恢 @kaired0 - Bluesky Profile

　　煙草。硝煙。汗が混ざった体臭。　ひとつひとつは決して良い匂いとは言い難いが、それらが絶妙に混ざるとベン・ベックマンの香りになると気づいたのはつい先日のことだ。　ただ混ざっているだけなのか、それとも何か別に匂いの元があるのか。いくら考えてももちろん分かるはずもなく、彼女はふと彼に問いかけた。　「……副船長って、香水とかつけてます？」　　煙草を咥えた男は少し目を見張ってから「海の上でわざわざ身なりを綺麗にすると思うか？」と質問を返されてしまった。陸にいるならいざ知らず、確かに海の上にいる時にわざわざ香水を振りかけるわけないか、と馬鹿げた問いを投げかけた己を戒めた。　「その質問はあれか？　暗に臭いと言ってるのか？」「違います！　そうじゃなくって……」「じゃなくて？」「他の人と違って、副船長は副船長の香りがするなあって思っただけなんです」　　汗臭いとも、潮臭いとも違う、何とも言い難い香りがする。　いつも彼が纏う紫煙のせいかやや奥深く甘いように感じる時もあれば、その愛銃のせいかスパイシーなそれが鼻孔に留まる時もある。だからこそ香水を付けているのではないかと感じてしまったのだが、そうではないというならば随分と奇妙な現象である。　「おれの香りってのは……どういう？」　　咥えていた煙草をぐしゃりと手で潰し、少し顔を背

けて煙を吐き出したベックマンの顔が近づく。わざと首元を彼女に晒し、嗅ぐように促してきた。　一瞬戸惑って固まったが「ほら」と促されて更に近づかれ、彼女は小さく「失礼します」と前置きをしてからすん、と鼻を鳴らした。　やはり、独特な香りがする。　体臭と言い切るにはややスパイシーに感じる香りだ。このレッド・フォース号には多くのクルーが乗り込んでいるが、ベックマンの匂いはすぐに分かる。その場に残り続け、ここにいたのだと分かるくらいには特別な香りだった。あえて言葉を当てはめて表現するとするならば―― 　「なんだろう……。男らしい、みたいな……？」「ほう」　　首元から鼻先を離そうとしたが、ぐっと肩を掴まれてその場を動けなくなってしまった。すぐ近くでベックマンが動くからか、彼の香りが鼻から脳内に充満していく感覚に陥る。　「男らしい、か。悪い匂いじゃねェってことだな」「そ、うです……ね」「そうか」　　どこか、ベックマンの声が嬉しそうに高揚している気がする。　呼吸をするたびに心拍数が上がっていき、じわりと両手に汗が滲む。　「ふ、くせんちょう」　　離してください、と彼の体を押したが、厚みのある大男の体が彼女の力などで動くはずもない。触れて動

くとまた香りがぶわりと舞い上がる。まるで酒に酔ったときのような、頭がふわりと浮く感覚に襲われてしまい、彼女の脚から力が抜ける。　「おっと」　　肩を掴んでいた手が彼女の腰へと回り、倒れそうになった体を支える。ぐっと抱き寄せられるように支えられると、更に彼女とベックマンの体が近づく。　「……これでもう、忘れることはないな？」　　耳元で囁かれると同時に体が解放された。支えを失い、ふらりと傾ぎかけたが慌てて欄干に捕まることで倒れることはなかった。じわじわと熱を孕む耳を抑えながらベックマンを見上げると、彼は至極嬉しそうに、それでいて凶悪な笑みを浮かべるのだった。　　　　そんな出来事があってから、一週間が経過した。　普段通りの海の上の生活を送っていた彼女だったが、あのベックマンの笑みと匂いが頭から離れず、その度に体の芯が熱を持つ病気に陥っていた。　まるで呪いにでもかかったかのように、以前よりも強くベックマンの匂いを感じてしまう。少し前までここに居たのだろうだとか、ついさっきそこを通り過ぎたのだろうだとか、潮の香りに混ざって船主の方から流れてくるから今はそこにいるのだろうだとか。気にしていなくとも、ベックマンがどこにいるのか、どこにいたのかを知れるようになったのだ。　（なんで）　

