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たんたかたん

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たんたかたん(x:@cpmbs)の日常、自己セラピー用二次創作BL(1ジャンル1cp相手左右固定)の創作の話など。絵と文字。今のところアップする内容でアカ分けはしていません。過去ログ:(https://www.pixiv.net/users/1962273)

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Post image 15.08.2025 06:57 — 👍 12    🔁 2    💬 0    📌 0
スが溜まっていたのかと一人案じていた。窓の向こうで晶は山猫の毛繕いを続けている。仲睦まじい様子に黒眼鏡の奥で瞳を細め、音を鳴らすケトルに呼ばれてファウストは窓辺から背を向けた。

スが溜まっていたのかと一人案じていた。窓の向こうで晶は山猫の毛繕いを続けている。仲睦まじい様子に黒眼鏡の奥で瞳を細め、音を鳴らすケトルに呼ばれてファウストは窓辺から背を向けた。

(3/3)

18.01.2025 16:35 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
い糸だけでかろうじて繋がっている蹴りぐるみをそっとくわえ、あるじに報告するべく土を蹴った。
「ねえ、こないだのアレやってください」
 もうすっかり終わったものだと思っていた山猫の〝おねだり〟は翌日もまだ続いていた。ハーブ菜園の為の小さな花壇のへり、朝日で温まった煉瓦の上に晶が暖を求め丸まっていると彼は再びやってきた。首を持ち上げた晶の目の前で長い体をごろりと横たえる。ちょうど鼻先に赤毛の耳が触れて、くすぐったくてくしゃみが出そう。晶は頭を振って前脚を揃えお座りする。
「アレって……? 喧嘩なら断りましたよ」
「喧嘩はもういいです。アレですよ、昨日あなたがやった、アレ」
「アレ……?」
 アレとはなんだろう。晶が両目をぱちくりとさせてミスラを見つめる。山猫は焦れて長くて立派なふさふさの前脚を晶の眼前へ持ってきた。殴られる勢いではなかったものの、晶は首をすくめる。彼は前脚で強引に晶の頭を下げさせ、晶の小さな額をペロリとひと舐めした。

い糸だけでかろうじて繋がっている蹴りぐるみをそっとくわえ、あるじに報告するべく土を蹴った。 「ねえ、こないだのアレやってください」  もうすっかり終わったものだと思っていた山猫の〝おねだり〟は翌日もまだ続いていた。ハーブ菜園の為の小さな花壇のへり、朝日で温まった煉瓦の上に晶が暖を求め丸まっていると彼は再びやってきた。首を持ち上げた晶の目の前で長い体をごろりと横たえる。ちょうど鼻先に赤毛の耳が触れて、くすぐったくてくしゃみが出そう。晶は頭を振って前脚を揃えお座りする。 「アレって……? 喧嘩なら断りましたよ」 「喧嘩はもういいです。アレですよ、昨日あなたがやった、アレ」 「アレ……?」  アレとはなんだろう。晶が両目をぱちくりとさせてミスラを見つめる。山猫は焦れて長くて立派なふさふさの前脚を晶の眼前へ持ってきた。殴られる勢いではなかったものの、晶は首をすくめる。彼は前脚で強引に晶の頭を下げさせ、晶の小さな額をペロリとひと舐めした。

「こういうやつです」
「え? ああ」
 親愛の毛繕いだ。確かに覚えがあるけれど、求められてするものだったっけ。
「早くそれやってください」
 横たわったまま前脚で土をぐいっと押して、上体を更に晶へ寄せる。押された晶は煉瓦からずり落ちそうになって踏ん張った。山猫の後頭部が顔にくっついているぐらい近い。ヒゲも歪んでしまっている。晶は戸惑いつつも、ミスラの耳と耳の間をそっと舐めた。途端にぱたりと耳が倒れたのが少しだけ面白い。ざらりと舌が毛並みを感じる。二、三舐めて晶は煉瓦から立ち上がった。更に体重がかかってこれ以上は支えきれない。
「はい、舐めましたよ」
 もたれかかっていた晶がいなくなって、ミスラは煉瓦を飛び越えて花壇の中へころりと落ちた。山猫の体を受け止めてローズマリーの香りがふわりと立ち上がる。ミスラは器用に晶の方へ転がって煉瓦を飛び越えた。晶の揃えた前脚へ長い前脚を絡ませ再びくっつく。

「こういうやつです」 「え? ああ」  親愛の毛繕いだ。確かに覚えがあるけれど、求められてするものだったっけ。 「早くそれやってください」  横たわったまま前脚で土をぐいっと押して、上体を更に晶へ寄せる。押された晶は煉瓦からずり落ちそうになって踏ん張った。山猫の後頭部が顔にくっついているぐらい近い。ヒゲも歪んでしまっている。晶は戸惑いつつも、ミスラの耳と耳の間をそっと舐めた。途端にぱたりと耳が倒れたのが少しだけ面白い。ざらりと舌が毛並みを感じる。二、三舐めて晶は煉瓦から立ち上がった。更に体重がかかってこれ以上は支えきれない。 「はい、舐めましたよ」  もたれかかっていた晶がいなくなって、ミスラは煉瓦を飛び越えて花壇の中へころりと落ちた。山猫の体を受け止めてローズマリーの香りがふわりと立ち上がる。ミスラは器用に晶の方へ転がって煉瓦を飛び越えた。晶の揃えた前脚へ長い前脚を絡ませ再びくっつく。

「もっとです。もっとしてください」
「えええ?」
 仕方なしに晶は首を下げ再び額を舐めてやる。先程のローズマリーの香りと、やっぱり水の匂いがした。山猫はごろごろと喉を鳴らし、上機嫌に目を細める。晶が止めると頭を持ち上げて晶の鼻先へ強引に持ってきた。ペロペロペロペロ。ミスラの額がベトベトになって、さすがに満足かと晶が立ち去ろうとする。するとミスラは素早く起き上がり、晶の眼前で再びごろりと転がった。長い体に行く手を阻まれ、晶は眉を下げた。美しい猫が期待で晶を見上げている。
「もっとです」
「もっと?」
 なんだか変な風に気に入られてしまったみたい。喧嘩よりはずっといいかな。晶は困惑しつつ、ねだられるまま舌を伸ばした。
 
 
 

「もっとです。もっとしてください」 「えええ?」  仕方なしに晶は首を下げ再び額を舐めてやる。先程のローズマリーの香りと、やっぱり水の匂いがした。山猫はごろごろと喉を鳴らし、上機嫌に目を細める。晶が止めると頭を持ち上げて晶の鼻先へ強引に持ってきた。ペロペロペロペロ。ミスラの額がベトベトになって、さすがに満足かと晶が立ち去ろうとする。するとミスラは素早く起き上がり、晶の眼前で再びごろりと転がった。長い体に行く手を阻まれ、晶は眉を下げた。美しい猫が期待で晶を見上げている。 「もっとです」 「もっと?」  なんだか変な風に気に入られてしまったみたい。喧嘩よりはずっといいかな。晶は困惑しつつ、ねだられるまま舌を伸ばした。      

 ファウストは首を傾げた。飼い猫の一匹の吐き出した毛玉が近頃赤いのだ。健康管理の為に確認して一瞬血が混じっているようにも見えた時は肝が冷えた。吐き出した猫は大きくも小さくもない体躯に夜空色の毛並みで短毛、この家には毛足が長くて燃える色の猫は居ない。
 引きこもりのファウストでも春の訪れを予感させる日和に誘われ、窓辺から外を覗いたある日。針葉樹の枝葉の間から黄色い陽射しが辺りへ降り注ぎ、猫も思い思いのまま陽だまりに寝転んでいる中。森の入り口付近で件の猫はいた。珍しく森から出てきた山猫が豊かな赤い被毛を晒し微睡んでいる。その猫の額をファウストの飼い猫晶が一生懸命に舐めていた。
(なるほど。仲が良い山猫が出来たのか)
 晶は最近この家に迷い込んだ猫だ。先住猫と大きな喧嘩もせず受け入れてもらったようだが、常に寄り添うような特別親しい相手はまだ居なかった。もちろん先住猫の間にはすでに猫同士の関係性が築かれている。その中へ無理に入るような性格でも無かったらしい。そんな晶が外へ持ち出した蹴りぐるみを壊し、申し訳なさそうにファウストへ見せてきた記憶はまだ新しい。新しい環境にストレ

 ファウストは首を傾げた。飼い猫の一匹の吐き出した毛玉が近頃赤いのだ。健康管理の為に確認して一瞬血が混じっているようにも見えた時は肝が冷えた。吐き出した猫は大きくも小さくもない体躯に夜空色の毛並みで短毛、この家には毛足が長くて燃える色の猫は居ない。  引きこもりのファウストでも春の訪れを予感させる日和に誘われ、窓辺から外を覗いたある日。針葉樹の枝葉の間から黄色い陽射しが辺りへ降り注ぎ、猫も思い思いのまま陽だまりに寝転んでいる中。森の入り口付近で件の猫はいた。珍しく森から出てきた山猫が豊かな赤い被毛を晒し微睡んでいる。その猫の額をファウストの飼い猫晶が一生懸命に舐めていた。 (なるほど。仲が良い山猫が出来たのか)  晶は最近この家に迷い込んだ猫だ。先住猫と大きな喧嘩もせず受け入れてもらったようだが、常に寄り添うような特別親しい相手はまだ居なかった。もちろん先住猫の間にはすでに猫同士の関係性が築かれている。その中へ無理に入るような性格でも無かったらしい。そんな晶が外へ持ち出した蹴りぐるみを壊し、申し訳なさそうにファウストへ見せてきた記憶はまだ新しい。新しい環境にストレ

