その一言で薛洋の機嫌は一気に急降下する。舌打ちをして金光瑶を睨みつけるとそこでやっと薛洋と視線を合わした金光瑶はくすくすと笑いながら肩を竦めた。
「綺麗だと言っているんだから怒ることはないじゃないか?」
金光瑶と薛洋は互いによく似た性質を持っているが、親がいた金光瑶と物心ついたときから孤児だった薛洋とは生い立ちが異なる。薛洋は学がない。金光瑶は学がある。二人のその差は藍家や江家といった名だたる仙家の者から見れば殆ど変わらないだろうが、そうでない二人にとっては大きな差であり、肩を並べることはあっても覆ることはない。
だからこうやって金光瑶は時たま薛洋を適度にからかって日頃彼のせいで追われている後始末の
鬱憤を晴らしている。
少しだけ癖があるものの、ごろつきが書いたとは思えない整った字をなぞりながら金光瑶は言葉を連ねた。
「清書が必要かと思っていたけど必要なさそうだ。手間が減って助かったよ」
降災の刃が首元で光ってもその剣が金光瑶を貫くことはない。金光瑶は笑みを張り付け、怒っている薛洋をなだめるためにもう一度字を褒めた。
「この字なら誰が見ても綺麗だと褒めるだろうね」
憎んでいる相手が書いた字を見て褒める奴がいるのだろうか? 金光瑶の言葉は誰からも憎まれている薛洋を逆撫でするだけだった。
薛洋が苛立ち交じりに振り下ろした降災はそのまま床へと突き刺さる。金光瑶はそれを涼しい顔で見ていたが、次の言葉によってその顔は崩れた。
「母親から書き方を教えてもらったあんたの字こそ万人に褒められる字だろうよ。金家ご当主様にも勿論綺麗だと褒められたんだろ?」
「ああ、先ほどの言葉は撤回しよう」
やはり、薛洋の文字を褒める人間はいない。憎んでいる相手が書いた文字を褒める人間などこの世のどこにもいないのだ。
金光瑶は歪んだ笑みをそのままに薛洋が書き記した報告書を片付けた。
***
地面に書かれた文字を指でなぞった時、暁星塵はほんの少しだけ驚きを露わにした。
「綺麗な字ですね」
ひょんなことから共に生活するようになった男
は暁星塵と同じ修士だったが、粗雑な口調、どの型にも当てはまらない剣を振る音から推測するに、きちんとした仙門の出ではなさそうだった。そもそも仙門に属しているのならあのように酷い怪我を負って行き倒れてはいないだろう。修士だからある程度の字の読み書きは出来ると思っていたが、男の書いた字が思ったよりも綺麗で丁寧に書かれていたものだったから暁星塵は驚かずにはいられなかった。
「ああ……これは、依頼ですか?」
男の字は手本のとおりに書かれていた。文字の払いに多少の癖はあるが、そこまで気になるようなものではない。男が木で削った地面に指を這わせた暁星塵は凶屍という文字を読み取って顔を上げた。
「凶屍が出ているのですか? なら、今夜にでも退治に行きましょう」
暁星塵の声は真剣さを帯びていたが字を書いた男はよく聞き取れていないようだった。いつもなら暁星塵の言葉に間を空けずに言葉が飛んでくるはずなのに、数秒置いて返ってきたのは「は?」という間抜けな言葉だけだった。暁星塵はそれに首を傾げながらももう一度同じことを繰り返す。
「今夜にでもこの凶屍を倒しに行きましょう。ああ、貴方が無理でしたら私一人だけでも」
「……ああ、今夜。今夜? あー、…………別に行かなくていい。これは依頼でもなんでもない。この間来た依頼を写してただけだ」
珍しく歯切れの悪い言葉に暁星塵はどうしたのかと問いかけた。口の回る男が普段とは違った様子を見せたのだ、何か彼にとって気に障ることを言ったのかもしれない。もしそうなら暁星塵は彼
に謝らなければいけなかった。
だが男は地面に置かれた暁星塵の手を取ると立ち上がらせ、黙って手の汚れを払う。普段の粗雑なふるまいからは考えられない程丁寧に手を布で拭われ、暁星塵は礼を述べた。
「ありがとうございます」
暁星塵の礼を受け取って男はやっと元の調子に戻ったのか、いつもの馬鹿にしたような声色で「俺の字が綺麗?」と呟いて暁星塵の顔を覗き込んだ。
「道長、あんたは目が見えないだろ。俺の字なんか読めないくせに綺麗だって?」
「見えなくとも触ればわかります」
「触ればわかる?」
「ええ。このように」
暁星塵の指先が男の頬に触れる。普段の調子なら跳ね除けられそうな気もしたが、暁星塵の予想とは違い、男は彼の手を自由にさせていた。頬、頬から目元へ、そこから鼻先へ触れた指がまた頬に戻るのを好きにさせている。
「目、鼻、頬、見えなくとも自分がどこを触っているのかわかります」
「ふうん?」
「あなたの書いた字も同じ」
「…………」
「指で触ったあなたの字は綺麗だった」
暁星塵の指先が唇を掠めたところで男はせせら笑ってその手を掴んだ。
男は暁星塵の手を再び布で拭い始める。先ほどとは違って土に汚れていないはずなのに、男は汚れてると言わんばかりに指先を拭う。
「もしあんたが本当に俺の字を見たら綺麗だなん
薛洋と暁星塵と字の話(4/7)
冒頭のみ金光瑶と薛洋
17.09.2025 22:50 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「蚊」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
あ、と思ったときには謝憐の手の甲には虫が吸い付いていた。菩薺観の前を綺麗にしようと箒を持った一瞬の間だった。
神官でも虫に刺されるのか?
その問いかけに関してはこうだ。
もちろん刺される。……謝憐だけ。
ただし普通なら虫に刺されたりはしない。鬼界に生息する虫や呪いがかけられた特別な虫ならまだしも、人間界に飛んでいる虫には神官の皮膚は刺せない。普通の人間に神が傷つけられないのと同じだ。そもそも虫も寄ってこないだろう。
ただ、謝憐は呪枷によって法力を封じられているため普通に虫が寄ってくる。蜂も虻も謝憐を普通に刺すし、毛虫や蛾にはかぶれる。そして蚊は謝憐の血を吸って養分にすることができてしまう。
法力を失っても神官の血だ。それを放っておいて何かしら問題が起きてもいけないと謝憐は手に止まった蚊を叩く。だいぶ吸われたのか、刺された箇所はぷっくりと腫れており、もう既に痒い。
「ぎゃははは!」
やかましい声に謝憐はちらりと足元に目をやった。そこには相変わらず縛られた戚容が転がっている。ただその姿がいつもと少しだけ違うのは、彼は身動きが取れないゆえに蚊に刺されたい放題刺されていて皮膚のあちこちが腫れていることだった。謝憐が屈んでよく見てみると戚容の顔にはぼこぼこと蚊の刺された跡がある。痒いのかずりずりと頬や体を地面に擦り付けながら戚容は謝憐をあざ笑った。
「間抜け! 武神のくせして蚊に刺されてやがる!」
ぺちんと戚容の頬を叩くと彼は一瞬黙り込んだ
後に唾を飛ばして謝憐に向かって怒鳴った。
「おい! 今俺の顔を叩いたな?! 俺は何にもしてねぇだろうが!!」
「蚊がいたんだ。従弟の為を思って始末しただけなのに、何が悪い?」
「蚊ぁ!? 嘘つけ! だったらなんで虫除けの香を焚かないんだ! そしたらこんなに刺されずに――」
「あ、蚊」
べちんと謝憐が戚容の額を叩く。ぎゃあと大げさに叫び声を上げた戚容の罵倒を聞き流しながら謝憐は自分の手の甲を掻いた。
虫除けの香があるならとうに焚いている。謝憐と戚容だけならともかく、今は子供が二人もいる。子供たちの為を思えば虫除けはしたかったが、食べ物でさえ困っているのにそんな贅沢な物は用意できるわけがない。謝憐は溜息を吐くと騒ぐ戚容の額をもう一度叩いた。
「てめぇ、このクソ野郎!! また叩きやがったな!!」
「蚊がいたんだよ。ああ、ほら、叩くのが遅くなったから腫れている。掻いてあげようか」
「やめろ!! 気持ち悪い!」
謝憐が腫れている戚容の額を指で掻くと戚容は芋虫のように身体を捩る。それが少し面白くなった謝憐は戚容の額を指でつつきまくった。
きっとこれが昔なら戚容は泣いて喜んでいただろう。だが今では怒りで泣きそうなくらい顔を顰めながら嫌がっている。
「やめろ! やめろ! お前に触られると不幸とクズが移る!!」
「そうだよ、兄さん。こいつに触ると不幸とクズ
が移るし、汚れる」
指に噛みつこうと口をぱくぱくとさせている様子が魚みたいだと思っていた謝憐はそっと手を掴まれて振り返った。
花城はうるさく騒ぐ戚容を蹴ると屈みこんで謝憐の手元を見やる。
「兄さん、掃除なら俺がやるのに。ああ、ほら、蚊に刺されてる」
「よくも俺様を蹴ったな、このクソ犬花城!!」
「虫除けを持って来た方が良かった。次からは忘れないようにします」
「おまけに俺が汚いだって!? 汚いのはテメェの方だ、汚れていてドブくせぇ――ぎゃあ!!」
戚容が騒ぐから花城の声が聴き難い。謝憐は戚容の頬を叩いてその口を封じた。「蚊がとまっていた」心にもないことを口にすると戚容の吐き出す内容が花城の悪口から謝憐の悪口へと変わる。よくもまあこんなに罵倒できるものだ。だが、あいにくその殆どはかつて聞いた言葉ばかりで謝憐の言葉には何にも響かない。謝憐は戚容の言葉を聞き流しながら花城に手を引かれるままに立ち上がった。
「早く薬を塗らないと。痒そうだ」
「大丈夫、傷と同じですぐ治るから問題ない。三郎、君は? 刺されてない?」
そこまで言って謝憐は口を噤んだ。はたして鬼は蚊に刺されるのだろうか。謝憐は自分が馬鹿げたことを口にしたことに気づいて恥ずかしくなる。視線を彷徨わせていると花城はくすりと笑って謝憐の顔を覗き込んだ。
「刺されてないよ。でも俺が刺されたら、兄さんが薬を塗ってほしいな」
「おげええええ、気持ち悪い!」
足元の戚容が花城によって蹴飛ばされた。
花城はまるで戚容は最初からいなかったかのように謝憐と目を合わせる。
「今は人の皮だからたまに刺されるんだ。だからその時は兄さんが薬を塗ってよ」
「……本当に?」
「本当」
謝憐は重なっている花城の手に視線を落とす。形の良い指、謝憐より大きな手のひらは温かい。今は人の皮だから血が通っているのだ。それなら刺されることもあるだろうと謝憐は小さく頷いた。
(でも)
花城の滑らかできめが細かい肌が虫によって刺されて赤くなっているのは、謝憐には許せない気がした。
(やっぱり虫除けを買った方がいい)
謝憐は虫除けを買おうと心に決めた。花城がいつまで菩薺観に滞在するかわからないためすぐに帰ってしまうかもしれないが、秋になってもまだ蚊は飛んでいるし蜂も出る。買っておいて損はない。いくらかかかるが、謝憐が何日か食べなければ済む話だ。
刺されて腫れている自分の手とは違い、花城の手や腕が白くて綺麗なのまま、蚊に刺されていないことを確認した謝憐は安堵したのち、自分が花城と手を繋いでいることに気づいて慌ててパッと手を離した。
花怜。蚊に刺される謝憐の話(4/4)
※2024年9月7日に別名義で書いていた話の再録です。
09.09.2025 23:53 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「蚊」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
石の世界には当たり前だが虫が多い。千空は赤く腫れた皮膚を掻きながら眉を顰めた。
「くっそ痒ぃ」
「大丈夫か千空ーー!!」
横で大樹が大声をあげたので千空の眉間にはますます皺が寄る。うるせえ、と言い放った千空は耳元で鳴った音に手をパンッと叩く。手を開いた千空は仕留め損ねたのを見て顔を顰めた。
「顔が凄いことになってるぞ千空ーー!!」
「だからうるせえって!」
パンッと再度手を叩いた千空は再び仕留め損ねたのを見て舌打ちする。千空の近くでパンッと手を叩いた大樹は手のひらに付いた黒い塊と赤い液体を見て仕留めたぞ!とその手のひらを千空に見せた。
しかしまだ千空の耳にはあの耳障りな羽音が聞こえる。大樹がどこだときょろきょろさせていると千空は脚に痒みを感じて服の裾を捲った。膝の上あたりが痒い。指で触れるとぽこっとした感触があって千空はやられたと呟いた。
「また喰われたのか千空ーーーー!!」
「だからうるせえ!」
「でもなんで千空だけそんなに蚊に刺されるんだろうね」
大声で叫んだ大樹をぽかっと殴った千空は司の言葉に知らねえとぶっきらぼうに返した。
先程から蚊の被害にあっているのは千空のみで、大樹や司は何とも無さそうな顔をしている。腕に一カ所、脚に一カ所と蚊の攻撃を受けた千空は皮膚を掻きながらこれは早々に痒み止めと虫除けのクラフトが必要だと舌を打った。痒いのは不快だ。
目の前を横切った小さな黒い虫目掛けて手を叩
いた千空はまたもや空振りに終わったのを見て歯ぎしりをする。
「……」
痒みを感じて千空は再び服の裾を捲り上げた。
今度は先ほど刺された脚とは反対側の脚を、しかも太腿の内側の柔らかいところを刺されていて千空はこの野郎と低く呟く。その呟きに「刺す蚊は全部メスだぞ千空!」とマジレスをした大樹を余所に、千空は太腿の内側を掻き始めた。ぷっくりと大きく腫れ始めたそこは猛烈な痒い。
ふいに、司が千空に近づく。千空に近づいた司は曝け出された脚を見て眉を顰めた。
「これは、うん、痒そうだ。この世界で痒み止めは作れないのかい?」
「ドクダミさえ見つけりゃ作れる。ついでに虫除けもな。明日はソッコーで探しに行くぞ」
太腿の内側の日に晒されない肌は真っ白で、それ故に刺されて赤くなったところがとても痒そうに見える。しかし掻いてしまっては痕が残ると司は刺されたところを掻く千空の手を掴んで止めさせた。
「千空は、」
司は言葉を続けた。なんとなく、なんとなくだが司は千空に痕が残るのを嫌だと思ったのだ。それが何故かと問いかけられても詳しくは説明できなかったが、嫌だと思ったから司は千空の掻く手を止めた。司の言葉を待つ千空は怪訝そうな顔をして司を見る。
「……千空は、」
あ、蚊。
大樹の呟きに千空が司の手を振り払い蚊の止まった自分の脚を叩く。が、手のひらにも脚にも
蚊の姿はなく、千空はまた蚊に刺された。刺された箇所が四つに増えて千空は思いっきり顔を顰め苛立ったように司と大樹に告げた。
「明日は!日が昇り次第ドクダミ探しだ!!」
結局それで司の言葉は中断されてしまった。
蚊に怒り狂って手を叩きまくる千空を見て司は何故千空に虫刺されの痕が残るのが嫌だったのか考え始める。たかが虫刺されだ。年頃の女性でもあるまいし、痕が残ったって別に構いやしないのではないか。司はそう自問したが答えは出そうになかった。
千空が仕留め損ねた蚊が司の目の前を横切る。パンッと手を叩いた司は手のひらに付いた千空のものであろう赤い液体を見てなんとも言えない顔をした。
司千。ツリハ時代、蚊に刺される千空の話(3/3)
※ツリハ時代は夏前でしたが、時間軸間違えて書いています。
※2021年に別名義で書いていた話の再録です。
09.09.2025 23:45 — 👍 1 🔁 2 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「蚊」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
朝起きると首を蚊に刺されていた。
寝ている間にやられたらしい。よりによって皮膚が薄くて刺されると特に痒くなるところに刺すとは憎たらしい。ぼりぼりと掻きながら居間の襖を開けるとヴィクトルがぼりぼりとたくあんを食べている最中だった。
「おはようヴィクトル」
「おはよう」
あのヴィクトルが箸でたくあんを摘まんでいる姿が見れるなんてちょっと前までは全然想像もできなかった。
そんなことを思いながら真利姉ちゃんが配膳してくれたブロッコリーを僕も食べ始める。
「あ」
「ん?」
急に声を上げたヴィクトルに僕はブロッコリーと格闘するのを止めて顔を上げた。隣に座ったヴィクトルは僕を見ながらにやにやと笑っている。その顔はリビングレジェンドの完璧な笑みではなく、どちらかというと常連客のおじさんたちが下世話な話をするときに浮かべる笑みに近い。嫌な予感がして僕はヴィクトルから距離を取った。
「……ゆうりぃ、勇利も隅に置けないなぁ。そういうことなら昨日の練習は早めに切り上げたのに」
「な、なにいきなり……」
ヴィクトルはにやにや笑いながら僕との距離を詰めると「ここ」と僕の首筋を指さす。