　匂いが、鼻の奥にこびりついて消えない。　頻繁に会うような関係性でも、立場でもないというのに彼を強く意識してしまう。　思わずそのことをヤソップに相談してみると、彼は何とも言えない微妙な表情を浮かべ、その後泣くようなジェスチャーをしてから「お前……それはもう、よくないよ」とだけ告げられた。何がよくないのかは教えてくれず、ただ憐れむように何度も「ああいう悪い男には慎重に発言しねぇとだめだぞ」と忠告をされるだけだった。　ヤソップの言葉を反芻しながらぼんやりと海を眺めていると、またあの香りがした。ばっと振り返ると、ベックマンが居た。ご丁寧に気配を消して少し離れていたところに立っていたようだったが、彼女が勢いよく振り返ったことに驚いて目を見開いていた。　気配を消していたにも関わらず《何故か》気づいた彼女の反応に気を良くしたベックマンが大股で近づいてきた。　「よく覚えていたな」　　近づかれるたびに、香りが強くなる。欄干に背を預けていた彼女はそれから逃げるように体を逸らせたが、無論逃げられるはずもなく大きな体躯が生み出す影によって彼女の体を覆われてしまった。　「なァ、知っているか」　　見下ろしてくる男の表情が、逆光でうまく読めない。それ以上に充満するベックマンの香りのせいで酒に酔ったときのように、頭がふわふわと浮いて何も考えられなくなってしまっていた。彼女はただ、ベックマンを見上げるのみだ。　何が。何を。

26.05.2025 20:13 — 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「０５２６　🔫の匂いを無意識に追ってしまう話」、「恢 @Kai_red0」と記載されています。画像情報：generated by 新書ページメーカー / オリジナル素材 / フォント：源暎こぶり明朝以下は本文の内容です。

🔫夢

🔫の匂いを無意識に追ってしまう話
（1/2）

#OPプラス #wnpeプラス

26.05.2025 20:13 — 👍 6 🔁 0 💬 1 📌 0

「レイさん。酔っ払った人って、みんなそう言うんですよ」　　諭すように言い、彼が持っていたグラスを取り上げようとしたがその彼女の手の上から彼の手が重ねられた。老人とは思えないほど力漲る手。少し皮膚が弛む甲だが、浮き出ている血管はその辺に歩いている男たちと比べても若々しく見える。　「……レイさん？」　　重ねられた手に見惚れてしまっていたことを隠すように名前を呼ぶ。　「ん？　なんだ……てっきり、手を握る口実かと思ったんだがね」　　ふっと微笑みながら彼女を見つめるレイさんの目は、酔っ払いのそれとは違い射抜くような真っ直ぐとしたものだった。　その瞳に魅入られていると、重ねられた手ごと軽く握りこまれる。包む力が思ったより強かったが、どこか優しさを感じる。触れている彼の指が、すり、と彼女の甲を這った。　「……っ。そ、んなこと言って……ほら、早くお水飲んで」　　少し上がった体温を誤魔化すように微笑みながらそう言った時だった。　彼女の視界がぐるん、と回り、それと同時にとん、と背に何かが当たる。カウンターテーブルに

押し倒されたのだと理解したのは流れる銀髪が上からぱらりと顔にかかったからだった。　「お嬢さん……あまり男に優しさを見せてはいかんな。こうして付け込まれてしまう」　　逆光のせいで眼鏡の奥が見えない。声色は優しく、だが呼気は酒気を帯びている。レイさんの吐息だけで酔っぱらってしまいそうだった。だが臭い、とは思わなかった。むしろ、色気と混ざって妙な甘ったるい空気と化していた。　とてもではないが、彼女の目にはレイさんが老人にはもう見えなかった。そう錯覚するほどに、彼女の腕を抑える手の力は強く、纏う色気は瑞々しいのだ。　「レイ、さん」「随分と可愛い声で呼んでくれるじゃないか」　　髭を蓄えた口元が少し歪む。　「もっと呼んでくれないかな」　　彼女の腕を解放した手が、彼女の額を撫でる。　「レイさん」　　名前を呼ぶたびに、レイさんの指は額から目尻へと移動した。また促されて呼ぶと、今度は頬に指が滑る。　指が唇に触れ、柔らかさを確かめるようにふに、と押された。