(2/3)

18.01.2025 16:35 — 👍 3    🔁 0    💬 1    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。
以下は本文の内容です。

 晶は前に二本脚、後ろに二本脚の計四本脚、尻尾は真っ直ぐに伸び夜空色の毛が少しだけ跳ねた猫である。迷い込んだ家のあるじファウストに飯と寝床を貰い日々を過ごしていた。彼の住まいは人里離れた深い山の奥地、森の中にぽっかりと開いた明るい空間にあった。ささやかな家には絶えず火が焚かれた暖炉があり温かく、露を含んだ草木の香りに包まれて清潔だった。
 そしてファウストは無類の猫好きの魔法使いであった。晶の他にも家のあちこちに猫が住み暮らし、しかし気の優しい猫が多い為に新入りの晶だが比較的窮屈な思いもせずにいる。そして家を囲む森はいにしえの時が流れ、気難しい山猫も数多くいた。彼らは本当に気まぐれに、時折この家の近くまでやってくる。ミスラもそのうちの一匹だ。
「ねえ、晶。俺と喧嘩しましょうよ」
 ファウストお手製の人参を模したぬいぐるみを山猫は前脚の太くて鋭い爪でがっつりと掴み、後ろ脚で激しく蹴り蹴りしながら晶を見上げていた。沢山の落ち葉が積み重なってふっかりとした腐葉土の上で、土汚れも厭わず転がり続ける。山猫の被毛は紅葉して燃える山の色に似て美しく、まるで雨に濡れた葉よりも透

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。 以下は本文の内容です。  晶は前に二本脚、後ろに二本脚の計四本脚、尻尾は真っ直ぐに伸び夜空色の毛が少しだけ跳ねた猫である。迷い込んだ家のあるじファウストに飯と寝床を貰い日々を過ごしていた。彼の住まいは人里離れた深い山の奥地、森の中にぽっかりと開いた明るい空間にあった。ささやかな家には絶えず火が焚かれた暖炉があり温かく、露を含んだ草木の香りに包まれて清潔だった。  そしてファウストは無類の猫好きの魔法使いであった。晶の他にも家のあちこちに猫が住み暮らし、しかし気の優しい猫が多い為に新入りの晶だが比較的窮屈な思いもせずにいる。そして家を囲む森はいにしえの時が流れ、気難しい山猫も数多くいた。彼らは本当に気まぐれに、時折この家の近くまでやってくる。ミスラもそのうちの一匹だ。 「ねえ、晶。俺と喧嘩しましょうよ」  ファウストお手製の人参を模したぬいぐるみを山猫は前脚の太くて鋭い爪でがっつりと掴み、後ろ脚で激しく蹴り蹴りしながら晶を見上げていた。沢山の落ち葉が積み重なってふっかりとした腐葉土の上で、土汚れも厭わず転がり続ける。山猫の被毛は紅葉して燃える山の色に似て美しく、まるで雨に濡れた葉よりも透

き通った瞳を持っていた。その瞳が興味津々に晶を見ている。それから掴んでいた蹴りぐるみへ牙をがぶりと深く食い込ませ、首を捻っただけでいとも容易く引きちぎった。白い綿が溢れて、ミスラはもう用はないとぷっと吐き出す。晶はぶるりと首を振った。ファウストが首に巻いてくれた白い首輪も合わせて揺れる。
「喧嘩は遠慮しときます」
 晶は見るも無惨になった蹴りぐるみを凝視しながら断った。晶がこの姿になるのは想像に容易い。
「俺は喧嘩したいです」
「俺はすぐ負けちゃってつまらないと思うので、他の猫をあたってください」
 晶が断ってもミスラの瞳は逸らされず好戦的に見つめてくる。もこもこの腹を見せ、だらしなく横たわっているもすぐに飛び掛かかれる準備があった。
「確かにあなた見るからに弱そうですけど、ブラッドリーが結構肝があるぜって言ってたんですよ」
 晶は困惑に三角の耳を横に倒した。この一回り大きな山猫にここ数日絡まれているのはブラッドリーが変な風に言いふらしたからか。ブラッドリーというのは

き通った瞳を持っていた。その瞳が興味津々に晶を見ている。それから掴んでいた蹴りぐるみへ牙をがぶりと深く食い込ませ、首を捻っただけでいとも容易く引きちぎった。白い綿が溢れて、ミスラはもう用はないとぷっと吐き出す。晶はぶるりと首を振った。ファウストが首に巻いてくれた白い首輪も合わせて揺れる。 「喧嘩は遠慮しときます」  晶は見るも無惨になった蹴りぐるみを凝視しながら断った。晶がこの姿になるのは想像に容易い。 「俺は喧嘩したいです」 「俺はすぐ負けちゃってつまらないと思うので、他の猫をあたってください」  晶が断ってもミスラの瞳は逸らされず好戦的に見つめてくる。もこもこの腹を見せ、だらしなく横たわっているもすぐに飛び掛かかれる準備があった。 「確かにあなた見るからに弱そうですけど、ブラッドリーが結構肝があるぜって言ってたんですよ」  晶は困惑に三角の耳を横に倒した。この一回り大きな山猫にここ数日絡まれているのはブラッドリーが変な風に言いふらしたからか。ブラッドリーというのは

ミスラと同じ山猫だ。山一つか二つ向こうを縄張りにしていて、時折ファウストの食糧を盗んでいく。ファウストがそれを赦していることを知らずに、かの猫の犯行へ声を掛けたのはしばらく前のことだっけ。まさかこんなことになるとはと森の方を見るも、木々の合間に黒と銀色のぶちの山猫の姿は見えなかった。
 晶は緑の布とオレンジ色の布の間で綺麗に真っ二つ、縫い糸と白い綿を剥き出しにしたおもちゃへ視線を移した。まだここにきて日が浅い晶が外で息をつきたくて持ち出したおもちゃだった。開口一番に楽しそうですね貸してくださいと奪われて、壊されてしまった。ファウストが作ったおもちゃはまだ沢山あるし、たぶんおもちゃを壊しても頭を撫でてくれる人だけれど、なんとなく晶にも責任がある気がする。あるじに謝らないといけない。晶は真っ直ぐに伸びた尻尾をたらりと垂らし眉を下げ、山猫の尻尾がふさふさと左右に揺れているのを眺めた。
「さあ、早く喧嘩しましょう」
「……俺はミスラと喧嘩しないで仲良くしたいです」
 見上げるミスラの額へ晶はペロペロと舐めた。舌先に艶めいた被毛と頭蓋骨の気配を感じ、近づいた鼻先に苔むした水の匂いが触れた。この山猫の普段の寝床

ミスラと同じ山猫だ。山一つか二つ向こうを縄張りにしていて、時折ファウストの食糧を盗んでいく。ファウストがそれを赦していることを知らずに、かの猫の犯行へ声を掛けたのはしばらく前のことだっけ。まさかこんなことになるとはと森の方を見るも、木々の合間に黒と銀色のぶちの山猫の姿は見えなかった。  晶は緑の布とオレンジ色の布の間で綺麗に真っ二つ、縫い糸と白い綿を剥き出しにしたおもちゃへ視線を移した。まだここにきて日が浅い晶が外で息をつきたくて持ち出したおもちゃだった。開口一番に楽しそうですね貸してくださいと奪われて、壊されてしまった。ファウストが作ったおもちゃはまだ沢山あるし、たぶんおもちゃを壊しても頭を撫でてくれる人だけれど、なんとなく晶にも責任がある気がする。あるじに謝らないといけない。晶は真っ直ぐに伸びた尻尾をたらりと垂らし眉を下げ、山猫の尻尾がふさふさと左右に揺れているのを眺めた。 「さあ、早く喧嘩しましょう」 「……俺はミスラと喧嘩しないで仲良くしたいです」  見上げるミスラの額へ晶はペロペロと舐めた。舌先に艶めいた被毛と頭蓋骨の気配を感じ、近づいた鼻先に苔むした水の匂いが触れた。この山猫の普段の寝床