「昨夜はお楽しみだったみたいだね」
ぶすりとヴィクトルの爪が蚊に刺されて腫れあがった箇所に突き刺さる。僕が何か言う前にヴィクトルは同じようにもう一度爪で僕の皮膚を刺した。
「随分と情熱的な彼女だったみたいじゃないか? こんなところに付けるなんて。でもいただけないな。勇利は人に見られる立場なんだから、おいそれと傷は作らない方がいい。それがキスマークだとしても傷は傷だ」
「ただの蚊だよ!」
「俺でもまだ勇利に付けたことないのに少し妬けるな」
ぐいっと身を乗り出してきたヴィクトルに抵抗できずにいるとヴィクトルは口を開けて首筋に噛みついた。
「ヒッ!? び、ヴィクトル!?」
慌てて押し返しても全くびくともしない。ばたばた暴れてもヴィクトルは離れることなく今度は噛みついた箇所を吸い上げた。長いリップ音の後唇を離されて僕は真っ赤になった顔を手で覆う。
「な、んで、今の、なに…蚊って言ったじゃん……」
「虫刺されでも傷は傷だ。俺の部屋にはあんなに熱心に蚊除けのスプレーを撒いてたのに、自分の部屋には撒かなかったんだろ」
「……」
「図星だな? 全く、見られるのは俺じゃなくて勇利なんだから。勇利は自覚が足りない。次も刺されたら同じことするから、いいね」
ヴィクトルは少しだけ怒ったようにそう言うと自分の座布団にきちんと座り直して朝食の続きを再開した。僕もそれに倣って食事を再開する。ヴィクトルは見られる立場だというのに意識の低い僕に怒ってあんなことをしたんだろう。虫刺されなんてすぐ治るから今まで気にしてなかったけど、確かに傷は傷だ。
まだ怒ってるかな、とヴィクトルを窺うと彼越しにお盆を持った真利姉ちゃんと目が合う。その冷めた目に僕は自分の血の気が引く音を聞いた。
ヴィク勇。蚊に刺される勇利の話(3/3)
※別名義で2018年に書いて2024年に再録で出した同人誌の一部再録です。
09.09.2025 23:39 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「海へ行こう」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「なあ、海って行ったことあるか?」
藍湛は添削していた報告書から顔を上げた。先ほどまで藍湛が読もうとしていた思追や景儀の報告書を奪い取ってここが良いここが惜しいとぶつぶつ言っていたが、それはもう飽きたらしい。無造作に机の端にそれを置いた魏嬰は藍湛の隣に寄り掛かるようにして座る。
「海?」
「そう、海」
手が伸びてきて抹額の端を掴まれる。くるくると指に巻き付けたり引っ張ったりと好きに遊ぶその手を眺めながら藍湛は筆を置いた。ひっくり返さないようにと硯と共に筆を遠ざけながら藍湛は口を開く。「海には一度だけ」
そう告げると相槌の代わりに抹額の端が悪戯な手によって結ばれた。「どんなところだった?」
尋ねながら魏嬰は一つ二つと抹額の片端に結び目を作っていく。藍湛がその悪戯を咎めるように首を振ると魏嬰の手が抹額から離れて伸びてくる。抹額の代わりと言わんばかりに膝の上に置いた手を取られた藍湛は小さく息を吐いた。魏嬰は相変わらず何気なしに触れてくる。それが昔からどんなに藍湛の心に波を立てるのか、彼は未だに理解していない。
何にもわかっていない魏嬰は無遠慮に指を絡めながら藍湛の肩口に自分の頭を預けた。藍湛の心の内など知らず彼はまだ見ぬ海へ思いを馳せている。
「俺は行ったことないんだ。海の水は塩っ辛いって聞くけど本当か? 浜には時たま死体が打ち上がるっていうのも?」
「本当だ」
藍湛が数年前に一度海に行ったのはまさに死体が打ち上がった件でのことだった。浜に上がった死体が奇妙だとのことで向かったが、それは藍湛が求めているもの――魏嬰に繋がる手がかりではなかった。
だから藍湛は海に行ったことはそれしか覚えていない。
魏嬰から「海はどんな色だったか」「波は強かったか」「砂浜には貝殻が落ちていたか」そう立て続けに尋ねられても全く覚えていなかった。覚えていないと告げると魏嬰は怪訝そうな顔をしたが藍湛はそれきり黙ったままぎゅっと握った手に力をこめる。魏嬰の手は藍湛の手よりも少し小さい。その手がどこかへ行かないように強く握ると魏嬰が全く痛くなさそうな声色で「藍兄ちゃん、痛いよ」と苦言を漏らしたが、藍湛は手をほどこうとはしなかった。
「……君が」
「俺が?」
「君が行きたいのなら次は海に行こう」
「それはいいな! 思追たちも連れて行くか?」
「二人で」
魏嬰はさらに体重をかけて藍湛に凭れ掛かる。「ふたりで」魏嬰がそう繰り返して藍湛を見上げると薄い色をした目が優しく細められた。
「俺と、藍湛で、海に行く」
「うん」
最高だと笑えば藍湛の唇が額に落ちてきて魏嬰は繋いだ手をそのままに藍湛の胸に飛び込んだ。空いている手を背中に回して抱きつくと魏嬰が抱きしめた力よりも強く抱きしめられる。魏嬰はその力強さに思わず吹き出して藍湛を真正面から見
つめた。
「今度行くときはきちんと海の色も覚えててくれよ?」
「君がいるなら忘れることはない」
魏嬰がいるなら藍湛は海の景色を忘れることはないだろう。海の色も、波の高さも、何色の貝殻が落ちていたかまで忘れることはない。
藍湛をじっと見つめた魏嬰は目尻を下げて身体を預けた。繋がった手を握り返して自分よりも大きな背を撫でる。「藍湛」魏嬰が名前を呼ぶと寄り掛かっている胸が僅かに動いて魏嬰の名を呼んだ。
「海に行ったら船を借りて魚を釣ろう。どっちが先に釣れるか勝負するか?」
「うん」
「俺が勝ったら俺がお前を好きにする! 俺が負けたらお前が俺を好きにしていいぞ! そうだ、泳ぐのもいいかもな。藍湛も一緒に泳ぐだろ?」
「だめだ。まだ暖かくない。冷たい水に浸かったら君の身体に障る」
「はあ、まったく、藍兄ちゃんは心配性だな! 冷泉の方が冷たいから大丈夫だって」
「魏嬰」
「わかったわかった、じゃあ夏に行こう。それなら文句はないだろ?」
藍湛が口を開く前に魏嬰から唇を重ねられる。触れるだけのそれはすぐに離れ、唇を離した魏嬰は藍湛の肩に頭を乗せた。「夏が楽しみだ」「藍湛、海に行くときは服を脱げるように跡はつけないようにしてくれよ」「思追たちの土産は何がいいと思う?」耳元で聞こえる魏嬰の声はどれも嬉しそうだ。その一つ一つに言葉を返しながら藍湛は今度
は自分から深く口付けた。驚いた魏嬰が軽く藍湛の背中を叩いたが藍湛はそれを無視して舌を絡めていく。やっぱり魏嬰は何もわかっていない。魏嬰にとっては何気なく話した言葉も、触れた手も、藍湛にとってはその全てが愛おしくて仕方がないのだ。
もうここまで我慢したからいいだろう。
藍湛は最後に魏嬰の舌を軽く吸って抗議の声も飲み込んだ。
忘羨。原作後、夏になったら海に行く約束をする(4/4)
04.06.2025 17:44 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
て行く。いつもは放課後の寄り道の話題で盛り上がっている彼女たちの口からは「吉田君ってやっぱりカッコイイ」と吉田を褒める言葉がスピーカーのように大声で流されていた。
「……吉田」
吉田はデンジの声に目を細めて彼の目の前に手を差し出した。デンジはそれを見て、吉田の顔を見る。
「ゴキブリ触った俺の手。デンジ君は汚いって思う?」
デンジはその手をパンッと振り払った。
「あー汚いね。男の手はみーんな汚ねぇ。ちんちん触った手だからな。ちんちん触った手を出すんじゃねぇ」
「その理屈でいくとデンジ君の手もちんこ触ってるから汚いってことになるけど」
「……」
デンジは自分の手を眺めた。確かに自分もちんちんを触っている。小便をした分だけ触っているしシコっている時も触っているが、きちんと洗っている。きちんと洗えているはずだ。だから汚くない。たぶん。
吉田はデンジの手を無言で握った。ゴキブリを先程掴んだ手だ。
「ぎゃーー!! 何しやがんだテメェ! 離せ!」
「ははは、そう嫌がるなよ」
「ちんちん触った手で触るんじゃねぇ!!」
「ゴキブリ触った手で触るなって言わないんだ」
デンジが振りほどこうとしても吉田の手は離れない。ぎちぎちと力を込められてデンジは痛みに悲鳴を上げた。デンジの足が吉田の股間目掛けて振り上げられたので吉田はそこでパッと手を離す。
蹴りが空振ったデンジは吉田に悪態を吐いて握られた手を振った。吉田の手の形に赤くなっているそれはあと少し力を込められていたらもしかしたら骨にヒビぐらいは入っていたかもしれない。
「デンジ君、ゴキブリ触った俺の手、汚いと思わないの?」
再び同じことを聞いてきた吉田にデンジは顔を顰めた。
吉田を無視してスクールバッグを背負ったデンジは大股で教室を出て行く。だが案の定隣に並んできた吉田にデンジは盛大に舌を打った。文句を言おうと口を開きかけたデンジはパタパタと駆けてきた可愛らしい足音にその口を閉じる。
「吉田君、さっきはありがとうね! さようなら! また明日!」
甲高い声にデンジは地団駄を踏む。
「なんでテメェは感謝されて俺はキモい奴扱いなんだよ!!」
「さあ……、女の子の心は複雑だからわからないな」
「腹立つ!」
騒ぐデンジを無視して吉田は口を開いた。
「デンジ君はゴキブリ触った俺の手、汚いって言わないね」
デンジは嫌そうな顔をして黙った。自分の手を握って開いたデンジは小さな声で喋り始める。
「……お前、ゴキブリ触った俺の手、汚くないって言ったじゃん」
女子たちが気持ち悪がって汚いと言ったデンジの手を吉田は汚くないと言った。あの場でそう言ったのは吉田だけだった。汚くないと言ってくれた唯一の人間がデンジと同じことをしたのなら、
その手は汚くないに決まっている。
「ゴキブリ触ったぐらいじゃお前の手も汚くなんかねぇよ」
デンジは吉田の指先に触る。ゴキブリを抓んだ人差し指と親指、それからゴキブリを包んだ手のひらを撫でて、デンジは手を離す。
「ま、男の手はちんちん触ってる時点で汚ねぇけどな」
吉田はデンジに触れられた手を眺めて、それからデンジに視線を移した。デンジはもう吉田から興味を失ったのか、通り過ぎる女子のスカートをだらしのない顔で眺めている。校則をきちんと守ってふくらはぎの辺りで揺れているスカートよりも自分を見て欲しくて吉田はデンジの手首を掴んだ。あっ、とデンジが嫌そうな声を上げるのを無視して吉田はデンジの手のひらに指を這わせて振り払われないよう指を絡める。
「……デンジ君の手はちんこ触ってたとしても汚くないよ」
「当たり前だっつの! きちんと洗ってるからな! てか離せよ! キメェ!」
「俺もきちんと洗ってるから汚くないぜ」
「知るかよ!!」
振り上げられたデンジの足を避けて吉田は絡める指の力を強くした。痛いキモいと騒ぐデンジを無視して吉田は指を絡めたデンジの手を見つめる。
ゴキブリを掴んでもちんこを触っても血に塗れていたとしてもきっとデンジの手は汚くはないのだろう。
そう思うと少しだけその手が欲しくなってしまって、吉田はデンジの手の甲を指で撫でた。
吉デン。第二部、🐙と🪚がゴキブリを触る話(7/7)
2023年に別名義で書いていた同人誌の再録です
26.05.2025 22:19 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「君の手は綺麗だ」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「女の子は虫が苦手だから、助けてあげたらモテるんじゃないかな」
そう吉田が言ったからデンジは良かれと思ってそれをやった。放課後の掃除の時間、女子が出現した虫を見て悲鳴を上げたから、デンジはチェンソーマンが悪魔から女の子を助けるように虫から女子を助けたつもりだった。
キャーキャーと騒ぐ女子たちの前に野次馬のように現れたデンジは床をカサカサと動く虫を見てそれを捕まえる。窓から虫を逃がしたデンジは得意げに振り返った。
これで俺は一躍ヒーローだぜ。「きっと中にはキャーデンジ君かっこいい! 付き合って!」と言い出す女子もいるかもしれない。デンジがそう妄想しながら口元をだらしなく緩めると険しい表情の女子たちと目が合ってデンジは目を丸くさせた。
「……信じられない! ゴキブリを素手で掴むなんて!」
「キショ!」
「その汚い手で触んな!」
「こっち来ないで!」
「キモ!」
口々に罵られてデンジはぽかんと口を開けた。浴びる筈だった称賛や憧れの眼差しはどこにもなく、勿論デンジが妄想していた「キャーデンジ君かっこいい! 私と付き合って!」という言葉もない。
デンジは開けっぱなしの口を閉じられず立ち尽くす。
女子たちはさっさと帰る支度をして、一人、また一人と教室を去って行く。いつもは放課後の寄
り道の話題で盛り上がっている彼女たちの口からは「ゴキブリを素手で触ったキモい奴」としてデンジの悪口ばかりがスピーカーのように大声で流されていた。
「デンジ君」
デンジが目だけを動かして声をかけてきた人間を見ると、その人物は口元に笑みを湛えたまま同情しているような声色で話しかけてくる。
「せっかく虫を逃がしてあげたのに、災難だったね」
吉田はそう言ってデンジのスクールバッグを渡す。デンジはゴキブリを掴んだ手を見て、それから吉田の顔を見た。
「俺はデンジ君の手、汚いと思ってないぜ」
わざとらしい言葉にデンジは顔顰めてゴキブリを掴んでいない手でスクールバッグを受け取った。
「吉田……テメー俺を騙したのか?」
「まさか、そんなことしないよ。ただゴキブリは生理的に無理な人が多いから掴んで逃がすよりも姿が見えないようにティッシュで包んで始末した方がよかったかもしれないね」
「……あ、そ」
デンジはゴキブリを掴んだ手を吉田の制服になすりつける。てっきり声を上げるかと思ったが、汚いと思わないと言っただけに吉田は何も言わない。デンジが見上げると吉田は目を細めてなすりつけられている指先に触れた。デンジが先程ゴキブリを抓んでいた人差し指と親指だ。
「俺はデンジ君の手が汚いとはこれっぽっちも思わないよ」
「…………キメェ」
デンジは吉田の手を振り払って大股で教室を出
た。少し歩けば廊下に備え付けられた水洗い場がある。ネットに入れられた固形石鹸で手を擦り出したデンジを見て吉田は先程と同じことを再び口にした。
「デンジ君の手は汚くないよ」
「テメーに触られたから洗ってんだよ」
酷いな、と吉田が言ったがデンジは無視して蛇口をひねる。
「デンジ君、ハンカチは? 鞄の中にあるなら俺が出してあげようか?」
「……」
「無いなら俺のを貸すよ」
「……」
「あ、ああ~~!?」
べちょ、と制服に濡れたデンジの手が押し付けられ、吉田はそこで初めて声を上げた。先程ゴキブリを掴んだデンジの手が触れても何も言わなかった吉田が、ただ濡れた手を拭かれただけで騒いでいる。それを見てデンジは少しだけ気分が晴れた気がした。
***
「俺がキモい奴になったのはテメーのせいだ。だからテメーも素手でゴキブリ触れ」
そうデンジが言ったから吉田はそれをやった。放課後の掃除の時間、溢れ出たごみ箱の中から這い出てきたゴキブリに女子たちが悲鳴を上げる中、吉田は椅子から立ち上がった。
キャーキャーと騒ぐ女子たちを退けた吉田は床をカサカサと動く虫を見てそれを捕まえる。デンジはそれをにやにやとしながら眺めていた。これ
であいつも今日からキモい奴の仲間入りだ。きっと女子たちは悲鳴を上げて吉田を避けるようになるだろう。デンジがそう妄想しながら口元をだらしなく緩めると吉田は窓を開けてゴキブリをポイと放り投げる。
「……し、信じられない」
女子がぽつりと言葉を零す。デンジはそれを聞いて口角が上がった。
「吉田君が虫を退治してくれたなんて!」
その言葉がデンジの耳に入って来たのは数秒遅れだった。女子たちは悲鳴に近い甲高い声を上げながらわっと吉田の周りに群がる。
「吉田君ありがとう!」
「凄く助かった! 私とっても怖かったの」
「吉田君のおかげで掃除ができるよ」
「やっぱり吉田君って優しいんだね!」
称賛を受ける吉田を見てデンジはぽかんと口を開けた。罵りの言葉や嫌悪感に満ちた眼差しはどこにもなく、勿論デンジが妄想していた「吉田キモい! 汚い手で触らないで!」という言葉もない。