　「もう一度」「レ、イさ……ん……っ」　　少し空いた唇の隙間に指を軽く差し込まれた。ちゅぷ、と咥内に僅かに埋まった指を吸うと彼は満足そうに笑う。　「愛らしいな」　　呟いたと同時に彼女の腰に腕を回したレイさんは、ぐっと彼女の体を持ち上げた。「わっ」と驚いて小さな声が出たものの、彼女は一切抵抗することはなかった。カウンターテーブルに座らされると、腰を抱き寄せレイさんの顔が彼女の腹に埋まった。　「レイさん……？」「……酔ったかもしれん」　　やや低めの声でそう言った彼は、彼女を抱いたまま動かなくなってしまった。　どうしよう。はやく水を飲ませてあげないと。　内心焦る彼女とは違い、レイさんは非常に落ち着いていた。一瞬、無理矢理退かすことも考えたがあまりにも彼が静かなので彼女はその銀髪を指で梳くように撫でてやる。彼女の腰へ回った腕に入っていた力が少しずつ抜け、彼の頭が少し重く感じる。　「寝ますか？」　

　問いかけると、完全に脱力しているであろうレイさんは「いや」と返事をした。　「……もう少しこうしておいてくれないかな」　　甘えるような声音に、彼女は否と答えることは出来なかった。返事代わりにと、少し痛んだ髪を丁寧に指解きながら子守歌を歌ってやるのだった。　　　　

🥈夢
🥈さんに押し倒される話
（2/2）

13.05.2025 23:42 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「レイリーさんに押し倒される話」、「恢 @Kai_red0」と記載されています。画像情報：generated by 新書ページメーカー / オリジナル素材 / フォント：源暎こぶり明朝以下は本文の内容です。　ふらりと閑古鳥の鳴くこの酒場に現れては、タダ酒を飲む老人がいる。店主から「レイさん」と呼ばれているため、彼女もそう呼んでいいかと聞けば老人は――レイさんは「もちろんだお嬢さん。好きに呼んでくれて構わんよ」とへらりと笑ってみせた。レイさんのことを彼女はこれまで「面白くて変な人」としてしか見ていなかった。のらりくらりと展開される話は面白く、それでいて奥底まで覗かせないような鋭さがあり、かと思えば可愛いと思わせるような危うい色気が混在している。その全ての要素を含めて「面白くて変な人」という評価をしていた。　時折彼女を口説くような素振りを見せるも、店主に「だめよレイさん」とやや強めの語気で窘められ「お目付け役がいてはかなわんな」と笑ってその話が流れるところまでがワンセットだ。　彼女はこの酒場の空気が好きだった。　　今日もまたレイさんはやってきた。　レイさんはいつも通り、強めの酒を注文すると湯水のように飲み始める。だがいつもと違ったのは、その飲み干すスピードだ。味わっているとは思えず、喉に勢いよく流しているだけに見える行為は概ね自殺行為と表現して差し支えないものだ。レイさんでなければ四度その行為を繰り返した時点で後ろ向きに倒れて意識を失っていることだろう。　何度目かの嚥下を見届けた彼女が途中で水を渡そうとしたが、彼に首を振って拒絶されてしまった。　「いらんよ。酔ってなどいない」

🥈夢
🥈さんに押し倒される話
（1/2）

おたんじょうびおめでとうございます🙌
お話はまったく関係ないです

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13.05.2025 23:41 — 👍 7 🔁 0 💬 1 📌 0