は水辺の近くなのかもしれない。これでどうにか彼を宥められただろうか。晶が顔を覗き込むと、ミスラの瞳がまんまるの満月みたいになっていた。ふさふさで太い尻尾までぴんと硬直して、毛が逆立っている。
「ミスラ?」
 晶が顔を覗き込んでも、ミスラは晶を凝視したままだ。夜明けの色とファウストが評した晶の瞳と、ミスラの深緑の瞳が見つめ合う。晶はぱちぱちと瞬きした。やがて山猫はのっそりと起き上がった。そのまま飛びかかられるのかと晶は全身を硬直させ、ぎゅっと目を閉じる。しかしいつまで経っても衝撃は訪れず。恐る恐る開いた視界にはすでに彼の後ろ姿が映っていた。どうも喧嘩はやめにしたらしい。そのまま森の中へゆっくりと戻っていく。
(もう諦めたのかな……?)
 晶はほっと胸を撫で下ろす。折よく家のドアが開く音がした。それからファウストの呼ぶ声。ちょうど飯時だ。彼が用意する一皿はとても美味しい。外で遊んでいた他の飼い猫たちもどこからともなく現れ、軽やかな足取りで家に戻っていく。落ちる夕陽が木の幹の合間から差し込み、金色の光が下草を照らす。晶は縫

は水辺の近くなのかもしれない。これでどうにか彼を宥められただろうか。晶が顔を覗き込むと、ミスラの瞳がまんまるの満月みたいになっていた。ふさふさで太い尻尾までぴんと硬直して、毛が逆立っている。 「ミスラ?」  晶が顔を覗き込んでも、ミスラは晶を凝視したままだ。夜明けの色とファウストが評した晶の瞳と、ミスラの深緑の瞳が見つめ合う。晶はぱちぱちと瞬きした。やがて山猫はのっそりと起き上がった。そのまま飛びかかられるのかと晶は全身を硬直させ、ぎゅっと目を閉じる。しかしいつまで経っても衝撃は訪れず。恐る恐る開いた視界にはすでに彼の後ろ姿が映っていた。どうも喧嘩はやめにしたらしい。そのまま森の中へゆっくりと戻っていく。 (もう諦めたのかな……?)  晶はほっと胸を撫で下ろす。折よく家のドアが開く音がした。それからファウストの呼ぶ声。ちょうど飯時だ。彼が用意する一皿はとても美味しい。外で遊んでいた他の飼い猫たちもどこからともなく現れ、軽やかな足取りで家に戻っていく。落ちる夕陽が木の幹の合間から差し込み、金色の光が下草を照らす。晶は縫

お題: 晶くんにおねだりするみすらさん
※四つ脚の猫パロ
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18.01.2025 16:35 — 👍 10    🔁 0    💬 1    📌 0
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です」
 ケーキを? 晶は小首を傾げたけれど、ミスラの願いは晶の為のものだ。素直に礼を告げる。彼の応える声が穏やかに響いた。
 ある日のキッチンでの出来事だった。

です」  ケーキを? 晶は小首を傾げたけれど、ミスラの願いは晶の為のものだ。素直に礼を告げる。彼の応える声が穏やかに響いた。  ある日のキッチンでの出来事だった。

(3/3)

06.01.2025 14:50 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0
手首の痛みは昨晩溜めていた数日分の賢者の書の筆記で作ってしまった腱鞘炎だ。その日の任務で相乗りした魔法使いの箒の柄を必死に握っていた筋肉疲労へ追い討ちを掛けてしまったらしい。今朝早々にフィガロへ診せ、治癒魔法は無しに湿布薬をただ貼って貰った。働きすぎの晶へ体が痛みで知らせる限界を無視しないよう、この機にもう少し休息するようにとの意味も込めてだ。その為にまだ時々重い物を持ったりすると痛みがぶり返す。自己管理が至らなかっただけ、だと晶は思うのだが、目の前の魔法使いがやたら気遣い、ケーキ作りまで手伝うと言い張ったのには驚いた。しかもこのケーキは昨日の任務に付き合ってくれたオーエンへの礼。ミスラには関係無いのに。オーブンから甘い粉の匂いが漂い始め、晶は再び作業台へ足を戻す。
 水で軽く洗った果物を磨き、ペティナイフを持つ。隣から続くカシャカシャという音を心地よく思いながら、アップルマーメイドへ刃を入れた。彩り用に赤い皮を残し薄くスライス。ルージュベリーは縦に半分にすると鮮やかなハートが現れる。雪解けチョコチップはいつの間にか常温に溶けて自ずとソースになっていた。パイレーツチェリーをディップして、半分チョココーティングしてしまう。

手首の痛みは昨晩溜めていた数日分の賢者の書の筆記で作ってしまった腱鞘炎だ。その日の任務で相乗りした魔法使いの箒の柄を必死に握っていた筋肉疲労へ追い討ちを掛けてしまったらしい。今朝早々にフィガロへ診せ、治癒魔法は無しに湿布薬をただ貼って貰った。働きすぎの晶へ体が痛みで知らせる限界を無視しないよう、この機にもう少し休息するようにとの意味も込めてだ。その為にまだ時々重い物を持ったりすると痛みがぶり返す。自己管理が至らなかっただけ、だと晶は思うのだが、目の前の魔法使いがやたら気遣い、ケーキ作りまで手伝うと言い張ったのには驚いた。しかもこのケーキは昨日の任務に付き合ってくれたオーエンへの礼。ミスラには関係無いのに。オーブンから甘い粉の匂いが漂い始め、晶は再び作業台へ足を戻す。  水で軽く洗った果物を磨き、ペティナイフを持つ。隣から続くカシャカシャという音を心地よく思いながら、アップルマーメイドへ刃を入れた。彩り用に赤い皮を残し薄くスライス。ルージュベリーは縦に半分にすると鮮やかなハートが現れる。雪解けチョコチップはいつの間にか常温に溶けて自ずとソースになっていた。パイレーツチェリーをディップして、半分チョココーティングしてしまう。

バットに並んだ果物へ明るい午後の陽光が窓辺から降り注ぎ、きらきらと瑞々しさを誇っていた。ちょうど同じタイミングで隣の物音も止んだ。
「賢者様、どうですか?」
 ミスラの手元を覗き込むまでもなく、見事に切り立つ白い山の峰が出来上がっていた。つんつんと泡立て器でツノをいくつも作ってみせる。
「すごい、完璧です!」
 自然と晶の笑顔が溢れた。ミスラは胸を張り、ふふんと鼻息までこぼす。
「これぐらい、お安い御用です」
 晶の褒め言葉にいかにも嬉しそうにするミスラを目の当たりにすると、晶の胸の辺りもくすぐったくてたまらなくなる。なんてかわいい人なんだろうなんて、内心何度も思っていることを彼は知らない。晶はふやける頬を手の甲で擦った。指に染み込んだ甘酸っぱい香りがますます胸の内をくすぐる。
 折よくオーブンのタイマーが鳴った。両手にミトンを装着し、早速扉を開ける。甘い香気が熱気と共にわっと広がった。
「大成功だ! ちゃんと膨らんでますよ」

バットに並んだ果物へ明るい午後の陽光が窓辺から降り注ぎ、きらきらと瑞々しさを誇っていた。ちょうど同じタイミングで隣の物音も止んだ。 「賢者様、どうですか?」  ミスラの手元を覗き込むまでもなく、見事に切り立つ白い山の峰が出来上がっていた。つんつんと泡立て器でツノをいくつも作ってみせる。 「すごい、完璧です!」  自然と晶の笑顔が溢れた。ミスラは胸を張り、ふふんと鼻息までこぼす。 「これぐらい、お安い御用です」  晶の褒め言葉にいかにも嬉しそうにするミスラを目の当たりにすると、晶の胸の辺りもくすぐったくてたまらなくなる。なんてかわいい人なんだろうなんて、内心何度も思っていることを彼は知らない。晶はふやける頬を手の甲で擦った。指に染み込んだ甘酸っぱい香りがますます胸の内をくすぐる。  折よくオーブンのタイマーが鳴った。両手にミトンを装着し、早速扉を開ける。甘い香気が熱気と共にわっと広がった。 「大成功だ! ちゃんと膨らんでますよ」

 中央へ穴が空いている特徴的なシフォンの金型から、優しい黄金色がふっくらと持ち上がり、見るからにふわふわと柔らかそう。
「ミスラがメレンゲをよく泡立ててくれたから。さすがですね!」
「まあね。じゃあ早速食べますか。オーエンの分だけ残しておけばいいでしょう」
 食欲をそそる香気にミスラは勇み足、熱いシフォン型に手を伸ばす。晶は慌ててその間へ割って入った。急ぎひっくり返し、その状態で眼前にあったマグカップの上に乗せる。これで型から外れやすくなる。
「まだです! 粗熱を取って馴染ませないといけません。ミスラが泡立ててくれた生クリームと果物はひとまず氷で冷やしておきましょう」
「まだ食べられないんですか?」
 眉間に皺を寄せ不機嫌さも露わにした食いしん坊の口元へ、晶は大胆にも果物の余りを摘んで素早く寄せた。ミスラは雛鳥みたいに反射で口を開け、ぱくりと齧る。サクサク、もぐもぐ。晶は朗らかに笑った。
「もちろんミスラの分も用意しますよ。一番美味しい状態で食べてもらいたいので、もう少し待っててください」