デンジは開けっぱなしの口を閉じられず立ち尽くす。
女子たちはさっさと帰る支度をして吉田に対して一緒に帰ろうと口々に誘う。だが吉田は女子たちに断りを入れ、デンジの元へやって来た。
「ごめんね、俺、デンジ君と一緒に帰る約束をしてるから」
女子たちからの厳しい視線が突き刺さってデンジは思わず開けっぱなしの口を閉じた。吉田の言葉に女子たちは残念そうな声を上げたが、吉田が靡かないのを見て、一人、また一人と教室を去っ
吉デン。第二部、🐙と🪚がゴキブリを触る話(3/7)
2023年に別名義で書いていた同人誌の再録です
26.05.2025 22:19 — 👍 0 🔁 1 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「桑の実」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
千空と共に食料探索をしていた司は見覚えのあるものを見つけて立ち止まる。木に成っている粒々とした実は3700年前に見覚えがあった。
「千空、これって桑の実かな」
どれどれ、と司の指さす先を見た千空は見覚えのある果実に思わず目を輝かせた。
小さな粒が集まった、赤黒い楕円形の実は千空にも大いに見覚えがある。遥か昔3700年以上前に千空が幼かった頃、百夜が見つけてははしゃいでもぎ取っていた実だ。
子供の千空より大人の百夜の方が喜んで食していた記憶を思い出して千空は口の端を吊り上げた。
「あ゛ー、そうっぽいな」
千空が手を伸ばしてその実をもぎ取ると司が興味深そうに寄ってくる。
「毒見」
千空が司の口元へ桑の実を運ぶと司は躊躇うことなくそれを口に含んだ。
「おいマジかよ」
千空は自分で食べるよう差し向けておきながら素直に口に入れた司に顔を引きつらせた。
千空は冗談でそうやったのに司はそれに気づかなかったらしい。普通ならここは毒見させるなんて、だの、自分で食べれる、だの言って断るところだ。大樹並の素直さに千空は目の前の男がわからなくなる。格闘家としてテレビにも出ずっぱりだった男がここまで素直だと一体テレビ業界でどうやって生きてきたのかと少しだけ不安を感じた。
千空がそんなことを思っているとは露知らず、咀嚼し終わった司はニコッと笑って頷いてみせる。
「うん、大丈夫そうだ。食べれるよ」
「食えるっつーのは端からわかってんだよ。ほら、
ここ。鳥が食べた痕跡があるし、落ちた実に蟻が集ってる。毒はねえってことだ」
千空は首を鳴らしながらそう説明し、面倒くさそうに息を吐いた。「毒見っつーのは冗談だった」そう告げられ司は目を瞬かせ、少し困ったように首を傾げる。
「ええと……ごめん、俺、こういったやり取りに慣れてなかったから」
「謝んな謝んな。この話は終わりだ。それより収穫といくぞ」
心底面倒そうに手を振って話を打ち切った千空は他の実を収穫しようと木を見上げて再度息を吐き出した。
鳥や虫に先に収穫されたのか、千空や司が収穫できるほどの数はない。数えるほどの実しか熟していないのを見て千空は首を鳴らし、司を見上げる。司を見上げた千空の表情はにたりと歪んでいた。
「大樹には悪ぃが三人で食べるには数が少ねぇ。となると、だ。わかるな司」
「俺はもう食べたから充分だよ。これは千空と大樹で食べよう」
「ちげーよ!」
千空は近くにあった実をもいで司の口元に持っていった。困惑しながら千空を見つめる司にいいから口を開けろと実を押し付けた千空は司がその実を食べたのを確認して再度枝に手を伸ばす。
「これで俺と司は共犯ってこった」
自分の口にも桑の実を放り入れ、千空は口をもごもごとさせながら笑った。
「食っちまえばわからねぇ」
悪い顔で笑う千空に司も思わず頬を緩める。
千空に唆されて実を一つもぎ取った司はそれを口に入れた。ぷち、と噛み潰せば甘酸っぱい味が口中に広がる。3700年後の桑の実は3700年前に食べた記憶よりも酸っぱかったが司の心を満たすには充分だった。
司千。ツリハ時代の🦁と🚀が桑の実を食べる話(3/3)
※2021年に別名義で書いていた話の再投稿です。
02.04.2025 19:46 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「雨の日は君を独り占め」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
朝から雨が降っている。雨粒が地面に叩きつけられる音が部屋の中にいても聞こえてきて子軒は眉を顰めた。
「ひどい雨ですね」
いつもなら窓から朝日が差し込む室内は酷い雨のせいで薄暗い。明かりを灯した厭離は険しい顔をしている夫を見て心配そうに眉を下げる。
「……どこかお具合でも?」
「いや」
首を振った子軒は厭離の肩に羽織をかけながらまだ結われていない彼女の髪をそっと撫でた。
もう初夏だというのに大雨のせいで今朝は少し冷え込んでいた。子軒はますます眉を顰める。雨のせいで朝なのに夜と変わらぬ暗さであるし、寒さが妻の身体に障らないか不安にもなるし、この後のことを考えて酷く憂鬱になった。
子軒が厭離とめでたく結婚してからというものの、子軒には難しい問題がいくつか増えた。その一つが厭離をめぐっての母親との取り合いだ。もちろん、厭離は誰のものでもない。子軒もそれは重々わかっている。ただ、人は誰も愛しているものを傍に置きたがるものだ。子軒が愛する妻を傍に置きたいと思うのは当然のことだった。そして母親も厭離をたいそう好いている。可愛い義理の娘を傍に置きたいと母親が望むのも、これまた当然のことだった。だが厭離は一人しかいない。そうなると母子での取り合いが発生する。表立って行われはしないしこれといった勝敗もないが、かれこれ子軒は惨敗中だった。幼い頃は厭離に見向きもしなかった子軒が、厭離が幼い頃から彼女を気にかけていた母親に負けるのも当然だったのだ。
だから子軒は今日こそは厭離と二人で過ごした
い。
ここ数日は夜狩りや雑務のせいで日中は厭離の元を離れなければならず、母親が代わりとばかりに厭離と一緒に過ごしていた。だが今日は何も予定がない。久々に一日妻とゆっくり過ごしたいと思っていた矢先にこの雨は子軒にとって分が悪かった。
子軒の母親は雨に弱い。特に今日のような大雨だと寝込む確率は八割を超える。
そして、母親は厭離をたいそう気に入っている。
雨のせいで体調を崩した母親は十中八九厭離を呼び、彼女を傍に置いて慰めてもらう気でいるだろう。
それを考えると子軒は憂鬱で仕方がない。前日に厭離と共に外に出て花を見るのも良いと考えていただけに余計に憂鬱だ。これで愛する妻を母に取られてこの雨の中一人部屋でぼんやりしている――といった、酷く情けない未来は絶対に避けたい。
「具合が悪いのではないのなら、どうしてそのようなお顔を?」
「……それは」
心配した厭離がそっと手を伸ばして子軒の頬に触れる。小さな手に頬を預けながら子軒は息を吐き出した。この情けない胸の内を明かすのは気が咎めたが、厭離に心配させるのはもっと気が咎める。子軒が言いにくそうに視線を彷徨わせると厭離は柔らかく笑んで夫の頬を指先で撫でた。
「……今日は、一日空いている」
「はい」
「今日は、その、阿離。君と一緒に過ごそうと思っていたが、雨だろう。母上はきっと体調を崩
しているはずだ。だから、阿離が、……その、つまり、」
情けないことに子軒は未だに厭離と近い距離で顔を合わせると言葉がすらすらと出てこない。だが厭離は心得たもので、こうなった子軒を見ると弟を思い出すのか彼の頭を撫でて言葉の先を優しく促すことに長けている。
こういった瞬間、子軒は何とも歯がゆくなる。弟ではなく夫なのだと言いたいが、それも言えず、子軒はつっかえる言葉をなんとか紡ぐので精いっぱいだった。
「つまり、君が母上の元へ看病をしに行ってしまわないかと、そう考えてたんだ。もちろん、母上と仲が良いのは嬉しい。でも……、でも、最近は阿離と過ごせなかったから、今日は俺が、君を独り占めしたい」
頭を撫でていた厭離の手が止まった。目の前の厭離の顔が明かりに照らされたわけでもなくじわじわと赤くなっていく。触れていた小さな手がさっと引っ込められ、子軒は一瞬ぽかんと呆けて彼女をまじまじと見る。そして真っ赤になっている厭離を目の当たりにして自分の顔が一気に熱くなったのを感じた。
「阿離」
俯こうとした厭離の頬をとっさに両手で包んでそれを阻止した子軒は真っ赤になった彼女の顔を覗き込む。厭離は先ほどの子軒のように視線を彷徨わせて唇を震わせた。
「……私も、あなたを独り占めしたい」
大粒の雨が窓を叩く音がうるさい。だが、雨音に消されてしまいそうなくらい小さな声は子軒の耳には何よりもはっきりと聞こえた。たとえ耳元
で誰かが大声で叫んでいたとしても子軒は厭離の声を聞き逃すことはないだろう。
子軒は小さな身体を掻き抱いた。そっと背中に回された柔らかな手はこれ以上ないくらい愛おしい。
「今日は俺の傍にいて、離れないでくれ」
mdzs 結婚後の子軒と厭離と雨の日(4/4)
12.03.2025 14:51 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
「わかっているなら何故そうしない」
「死体が足りないんだよ、藍湛」
足元に転がる死体を魏嬰は指さす。
「温狗の奴ら、殺したと思ってもまだいるんだ。蛆みたいなやつらだと思わないか」
魏嬰が口笛を吹くと転がっている凶屍がばたばたと動き始めたが、損傷の激しい身体では傷口を舐める蛆すら払い除けられない。魏嬰は溜息を吐いて顔の前に飛んできた蠅を払い除ける。
「温狗を殺すにはもっともっとたくさんの死体がないと駄目だ」
先ほどの戦いで死んだ者は敵であろうと味方であろうと全て魏嬰が凶屍にしてしまっていた。立ち上がろうともがく凶屍は炎陽烈焔紋を纏っている者もいれば見慣れた校服を纏っている者もいる。
死体が足りない。
その言葉は本当なのだろう。最初の頃は温狗の死体だけを凶屍として利用していたが、今では味方の死体ですら利用している。
だが、藍湛の知る魏嬰はこのような手を使わなくとも十分な力を持っていたはずだった。藍湛の記憶の中では互角に剣を交わしていた彼の姿が色濃く残っていたし、玄武洞ではこんな力を使ってはいなかった。正道から外れた力は代償を支払うことになる。それは魏嬰自身がよくわかっているはずだ。
なぜ。どうして。
藍湛はそう問いかけようとして口を開いたが、足元の凶屍が魏嬰の裾を掴もうとしたのを見て背負っていた琴を下ろした。
「死体など必要ない」
弦を弾くと裾を掴もうとしていた手はぱたりと
落ち、凶屍はぴくりともしなくなる。
やはり彼にはこの力は必要ない。
藍湛はもう一度弦を弾いた。あたりに聞こえていた呻き声や地面を引っ搔く音が琴の音によって一掃され、蠅が羽ばたく音すらも消える。
「……お見事!」
足元の凶屍がただの屍になったのを見た魏嬰は表情を歪ませた。魏嬰が軽く手を叩いてその一撃を称賛すると藍湛の眉が微かに動く。
「ありがとう、含光君。お前のおかげで死体探しの手間が増えたし、蠅も蛆も吹き飛んだ」
「……魏嬰、もう一度言う。君に死体は必要ないはずだ」
「どうして死体が必要ないなんてお前が決めつけるんだ? 他でもない俺自身が死体が必要だと言ってるのに?」
「隋便があるだろう」
「それを言うならお前だって避塵があるのに琴を使った」
話を逸らされた藍湛は顔を険しくしたが魏嬰は藍湛のその顔は座学の時に見飽きたと言わんばかりの態度で腰に差した笛を抜いてくるくると弄ぶ。
「藍湛、お前はやっぱり綺麗だな」
お前に殺されたなら奴らも嬉しいだろうよ。そう軽口をたたいた魏嬰が笛を吹くと呻き声が聞こえ、蘇った凶屍が今度はしっかりと魏嬰の服の裾を掴んだ。魏嬰は藍湛が琴を弾くより早くその手を蹴り飛ばすと汚れた炎陽烈焔紋に唾を吐いた。落ちた唾が刺激となったのか、足元の死体からまた蠅が飛び立った。琴の音で一掃されたが、それでも間に合わない程蠅は大量に湧いて出てくる。
「ただ殺すだけじゃ駄目なんだ。温狗の奴らには
恐怖を味わって死んでもらわないと、こっちの気が晴れない」
「そんなことをしても、」
「……ははっ、はははっ! おい、含光君、今なんて言った? そんなことだと?」
口の端を歪ませて魏嬰は笑う。笛を握る手に止まった蠅を払い落した魏嬰は足元の太陽を模した布を踏み躙る。「そんなことをしても――俺だってわかってる」小さな声を拾った藍湛は息を詰めた。
「含光君、もう行ってくれ。お互いにこんなところでのんびり話している暇はない。お前も俺もやらなきゃいけないことがあるはずだ。違うか?」
「だが、」
「行ってくれ!」
ついに感情を抑えられなくなった魏嬰はそう吐き捨てると背を向けて藍湛から離れる。
「魏嬰!」
呼びかけても魏嬰が振り返ることはない。
ふいに、藍湛は昔のことを思い出した。
魏嬰が雲深不知処で学んでいた時、彼はよく藍湛を呼び止めていた。だが、魏嬰が自分を呼び止めた時に自分は振り向いたことがあるだろうか?
それを考えると藍湛が何度呼び止めても魏嬰が足を止めて振り返らないのも当然のことだった。
あの時振り向いていれば止まってくれたのだろうか。
記憶の中の幼い魏嬰は口を大きく開けて明るく笑っている。
『藍湛!』
射日の征戦時の藍湛と魏嬰の話(7/7)
※死体描写・二人がギスギスしてるので注意
15.02.2025 23:40 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「くだらない後悔」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「藍湛! 見ろよ、これ」
笑いながら話しかけてきた魏嬰は袖や裾が地面につくのも気にせずにしゃがんでいる。横目でそれを見た藍湛はまたくだらないことだろうと決めつけ、その声を無視した。
「なあ藍湛! 藍忘機! 無視するなって、お前は耳がついてるのか?」
魏嬰は木の枝をぶんぶんと振り回しながら藍湛を呼ぶ。「藍兄ちゃん!」何度も大声を出すなと叱られたせいか魏嬰の声は大きくはない。それでもその声はやけに耳についた。
藍湛は顔を顰めて振り返る。
「やっと俺の方を向いたな! なあ、藍湛、こっちこいよ」
そう言って魏嬰が指さしたのは地面だった。なんの変哲もないただの地面だ。ちらりと視線を下に移した藍湛は何があるのかと言いたげに視線を元の位置に戻した。魏嬰は持っていた木の棒を地面に突き刺してぐりぐりと回しながら手招きをしている。
「何をしている」
「来たらわかる」
渋々藍湛が近づくと魏嬰の足元には小さな穴が開いていた。蟻の巣穴だ。これがどうしたのかと藍湛が魏嬰を見ると魏嬰は藍湛を見上げて笑う。
「な、藍湛、見てみろよ」
魏嬰が木の枝を巣穴に突き刺すと中から蟻が焦ったかのように出てくる。持っている枝に登ってくる蟻も気にせずそのまま枝でかき回すと巣穴の入口が崩れて埋もれた。
「…………」
藍湛は一体何なのかと崩れた巣穴をじっと見た
が、当然のことながら何も起こらない。しばらくそうやって藍湛が見つめていると耐えきれなくなったのか魏嬰が吹き出した。
「ははっ、はははっ! 藍湛、藍兄ちゃん、そんなに地面を見つめて一体どうしたってんだ?」
口を大きく開けて笑った魏嬰の指に蟻が這う。木の枝を伝って登ってきた蟻を指で弾いて落とした魏嬰は立ち上がり、崩れた巣穴をさらに埋めるように足の裏でざりざりと砂を被せた。藍湛はその様子を眉を顰めながらゆっくりと口を開く。
「……君が」
「俺が?」
「君が見ろと言ったから見ていたのに」
口から出た言葉は思っていた以上に幼く、そして拗ねているに聞こえてしまい、藍湛はますます眉間に皺を寄せる。これではまるで彼にからかわれたことに拗ねているみたいだ。その思いが頭に浮かんだ藍湛は即座に違うと否定してきつく魏嬰を睨みつける。だが、藍湛が睨みつけても魏嬰には全く効果はなかった。睨みつけても逃げるどころかずいっと一歩近づいて藍湛の顔をまじまじと眺めている。藍湛は他人にこんな間近で不躾にじろじろと見つめられることは初めてだったので密かに息を詰め、手を握り込んだ。
「なあ、藍湛。お前ってやっぱり綺麗な顔だな」
「……くだらない!」
何を言い出すのかと思えば!
ついに感情を抑えられなくなった藍湛はそう吐き捨てると踵を翻して魏嬰から離れる。後ろから魏嬰の声が追ってきたが、藍湛はもう振り返ることはなかった。
***
地に臥せる大勢の死体にも血と肉の腐った臭いが混じった悪臭にも藍湛は眉一つ動かさなかった。
あまりの光景に背を向けて立ち去る者が多い中、この光景を作り出した魏嬰だけがこの場に残り、木の枝を使って死体をつついている。
「何をしている」
死体の傷口に群がった蠅が一斉に飛んだ。魏嬰は「わっ」と声を上げて蠅を振り払ったがつつく手は止めない。つつかれている死体はそれを嫌がるように爪で地面を引っ掻いている。腹を大きく裂かれて皮一枚で四肢が繋がっているせいか、その凶屍は起き上がりたくても起き上がれないようだ。魏嬰はほとんど飛び出ている濁った眼球と目を合わせながら木の枝を腐った肉に突き刺し、そしてかき回すように動かした。
「まだいけるか?」
悩むようなその声は藍湛の問いかけを無視したことを告げている。魏嬰が藍湛がいることを気づいていないはずがなかった。なにせ、魏嬰は座学を学びに来ていた頃に藍湛がどれだけ気配を殺して避けていようとも見つけ出していた男だ。死体をつつくのに夢中になって聞こえているわけでもないだろう。藍湛が近くにいることも声をかけたこともとっくに気づいていてあえて無視を決め込んでいるに違いなかった。
「何をしている」
藍湛が再び声をかけても魏嬰は聞こえていないふりを決め込んだらしい。深く突き刺した木の枝を抜き、そこにこびりついた蛆を見て「あーあ」と残念そうな声を上げる。蠅が魏嬰が作った新し
い傷口に喜んで飛びついたのをちらりと見た藍湛は今度は魏嬰に近づいてもう一度口を開いた。
「何をしている、魏嬰」
三度目で魏嬰は持っていた木の枝を放り投げて振り返った。立ち上がり、服の裾を払ってふんと鼻を鳴らす。
「見ればわかるだろ」
その声は酷く嫌そうな声色だ。藍湛と会話をしたくないとはっきり言ったわけではないが、藍湛を見ようともしない態度と不機嫌そうな声色からわかる。悪臭でも動かなかった藍湛の眉がぴくりと動いた。
「こいつがまだ使えるか調べてるんだ」
そう言って魏嬰は足先で転がる凶屍をつついた。あまりの態度に藍湛は息を吐いて首を横に振る。
魏嬰は死んだ者を鎮めるどころか憎悪を詰め込んでもう一度生き返らせた挙句、道具として使って再び殺している。藍湛の目を通したその行為はただ単に死者を辱める行為でしかなかった。死体はこのように雑に扱われて良いものではない。たとえ安らかに眠れず凶屍になったとしてもその魂は鎮めるべきなのだ。木の枝でつつき蛆がどこまで蝕んでいるかを確認するなどあってはならない。
「やめるべきだ」
藍湛の言葉に魏嬰はせせら笑い、数歩先で倒れている凶屍を確認する。こちらも損傷は激しく、下半身がひしゃげているから起き上がれないでいた。藍湛が魏嬰を追って隣に移動すると魏嬰は鬱陶そうな顔を隠さず藍湛を見つめ、「わかってる、わかってるって」と手をひらひらと振った。
「お前はもうこいつらを休ませてやれって言いたいんだろ」
射日の征戦時の藍湛と魏嬰の話(4/7)
※死体描写・二人がギスギスしてるので注意
15.02.2025 23:40 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
に持って来たのを見てレジに向かった。レジ袋に入ったそれを受け取ったミハエルは待っていた星馬兄弟に連れられて店の外に出る。
「なあ、ミハエルは何買ったんだ? コロッケ? からあげ? あ、ここで食うなよ。店前で食べるなって張り紙あるから歩きながら食おうぜ」
レジ袋の中から取り出して齧ろうとしたとき、向かいから誰かが走ってきて三人の前でぴたりと止まった。
豪はポテトを口に詰め込みながら「あっ」と声を上げ、烈は「君は、」と声をかけたが、その人物は星馬兄弟など目に入らないとでもいうようにミハエルだけに話しかけた。
「リーダー! こんなところにいたんですか!」
聞き慣れた声にミハエルが顔を上げるとシュミットが息を切らして立っている。ミハエルは大して驚きもせずレジ袋を揺らしながらシュミットの名を呼んだ。
「宿舎にもいないと思ったら……」
「どうしたの、シュミット。今日の練習はもう終わったしミーティングは夜だ。何かあった?」
「何もなくても誰かに何も言わずいきなりいなくなったら困るでしょう! 誘拐されたかと、」
「あはは、誘拐? 君は相変わらず面白いことを言うね」
「リーダー!」
「わかったって、ごめん」
肩をすくめたミハエルはくるりと振り返る。豪と烈は別れを悟ってホットスナックを持った手を下ろしてもう片方の手をひらりと振った。「それじゃあ、またレースで」烈にそういわれ、「うん」と頷いたミハエルは去っていく星馬兄弟を見送る。
彼らがコロッケやポテトを齧りながら歩いていくのを見てミハエルは少しだけ目を瞠った。ミハエルにとっては信じられないことでも、やっぱり彼らにとっては日常らしい。ミハエルは手に持ったレジ袋の中を見た。中にはポテトが入っている。まだ温かい。ちらりと視線をシュミットに移すとシュミットは星馬兄弟を呆れた目で見つめていた。
「歩きながら食べるなんて、なんて行儀のなってない」
その呟きは小さかったが隣にいたミハエルには十分に聞こえる大きさだった。ミハエルは袋の中からポテトを一本取り出そうとして、それからもう一度シュミットを見た。
「シュミットは僕が歩きながら食べてたら怒る?」
「もちろん」
「そう」
間髪入れずに返ってきた返答にミハエルは一つ頷くとポテトを数本ほどつまみ、歩きながらそれを口に入れた。「…………ミハエル!!」数秒してシュミットの咎める声が飛んできたがミハエルは気にせず歩きながら食べる。
こんなに行儀の悪いことをしたのは初めてだ。
(でも)
たまにはこんなこともいいかもしれない。
「こんな、むぐっ」
ミハエルは隣で怒るシュミットの口にポテトを数本突っ込んでやった。こうすれば共犯なのでシュミットは怒らなくなるだろう。
案の定黙り込んだシュミットを見て満足そうにすると自分の口にポテトを放り込んだ。
「うん、やっぱりいいね」
レツゴ ミハエルと星馬兄弟がコンビニで出会う話(6/6)
14.02.2025 07:12 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「なんてことのない未知のこと」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
土屋研究所からの練習帰り、豪と烈は珍しいものを見た。
正確に言えばものではなく人だ。
長い金髪に緑色の目をした、日本の街中にはなかなかいなさそうな外見をしたその少年は、見覚えがあった。烈は全勝無敗のロッソストラーダに勝った唯一の相手をよく覚えていたし、特に豪に関しては彼にマシンを直してあげると声をかけられた事は記憶にまだ新しい。烈と豪は顔を見合わせて首を傾げる。
「……あれって、アイゼンヴォルフのミハエルくん?」
「だよな」
日中に子供がコンビニにいるのはおかしくはない。烈も豪もよく小遣いを握りしめて行く場所だ。ただ、ドイツチームのリーダーがコンビニの前で物珍しそうに中を覗き込んでいる姿はとても奇妙なものに二人の目には映る。ミハエルとコンビニの組み合わせはちぐはぐで、正直に言えば似合わない。
「なんでここにいるんだ?」
そういえば、豪はミハエルがとてつもない金持ちだと知って藤吉が悔しがっていたのを思い出した。金持ちでもコンビニに行くのか豪はよくわからなかったが、藤吉はあんまりコンビニに行くことはない。そう思うとやっぱりコンビニにいるミハエルはおかしいように思えた。烈も同じように思ったのか「道に迷ったのかな」と呟いてミハエルを見る。ミハエルは相変わらず外から店内を覗き込んでいて、自動ドアが開いてもその中に入らず首を伸ばしてきょろきょろとしているだけだった。
「ミハエルくん!」
見かねた烈が声をかけると長い金髪が翻る。駆け寄ってきた星馬兄弟を見て緑色の目がぱちくりと瞬いた。
「君達は……ビクトリーズの。やあ、奇遇だね。二人は練習帰り?」
「まーな。お前はここで何してんだよ? もしかして迷子か?」
烈は失礼だろと弟を小突いたがミハエルは気を害すことはなく面白そうに笑っただけだった。くすくすと笑いながら「そんなところ」と返したミハエルは開きっぱなしの自動ドアを指さして首を傾げる。
「ところで、このお店は何を売ってるの?」
「なんだ、コンビニも知らねーのか?」
「豪! お前、失礼だぞ! ごめん、ミハエルくん。豪が失礼なことを……」
「ううん、気にしてないよ。君達兄弟は仲がいいんだね」
ミハエルの言葉に顔を見合わせて何とも言い難い表情をした星馬兄弟は気を取り直してミハエルを見上げた。
「なんの店か知りたいんだったら入ってみればわかるって」
開きっぱなしの自動ドアをまたいで豪が店内に入る。烈もそれに続いたのを見たミハエルは、自動ドアが一旦閉まるのを見送った。
「おい! なんで入んねぇんだよ!」
すぐさまドアが開いて豪が怒ってくる。
入るタイミングを逃しただけで入ろうとしなかったわけではない。ミハエルは弁解しようとしたが、豪に引っ張られて入った店内を見て弁解の
言葉はすべて吹き飛んでしまった。
小さな店内には棚ごとに色んな商品が置かれている。菓子や飲み物、アイス、日用品に文房具、それと雑誌や本まで揃っていた。それに何より、レジの隣に食べ物が置いてある。
レジの中にはフライヤーが置いてあり、そこで店員が揚げた食べ物をレジの横に置くのを見て、ミハエルはぽかんと口を開けてしまった。
確かにミハエルはあまり買い物に出かけたことはない。それでもスーパーマーケットに行ったことぐらいはあるし、ドラッグストアにだって何回か入ったことがある。普通の店だったらここまで驚くことはなかっただろう。
「……ここは出来立ての料理まで出すの?」
「料理?」
フライドポテトが揚げ物の陳列棚に置かれていくのを見ながらミハエルは呟く。店の外側から眺めていた時にこの店は小さなスーパーマーケットなんだろうと当たりをつけていたが、まさか店内で料理をしていたとは想像もできなかった。
「でも、ここにはテーブルも椅子もないよね? どこで食べるんだい?」
「え?」
ミハエルに問いかけられて烈は目を丸くした。数秒考えてミハエルの言葉を理解できた烈はレジの横に置いてあるホットスナックを見ながら口を開いた。
「外……だね」
「外。座るところを見つけて食べるとか?」
「うん、まあ、そんな感じ。僕たちは歩きながら食べたりもするけど」
「えっ」
驚いたように声を上げたミハエルは不思議そうな顔をして烈と豪を見た。「本当に?」「本当に……座らないで?」「歩きながら?」立て続けに質問をされて烈と豪は不思議に思いながら頷く。
「歩きながら食べるってそんな変なことか? お前もやったことあるだろ?」
ぱちりとミハエルは目を瞬かせた。新緑よりも鮮やかな色の目は理解できなさそうな表情を浮かべ、困惑気味に二人を見ている。
「……歩きながら食べるんだよ?」
その先は言われなかったが、烈はなんとなく続く言葉が理解できた。
行儀が悪い。
確かに歩きながら食べる行為は褒められたものではない。烈は思わず苦笑したが、歩きながら食べることは楽しみがあるのも知っていた。ビクトリーズのみんなやジュンたちとアイスや肉まんを齧りながら歩くのは楽しいし、烈の好きな時間だ。
「ミハエルくんもやってみる?」
「……えっ?」
「あっ、烈兄貴、オレ、ポテトがいい! ポテト!」
「豪は自分で買え!」」
レジに向かった烈に豪が縋る。ミハエルがその様子をぼんやりと眺めていると結局豪は烈に買ってもらえなかったらしい。烈は自分のコロッケを片手に持ち、レジからずれる。豪は不服そうな顔で財布から小銭を取り出して品物と引き換えていた。
「ミハエルくんは? 何食べる?」
「何って……」
視線を彷徨わせたミハエルは豪がポテトを片手
レツゴ ミハエルと星馬兄弟がコンビニで出会う話(4/6)
14.02.2025 07:12 — 👍 0 🔁 1 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「一緒に死ねたらいいのにね」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「魚がいっぱいだ」
「水族館だからね」
水族館に行きたい、とヴィクトルが言い出したのは本当に急なことだった。
僕とヴィクトルはアイスショーに出るため東京に来ていて、正直忙しい日程で遊ぶ暇など無かった。それでもなんとか時間を作って水族館まで来たのはヴィクトルがどうしてもと言ったからだ。ヴィクトルがなんで水族館に行きたがったのかはわからない。彼の思考回路はたまに突拍子もなくなるので僕は理解するのを諦めていた。
水族館に来たヴィクトルは来たいと言った割に水槽の前をどんどん通り過ぎていく。一度ちらりと大きな水槽に目を向けたが、イワシの大群には興味はなかったらしく足を止めることはなかった。サンゴ礁の仲間、深海の生物、サメの水槽を通り越したヴィクトルはクラゲの水槽が集まった場所でやっと足を止めた。
彼はどうやらクラゲが見たかったらしい。
ヴィクトルがやっと足を止めた水槽の中を見るとそこには触手の長いクラゲがふわふわと泳いでいた。
「アカクラゲって言うんだ。やけに触手が長いなぁ。あれ、ヴィクトル? どこ見てるの?」
キャプションに書かれた名前を読み上げるとヴィクトルが熱心にある一点を見ていることに気づいた。さっきのイワシの大群への興味の無さが嘘のようにじっとクラゲを見ている。この赤縞模様のクラゲのどこが彼の気を引いたのだろうと水槽に目を移すと、泳いでる数匹の内、二匹の触手が絡まっていた。
キャプションに再び目をやるとどうやら触手は
二メートルもあるらしい。
二メートルもあるんじゃこんな狭い水槽内で絡み合うのは当たり前だろう。絡んだ触手は片結びになり、一匹が動くともう一匹も引っ張られ二匹は同じ行動をしなければいけなくなっていた。
「勇利、あの二匹のクラゲ、触手が絡まってるね。ぐちゃぐちゃに結び合って取れないみたいだ」
「こんな狭い水槽じゃ仕方ないよ。ちょっと可哀想だけど」
結び目を見ても複雑に絡み合っていて解けそうにない。きっとこの二匹は触手が解けない限りずっと一緒だ。
ヴィクトルも同じことを考えていたのか、「この二匹はずっと一緒だね」と呟いた。
ずっと一緒、その言葉に僕はふと運命の赤い糸を思い出した。丁度触手が赤いから赤い糸のように見える。
「触手が赤いからなんだか運命の赤い糸みたい」
「運命の赤い糸?」
不思議そうに首を傾げるヴィクトルに僕は説明した。運命の相手というものがいてお互い見えない赤い糸で繋がっているのだと言うと、ヴィクトルはクラゲから僕に視線を移した。きらきらと目を輝かせている様子を見るに彼はこの話が気に入ったのだろう。
「凄くロマンチックだ! じゃあ俺と勇利も赤い糸で繋がってたんだ! どこに繋がってるかな? 足?」
恥ずかしいセリフをさらりと言えるのがヴィクトルのすごいところだと思う。ここが薄暗くてよかった。赤くなった顔を見られなくて済む。
ここに糸が結ばれてるかな?と太腿を撫でてき
たヴィクトルの手を叩いて僕は自分の手を広げて小指を見た。
「大抵は小指みたいだよ。僕も詳しくは知らないけど」
「小指?」
ヴィクトルも手を広げて小指を見る。じっと自分の手を眺めたかと思えばヴィクトルは僕の手に指を絡めてきた。彼の長くてほっそりとした指が僕のごつごつとした指に絡み、解けないようにきゅっと握られる。僕も繋がれた手に力を込めるとヴィクトルは僕を見て微笑んだ。
「あの触手みたいに絡まっちゃった」
「うん」
「これで俺と勇利はずっと一緒だ。運命の赤い糸も絡んでるし、ちょうど良いね」