 中央へ穴が空いている特徴的なシフォンの金型から、優しい黄金色がふっくらと持ち上がり、見るからにふわふわと柔らかそう。 「ミスラがメレンゲをよく泡立ててくれたから。さすがですね!」 「まあね。じゃあ早速食べますか。オーエンの分だけ残しておけばいいでしょう」  食欲をそそる香気にミスラは勇み足、熱いシフォン型に手を伸ばす。晶は慌ててその間へ割って入った。急ぎひっくり返し、その状態で眼前にあったマグカップの上に乗せる。これで型から外れやすくなる。 「まだです! 粗熱を取って馴染ませないといけません。ミスラが泡立ててくれた生クリームと果物はひとまず氷で冷やしておきましょう」 「まだ食べられないんですか?」  眉間に皺を寄せ不機嫌さも露わにした食いしん坊の口元へ、晶は大胆にも果物の余りを摘んで素早く寄せた。ミスラは雛鳥みたいに反射で口を開け、ぱくりと齧る。サクサク、もぐもぐ。晶は朗らかに笑った。 「もちろんミスラの分も用意しますよ。一番美味しい状態で食べてもらいたいので、もう少し待っててください」

「……仕方ありませんね。では待つことにします」
 長身をゆらりと折り、手繰り寄せたスツールへミスラは気怠げに座り込んだ。晶はほっと一息、洗い物に移る。連なる窓の向こうはうららかな天気で、庭木の緑から差し込む光に跳ねる水の飛沫さえも美しかった。お裾分けするみたいに、今日任務に出ている魔法使いも天候に恵まれていますようにと思った。粉汚れが目立つ作業台も綺麗に拭き上げても、ミスラは腕を組んで静かに目を閉じていた。
「……ミスラ、お手伝いありがとうございました。俺の手首の痛みのこと気遣ってくれて」
「……別にいいんですよ。それに興味もありましたから」
「興味?」
 布巾を水たらいの中でゆすって濯ぎ、ぎゅっと水気を絞ってから所定のレールへ広げる。晶が振り返るとミスラの瞳は晶へ向けられていた。開いた眼差しへエメラルドがちかりと瞬き、しかしすぐに逸らされ、晶は彼の白い頬を眺めるだけになる。薄い唇がぽつりと開く。
「……ただ。あなたがケーキを求めた時に、すぐに作れたらいいなと思っただけ

「……仕方ありませんね。では待つことにします」  長身をゆらりと折り、手繰り寄せたスツールへミスラは気怠げに座り込んだ。晶はほっと一息、洗い物に移る。連なる窓の向こうはうららかな天気で、庭木の緑から差し込む光に跳ねる水の飛沫さえも美しかった。お裾分けするみたいに、今日任務に出ている魔法使いも天候に恵まれていますようにと思った。粉汚れが目立つ作業台も綺麗に拭き上げても、ミスラは腕を組んで静かに目を閉じていた。 「……ミスラ、お手伝いありがとうございました。俺の手首の痛みのこと気遣ってくれて」 「……別にいいんですよ。それに興味もありましたから」 「興味?」  布巾を水たらいの中でゆすって濯ぎ、ぎゅっと水気を絞ってから所定のレールへ広げる。晶が振り返るとミスラの瞳は晶へ向けられていた。開いた眼差しへエメラルドがちかりと瞬き、しかしすぐに逸らされ、晶は彼の白い頬を眺めるだけになる。薄い唇がぽつりと開く。 「……ただ。あなたがケーキを求めた時に、すぐに作れたらいいなと思っただけ

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06.01.2025 14:50 — 👍 2    🔁 0    💬 1    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。
以下は本文の内容です。

 無色透明だった卵白と砂糖が彼の手の中で徐々に泡立ち、空気を含んで白くなる。休み無く動き続ける腕、初めはいかにも怠そうでやる気が無かったのだが、手を動かし続けるうちに無心になっていったのだろう。横顔の伏せたまつ毛の長さに何度目かしれない感嘆を抱き、晶は己の手元へ視線を戻す。手間がかかるメレンゲ作りはミスラに任せ、分けておいた卵黄とエバーミルク、植物油を混ぜ合わせ、そこへ銀河麦の粉をふるいに掛けながら投入した。メレンゲはかき混ぜすぎると離水してしまうから、ミスラの動き続ける手元をちらちらと眺め、泡がきめ細かくなりしっかりとツノが立ったのを見計らった。ミスラからメレンゲを譲り受け、晶は手元のボウルへさっくりと含んだ空気を潰さぬように混ぜ合わせる。そしてバターをたっぷり塗った銅板の型へ流し入れた。持ち上げたボウルが重たくてふらついた晶の腕。それに気づいたミスラは自ずとボウルを支え、生地は無事三つの型へ収まった。晶は型をそれぞれとんとんと作業台へ落とし底の気泡を抜き、あらかじめ温めていたオーブンへ手際よく納めた。魔法科学道具であるオーブンに稼働の魔方陣が浮かび上がる。
 晶はふうと息をつく。ケーキ作りは何度もやっているけれど、成功するかどう

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。 以下は本文の内容です。  無色透明だった卵白と砂糖が彼の手の中で徐々に泡立ち、空気を含んで白くなる。休み無く動き続ける腕、初めはいかにも怠そうでやる気が無かったのだが、手を動かし続けるうちに無心になっていったのだろう。横顔の伏せたまつ毛の長さに何度目かしれない感嘆を抱き、晶は己の手元へ視線を戻す。手間がかかるメレンゲ作りはミスラに任せ、分けておいた卵黄とエバーミルク、植物油を混ぜ合わせ、そこへ銀河麦の粉をふるいに掛けながら投入した。メレンゲはかき混ぜすぎると離水してしまうから、ミスラの動き続ける手元をちらちらと眺め、泡がきめ細かくなりしっかりとツノが立ったのを見計らった。ミスラからメレンゲを譲り受け、晶は手元のボウルへさっくりと含んだ空気を潰さぬように混ぜ合わせる。そしてバターをたっぷり塗った銅板の型へ流し入れた。持ち上げたボウルが重たくてふらついた晶の腕。それに気づいたミスラは自ずとボウルを支え、生地は無事三つの型へ収まった。晶は型をそれぞれとんとんと作業台へ落とし底の気泡を抜き、あらかじめ温めていたオーブンへ手際よく納めた。魔法科学道具であるオーブンに稼働の魔方陣が浮かび上がる。  晶はふうと息をつく。ケーキ作りは何度もやっているけれど、成功するかどう

か、まず焼き上がらないことには確かめようがないのだ。晶は隣に立つミスラを見上げた。彼もちょうど晶を見ていた。
「今度は何すればいいんですか?」
「うーんと……、では次は生クリームを混ぜていただいて……」
「また混ぜるんですか?」
 辟易した表情も隠さず、ミスラは溜息をついた。それならと晶が泡立て器を持つ。しかし横から大きな手に奪い取られて、冷たい生乳が入ったボウルも指を引っ掛け素早く滑らされた。晶はほんの少しだけ微笑んで、もう一回り大きなボウルへ半分ほど水を注ぐ。
「ミスラ、この中に氷を浮かべられますか?」
 ネロは調理に魔法を使わない主義だが、間接的に使うのなら構わないだろう。ミスラは片眉をあげる。それだけでいくつもの氷塊が音を立てて現れた。晶は彼の手元にあるボウルの下へ氷水入りのボウルを重ねる。
「冷やしながら混ぜてください。ツノが立つまで」
「また〝ツノ〟か」

か、まず焼き上がらないことには確かめようがないのだ。晶は隣に立つミスラを見上げた。彼もちょうど晶を見ていた。 「今度は何すればいいんですか?」 「うーんと……、では次は生クリームを混ぜていただいて……」 「また混ぜるんですか?」  辟易した表情も隠さず、ミスラは溜息をついた。それならと晶が泡立て器を持つ。しかし横から大きな手に奪い取られて、冷たい生乳が入ったボウルも指を引っ掛け素早く滑らされた。晶はほんの少しだけ微笑んで、もう一回り大きなボウルへ半分ほど水を注ぐ。 「ミスラ、この中に氷を浮かべられますか?」  ネロは調理に魔法を使わない主義だが、間接的に使うのなら構わないだろう。ミスラは片眉をあげる。それだけでいくつもの氷塊が音を立てて現れた。晶は彼の手元にあるボウルの下へ氷水入りのボウルを重ねる。 「冷やしながら混ぜてください。ツノが立つまで」 「また〝ツノ〟か」

 ミスラは今度こそ魔法を使いたがるかと思いきや、再び腕力でかき混ぜ始めた。千五百歳のうちに魔法を使わずに何か調理したことはあるのだろうか。彼の好物は肉で、単に焼くだけでも食べられないこともない。ふと尋ねると意外な回答が返ってきた。
「ケーキ作りってなんだか呪術や魔法薬作りと似てますね。繊細な工程が必要な物には魔法を使わずにという必須条件は多いです。十四夜、月光の下で延々と荒縄と魔物の毛を編み込み続けるとかね。面倒なんですよ」
 そう言いつつも、なんだか楽しそうな声色だ。カシャカシャと一定の速度で鳴らす泡立て器捌きも堂に入ってきて、捲った袖から伸びた腕の筋も力強い。ミスラは今までほとんど一人で生きていても、あれこれと工夫して呪術を極める工程には面白さを見出し、退屈ではなかったのかもしれない。興味に没頭している顔にはどこか少年の面影があり、晶は無意識のうち見惚れているのに気づいた。腰を曲げオーブンを覗き込んで誤魔化した。オレンジ色に染まる空間では、二人で混ぜ合わせた生地がふくふくと静かに沸き立っている。いい雰囲気だ。晶は窓辺の作業台から離れ、ストック棚から果物を物色する。ふわふわに仕上がる予定の

 ミスラは今度こそ魔法を使いたがるかと思いきや、再び腕力でかき混ぜ始めた。千五百歳のうちに魔法を使わずに何か調理したことはあるのだろうか。彼の好物は肉で、単に焼くだけでも食べられないこともない。ふと尋ねると意外な回答が返ってきた。 「ケーキ作りってなんだか呪術や魔法薬作りと似てますね。繊細な工程が必要な物には魔法を使わずにという必須条件は多いです。十四夜、月光の下で延々と荒縄と魔物の毛を編み込み続けるとかね。面倒なんですよ」  そう言いつつも、なんだか楽しそうな声色だ。カシャカシャと一定の速度で鳴らす泡立て器捌きも堂に入ってきて、捲った袖から伸びた腕の筋も力強い。ミスラは今までほとんど一人で生きていても、あれこれと工夫して呪術を極める工程には面白さを見出し、退屈ではなかったのかもしれない。興味に没頭している顔にはどこか少年の面影があり、晶は無意識のうち見惚れているのに気づいた。腰を曲げオーブンを覗き込んで誤魔化した。オレンジ色に染まる空間では、二人で混ぜ合わせた生地がふくふくと静かに沸き立っている。いい雰囲気だ。晶は窓辺の作業台から離れ、ストック棚から果物を物色する。ふわふわに仕上がる予定の

シフォンケーキに、添えるフルーツを用意したい。甘酸っぱいルージュベリーに、食感がいいマーメイドアップル、粒が大きくて弾けそうなパイレーツチェリーもある。貯蔵庫にはネロが使っていいと言っていた雪解けチョコチップもあったっけ、溶かしてシフォンケーキの飾りつけに使っても良い。あれもこれもと手にした籠に取り分けて、ずっしり重くなったそれを右手に持ち替えた時だった。
「いてて……」
 右手首へずきっと走った痛みに思わず声が漏れた。途端に手にしていた籠が浮かび上がり、晶は振り返る。ボウルを抱えてこちらを睨んでいるかのようなミスラと目が合った。籠はふわりと流れ、作業台へひとりでに着地した。
「あ、ありがとうございます。ミスラ」
 晶の礼にミスラは素っ気なく背中を向ける。
「……俺が手伝ってる意味ちゃんと分かってます?」
「はい」
 カシャカシャと静かに響く音に、晶は頬を緩ませた。心配を掛けているのに嬉しいなんて、男にあまり見せたくないからこっそり俯いて口角をあげた。この右

シフォンケーキに、添えるフルーツを用意したい。甘酸っぱいルージュベリーに、食感がいいマーメイドアップル、粒が大きくて弾けそうなパイレーツチェリーもある。貯蔵庫にはネロが使っていいと言っていた雪解けチョコチップもあったっけ、溶かしてシフォンケーキの飾りつけに使っても良い。あれもこれもと手にした籠に取り分けて、ずっしり重くなったそれを右手に持ち替えた時だった。 「いてて……」  右手首へずきっと走った痛みに思わず声が漏れた。途端に手にしていた籠が浮かび上がり、晶は振り返る。ボウルを抱えてこちらを睨んでいるかのようなミスラと目が合った。籠はふわりと流れ、作業台へひとりでに着地した。 「あ、ありがとうございます。ミスラ」  晶の礼にミスラは素っ気なく背中を向ける。 「……俺が手伝ってる意味ちゃんと分かってます?」 「はい」  カシャカシャと静かに響く音に、晶は頬を緩ませた。心配を掛けているのに嬉しいなんて、男にあまり見せたくないからこっそり俯いて口角をあげた。この右

ミス晶♂
お題: ケーキを二人でつくるみすあきくん
(1/3)

06.01.2025 14:50 — 👍 6    🔁 0    💬 1    📌 0
「もうすっかり砕きに砕いておるんじゃなかろうか?」
「面白いのう。長く生きているとこんなにも面白いことがある」
 あ、我ってもう幽霊だけど~! ホワイトの恒例の冗句にスノウの顔色がほんの少しだけ白くなった。それを目撃した弟子の眉間に皺が寄る。痴話喧嘩をするなら部屋に戻れと杖を構えそうになり、オズは再び己の厄災の傷を思い出した。

「もうすっかり砕きに砕いておるんじゃなかろうか?」 「面白いのう。長く生きているとこんなにも面白いことがある」  あ、我ってもう幽霊だけど~! ホワイトの恒例の冗句にスノウの顔色がほんの少しだけ白くなった。それを目撃した弟子の眉間に皺が寄る。痴話喧嘩をするなら部屋に戻れと杖を構えそうになり、オズは再び己の厄災の傷を思い出した。

(2/2)

30.12.2024 23:49 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。
以下は本文の内容です。

 軽快で高いキー音。左右からもたらされる喋り声は時々不気味なほど重なって頭の中を掻き回す。物心がついた頃からあれこれと世話を焼かれて、幾星霜。自身の城を持ってからは百年単位の交流だったかもしれないが、数奇な事に再び同じ屋根の下とあって、己の師は春の訪れに狂乱する小鳥の囀りに似て騒がしい。
「だからねー! オズちゃん聞いてる?」
 聞いている。聞かされていると言っても過言では無いが、それを伝えるべく唇を緩慢に開こうとして全く同じ声が真逆の耳へ貫く。
「オズは冷たいのう! 我らがこんなにも大変なのに」
 師といっても今ではその二つの唇を願うだけで縫いつけることも弟子には容易いが、あえてしないことに感謝されたし。魔王と謳われても、植え付けられた情のせいでどうにも師には敵わない。オズは垂らした闇色の髪を左右に揺らし、ティーカップへ熱い紅茶を注ぐ。暖炉の炎明かりを映した水面へ、シャイロックから勧められたブランデーを垂らした。香りが一層深く芳醇に漂い、オズの鼻先を温める。双子は勝手に得心して深く頷き合った。
「オズは昔からそうじゃ。知らぬ存ぜぬでのう」

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。 以下は本文の内容です。  軽快で高いキー音。左右からもたらされる喋り声は時々不気味なほど重なって頭の中を掻き回す。物心がついた頃からあれこれと世話を焼かれて、幾星霜。自身の城を持ってからは百年単位の交流だったかもしれないが、数奇な事に再び同じ屋根の下とあって、己の師は春の訪れに狂乱する小鳥の囀りに似て騒がしい。 「だからねー! オズちゃん聞いてる?」  聞いている。聞かされていると言っても過言では無いが、それを伝えるべく唇を緩慢に開こうとして全く同じ声が真逆の耳へ貫く。 「オズは冷たいのう! 我らがこんなにも大変なのに」  師といっても今ではその二つの唇を願うだけで縫いつけることも弟子には容易いが、あえてしないことに感謝されたし。魔王と謳われても、植え付けられた情のせいでどうにも師には敵わない。オズは垂らした闇色の髪を左右に揺らし、ティーカップへ熱い紅茶を注ぐ。暖炉の炎明かりを映した水面へ、シャイロックから勧められたブランデーを垂らした。香りが一層深く芳醇に漂い、オズの鼻先を温める。双子は勝手に得心して深く頷き合った。 「オズは昔からそうじゃ。知らぬ存ぜぬでのう」

「北の国の生徒たちに手を焼いている我らだとて、哀れだとは思わぬ」
「ひどいよ! オズちゃん!」
「そうじゃ! 我らのことよしよしして!」
 思わず半眼になった弟子へ双子はきゃらきゃらと声を上げて笑った。わざと甘えた素振りをしてふざけているのだ。この場に賢者が同席していれば、(ウザ絡みしてる……)なんて形容するかもしれないが、夜半も過ぎたオズの部屋には今、師と弟子の姿のみ。わざわざ自室に鎮座する絵画から影を伸ばし、寡黙な弟子の性格を利用して愚痴を聞かせている。今日は屋根を吹き飛ばしたのに魔法で直すのをサボられただとか、喧嘩の拍子に食堂の窓を全部割って料理人がカンカンになり更なる騒ぎだっただとか。北の国の生徒たちの飽くなき暴れん坊にはオズも辟易しているが、愚痴に共感はない。この狭い舎に世界で屈指の魔力を誇る魔法使いが粒揃いに揃って、何もないわけがないのだ。それは目の前の肘掛け椅子に腰掛ける双子だとて承知しているも、それを愉しみ、同時に腹立たしげに愚痴を撒き散らかす。全く七面倒なことをする双子の思考がオズには理解できなかった。
「……言いたいことを言い終えたのなら早く帰れ」