「結ばれてるんじゃなくて絡んでるの?」
「そうだよ。解けないぐらいに絡んでる」
だから誰も解けないんだ、とヴィクトルはそう言って笑った。僕はその言葉に笑えないで逆に凄く泣きたくなったけど無理して笑う。薄暗いから無理して笑ってもばれないだろう。絡んでる指が僕の右手薬指に嵌った指輪をそっと撫でたのでもしかしたらばれてるかもしれないけど。
水槽のクラゲに視線を戻すと二匹のクラゲの触手は相変わらず複雑に絡んでいた。あれが運命の赤い糸だとしたら、確かに誰にも解けない。解こうとしたら傷つけて最悪二匹とも死なせてしまうだろう。
僕もヴィクトルと離れたら死んでしまうような身体だったらいいのに。
「あの二匹は死ぬ時まで一緒なのかな」
ヴィクトルがぽつりと呟く。ヴィクトルを見る
と彼は水槽を羨ましそうに眺めている。僕の視線を感じたのか、振り向いたヴィクトルは握る手に力を込めて息を吐きだした。
「俺も勇利も、一緒に死ねたらいいのにね」
僕もそう思うよ、ヴィクトル。
ぷつん、と水槽の中の触手が切れる。
複雑に絡み合った触手は片方のクラゲが大きく動いたことにより切れてしまった。触手が取れても元気に泳ぐ姿を見て僕はやっぱりと溜息を吐いた。
結局別々の個体が同じように最後まで運命を共にする事などできないのだ。引き裂かれて死んでしまいそうに思っても、離れてしまえばそれなりに生きていくことはできる。きっと僕とヴィクトルもそうだろう。
僕もヴィクトルもそれを知っていながら繋いだ手を解こうとはしなかった。せめて今だけはお互い複雑に絡み合ったまま、離れたら死んでしまう身体でいたい。
ヴィク勇。本編後、水族館に行く話(4/4)
※2017年に別名義で書いていた話の再投稿です。
09.02.2025 01:11 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「食べる」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「飯だ」
差し出されたそれを必死に飲み込む賀玄を見て男は笑った。
「犬みたいだな」
そう嘲笑われても反論する気力はもう無い。
悪臭と酷い味に吐き出したくなるのをただ耐えて飲み込む。こうでもしないと生きていられないのだから、こうするしかない。賀玄はどうしても生きてここから出たかった。自分は無実の罪で入れられたのだから、裁かれる謂れも罰を受ける謂れもない。外には年老いた両親も年頃の妹も、結婚を控えた婚約者も残している。衰弱して死ぬことも飢えて死ぬことも賀玄には許されていなかった。
看守が吐いた唾が賀玄の皿に入る。
全ての食べ物は神から与えられたものだ。だからそれを粗末に扱ってはいけない。
賀玄は両親からそう教えられて今までそれを信じ、生きてきたから、唾を吐きつけた男が信じられなかった。
賀玄は皿の物へ口をつける。吐かれた唾すらも舐めとると男の笑い声がさらに大きくなった。
「喜んで食ってやがる!」
(お前みたいに粗末にしないだけだ。この罰当たりめ)
残飯を全て飲み込んだ賀玄は綺麗になった皿を見た。全て平らげてもまだ腹は空腹を訴えている。次の食事は明後日か、明々後日か、一体いつだろう。
***
「あー疲れた! 明兄、明兄の仕事っていつもこんな感じなの?」
師青玄は地師儀を祀る廟へ入るなり座り込んだ。
無理矢理明儀についてきただけの師青玄は肩を回しながら疲れた疲れたとしきりに言い、一休みするために訪れた廟をぐるりと見渡して顔を眉を顰める。
「手入れされてないな。埃だらけで蜘蛛の巣も張ってるし、供物も……腐ってたり、干からびてる。まったく! 酷いじゃないか! 君はきちんと仕事をしているのに、これじゃあんまりだ」
地師儀を祀っているのは確かだが忘れ去られたかのように荒れている。ただ、干からびているが供物は置かれていた。萎びた花に、干からびた万頭、そして熟れすぎた果物。明儀はそれらを見てもなんとも思わなかったが、師青玄にとっては有り得ないことらしい。祀られている廟の本人でもないのに怒っている。明儀はそんなを師青玄を放って供物台に乗せられた果物を手に取った。
「明兄、それは……食べれないんじゃないかな」
明儀が口に運ぼうとしたものを見て師青玄は顔を顰めた。ずっと前に供えられたのだろう供物は何かの液体に濡れて悪臭を放ちつつある。甘ったるいのにどこか饐えたようなその臭いは師青玄にとって酷く不快だ。
「食えるだろう。まだ完全に腐ってはいない」
「完全に腐ってないだけで腐ってるじゃないか!」
「うるさい」
齧ろうとしたところで師青玄が慌てて止めに入る。明儀の手首を掴んだ師青玄は果物を見て悲鳴を上げた。「虫がわいてる!」だからなんだと言いたげな明儀に対して師青玄は顔を引きつらせて
その果物を彼から取り上げた。
「明兄! こんなものは食べないでくれよ! これは食べ物じゃない!」
「食べ物じゃない?」
明儀は何を馬鹿なことを、と鼻を鳴らした。
全ての食べ物は神から与えられたものだ。だからそれを粗末に扱ってはいけない。
師青玄がすぐさま床へ捨てたそれは少しばかり腐っていて腐ったところから汁が漏れ虫がわいていたが、それでも食べれないものではない。虫が食べているのだ、人間も充分に食べられるし、神官の身は腹を下すことはなく全て平らげられる。
「……昔、全ての食べ物は神から与えられたものだと言われた」
「だから粗末に扱ってはいけない? ああ、それ、私も小さい頃に兄さんに言われたけど……でもこれは食べ物じゃない!」
師青玄は手についたべたべたとした液体を嫌そうに拭って明儀へと向き合った。
「もし、もしそれが食べ物だったとしよう。でも食べ物が神から与えられたからってなんだ? 私たちは神官だろう? しかも風師青玄と地師儀だぞ! 風師青玄と地師儀を罰せられる神官なんて、それこそ兄さんか帝君くらいだけど、腐っている食べ物を粗末に扱ったぐらいじゃ誰も怒らないさ」
床に転がる果物をちらりと見た師青玄は肩を竦める。
「明兄が食べ物を大事にするのはわかったよ」
「だったら、食っても平気だろう」
「私の話を聞いてた? だからそれは……神官が食べるような物じゃないんだって!」
屈んだ明儀を見て師青玄は慌ててそれを蹴飛ば
した。腐った果実は思ったようには転がらない。明儀が手を伸ばしたので師青玄は彼が食べないよう踏みつぶす必要があった。「明兄!」水音を響かせて潰れた果物に明儀は溜息を零す。
(それが食べ物だと言わないのならあれはなんだったんだ)
腐った粥に男の唾が入ったものを賀玄は食べたことがある。それは紛れもなく食べ物だったからだ。これらが食えず飢える思いをする人間もいるのに、目の前の神はそんなことも知らずにそれらを食べ物ではないと言う。
――急にひどく飢えた気がした。
明儀は自分の喉を撫で、ついでに腹も撫でた。乾いた喉を潤すために唾液を飲み込む。ごくりと飲み込めば何の味もしないはずなのに何故か血に似た鉄の味がする。
「何か食べたいなら私の馴染みの店に行こう。料理も美味いし酒も美味いんだ。きっと明兄も気に入るよ!」
この男にとって食べ物とは何を指すのか。明儀は供え物と共に信徒が置いていった信仰心すら無いものとして明るく喋る師青玄から目を逸らした。
(この、罰当たりめ)
tgcf 双玄。🍃と🍖と食べ物の話(4/4)
07.02.2025 15:11 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「好物は後がいい」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「藍湛藍湛! 見ろよ!」
その声に藍湛は顔を上げ、ひょこっと窓から顔を出した魏嬰をちらりと見ると再び手元へと視線を落とした。
「おい藍湛、見ろって! ちゃんと見ろよ!」
「見た」
「なら、何か言うことはないのか?」
「身を乗り出すのは危ないからよしなさい」
魏嬰は開けられた窓から身を乗り出している。その上半身が殆ど部屋の中に入り込んでるのを見た藍湛は心配だと小さく息を吐き出した。魏嬰のことだから怪我はしないだろうが、それでも藍湛は心配になる。それに窓は出入りをする場所ではない。藍湛は魏嬰に注意をしながら筆を動かした。
今日の藍湛は忙しい。舞い込んだ依頼の振り分け、藍家の若者たちの報告書の添削、鍛錬の指導、座学の準備、家訓の修正や追加、古書の修復と書き写し、その他細々とした仕事が今日の彼には課せられている。だからあいにく今日は魏嬰の呼びかけに筆を置いてゆっくり談笑する暇はなかった。今日どころか明日も明後日も、当分暇な時はないだろう。
こうも忙しいのは閉関している兄の仕事を肩代わりしているのもあったが、藍啓仁が必要以上に仕事を割り振ったからだった。魏嬰が雲深不知処にいる間は叔父は必要以上に藍湛に厳しく当たる。だがそれは叔父が最大限我慢して譲歩したことだというのを甥として充分わかっているので文句はない。ただ、問題なのが夜遅くまで及びそうな量の仕事だった。このままだと魏嬰との時間が取れなくなるのは明らかで、それ故に藍湛は机から離れることができず、窓のそばまで行って身を乗り
出している魏嬰を部屋の中に入れることはできない。
「そうじゃないだろ! なあ、藍湛、藍湛ってば! もう一度俺を見ろよ! おーい藍兄ちゃん!」
藍湛がもう一度顔を上げると魏嬰は自分の頭を指さした。
「なあ、藍湛、今の俺、どう思う?」
小首を傾げた魏嬰の目はこれから起こることに対しての楽しみできらきらと輝いている。藍湛が目を細めると魏嬰は悪戯っぽくニッと笑った。
「愛らしいか?」
「うん」
こくりと頷けば魏嬰は飛び跳ねて喜んだ。そしてそのままの勢いで窓枠を超えて部屋に入ってくる。藍湛はその行儀の悪さを指摘するか悩んだが、悩んでる間に素早く傍まで来た魏嬰に腰を抱かれたので注意の言葉は一時保留にして魏嬰の髪を撫でた。
「だろう! 今の俺はものすごく愛らしいだろ! ……それこそ、兎みたいに!」
「君はいつも愛らしい」
一瞬の間があいてぎゅうと魏嬰の腕が藍湛を強く抱きしめる。魏嬰の赤くなった頬にかかった髪を払いながら藍湛は保留にしていた言葉を口にした。
「窓から入ってくるのはよしなさい」
行儀が悪いし、これを叔父にでも目撃されたら家訓がまた一つ増えるだろう。藍湛がゆっくりと髪を梳くと魏嬰は悔しそうな顔をしながら喉の奥から言葉を絞り出した。
「……、俺が藍湛を負かせてやりたかったのに、
これじゃ逆に俺が口説かれて負けてるじゃないか!」
ぱちぱちと藍湛は目を瞬かせる。魏嬰の意図を汲もうと顔を覗き込んだ藍湛はずいっと頭を差し出されて再び目を瞬かせた。
「これ! これを見てお前はいつも愛らしい以外に本当に何にも思わないのか!?」
魏嬰の頭にはいつもとは違うものが付いていた。白くて縦長のものを頭に付けた魏嬰はよく見ろとばかりに藍湛に頭を押し付ける。その白いものを避けて藍湛は差し出された頭を撫でながら考えた。魏嬰がいつも愛らしいのは当然のことだったし、それは頭に何か付けていても変わらない。だが魏嬰はそれ以外に何か一言欲しいようだ。
藍湛は頭の上で揺れる白いものをじっと見つめる。手先が器用な魏嬰が作ったそれは一目で兎の耳を模しているのだとわかった。兎の耳を模したものを頭に付けているとなると、言うべきことは一つしかないのではないか。
「耳が多い」
数秒、沈黙が流れた。
「…………ほかには?」
ほか、と言われて藍湛は黙り込む。今の魏嬰には耳が四つ付いている。それ以外の特徴は藍湛の目から見ると思い当たらなかった。困っている藍湛を見かねて魏嬰が助けるように口を開く。
「兎の俺を見て食べたいとか、思わないか?」
「兎は食べない」
「そうだな、うん、そうだ。お前は兎は食べない。でもそうじゃない、そうじゃないだろ、藍湛」
痺れを切らした魏嬰は藍湛の膝の上に座ってわかりやすく言葉にしてやる。
「藍兄ちゃんは兎が好きだよな? そして俺のことも大好きだ。なあ、今の俺はお前の好きな兎になったんだぞ。お前はこれを見てどう思う?」
最後の言葉は耳元で囁かれた。藍湛の形の良い耳を唇でなぞるようにそっと吹き込まれた言葉は熱を帯びている。
その熱が移り藍湛の耳は俄かに赤く色づいたが――彼は首を縦に振らなかった。膝の上に乗る魏嬰越しに見える机上にはまだ藍湛のやるべき仕事が残っている。これを終わらせたら次は思追たちに剣を教えなければいけない。ここで誘惑に流されないのが藍忘機だ。魏嬰もきっと今でなかったらその性格を褒めていただろう。流石は含光君だと胸を張っていたかもしれない。
ただ、今の状況でそれをやられてしまった魏嬰は到底褒める気にはならなかった。褒めるどころかこの意気地なしと責めたくなるほどだ。言葉に配慮しないのならお前は本当にナニが付いているのかと責めたい。藍湛の手によって丁寧に膝の上から下された魏嬰はその気持ちをぐっと堪えて駄目押しで藍湛の身体にへばりつく。
「魏嬰」
股間を撫でようとする不躾な手を一纏めに掴んだ藍湛は頬を膨らませる魏嬰へ顔を寄せた。
「私は好きなものは後に残しておきたい」
先程魏嬰がしたのをそっくりそのまま返すように耳の輪郭を唇でなぞる。小さく肩を揺らした魏嬰を咎めるよう耳をかぷりと食んだ藍湛はその頭についている作り物の耳をゆっくりと撫であげた。
「だから、それまで待ちなさい」
忘羨とうさぎの耳(4/4)
06.02.2025 19:41 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
だが、環境破壊と自分の気持ちとどちらを重視するか、と尋ねられたらゼノは後者を選ぶ。それほどまでにゼノはあのブルネットのクラスメートが嫌いだった。事あるごとにスタンリーとの会話に割って入ってくるのがうざったいのだ。
ゼノはスタンリーの手からもキャンディーを奪って同じように投げ捨てた。土に還らないプラスチックはゴミ拾いのボランティアに任せればいい。
「今日はとんだ厄日のようだ。朝から君を含めて十四回! 十四回も同じことを聞かれた!」
「そりゃ悪かったね」
「大体、ノストラダムスの予言がなんだ? 科学的根拠のない戯言を真に受けるなんて愚かしいにも程がある」
怒りに任せて吐き出される言葉を聞き流しながらスタンリーは「ゼノは」と口を開いた。呼ばれたゼノは口をぴたりと閉じてスタンリーを見つめる。
「世界が滅んでもゼノは普通に生き延びそう」
スタンリーの言葉にゼノは呆れかえった表情を隠さなかった。「スタン。君の言う世界の滅びとはなんだ?」と尋ねたゼノはいくつか世界の滅びという言葉に該当しそうなものを挙げる。巨大隕石衝突による氷河期突入、戦争による人類の共倒れ、謎の病原体による人類の滅亡、宇宙からの侵略者、と様々な項目を挙げたゼノは「どれも下らない」と吐き捨てた。
「もし、もし、世界が滅んだとしても、だ。世界がどういった理由で滅んだのか解き明かさなければ死んでも死にきれないじゃないか! だから僕は世界と一緒に滅んでやる予定なんかないね。勿
論、スタン、君もだ」
「俺?」
「おお、この期に及んでとぼけるのはやめてくれ! 僕はそこらへんの凡愚とは違う頭脳を持っているが、体力や武力は並以下だ。君のその力と合わせなければ世界が滅んだ中で僕はどうやって生きていくんだ? スタン」
ゼノの言葉にスタンは二ッと唇を吊り上げて笑う。「確かに。あんたすぐ死にそう」そう言ったスタンにゼノはそうだろうと頷いた。「君なら空からやって来る恐怖の大王も撃ち落とせそうだ」と言ったゼノはスタンの姿を見つめて大げさに驚いて見せる。
「大変だ! スタン、君には大事な武器が無い!」
「この間の実験で派手にやらかして没収されたかんね」
「今すぐ作らないと恐怖の大王に打ち勝てない!」
「なんだかんだ言ってゼノもノストラダムスの予言に乗っかってんじゃん。さっきまで下んねぇとか言ってたくせに」
「あの番組は心底下らなかったがまあまあの時間つぶしにはなった」