「北の国の生徒たちに手を焼いている我らだとて、哀れだとは思わぬ」 「ひどいよ! オズちゃん!」 「そうじゃ! 我らのことよしよしして!」  思わず半眼になった弟子へ双子はきゃらきゃらと声を上げて笑った。わざと甘えた素振りをしてふざけているのだ。この場に賢者が同席していれば、(ウザ絡みしてる……)なんて形容するかもしれないが、夜半も過ぎたオズの部屋には今、師と弟子の姿のみ。わざわざ自室に鎮座する絵画から影を伸ばし、寡黙な弟子の性格を利用して愚痴を聞かせている。今日は屋根を吹き飛ばしたのに魔法で直すのをサボられただとか、喧嘩の拍子に食堂の窓を全部割って料理人がカンカンになり更なる騒ぎだっただとか。北の国の生徒たちの飽くなき暴れん坊にはオズも辟易しているが、愚痴に共感はない。この狭い舎に世界で屈指の魔力を誇る魔法使いが粒揃いに揃って、何もないわけがないのだ。それは目の前の肘掛け椅子に腰掛ける双子だとて承知しているも、それを愉しみ、同時に腹立たしげに愚痴を撒き散らかす。全く七面倒なことをする双子の思考がオズには理解できなかった。 「……言いたいことを言い終えたのなら早く帰れ」

 そっけない弟子の返しに双子は小さな膝小僧を四つ揃え、脚をばたばたと揺らした。
「まだ言い足らないんじゃー!」
「もうちょっと聞いてくれたっていいじゃんー!」
 かしましさにオズの頭蓋がくわんと揺れた。
「うるさい。黙れ」
 強制的に魔法で自室へ飛ばしてしまいそうになって、厄災の傷を思い出した。同じ階だ、寝落ちた自分に嫌がらせしようと素早く戻った双子に何をしでかされるか――。突如、オズの意識へ魔力のさざなみがふっと過ぎった。高等魔法が発動され使役された精霊たちの反動と、魔法舎からふと消えた二つの気配。双子へ伝える前に、金色の瞳が四つ先回りして弟子を見つめていた。
「オズよ、邪魔をしてはならぬぞ」
「そうじゃ。邪魔をしてはならぬ」
「……邪魔とは」
 ホワイトが細い顎を引いてうんうんと頷いている。

 そっけない弟子の返しに双子は小さな膝小僧を四つ揃え、脚をばたばたと揺らした。 「まだ言い足らないんじゃー!」 「もうちょっと聞いてくれたっていいじゃんー!」  かしましさにオズの頭蓋がくわんと揺れた。 「うるさい。黙れ」  強制的に魔法で自室へ飛ばしてしまいそうになって、厄災の傷を思い出した。同じ階だ、寝落ちた自分に嫌がらせしようと素早く戻った双子に何をしでかされるか――。突如、オズの意識へ魔力のさざなみがふっと過ぎった。高等魔法が発動され使役された精霊たちの反動と、魔法舎からふと消えた二つの気配。双子へ伝える前に、金色の瞳が四つ先回りして弟子を見つめていた。 「オズよ、邪魔をしてはならぬぞ」 「そうじゃ。邪魔をしてはならぬ」 「……邪魔とは」  ホワイトが細い顎を引いてうんうんと頷いている。

「オズちゃんはこういうのには疎そうだもんね」
 スノウも棒切れのような腕を組みうんうんと相槌を打った。
「オズちゃんの不得意分野じゃ。我らが教えてやらねばなるまい」
 未だ幼子扱いに反射的に苛立ちが募る。
「ミスラが賢者を連れ立って何処かへ行ったことに、何か他の理由があるのか」
「理由っていうか、ね~?」
「あるような? ないような?」
 どういうことだと視線で訴えるも、師はわざとらしくやれやれと溜め息をついた。いかにも落胆しているとパフォーマンスする、そんなところは兄弟子フィガロにそっくりだ。オズの眉がひくりと動く。しかし見慣れきったはずの金色の瞳がまるで陽射しに微睡むが如くまろくなり、オズは虚をつかれた。
「『二人きり』になりたい時もあろうよ」
 ひどく優しい響きに、以前オズ自身がかの魔法使いへ向けた言葉が蘇った。
「ミスラは賢者へ心を砕き始めている……」
 独り言に似た呟きへ双子は老獪に笑う。

「オズちゃんはこういうのには疎そうだもんね」  スノウも棒切れのような腕を組みうんうんと相槌を打った。 「オズちゃんの不得意分野じゃ。我らが教えてやらねばなるまい」  未だ幼子扱いに反射的に苛立ちが募る。 「ミスラが賢者を連れ立って何処かへ行ったことに、何か他の理由があるのか」 「理由っていうか、ね~?」 「あるような? ないような?」  どういうことだと視線で訴えるも、師はわざとらしくやれやれと溜め息をついた。いかにも落胆しているとパフォーマンスする、そんなところは兄弟子フィガロにそっくりだ。オズの眉がひくりと動く。しかし見慣れきったはずの金色の瞳がまるで陽射しに微睡むが如くまろくなり、オズは虚をつかれた。 「『二人きり』になりたい時もあろうよ」  ひどく優しい響きに、以前オズ自身がかの魔法使いへ向けた言葉が蘇った。 「ミスラは賢者へ心を砕き始めている……」  独り言に似た呟きへ双子は老獪に笑う。

お題: みすあきくんがいないところでの、まほたちから匂ってくるみすあき
(1/2)

30.12.2024 23:49 — 👍 5    🔁 1    💬 1    📌 0
き物。庭木の落ち葉を左右に刺して、腕のつもりだろうか。赤い南天の実が二つ、目を模していた。頭上の三角耳がぴんと立ってミスラの言葉を待っている。そんな風に期待されては柄にもない言葉が吐いてしまう。
「……初めて作った割には上出来じゃないですか? でも持ったままだと溶けますよ」
「あっ、そうか」
 ミスラが腰掛ける縁側の板の上へ晶は慌ててそっと乗せる。甲斐甲斐しくミスラの世話をしてくるねこが主人の口に入れる為のもの以外に、初めて作った代物だ。ふと感慨深く思った。
 晶はミスラの為に生きている、そういう風に創られた生き物。籠の中の鳥のごとく扱っているつもりは無かったが、もっと色んな景色を見せてやりたくなった。雪が好きなら更に極寒の地へ赴いてもいい。天頂を埋め尽くすオーロラにはきっともっと感動する。
(でも……)
 胸のうちに仄暗く燃える独占欲が確かにある。――ねこが自身の〝食事〟の為

き物。庭木の落ち葉を左右に刺して、腕のつもりだろうか。赤い南天の実が二つ、目を模していた。頭上の三角耳がぴんと立ってミスラの言葉を待っている。そんな風に期待されては柄にもない言葉が吐いてしまう。 「……初めて作った割には上出来じゃないですか? でも持ったままだと溶けますよ」 「あっ、そうか」  ミスラが腰掛ける縁側の板の上へ晶は慌ててそっと乗せる。甲斐甲斐しくミスラの世話をしてくるねこが主人の口に入れる為のもの以外に、初めて作った代物だ。ふと感慨深く思った。  晶はミスラの為に生きている、そういう風に創られた生き物。籠の中の鳥のごとく扱っているつもりは無かったが、もっと色んな景色を見せてやりたくなった。雪が好きなら更に極寒の地へ赴いてもいい。天頂を埋め尽くすオーロラにはきっともっと感動する。 (でも……)  胸のうちに仄暗く燃える独占欲が確かにある。――ねこが自身の〝食事〟の為

に主人と共に居なくてはならなかったとしても。
 ミスラは前に立つ晶の指を取った。雪に濡れて指先は真っ赤になり、すでに氷のごとく冷たい。拭うように触れて、熱を与えるように長い指で包んだ。晶の三角耳がぱたりと倒れ、目尻へほのかに朱が差す。
「ミスラ」
 これだけで恥じらいを含んだ声を出してどうするのだろう。もっと深い事をしているのに。
 ミスラはゆっくりと立ち上がって、自分のねこを部屋へ誘う。
「これ以上は冷えますよ。中に入りましょう」
 こくりと頷く晶の頬の稜線が愛おしい。ミスラは眉尻を下げた。
(……好きだって自覚してからの方が苦しいって知らなかったな)
 薄灰色の曇天からちらちらと雪が降りてきていた。
 懐かしい雪景色は最近とうに見ていなかったのは晶が来てからだ。ひとつまた自分の変化に気づいて、ミスラは冷たい指を握る手に少し力を込めた。

に主人と共に居なくてはならなかったとしても。  ミスラは前に立つ晶の指を取った。雪に濡れて指先は真っ赤になり、すでに氷のごとく冷たい。拭うように触れて、熱を与えるように長い指で包んだ。晶の三角耳がぱたりと倒れ、目尻へほのかに朱が差す。 「ミスラ」  これだけで恥じらいを含んだ声を出してどうするのだろう。もっと深い事をしているのに。  ミスラはゆっくりと立ち上がって、自分のねこを部屋へ誘う。 「これ以上は冷えますよ。中に入りましょう」  こくりと頷く晶の頬の稜線が愛おしい。ミスラは眉尻を下げた。 (……好きだって自覚してからの方が苦しいって知らなかったな)  薄灰色の曇天からちらちらと雪が降りてきていた。  懐かしい雪景色は最近とうに見ていなかったのは晶が来てからだ。ひとつまた自分の変化に気づいて、ミスラは冷たい指を握る手に少し力を込めた。

(2/2)

30.12.2024 16:08 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。
以下は本文の内容です。

「雪だ!」
 飛び跳ねて駆け回る様はかの童謡の犬のようだけれど、彼は〝ねこ〟で二足歩行だ。まだ誰も踏み入れていない雪の原へ一目散に目指し、しかし辿り着いては恐る恐るといった雰囲気で下駄の足先を差し入れる。きゅっと縮まるような音がして、ねこはわっと声を上げた。縁側へ腰掛ける主人を振り返って満面の笑みを向ける。鼻先が赤い。
「ミスラ! 音が鳴りました! 雪ってこんな音がするんですね!」
「楽しそうで良かったですね」
「はい!」
 素直な返事。再びゆっくりと雪を踏みしめたり、手のひらに雪を掬ってみたりする様は普段よりも無邪気で、ミスラの目線がぼんやりと追う。同時に、ここへ連れて来たのは正解だったようだと思った。
 モデル業にも年末年始の休みはあった。今年は特にロングバケーションで、双子が晶と共に迎える初めての年越しだからと言って気を遣ったらしい。ミスラとしては特に何も考えては無かったが貰えるものは貰っておくことにした。普段な

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@cpmbs」と記載されています。 以下は本文の内容です。 「雪だ!」  飛び跳ねて駆け回る様はかの童謡の犬のようだけれど、彼は〝ねこ〟で二足歩行だ。まだ誰も踏み入れていない雪の原へ一目散に目指し、しかし辿り着いては恐る恐るといった雰囲気で下駄の足先を差し入れる。きゅっと縮まるような音がして、ねこはわっと声を上げた。縁側へ腰掛ける主人を振り返って満面の笑みを向ける。鼻先が赤い。 「ミスラ! 音が鳴りました! 雪ってこんな音がするんですね!」 「楽しそうで良かったですね」 「はい!」  素直な返事。再びゆっくりと雪を踏みしめたり、手のひらに雪を掬ってみたりする様は普段よりも無邪気で、ミスラの目線がぼんやりと追う。同時に、ここへ連れて来たのは正解だったようだと思った。  モデル業にも年末年始の休みはあった。今年は特にロングバケーションで、双子が晶と共に迎える初めての年越しだからと言って気を遣ったらしい。ミスラとしては特に何も考えては無かったが貰えるものは貰っておくことにした。普段な

ら暖かい海を望む南の島や諸外国へ渡ってしまって、人目を憚らず羽を伸ばす。いつもの如く旅行会社に適当に見繕ってもらおうとしてスマートフォンを手にしたミスラの隣、壁掛けのテレビに珍しく夢中のねこが視界に映った。普段はミスラへ傾いている耳を画面へ向けて、紫紺色の尻尾も直立不動だ。珍しく前のめりで見ているものがミスラも気になって、テレビへ顔を向けた。なんてこともない天気予報コーナーに映し出された、ただの雪景色。白く染まった藁葺き屋根が並ぶ景観にアナウンサーの声が乗っている。いずれ訪れる大型の寒気は都内にも雪を降らすとの知らせに、晶の三角耳ははたはたとそばだった。
「そんなに珍しいものですか?」
 ミスラの声に我に返った晶は照れた様子で隣へ意識を戻した。やっと主人の存在を思い出したらしい。膝に乗せたサクリフィキウムを手のひらで宥めつつ、自身の鼓動も落ち着かせているようだった。
「……はい。〝雪〟っていうものは知識としては知ってるんですけど、実際に見たことはないんです」
「そうなんですか」

ら暖かい海を望む南の島や諸外国へ渡ってしまって、人目を憚らず羽を伸ばす。いつもの如く旅行会社に適当に見繕ってもらおうとしてスマートフォンを手にしたミスラの隣、壁掛けのテレビに珍しく夢中のねこが視界に映った。普段はミスラへ傾いている耳を画面へ向けて、紫紺色の尻尾も直立不動だ。珍しく前のめりで見ているものがミスラも気になって、テレビへ顔を向けた。なんてこともない天気予報コーナーに映し出された、ただの雪景色。白く染まった藁葺き屋根が並ぶ景観にアナウンサーの声が乗っている。いずれ訪れる大型の寒気は都内にも雪を降らすとの知らせに、晶の三角耳ははたはたとそばだった。 「そんなに珍しいものですか?」  ミスラの声に我に返った晶は照れた様子で隣へ意識を戻した。やっと主人の存在を思い出したらしい。膝に乗せたサクリフィキウムを手のひらで宥めつつ、自身の鼓動も落ち着かせているようだった。 「……はい。〝雪〟っていうものは知識としては知ってるんですけど、実際に見たことはないんです」 「そうなんですか」

 晶は高級愛玩動物の〝ねこ〟だ。一目見た相手を主人だと刷り込む性質の為、産まれ育てられたラボは閉ざされた空間。主人が決まってからやっと外界を知る。ミスラはねこについて詳しくもないし、渡された取扱説明書も未だ読んではいない。ただ、なんとなく察するものはあった。人の機微に疎いとよく言われるミスラであっても。
「あの、年末にはこの辺りでも雪が降るかもしれないって今」
 憧れを映した丸い瞳のまま晶は液晶画面を指差す。ミスラはすでにコマーシャルへ移った画面をちらと見て、手元のスマートフォンを見下ろした。きらきらと輝いた顔がまだ網膜に残って、指先がうまく動かなかった。
 ロングバケーションの行き先を国内の豪雪地帯にある秘湯に決めたのは旅行会社の勧めだ。ごく限られた客層しか受け付けない旅館で全室離れ、内庭と源泉掛け流しの露天風呂付き。所詮有名人のミスラ自身にも都合がよかった。決してねこの為だけじゃない。そう言いたかったけれど、行き先を報告した双子にはわけ知り顔でにやにやと見つめられてミスラはそっぽを向くしか無かった。
 目の前の内庭は真っ白に染め上がり、もみじの赤も松の青も雪を丸く背負って

 晶は高級愛玩動物の〝ねこ〟だ。一目見た相手を主人だと刷り込む性質の為、産まれ育てられたラボは閉ざされた空間。主人が決まってからやっと外界を知る。ミスラはねこについて詳しくもないし、渡された取扱説明書も未だ読んではいない。ただ、なんとなく察するものはあった。人の機微に疎いとよく言われるミスラであっても。 「あの、年末にはこの辺りでも雪が降るかもしれないって今」  憧れを映した丸い瞳のまま晶は液晶画面を指差す。ミスラはすでにコマーシャルへ移った画面をちらと見て、手元のスマートフォンを見下ろした。きらきらと輝いた顔がまだ網膜に残って、指先がうまく動かなかった。  ロングバケーションの行き先を国内の豪雪地帯にある秘湯に決めたのは旅行会社の勧めだ。ごく限られた客層しか受け付けない旅館で全室離れ、内庭と源泉掛け流しの露天風呂付き。所詮有名人のミスラ自身にも都合がよかった。決してねこの為だけじゃない。そう言いたかったけれど、行き先を報告した双子にはわけ知り顔でにやにやと見つめられてミスラはそっぽを向くしか無かった。  目の前の内庭は真っ白に染め上がり、もみじの赤も松の青も雪を丸く背負って

色を隠し、その先には山間が覗く。ねこは庭石に高く積もった雪を集めて雪玉を作っていた。彼が着ているダウンコートはねこ専用の為、腰に開いた穴から尻尾がすらりと出て、ゆらゆら左右に揺れいかにもご機嫌そうだ。散策用の備品の下駄をつっかけた足元だけが少し寒々しい。頬を切るような寒さでも清らかな空気。呼吸と共に吐く白い息が視野に入って、ミスラは記憶の底にあった気配が浮かび上がるのを感じていた。
(久々に思い出すな……)
 ミスラは孤児で、自分が産まれ落ちた場所の名も知らず。ただ雪が降り積もる景色だけは覚えている。真っ白な辺り一面に、無数の雪粒が音も無く乱れ舞った視界。時々、真夜中に一人きりで居る時にその景色は浮かんだ。孤独という言葉にミスラは何も感情を感じない。好きでも嫌いでもない。でも、世界に一人きりという感覚は誰とも繋がっていない自由と、自分の枠を不意に失うようだとは思う。現実を映しながら虚空を見ていたミスラの視界へ影が覆った。
「ミスラ、見てください!」
 いつの間にか近づいた晶が両手を差し出した。その手には小さな雪だるまらし