見てたのかよとスタンリーが突っ込むとゼノはあの時間帯のニュース番組はキャスターが気に喰わないと返した。普段有名俳優の顔と名前すら一致しないゼノが何故ニュースキャスターを覚えているのか。スタンリーには簡単に見当がついた。クラスメートのブルネットに似ているからだ。スタンリーは事あるごとに会話に割って入って来るあのブルネットのことをゼノが嫌っているのを知っていた。スタンリーは面白くなって大きく口を開けて笑う。
「ゼノって本当に俺のこと好きじゃん」
「今更気づいたのかい」
「いーや、とっくに知ってる。俺もゼノのこと好き」
だって改造銃作ってくれんからね、と肩に腕を回して来たスタンリーにゼノは現金な奴めと返して同じように肩を組んだ。
***
1999年。
ノストラダムスの予言は外れ、恐怖の大王はやってこなかった。その代わり、新世紀に入って十数年後に人類は謎の光線によって石化し、全ては緑に覆われつくした。
これは世界の滅びと言えるだろうか、と局部に植物を巻き付けながらスタンリーは考える。自分と同じく大事な所だけを葉っぱで隠した仲の良い少し――かなり変わった友人はうきうきと喜んだ様子でこれからの目的を語り出した。べらべらと良く回る舌はこの絶望的な状況でも変わっていないようだ。否、絶望的とは思っていないだろうから、いつもと変わらなくて当然だともいえる。
「…世界の滅び、か」
「おっとスタン。流石の君もこの状況じゃナイーブ気味かい?」
「まさか」
ゼノが首にネクタイの代わりに巻き付けた草の位置を直してやりながらスタンリーは肩を竦める。スタンリーは首回りを締め付けられるネクタイは嫌いだが、ゼノはその逆でネクタイやチョーカーを好んでいるのはよく知っていた。
「ノストラダムスの予言は当てになんなかったって思っただけ」
何を今更、とゼノが怪訝そうな顔をして見つめたのでスタンリーはそのでこっぱちの額を軽く叩いて「仕上げ」と称した。
スタゼノ。世界が滅ぶ時の2人の話(8/8) ※ファンブック発売前に書いたので二人の年齢や出会った時の年齢が違います。 ※2021年に別名義で書いていた話の再投稿です。
02.02.2025 22:26 — 👍 1 🔁 2 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「1999」、「1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
1999年。
ノストラダムスの予言によると空から恐怖の大王が来るという。
スタンリーはテレビの司会者がそう物々しく伝えるのを眺めていた。1999年。あと二年すれば二十世紀も終わり、輝かしく光るであろう二十一世紀の突入だ。だがそれを待たずとして世界は恐怖の大王によって混乱に陥るのだという。司会者は暗い表情でそう伝えているが、その情報はスタンリーには何にも響かなかった。少年の彼は少し先の未来やもっと先の将来のことよりも今を生きることしか考えていないからだ。
リモコンでチャンネルを回しても退屈なニュース番組しかやっていない。衛星放送に切り替えれば応援している地元のバスケットチームの試合が放映されていたが、ライバルチームにボロ負けしているのが映し出されてスタンリーはチャンネルを戻した。先程のチャンネルでは未だノストラダムスの予言について専門家がああでもないこうでもないと発言している。
「…くだんね」
小さく呟いたスタンリーはリモコンのボタンを押してテレビを消す。スタンリーは世界が混乱に陥ろうが輝かしい新世紀に突入しようが興味がなかった。目下興味があるものとすれば、親に取り上げられたピストル拳銃と、少し変わった仲の良い友達ぐらいなものだ。
その仲の良い友達は今頃何をやっているのだろうとスタンリーは何も映さないテレビをぼんやりと眺めた。少し変わっている友人の事だから、ノートルダムの大予言を否定してあれこれ仮説を考えているか、はたまた肯定して世界が滅んでも
自分だけは生き続けて実験が出来るようあれこれ試行錯誤しているかもしれない。
そこまで考えたスタンリーは襲ってきた眠気に大きく口を開けてあくびをする。丁度タイミングよく母親から早く寝ろと言われたスタンリーは悪態と変わらない返事を返し、寝室へと向かうことにした。明日、学校では恐らく今日テレビで放映されたノストラダムスの大予言についてもちきりだろう。そう思うとうんざりとしたが、仲の良い少し変わった友達がどう楽しませてくれるのかと思うとスタンリーは少しだけ気分が浮上した。
***
「ノストラダムスの予言? スタン、まさか君もあの下らない予言を信じてるわけじゃないだろうね」
朝一でスタンリーがゼノにノストラダムスの予言について話しかけると、ゼノは眉間に皺を寄せてまるで軽蔑するような目でスタンリーを見つめた。
――おっと。ゼノせんせはこの話題は嫌いな方だったか。
スタンリーは不機嫌なゼノを窘めようと口を開きかけたが、それよりも早くゼノが口を開いて捲し立てるように喋り始めた。
「かれこれ朝からノストラダムスの予言について聞かれるのはこれで十二回目だ! どうしてこうも皆して下らない話題で――」
「おはよう、ウィングフィールド! 昨日のテレビでやってたノストラダムスの――」
「これで十三回目!」
そう言って顔を最大限に顰めたゼノにスタンリーは全てを悟る。皆考えることは同じだったのだ。
少し変わった、でも頭はとてつもなく優秀なクラスメートが、ノストラダムスの予言についてどういった見解なのか知りたい。
これで十三回目、とゼノが嘆いた側から別のクラスメートが「ゼノ、テレビでやってた予言の――」と声をかけたのを見てスタンリーは棒付きキャンディーの包み紙を開けながらゼノの代わりに「十四回目」とカウントしてやった。
「ウィングフィールド、どうなんだよ。本当に恐怖の大王は来るのか?」
「ノストラダムスの予言は僕の研究の範囲外だからわからないね!」
しつこく聞いて来たクラスメートにゼノは大きな声でそう告げるとこれ以上は喋らないとスタンリーの口からキャンディーを引っこ抜いて自分の口に突っ込んだ。殆ど舐めていないキャンディーを奪われたスタンリーは些かムッとしたが、ゼノから授業を抜けるとモールス信号を受信したのでキャンディー代は許してやることにした。そも、スタンリーは自分でキャンディーを買わずとも向こうからやって来る。
「スタン、さっきキャンディーをゼノに奪われちゃったでしょう? よかったらこれ、あげる。私のおすすめよ」
クラス一可愛いと噂のブルネットから新しい棒付きキャンディーを貰ったスタンリーは短く礼を言うと早速包み紙を破ってそれを口に入れた。
***
「ほんへ、へのへんせーふぁはんへはほはーふひははへ」
「何を言ってるのかわからない」
不機嫌な声色で返された言葉にスタンリーは口からキャンディーを抜くと「そんで、ゼノせんせーはなんでサボタージュしたわけ」と言い直した。ゼノはスタンリーの言葉にちらりと彼を見たが、何も喋らずキャンディーをしゃぶっている。どうやらこれは相当ご機嫌斜めだとスタンリーは肩を竦めた。ゼノが喋らないというのならスタンリーが聞き出すしかなかった。
「ゼノが不機嫌な理由当ててやろうか。〝朝から下らないことを聞かれ過ぎた〟」
「……それと?」
「〝人工甘味料を口に突っ込む羽目になった〟」
「…あとは?」
「あと? まだあんの?」
スタンリーがゼノの顔を覗き込むとゼノは顔を顰めて喋り出した。
「〝君が不味いキャンディーを口にしている〝“君の舌がサンセットイエローFCFによって色が変わってる〟“あの女と喋ったことで君の知性が低下した〟」
「不機嫌なわりによく喋んじゃん」
ゼノが睨みつけてきたがスタンリーにとってそんなものはちっとも怖くはない。小さい動物が威嚇をしたって何も怖くないのと同じだ。スタンリーはゼノが舐めているキャンディーを指さして「それもあいつから貰ったやつ」と告げた。途端、ゼノはキャンディーを吐き出して地面に向かって投げ捨てる。キャンディーはともかく土に還らないプラスチックの棒部分は環境破壊の原因の一つ
スタゼノ。世界が滅ぶ時の2人の話(4/8)
※ファンブック発売前に書いたので二人の年齢や出会った時の年齢が違います。
※2021年に別名義で書いていた話の再投稿です。
02.02.2025 22:26 — 👍 2 🔁 2 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「魚」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
鉢の中を魚が泳いでいる。長い尾ひれをゆらゆらと揺らし、水槽の中をゆっくりと進むその姿は薛洋から言わせれば醜い。魚が身体をくねらすたびにチカチカと光を反射する鮮やかな鱗も目障りだ。薛洋にとって魚とは食べるものであり、観賞用ではない。さてこれをどうするか。飼い主の舌を抜いた薛洋は考える。そのまま放っておいても良いが、金持ちの家で飼われているのだから、きっと価値があるのだろう。売り捌けば多少の金にはなりそうだった。
ところで魚にも屍毒は効くのだろうか?
薛洋は屍毒に侵され足元でもがき苦しむ男を踏みつけながらふと浮かんだ疑問に首を傾げた。
「無事ですか」
暗闇を切り裂いて一筋の光が薛洋の足元へと突き刺さる。断末魔も上げられず息絶えたそれを薛洋が転がすと真っ暗闇でも美しさがよくわかる白い手が突き刺さった剣を抜いた。
「道長、そっちは片付いたのか?」
「ええ」
暁星塵は一振りして血を払うと霜華を鞘に納める。薛洋は傾けた首を元に戻してにこりと笑う。「流石は道長だ。仕事が早い」軽く手を叩くと暁星塵は薛洋のからかいに困ったように眉を下げた。
「ですが、誰も救えませんでした」
今日の舞台は町はずれの裕福な商家だ。ここ最近悩まされているという凶屍への対処が薛洋と暁星塵に頼まれた仕事だったが、あいにく二人が来た時には既にもう住民全員が凶屍にやられて息絶えた後だった。しかし、それでも屋敷を彷徨う凶屍を全て倒したのだから善行を積んだのには変わりがないだろう。
薛洋は足元に死体を蹴飛ばすと暁星塵へ手を伸ばす。
「血がついてる」
暁星塵の肌は白い。その白さは日の光に晒されていても焼けることはなく、月の光すら差さない暗闇でも闇に紛れることはない。夜目が利く薛洋からすれば明かりがなくともその白い肌に何かついているのはすぐに気づくことができた。
薛洋が指の腹で拭うと白い頬にぬめった液体が広がる。薛洋は数回指でこすり、知らない人間の血で暁星塵の頬を汚すと慰めるように彼の肩を抱いた。
「仕方ない。運が悪かったんだ。俺たちは急いで駆け付けたけど、少しばかり遅かった。だから道長は何も悪くない。もちろん俺もだ。でも、凶屍は全部倒せた。道長も俺も怪我はない。それだけで十分じゃないか?」
「そう……そう、ですね」
ああ、と薛洋は水槽の中の魚へ目を向けた。
「そうだ、道長は魚は好きか?」
「は、……魚?」
何を突然、と暁星塵は呆けた声を出す。彼の目が布で覆われていなければぱちりと瞬いていただろう。薛洋は暁星塵を鉢の傍まで来させると白い手を持ち上げ、目の見えない彼に代わって縮こまった指先を導いてやる。
「今夜、道長は誰も救えなかったと言ったな? 確かに人は救えなかった。でも、人間に限らなければまだ生きてる奴がいる」
「……生きている?」
白い指が恐る恐る鉢へと触れる。縁をなぞり、指を少し入れた暁星塵は触れた水の感触に薛洋の
方へ顔を向けた。「これは?」声に応えるように鉢の中の魚が跳ねる。
「ここの奴らは全員死んだし、このまま放っておいたらこの魚は死ぬ。俺は魚なんてどうでもいいけど、道長が救いたいなら持っていけばいい」
ぶっきらぼうな声に暁星塵は口角を上げた。「君は、」やさしい。そう言いかけた暁星塵は隣にいる人物がそういった言葉をかけられるのを好んでいないのを思い出したが、そのまま口にする。案の定すぐに笑い飛ばされ「俺のどこが優しいって言うんだよ」と呆れた言葉が溜息と共に吐き出された。
「優しいのは道長の方だろ」
暁星塵が鉢を持ち上げようとすると右手が重なり、鉢を奪われる。そういうところが優しいのだ。暁星塵はそう告げようとしたが、呆れられそうだったのでやめた。代わりに礼のみ告げると笑う気配がしたので暁星塵も頬を緩める。
「帰ったら阿箐に見せましょう。彼女が喜びそうだ」
「……ハハ! あのチビに見せる? チビには見えないだろ」
薛洋は大声で笑いたくなるのを堪えながら暁星塵と鉢の中の魚を見比べた。長い尾ひれを揺らしながら泳ぐ姿は食べる物としては華美すぎて滑稽だ。綺麗な姿で人を殺す暁星塵と似たような滑稽さを感じる。
さて、この魚は何日命が持つだろう。
お綺麗な暁星塵が救えた唯一の命がどこまで続くのか、薛洋は少しばかり楽しみになった。
***
「あーあ」
ひっくり返った魚を見て薛洋は手に持っていた餌を置く。暁星塵が持って帰った魚は水が合わなかったらしい。たった三日、たった三日でもう動かなくなってしまった。長い尾ひれは力なく水面に浮かび、半分水面に出ている白い腹は異様なまでに膨れ上がっている。
「餌のやりすぎか?」
顎に手を当てて首を傾げる。思い当たる節はいくつかあった。暁星塵と阿箐が構いすぎていたのを薛洋は目撃している。
「ま、別になんでもいいか」
どちらにせよ、優しい暁星塵はやっぱりまたしても救えなかった。やっぱり彼は何にも救えない。薛洋は暁星塵から貰った飴を取り出して眺めるとせめてもの餞別にと鉢の中に入れてやった。
薛洋と暁星塵の話(4/4)
02.02.2025 17:32 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
譲ることの方が多い。阿箐が度々ささやかだが暁星塵に何かを渡してもいつもその半分以上は阿箐に“分け与えられる〝か“譲られて〟戻ってくる。
今回もそうだ。
しかもこれが自分と二人で分け合うのなら阿箐はまだ受け入れられたが、暁星塵の背中に未だ隠れている男とまで分け合うのはものすごく嫌で嫌で仕方がない。きっと男はここぞとばかりに暁星塵の厚意に甘えて阿箐が暁星塵にあげた菓子を多く奪い取るだろう。阿箐がどうやってそれを防ごうか考えていると暁星塵の後ろに隠れていた男が閉じていた口を開いた。
「道長、どうしてだよ」
男の言葉は阿箐が先ほど言いかけてやめた言葉そのものだった。それに驚いた阿箐は男の方へ顔を向ける。阿箐は男が調子の良いことを言って暁星塵を言いくるめるのを警戒していた。だが、男の口から出たのは暁星塵に対する不満げな言葉だ。男はしがみついていた背中から離れて暁星塵から距離をとる。その姿はただ離れたというよりも、何か得体のしれないものに警戒した、といった方が近かった。
「その菓子はあんたが貰ったものだ。分けて食ったらあんたの分が減るだろ」
その男の言うとおりだ。
阿箐の意見は完全に男と同じものだ。一々人に分けては自分の分が減ってしまう。それでは生きていけない。
だが、暁星塵は二人に向かってこう言った。
「嬉しい時は誰かと分かち合うと嬉しさがその分だけ増えるものですよ」
阿箐は暁星塵に聞こえないように小さく溜息を
吐いた。
暁星塵の言葉は今まで一人で生きてきた阿箐にとっては綺麗すぎて眩しい。時には、彼の言葉を聞いていると今までの自分の行いが汚れたもののようにすら思える。彼女は今まで嬉しかったものを分かち合う人間はいなかったし、自分の物を他人に分け与えたらここまで生きていけなかった。とてもじゃないが、暁星塵とは違う。そうはわかっていても彼の言葉に何とも言えないような気持になることはあった。
それはきっと、多分、この男もそうだろう。
阿箐は顔を男の方へ向ける。ちょうど建物の影がかかっている場所にいるから男の表情はよくわからない。
「あんたは俺とでも分かち合うってのか? そんなふうに菓子を分けちまって、あんたの腹が膨れなくても?」