色を隠し、その先には山間が覗く。ねこは庭石に高く積もった雪を集めて雪玉を作っていた。彼が着ているダウンコートはねこ専用の為、腰に開いた穴から尻尾がすらりと出て、ゆらゆら左右に揺れいかにもご機嫌そうだ。散策用の備品の下駄をつっかけた足元だけが少し寒々しい。頬を切るような寒さでも清らかな空気。呼吸と共に吐く白い息が視野に入って、ミスラは記憶の底にあった気配が浮かび上がるのを感じていた。 (久々に思い出すな……)  ミスラは孤児で、自分が産まれ落ちた場所の名も知らず。ただ雪が降り積もる景色だけは覚えている。真っ白な辺り一面に、無数の雪粒が音も無く乱れ舞った視界。時々、真夜中に一人きりで居る時にその景色は浮かんだ。孤独という言葉にミスラは何も感情を感じない。好きでも嫌いでもない。でも、世界に一人きりという感覚は誰とも繋がっていない自由と、自分の枠を不意に失うようだとは思う。現実を映しながら虚空を見ていたミスラの視界へ影が覆った。 「ミスラ、見てください!」  いつの間にか近づいた晶が両手を差し出した。その手には小さな雪だるまらし

お題:ねこの晶くん
年末年始のひととき
※今までのふんわり続きです
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30.12.2024 16:08 — 👍 4    🔁 0    💬 1    📌 0
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落書きまんがもやりたいけど、ひらめきはバカンスしてるな〜😀

29.12.2024 04:57 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

久々にまとまった休み取れてる年末年始…描きたくても余力がなくて歯痒かったのを巻き返すみたいに毎日打ち込んでる…

29.12.2024 04:55 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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ポストカードにはちょっとサイズ大きかったな…

11.12.2024 07:34 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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余暇…

11.12.2024 07:33 — 👍 10    🔁 0    💬 0    📌 0
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癒し🌸

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09.12.2024 12:29 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0

文庫メーカーさんがぶるすかに自動投稿出来るようになっててびっくりした…出来ている…

01.12.2024 13:55 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@usmgs」と記載されています。
以下は本文の内容です。

 甘さをはらむ声色で名を呼ばれ、晶は振り返った。空は暮れ、昼間の賑やかさは少し落ち着き、魔法舎はゆっくりと夜の静けさに包まれる。北の魔法使いの喧嘩も西の魔法使いのサプライズも今晩は予感もなく、晶は風呂上がりの湯気を纏いながら自室への階段を登ろうといったところだった。磨かれた手すりへ添えていた手に、大きな手のひらが重なる。振り返った矢先に白面が目の前にあって晶は面食らった。思わず微かに息を吐く。日頃ある身長差は階段のステップ違いで消え、ミスラの顔を真っ向からまともに浴びるのは心臓に悪い。彼の貌は美しい。普段は薄暗い寝具の中、夜の帳越しにはやっと見慣れるようになったものの。発光する二つの宝玉、左右に等しくカーブを描く整った眉からすうっと伸びた鼻筋、あわく緩んだ唇の山、無駄のない輪郭。鮮血の如く艶やかな赤毛。すらりと伸びた首に隆起した喉仏の影が、甘い響きと合わせて上下する。
「晶、」
 再び名を呼ばれて晶は視線を惑わせた。彼の顔でいっぱいの視界の隙間、内緒の恋人の他に魔法使いは居ない。しかし各々の自室がある居住エリアに誰かがふと姿を見せるのはおかしくなかった。今の二人の親密な距離感をとがめられては

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミス晶♂」、「@usmgs」と記載されています。 以下は本文の内容です。  甘さをはらむ声色で名を呼ばれ、晶は振り返った。空は暮れ、昼間の賑やかさは少し落ち着き、魔法舎はゆっくりと夜の静けさに包まれる。北の魔法使いの喧嘩も西の魔法使いのサプライズも今晩は予感もなく、晶は風呂上がりの湯気を纏いながら自室への階段を登ろうといったところだった。磨かれた手すりへ添えていた手に、大きな手のひらが重なる。振り返った矢先に白面が目の前にあって晶は面食らった。思わず微かに息を吐く。日頃ある身長差は階段のステップ違いで消え、ミスラの顔を真っ向からまともに浴びるのは心臓に悪い。彼の貌は美しい。普段は薄暗い寝具の中、夜の帳越しにはやっと見慣れるようになったものの。発光する二つの宝玉、左右に等しくカーブを描く整った眉からすうっと伸びた鼻筋、あわく緩んだ唇の山、無駄のない輪郭。鮮血の如く艶やかな赤毛。すらりと伸びた首に隆起した喉仏の影が、甘い響きと合わせて上下する。 「晶、」  再び名を呼ばれて晶は視線を惑わせた。彼の顔でいっぱいの視界の隙間、内緒の恋人の他に魔法使いは居ない。しかし各々の自室がある居住エリアに誰かがふと姿を見せるのはおかしくなかった。今の二人の親密な距離感をとがめられては

困る。晶が少しのけぞろうとすると、重ねられたままの手をやわく包まれる。強引に引き止めるような強さよりも、遠慮がちな優しさに動けなくなる。晶の名残りの水気が彼の手のひらの膚へじわりと吸い付く。
「っ、」
 ミスラの高い鼻先が晶から立ち上った匂いを追いかけて思い切り吸った。反射的に晶の肩が縮まる。晶は染まる頬を止められず、せめてと出来るだけ小声で静止を求めた。
「誰かに見られたら困ります」
「誰も居ませんよ。気配はありません」
 風呂上がりの匂いが辺りへ馴染んで消えていくのがもったいないと言わんばかりに、ミスラは晶の耳元の辺りで左右に深く吸った。触れずとも何故かくすぐったく、晶は更に肩をすぼめる。
「ミスラ」
 密やかな制止は秘め事の気配を醸し出す。深手を負いつつも暴れる獲物へ、爪を更に立てたくなるような気分が身のうちに這い上がってきて、ミスラは眼前に

困る。晶が少しのけぞろうとすると、重ねられたままの手をやわく包まれる。強引に引き止めるような強さよりも、遠慮がちな優しさに動けなくなる。晶の名残りの水気が彼の手のひらの膚へじわりと吸い付く。 「っ、」  ミスラの高い鼻先が晶から立ち上った匂いを追いかけて思い切り吸った。反射的に晶の肩が縮まる。晶は染まる頬を止められず、せめてと出来るだけ小声で静止を求めた。 「誰かに見られたら困ります」 「誰も居ませんよ。気配はありません」  風呂上がりの匂いが辺りへ馴染んで消えていくのがもったいないと言わんばかりに、ミスラは晶の耳元の辺りで左右に深く吸った。触れずとも何故かくすぐったく、晶は更に肩をすぼめる。 「ミスラ」  密やかな制止は秘め事の気配を醸し出す。深手を負いつつも暴れる獲物へ、爪を更に立てたくなるような気分が身のうちに這い上がってきて、ミスラは眼前に

ある上気した頬にかぶりつきたくなった。どれぐらいの弾力で唇や歯を跳ね返すのかも知っている。幾夜の記憶が蘇り、知らずと唾液が舌へ溜まった。ミスラの瞳の奥へ灯った熱に晶も気づく。眉尻が下がる。恋人にその気になられて嬉しくないわけがない。まだ、二人はつい最近想いを遂げあったばかりの蜜月だった。
 晶は俯く。
(こんなに止められなくて、どうしよう)
 今や両頬は林檎のように赤かった。風呂上がり由来ではない火照り、それから心臓の鼓動がとくとくとはやってくる。内側から色づいた耳へ男の唇が近づいて、吐息が掠った。鼻先に冷たい雪の匂いが触れて、その身を抱きしめて温めてしまいたい衝動が晶の内へ駆け巡る。
「晶、二人だけの場所に行きましょう?」
 懇願に似た囁き。見下ろした視界には晶のガウンの紐をそっと握った黒い爪。晶は小さく、確かに顎を引いた。
 その瞬間、二人の姿はまぼろしとなって消えていた。

ある上気した頬にかぶりつきたくなった。どれぐらいの弾力で唇や歯を跳ね返すのかも知っている。幾夜の記憶が蘇り、知らずと唾液が舌へ溜まった。ミスラの瞳の奥へ灯った熱に晶も気づく。眉尻が下がる。恋人にその気になられて嬉しくないわけがない。まだ、二人はつい最近想いを遂げあったばかりの蜜月だった。  晶は俯く。 (こんなに止められなくて、どうしよう)  今や両頬は林檎のように赤かった。風呂上がり由来ではない火照り、それから心臓の鼓動がとくとくとはやってくる。内側から色づいた耳へ男の唇が近づいて、吐息が掠った。鼻先に冷たい雪の匂いが触れて、その身を抱きしめて温めてしまいたい衝動が晶の内へ駆け巡る。 「晶、二人だけの場所に行きましょう?」  懇願に似た囁き。見下ろした視界には晶のガウンの紐をそっと握った黒い爪。晶は小さく、確かに顎を引いた。  その瞬間、二人の姿はまぼろしとなって消えていた。

ミス晶♂
蜜月

01.12.2024 22:52 — 👍 9    🔁 0    💬 0    📌 0
Post image 29.11.2024 06:31 — 👍 23    🔁 3    💬 0    📌 0
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なんだかすごく綺麗なお顔してるみすぬい

28.11.2024 11:15 — 👍 9    🔁 0    💬 0    📌 0
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(2/2)

26.11.2024 07:24 — 👍 25    🔁 2    💬 0    📌 0
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ミス晶♂
(1/2)

26.11.2024 07:24 — 👍 34    🔁 4    💬 1    📌 0

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