「ええ、もちろんです」
「俺と嬉しさを分かち合ったら……そうしたら、あんたは本当に嬉しいのか?」
暁星塵は男の方へ手を伸ばしてはっきりと言った。
「嬉しい」
途端、阿箐の背中に悪寒がぞくりと走る。何か嫌な予感がした阿箐は注意深く男を見たが何もあるわけもなく、男は暁星塵の言葉を聞いて楽しそうな笑い声を上げているだけだ。そもそも何か危険があったら阿箐よりも先に暁星塵が察知する。背中に走った悪寒は気のせいかと阿箐は強く握りしめていた棒から力を抜いた。
男は再び暁星塵に近寄ると懐から取り出した飴を上機嫌そうに口に放り込んだ。
「じゃあ、今度俺も嬉しいことがあったらあんたと分かち合うことにするよ。ああ、そのチビともな」
「あたしチビって名前じゃない!」
ころころと口の中で飴玉を転がしながら男は怒る阿箐を見て大げさに怖がると暁星塵の肩に凭れ掛かる。それは先ほど距離をとった姿が嘘のような懐きっぷりだった。暁星塵は困ったように笑うだけで弟のように甘える男を好きにさせている。阿箐はそれが頭にきたが、彼女は目が見えないことになっているのでチビとからかわれたことに対して怒っているていで地団駄を踏んだ。
薛洋と暁星塵と阿箐の話(7/7)
02.02.2025 16:05 — 👍 0 🔁 1 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「嬉しい時は分かち合うもの」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
とん、とん、と棒をあちこちに叩きつけながら飛び跳ねるように歩く音に暁星塵は会話を止め、顔をそちらに向けた。
今日は朝から阿箐が町へ買い物に行っていた。昼過ぎには帰ってくると言っていた通りに時間ぴったりに聞こえてきた彼女の足音は弾んでいる。
「おかえりなさい。何か嬉しいことでもありましたか?」
その言葉に阿箐は小鹿のように跳ねていたのを止め、暁星塵の方へと駆け寄る。危ないと言われて阿箐は少しだけ速度を落としたが、それでも急いで暁星塵の前に来ると興奮したように口を開いた。
「道長聞いて! 町でね、花嫁が輿入れするのを見たの!」
「見た? お前が? その目でどうやって見たんだよ」
暁星塵ではない男の声に水を差された阿箐は「うるさいわね!」と木の棒で地面を強く叩いた。阿箐は曉星塵の隣にいる男に最初から気づいていなかったわけではない。気づいていたが、無視していたのだ。いつもなら曉星塵の隣にその男がいることに嫌な顔をするが、今日ばかりは気分が良かったからそうはしなかっただけだ――今の瞬間までは。
水を差されたばかりか嫌なことを言われてまで無視できるほど彼女は大人ではない。顔中にしわを寄せた阿箐は男の声がした方に向かってしっしっと手を振った。
「あたしは道長と話しているの! あんたには話してない。あっちに行ってよ!」
「俺が最初に話してたのにお前が横入りしてきた
んだ。なあ、道長、そうだろ?」
阿箐が威嚇するように声を上げれば男が甘えるような声を出して暁星塵へ助けを求める。間に挟まれた暁星塵は困ったように眉を下げたが結局は阿箐の方を優先したようだった。先ほどまでは君の話を聞いていたから、と男に気を使って前置きした暁星塵は阿箐へと話しかける。「……だから帰ってきたときに嬉しそうだったんですね」
阿箐が勝ち誇ったように鼻を鳴らすと男は興味がないとでも言いたげにそっぽを向いた。
「そう! しかもね、これ! 喜糖を貰ったの!」
阿箐が裾から取り出したのは綺麗に包装された菓子だった。通常は結婚式への参拝者にのみ配られるが、花嫁が輿入れしたその家は裕福な商家だったらしい。町の住人や、偶然居合わせた盲目の少女にも配るほど気前が良かった――と阿箐は暁星塵へ説明した。実際本当の話だったのだが、暁星塵の隣にいる男はどうも疑っているらしい。新郎新婦の親族でも参拝者でもないただの子どもが祝い事の菓子を手に返ってきたのはおかしいと言わんばかりに阿箐を見つめている。阿箐はその不躾な視線に気づかないふりをして手に持った菓子を暁星塵へと差し出した。
「道長にあげる」
「私に?」
「うん。だっていつも道長から飴をもらってるから」
阿箐は菓子を持っていない方の手を伸ばして暁星塵の袖を掴むとそれを辿って大きな手を取る。当たり前のことだが、暁星塵の手は阿箐と比べると硬い。ただ、水仕事もしているのに彼の手はいつも滑らかで触り心地が良かった。それに阿箐と
比べても色が白い。水切れどころかささくれ一つすらないその白い手の上に菓子を乗せた阿箐はにこにこと笑う。
「きっと美味しいよ」
「なら、これは阿箐に」
「ううん、あたしはいいの。いつもあたしにあげてばかりじゃなくてさ、道長もたまには美味しいもの食べなよ」
「おい、それじゃまるで道長の作る飯が不味いみたいな言い方だな?」
失礼なんじゃないのか、と横から飛んできた声に阿箐は慌てて付け加えた。
「違う、違うの! 道長のご飯は美味しいよ! あたしはただ、たまには甘いものを……」
「そうだ! 確かに道長の飯は美味い!」
「……ちょっと!! からかわないでよ!!」
阿箐は暁星塵に当たらないように棒を振り回す。からかってくる男を睨めば、男は怖がって暁星塵の後ろへ隠れる。こうされてはもう阿箐は手が出せない。悔しくて地面を二回ほど強く踏むと暁星塵の後ろに隠れた男はさらに怖がって暁星塵の肩にしがみついた。
「助けてくれ! 襲われそうだ」
「君がからかうからでしょう」
「自業自得だっていうのか? あんただって笑ってたくせに」
「それは……コホン、阿箐を笑ったのではありませんよ。ただ、料理が美味しいと言われたのが嬉しかったんです」
男がつまらなさそうな顔をしたのと反対に阿箐はパッと顔を明るくして暁星塵を見上げた。
「道長のご飯は美味しいよ! あたし、たとえ汁
物に何にも入ってなくても道長の作る汁物が一番美味しい! もちろん、何か具が入ってた方が嬉しいけど……」
「ふふ、心配しなくても、今晩はちゃんと具入りですよ」
「ほんと? やった!」
阿箐が喜ぶと暁星塵は柔らかく笑みを浮かべたが男は口を結んで黙り込む。
――どこまでも気分を害す存在の男だ! 人が喜んでるのを、むすっとした顔で見てるなんて!
阿箐はべっと舌を出して「あんたには菓子やんないから!」と暁星塵に持たせた菓子を奪われないように手で覆う。暁星塵は菓子を返そうとしたが、阿箐はそれを止めて彼に握り込ませる。
「今日は具が入ってる汁物もあるし、そのあとに食べたらきっと美味しいよ。道長は甘いもの嫌いなわけじゃないでしょ? それに、いつもあげてばっかなんだからたまには自分も貰われる側になってみたら」
そこまで言ったところでやっと暁星塵は菓子を受け取った。礼を述べた暁星塵に阿箐はにっこりと笑ったが、直後に暁星塵が言った言葉に唇をへの字に結んだ。
「せっかくですし、これは三人で分けて食べましょう」
どうして!
阿箐は言いかけた言葉をぐっと飲み込んで大きくため息を吐いた。貰ったのだから一人で食べればいいのに、暁星塵はそれをよしとしなかった。いつもそうだと阿箐は胸の中でごちる。
暁星塵は独り占めというものをしない。食事も寝床も誰かに分けるのが常だし、分けるどころか
薛洋と暁星塵と阿箐の話(4/7)
02.02.2025 16:05 — 👍 1 🔁 1 💬 1 📌 0
***
薛洋は鎖霊嚢を眺めながらぼんやりと昔のことを思い出していた。
昔のこと。
暁星塵が喋って動いていた時は昔のことはぼんやりとも思い出さなかった。思い出すことはあったが、それよりも目の前のことの方が興味を惹かれたからほとんど思い出さなかったのだ。だが、今は目の前に面白い出来事など何もなく、ぼんやりとしていると昔のことを思い出す。食えなかった菓子のこと、無残になった手の痛み、ごろつきとして過ごしていた日々。
そういえば、あの友人はいったいどうしているだろうか。
薛洋は自分とよく似た本質の男の姿を思い浮かべた。いつだったか薛洋は硝子細工を粉々に壊したことがあった。それは彼にとってはいつものことで、あの男にとっても日常と同じようなものだっただろう。何かを壊した、誰かを殺した、そういった些細な事を薛洋は一々覚えてはいない。ただ、「綺麗なものは壊れやすいから」と呟いたあの男の言葉は同意できるものだったから覚えていただけだ。
綺麗なものは壊れやすい。
全くもってその通りだ。
人の悪意に晒された事などない綺麗なそれは薛洋が落としたらすぐに壊れてしまった。そう、まるで薛洋がいつだったかの日に落とした硝子細工のように粉々に砕けた。
綺麗なものは壊れやすく、それを壊した瞬間の高揚感は何にも代えがたい。一度それを知ってし
まうと次から次へと壊したくてたまらなくなる。だから薛洋はあの時繰り返し硝子を踏んで割っていたし、暁星塵と再会してからはそれをいつ壊そうかと楽しみにしていた。
「最後まで綺麗だったな」
暁星塵は薛洋が見てきたものの中で一番綺麗なものだったから、最後の悲痛な叫びまで綺麗だった。
でも、今度は綺麗な声を上げて壊れてはくれないだろう。一度壊したものを修復して元に戻してもそれは傷跡だらけで元の美しさはない。それが自分のような〝綺麗ではない〟人間が直したのなら猶更だ。
だから、今度はうんと丈夫になる。
そう、それこそ自分のように。
中に入っている霊識をこれ以上崩さないように繰り返し撫でる。薛洋は友人と呼べるあの男が綺麗なものを壊さないように大事に大事に接していたのを思い出して笑ってしまった。
幾分か綺麗でなくとも、壊れない方がずっと良い。友人はそう理由をつけて綺麗なものの側にいたが、それが本当の理由とは薛洋には思えなかった。
自分たちは綺麗なものは手に入らない。でも、傷をつけて、ひびをいれて、落として、そうして砕いてやれば綺麗なものは手の中に落ちるのだ。それに綺麗なものは壊れやすいから誰かに壊されて悲しむよりも、自分で壊して「あーあ」と肩を竦める方がずっと良い。
さっさと壊して手元に置いてしまえばいいのに。薛洋は友人が良く浮かべていた笑顔を思い出しながら手のひらに飴を転がした。薛洋が壊した綺麗
なものはもう殆ど手に入ったも同然だ。あとはそれを元通りに継ぎ接ぎをして動かせばいいだけ。そうすれば今度はこんなに容易く壊れないだろう。それまで手のひらに転がした飴の味はまだお預けだ。
薛洋と金光瑶の話(7/7)
02.02.2025 15:28 — 👍 4 🔁 2 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「綺麗なもの」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
綺麗なものは壊れやすい。
薛洋は足元に散らばった硝子を見てあーあと肩を竦めた。本物と見間違うほど繊細な花の彫刻が施された硝子細工は今はもう影も形もない。誰かがわざと落としたからだ。
「薛洋、何をやっているんだ」
ため息交じりの声がかけられたが薛洋は顔を上げることはなかった。足元に散らばった硝子の中でまだ形が残っているものを見つけるとそれを踏みつける。枝葉を模した硝子がパキ、と軽い音がして葉と枝に分かれたのを見ると、薛洋はさらに細かくしようと葉を踏みつけ、枝も同じように踏みつけた。
「やめなさい。足を怪我したらどうするんだ」
「やめない。この革靴が本当に丈夫かどうか確かめてるんだ」
薛洋は鼻を鳴らし、足元に散らばった硝子を踏みつける。
今までは裸足か、布靴か、出来の悪い粗悪な革靴ばかりだったが、この蘭陵金氏の校服は実に良い。血族ではない末端の薛洋ですら一目で上等だとわかる服が与えられた。革靴も勿論丈夫なもので、床に散らばった鋭利な硝子ですら靴底を切り裂くことはできない。
パリン。
その丈夫さを見せつけるように花弁を模した硝子を踏みつけると目の前の男の眉がぴくりとつり上がった。
「君がその靴を気に入ってくれたようでよかったよ。それで、丈夫さを確かめるのならもう十分なんじゃないか?」
「まだもうちょっと試したいね」
薛洋は床の上にまだ残る硝子の塊を指さした。「そういえば、あれ」形がいくらか欠けていたが花だとわかる。それは花の名前に興味がない薛洋でも見たことがある花だ。実物をどこで見たか、彼は覚えていなかったが、実物ではなく描かれた花をどこで見たかはしっかりと覚えていた。光瑶の部屋にかけられている絵と同じ花だ。
斂芳尊こと金光瑶の部屋に薛洋は入ることはできない。できないが、彼の部屋にかけられた絵画の存在は知っていた。この目で見たことがあるからだ。
ある日、薛洋がきちんと責務を果たしているか確認しに来た光瑶は一枚の小さな絵を手にしていた。本来なら光瑶はその絵を大事にしまってから来たかったのだろうが、父親にせっつかされてそれが出来なかった彼は珍しく機嫌が悪かった。機嫌が悪いわりには上等な白い布に包んだそれを大事そうに持っていたから薛洋は興味を抱いたのだ。渋る彼にちょっかいを出して嫌々見せてもらったそれは単なる花の絵だった。光瑶は絵にこんな醜い場所を見せたくないとでも言いたげな表情ですぐにしまい込んでしまったからよく見ることはできなかったが、その特徴的な花弁はよく覚えていた。
その花は薛洋の着ている校服にあしらわれている牡丹紋に比べたらずいぶん地味な花だった。色も鮮やかではない。形も華やかではなく、むしろ地味といった方がいいだろう。
薛洋は花弁の先が欠けた硝子細工を指さしたまま、さも今気づいたかのような口ぶりで喋りかけた。
「この花、もしかしてお前が大事にしている絵の
花じゃないか?」
わざとらしい口調のそれに光瑶は何も反応しなかった。床に転がった硝子をちらりと見ただけですぐに薛洋に視線を戻す。「君の口から絵のことが出てくるなんて」なんてことはないような口調で返ってきた返事に薛洋は笑った。
「そりゃ覚えてるさ! なんてったって大事な友人がそれはもう大事に大事にしていた絵だからな! 真っ白い花の絵、あれは誰が描いたんだったか? きっとさぞ高名な名士が描いたに違いない。学のない俺でもあれは良かったって思えるくらいだからな。なあ、なんて名前の奴が描いたんだ?」
「……」
「ああ、待て。言うなよ、思い出してきた。絵に銘が入っていたな……確かあれは、藍、」
パリン、と小さな音がして薛洋は床に視線を落とした。見れば、光瑶が硝子片を踏んでいる。光瑶はそれに気づくとさっと裾を払ってしゃがみこむ。自らが踏んだ硝子片を拾った光瑶を見て薛洋は口を閉じた。もうただのごみになり果てたそれを、光瑶はまだ綺麗なものだとばかりに指先でつまんでは手のひらに乗せている。
「綺麗なモンはすぐに壊れるからやんなっちまうな」
「君がわざと落としたくせに、よく言う」
「ハハッ、悪かったな。義兄上への贈り物を壊しちまって」
「別の物を贈るからいいさ。どちらにせよ、これは彼には不釣り合いだ」
薛洋がつま先で転がすと花の形を保った硝子片が光瑶の足元に転がる。花を模した欠片は壊れて
いても精巧な作りで光を反射する様は綺麗に見えた。「どこが不釣り合いなんだ?」以前薛洋が清談会でちらりと見た姿にはこの〝お綺麗な〟硝子細工が合っているような気がしたが、光瑶にとってはそうではないらしい。
光瑶は自分のつま先にこつんと当たった硝子の花を見た。
雲深不知処に咲いている木蓮は清らかで、実に美しい。
それを模して造らせた硝子細工は、硝子細工ながらも実際の花と変わらない精巧な作りで美しい。彩色せず硝子本来の透き通った質感の細工は、光に当てるときらきらと輝きを増して綺麗だ。光瑶はこの硝子細工が完璧な形であれ、壊れた形であれ、大事な義兄の側に置いてあるのを想像して口を開いた。
「綺麗なところ」
「綺麗なところ?」
「そうだ。綺麗なところが相応しくない」
だって綺麗なものはすぐ壊れてしまうから。
そう思うとすぐ壊れてしまうものを彼の側に置いて何になるのだろう?
「幾分か綺麗でなくとも、壊れない方がずっと良い」
光瑶の足元の硝子が砕かれる。割れる時まで綺麗な音を上げた硝子片を見て薛洋は同意するように大きく頷いた。
綺麗なものは壊れやすい。でも綺麗じゃないものは壊れない。
少なくとも薛洋も光瑶もここまで容易く壊れはしないし、壊れる時にこんなに綺麗な音を上げて砕けはしないだろう。
薛洋と金光瑶の話(4/7)
02.02.2025 15:28 — 👍 3 🔁 2 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「バナナ」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
朝、パワーがニャーコと共にリビングへ行くとそこにはゴリラが二匹いた。
片方はバナナを口いっぱいに頬張りながらテレビを見ているゴリラで、片方はバナナを齧りながら新聞を読んでいるゴリラだ。
「ニャーコ、どうやら今日からこの家はゴリラが住むことになったらしいぞ」
「誰がゴリラだっつの」
「ふざけたこと言ってないでさっさと食え。片付かねぇだろ」
「ゴリラがウホウホ言っておる」
テレビを見ていたゴリラの隣に座ったパワーは既に用意されている朝食を見た。コーンフレークと牛乳とサラダ、それからバナナ。昨日は白米とみそ汁と焼き魚とサラダだったからそれに比べたら随分と手が込んでない朝食だった。パワーはサラダをテレビを見ているゴリラに押し付け、新聞を読んでいるゴリラに対して文句を言う。
「肉がない」
「肉はない」
新聞を読んでいるゴリラはパワーの方をちらりとも見ずに言う。
「文句があるなら食わなくていいぞ」
以前その言葉に乗ったら本当に朝食を片付けられて朝食抜きになったことがあったパワーはぐぬぬと黙ってコーンフレークを見つめた。おが屑みたいなそれは不味くはないが牛乳に浸し過ぎるとびちょびちょになるのでパワーはあまり好まない。牛乳は好きでも嫌いでもない。そしてバナナは、この中ではまだマシ、だった。
「ニャーコ……どうやらワシもゴリラになる時が来たようじゃ……」
ぱく。
バナナを剥いて齧ったパワーは既にバナナを食べていたゴリラたちと目を合わせた。
「ウホウホ」
テレビを見ていたゴリラが二本目のバナナをもいでパワーの目の前で掲げてきた。
「……ウホ」
新聞を見ていたゴリラも二本目のバナナをもいで小さく掲げた。
「ウホ、ウホホホ」
パワーも食べかけのバナナを掲げる。
こうして早川家のリビングはゴリラが三匹と猫が一匹になった。
早川家とバナナの話(2/2)
※2023年に別名義で書いていた話の再投稿です。
02.02.2025 00:10 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
「口では説明しにくいからやられたことをデンジ君にしようと思って」
わかりやすいだろ?
有無を言わさないように吉田が押し切るとデンジは頭の上に疑問符を浮かべながらぎこちなく頷く。そうかもしれない、と言ったデンジに吉田は思わず声を上げて笑いそうになった。デンジは酷く素直で単純だ。これはあの女教師以外にも悪い虫がつきやすいだろう。そう、例えば、任務にかこつけて蝕もうとする吉田のような。
先程までデンジが座っていた机に吉田がデンジを押し倒しても彼は文句ひとつ言わなかった。こんなことをされたのかと顔を赤らめて吉田を見上げている。
「デンジ君は気持ち良いことって知ってる?」
「……んでそんなこと聞くんだよ」
「俺があの教師にそう聞かれたから」
吉田はデンジの頬に指を這わせる。大人になりきれてないまだ柔らかな丸みを持つ頬を撫で、そして耳元に唇を近づけた。
「知らないのなら俺が全部教えてあげようか」
「ん、ぁ、っ」
優しく耳を食んで息を吹きかけるとデンジは声を漏らす。
「ッ、お前……こんなことされたのか……?」
デンジの目は期待で揺れていて吉田は少しだけ笑ってしまった。
あの教師は吉田を押し倒すことすらできなかった。そもそも、吉田はあの教師に迫られたことがない。あの女教師は勉強のできない生徒を教科準備室に呼んでは個人でみっちり補習をさせる教師だったので、成績が安定している吉田はその対象
ではないのだ。デンジは何を勘違いしたのか自分が教師と淫らな関係になれると思っているようだが、そんなことをしたら相手は人生を失うことになる。これには流石の吉田もエロ本やアダルトビデオの見過ぎだと叱りたくなってしまった。思うだけで決して叱りはしないが。
「もっとされたよ」
「も、もっと!?」
コツ、コツ、と足音が近づいている。だが興奮しているデンジはそれに気付かない。
吉田はデンジのシャツのボタンをいくつか開けて、そして露わになったデンジの首筋に歯を立てた。ガリ、と強く噛むとデンジの身体が強張る。流石に文句の一つでも返ってくるかと思いきや、これから女教師に同じことをされることを夢見ているデンジは何も言わずにその行為を受け入れた。差し込む夕陽のせいなのか、それともこの行為に期待しているのか、デンジの頬は酷く赤い。
「デンジ君、キミ、もうちょっと警戒した方がいいぜ」
「は?」
足音が扉の前で止まる。吉田は少しだけ開かれたデンジの唇に自分の物を重ねた。
「!?」
驚きに目を瞠るデンジを抑え込んで吉田は机に乗り上げる。デンジの股間を膝で刺激するとその身体はわかりやすく反応した。くぐもった声が吉田の下から上がりデンジの抵抗する力がだんだんと抜けていく。吉田が膝で刺激する度にぴく、と動くデンジの指はこの快感を何かに縋って逃がしたいと言わんばかりだ。だが吉田はデンジが何かに縋ることを良しとせずにその腕を机に縫い留め、
ただひたすらにその唇を貪る。
がらりと音を立てて扉が開いた。
「ぁ、あッ、よ、よし、ん、んぅ……!」
誰かの息を呑む声と慌てて立ち去る足音が聞こえたがデンジは気付いていないようだった。
吉田が唇を離すと二人の間で唾液が糸を引く。デンジは肩で息をしながら吉田の唇から唾液がぷつんと途切れるのを眺めていた。
「デンジ君」
窓からは夕陽が差し込んでいて眩しい。デンジは眩しさに目を細めながら吉田を見上げた。
西日のせいでオレンジ色に染まるデンジの髪とは違い、真っ黒な吉田の髪は色を吸い込む。橙色に全てが染まった教室の中、吉田だけがいつもと変わない色を纏っていた。
「……俺ならもっと教えられるけど、どうする?」
――何を教えてくれるのか。
吉田は詳細を語らなかったが、デンジには吉田が教えてくれるものが何なのかきちんと理解できていた。
吉田の唇は唾液で濡れてテラテラと光っている。
デンジは口の中に溜まった唾液を飲み込む。こくりと喉を鳴らしたデンジの口の端から零れた唾液を吉田の指が優しく拭い、光も色も全て吸い込んでしまう黒い目が三日月のように弧を描いた。
あと少しすれば陽は完全に落ちて辺りは暗闇に包まれるだろう。吉田は沈んでいく太陽の足掻きのような光からデンジを隠すようにその頬を両手で覆ってもう一度口付けた。
吉デン。第二部、🐙に騙される🪚の話(6/6)
2023年に別名義で書いていた話の再投稿です。
01.02.2025 23:56 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「よっぱらい」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
「ここにいたんだ」
デンジは男の声に嫌な顔をして振り返った。吉田、と名前を呼べば男は貼り付けたような笑みを浮かべる。
ここ数日間吉田は放課後になるとデンジを迎えに来るようになっていた。
それまで吉田は放課後までデンジに纏わりつくことはなかった。用事があると言ってデンジを置いて帰ってしまう日もあったし、デンジが帰る時まで付いてくるなと言えば大人しく引き下がっていた。それを崩したのはデンジ自身だ。
数日前の放課後、デンジは女子たちに自分の正体をバラそうとした。チェンソーマンって誰なのかな?――そう話す女子たちにデンジは自分がチェンソーマンだと声をかけた。疑う彼女たちの前でシャツのボタンを外そうとしたデンジの手を掴んだのは、男の手。それからというものの、吉田は放課後までデンジを見張るようになった。
「ついてくんなよストーカー野郎」
吉田はデンジがどこにいても見つけてくる。屋上、空き教室、トイレ、掃除用具入れの中。今だって普通は生徒が立ち入り禁止の教科準備室に逃げ込んだのに吉田はそこにデンジがいるのが当然だという顔をして扉を開けた。逃げてもどこからともなく現れる男にデンジは心の底からうんざりとする。
「デンジ君がチェンソーマンだとバラさなければついてこないよ」
「嫌だね」
「じゃあ無理だ」
デンジが放り投げたのであろう、床に落ちている彼のスクールバッグを拾って吉田は机の上に
座っているデンジに近づく。
「帰ろうか、デンジ君」
「誰がテメーと帰るかよ。俺は用事があるんだ。だからさっさと出てけ」
「用事?」
わざとらしく首を傾げた吉田にデンジは鼻を鳴らした。教科準備室は通常なら立ち入り禁止だ。鍵は基本的に教師が所持している。そこにデンジがすんなりと入れたのは訳があった。
――デンジ君、代わりにこの教材をしまっておいてくれないかな。
五限の授業終わりにデンジに声をかけたのは今年教師になったばかりの年若い英語教師だった。ボンキュッボンのナイスバディで男子生徒たちから密かに人気のある教師。その教師が授業後、わざわざデンジを指名してお願いをした。放課後にこの教材を教科準備室へしまってくれないか、と。ジャケットの胸ポケットから出した鍵をデンジの手に握らせて、後で先生も来るから、と。
(これはもう、これはもう、アレしかないだろ!?)
デンジの脳内ではいつぞやレンタルビデオ屋で見たセクシーな女教師が放課後生徒と乱れるアダルトビデオのジャケットが浮かんでいる。ただのお手伝いだったら何もあんなに意味ありげにデンジの手を握らないはずだ。上目遣いで、甘ったるい声でお願いもしないだろう。
だからデンジは早急にこのストーカー男を追い払わなければいけなかった。今日のデンジは大人の階段を上るかもしれないのだ。それを邪魔されるわけにはいかない。
「俺は佐藤先生に頼まれたんだよ。これを片付け
ろってな。だからテメーは出てけ」
「ああ、あの先生ならひっきりなしに男子生徒に迫ってるよね。俺もこの間押し倒されたな」
「はあ!?」
デンジは目を剥く。さらりと聞き捨てならないことを言われた気がしてデンジは机から降りて吉田に詰め寄った。
「なっ、なん、おま、エッ!? お、おま、ど、どこまで……!? キスした!?」
「どこまでって……」
吉田は顎に手を当てて考えるそぶりをする。
「も、もも、もしかしてヤッたのか……!?」
口元を片手で覆って吉田は密かに笑みを深くした。蛸からの報告によるとあと数分の内に女教師がここにやって来るらしい。
吉田の任務はデンジが平穏な生活を送れるよう監視することだ。チェンソーマンという正体さえバレなければ任務は成功といっても過言ではなかったが、しかし、デンジの日常生活が間違った方向に進んでいるのならそれを強制的に正すのも任務のうちといえばそう言えよう。学校で教師と生徒が寝るのは普通の域からも平穏の域からも外れていることは誰にだってわかる。デンジが平穏な生活を送れるようにするには、平穏を乱す芽は吉田が摘む必要があった。
「……教えてあげようか? 俺があの教師にされたこと」
勿体つけて吉田が言えばデンジはごくりと喉を鳴らして頷いた。
吉田は手を伸ばしてデンジの腕を掴む。掴まれたデンジは嫌そうな顔をして吉田を見上げた。
「なんで触んだよ」
吉デン。第二部、🐙に騙される🪚の話(3/6)
2023年に別名義で書いていた話の再投稿です。
01.02.2025 23:56 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「よっぱらい」、「@1qup5」と記載されています。
以下は本文の内容です。
べろべろに酔っぱらったアキがデンジを抑え込んでその腹を撫でている。風呂から上がったパワーはその二人を目に映すと見なかったことにしてニャーコを抱き上げた。
「パワー! 助けろ!」
「嫌じゃ」
面倒くさいと顔を顰めたパワーにデンジは手を伸ばす。
「おやつ! 食っていいから!」
パワーはその言葉を無視した。そんなこと言われなくてもデンジのおやつはパワーの物であるので大して惹かれない。デンジの伸ばした手はパワーに触れることなくアキによって掴まれた。
「肉! 肉やる!」
パワーはこれもまた、無視した。デンジの肉はパワーの肉だからである。そもそも料理を作るのはそこにいる酔っぱらいなので、いつ晩飯に肉料理が回って来るかはわからない。
「……血ぃ!」
やれやれとパワーは肩を竦める。まったく、人間は愚かで世話が焼ける生き物だ。
「チョンマゲ」
パワーがアキに話しかけるとアキはデンジの腹を撫でながら顔をパワーに向けた。完全に酔いが回って目が据わっている。
「デンジの腹を撫でとるが、孕んだのか?」
「はら……え?」
デンジが驚いたように自分の腹を見る。パワーとアキはデンジを無視して二人だけで会話を続けた。
「孕ませた」
「やっぱりな」
「え? 俺孕んだの? え?」
きょろきょろとアキとパワーを見るデンジだけが会話についていけない。
「デンジ」
「は、早パイ、俺……孕んじまったの?」
「ああ」
アキは真剣な顔でデンジの腹を撫でる。酔っぱらいの手は熱く、擦られ続けているデンジは暑い。そもそもぎちぎちに固められているから身体が痛い。いい加減にしてくれとも思うが、孕んでいると言われた手前暴れられなくなったデンジは大人しくアキに抑え込まれていた。
「腹ン中に赤ん坊いるってこと……?」
「そうだ」
デンジが恐る恐るアキを見るとそれに気付いたアキが眼差しを甘く蕩けさせてデンジの腹をゆっくりと擦った。
「俺たちの子だ」
「……俺とアキの」
アキの手に自分の手を重ねたデンジは腹へと視線を移す。そういえば昨夜は珍しくゴムを付けていなかった。ゴムが切れても止まらなかった、と言った方が正しいかもしれない。だがしかし。
「……なあ、アキ、俺、」
男なんだけど、と言いかけた言葉は最後まで言えなかった。無理矢理顔を上げさせられたかと思えば後ろから覆い被さったアキに唇を塞がれる。ちゅ、とすぐに唇を離したアキはデンジの腹を抱えて微笑んだ。
「俺たちの子だ。元気な白米とみそ汁とおひたしと冷ややっこと焼き魚」
酒臭い息が顔を掠める。デンジは思いっきり顔
を顰めた。
「夕食後にプリンも食べておったぞ」
「そうか。じゃあプリンもいるな。末っ子だ」
多産じゃな、というパワーの言葉をデンジは無視した。アキの大きな手がデンジの薄っぺらい腹を撫でる。一回、二回、三回、四回。ゆっくりと撫でられたデンジは諦めたように力を抜いてパワーを見上げた。
「助けて……」
「嫌じゃ」
ニャーコを撫でたパワーは立ち上がって愚かな人間どもを見下した。パワーは崇高な悪魔であるので愚かな人間を助けてやる義理は無い。
「行くぞ、ニャーコ」
パワーと同じく崇高で賢い生き物であるニャーコがにゃあと返事をする。リビングに愚かな人間二人を残してパワーは自室に戻った。
アキデン。酔っぱらった🍁の話(3/3)
※2023年に別名義で書いていた話の再投稿です。
01.02.2025 23:42 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0