戦争遂行のために「正義」が大義名分として持ち出される。ビンラディンの殺害にあたって多くの無辜な人が殺された。しかし、政治家はいった。
「正義がなされた」(Justice has been done)
戦争遂行のために「正義」が大義名分として持ち出される。ビンラディンの殺害にあたって多くの無辜な人が殺された。しかし、政治家はいった。
「正義がなされた」(Justice has been done)
長崎に投下された原爆の爆圧観測する、観測用ゾンデの中に降伏勧告書が入っていた。その最後に次のように記されていた(林京子『祭りの場・ギャマン・ビードロ』)。
「日本国がただちに降伏しなければそのときは原爆の雨が怒りのうちにますます激しくなるであろう」
一体、誰の誰への怒りなのか。
「殆どの私たちには、なぜ怒られるのか理由さえつかめず…」
「浦上には人間が住んでいた。人間の臭みに満ち満ちた、人間らしい街だった。そして、十万人に近い人間があの土地で死んだ。そこにいあわせた私たちが、どんな悪い罪を犯したというのだろう」
一体、誰がこの問いに答えることができるだろう。
「アメリカ側からこの戦争を見れば、ミサイルがヒットするのは建造物3347HGとか、橋梁4490BBとか、その種の抽象的な記号であって、ミリアムという名の若い母親ではない。だが、死ぬのは彼女なのだ。ミリアムとその三人の子供たちであり、彼女の従弟である若い兵士ユーセフであり、その父である農夫アブドゥルなのだ」(池澤夏樹『イラクの小さな橋を渡って』)
28.02.2026 11:11 — 👍 7 🔁 1 💬 0 📌 0
note.com/kishimi/n/n0...
「有用かどうか、効率、進歩、成長といった尺度から離れて生きることができれば、人生はずいぶん違ったものになるだろう」
note.com/kishimi/n/n2...
キム・ヨンスは「完全な絶望、純粋な闇、そして次の奇跡のような光」を「素晴らしい経験」と呼び、この経験が繰り返されるなら、もう一度書いてみようと思って、夢中で小説を書いたという。
フロムは、二十世紀半ばぐらいから権威はそれまでとは性格を変えたと指摘している(The Sane Society)。権威が匿名になり、見えなくなった。誰も命令するわけでも、従うことを強いられることもないので、権威に服従していることにも気づかないことがある。
その権威というのは、利益、経済的必要、市場、常識、世論、そして「ひと」(man)がしたり考えたり感じたりすることである。「ひと」は、特定の人ではなく、匿名の権威について論じられている文脈では、「世間」に等しい。この権威が強力であれば、同調圧力として強く感じられ、それに屈服してしまうが、屈服していることすら意識しない人もいるだろう。
金券であれカタログギフトであれ贈り物というのは贈られた方も困るのではないか。修士論文の口頭試問の前に反物を送ってきた親がいたと苦笑していた教授を知っている。もちろん、受け取らなかったのだが。
26.02.2026 07:36 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0
私の父は一九二八年生まれで、徴兵を待たず、予科練(海軍飛行予科練習生)に志願した。飛行機に乗っての訓練を受ける前に戦争は終わったが、そうでなかったら、父も戦死していたかもしれない。
訓練中に戦闘機による機銃掃射を至近距離で受けたことがあった。その時、死はつくづく恐ろしいものだと思ったと、何度もその時のことを話した。記憶は鮮明で、話しているまさにその瞬間に恐怖を体験しているように見えた。
父は、戦争を知らない若い政治家が勇ましいことをいうことにいつも憤慨していた。若く亡くなった母のことを忘れ、今しがた食事をしたことも忘れるようになった父が、このような出来事はいつまでも忘れなかったのが哀れだった。
R・D・レインが、放課後、子どもが学校の門から出てくるのを待っている親を例に、「属性付与」について次のように述べている(Self and Others)。
親を見つけても少し離れて立っている子どもに、親は「あなたはお母さんのことが好きではないの」と尋ねた。
「好きではない」
親はこういった。
「でも、私はあなたが私を好きだということを知っている」
これが属性付与である。子どもにとって、親の属性付与は「私を好きになりなさい」という命令になる。子どもがこの命令を受け入れると、子どもが自立し親から離れていくことを認めようとしない親と、親に依存する子どもとの間に「偽りのつながり」が形成される。
親からあまりにひどい仕打ちを受けてきた若い人の前で親を批判しようものなら、猛然と「あの親にもいいところがある」と言い返されることはよくあった。
25.02.2026 10:19 — 👍 6 🔁 0 💬 0 📌 0
「消去キーの使用を通じて、私は意識しないうちに、小説創作のより深い本質は書くことではなく『消すこと』にあるという事実を学んだ」(キム・ヨンス『時代の日記』)
note.com/kishimi/n/n9...
田中美知太郎は検閲に引っかかるかもしれないと恐れ、『思想』に掲載される論文「イデア」の校正刷を見て迷っていた。この世のあらゆるものは決してイデアと見なされてはならず、現実とイデアを峻別する必要を説き、その関連で、君主を神とすることに批判的な言葉を書いていたのである。何度も読み直し、筆を加えもしたが、この文で罪を問われることになっても仕方がないことだと、ついにそのまま出す決心をした。
「今から考えれば、このようなむずかしい論文が直接検閲にひっかかるようなことはあり得なかったわけだが、当時の切迫した精神的雰囲気のなかでは、誰かほかの人が告発しないとは限らなかった」(田中美知太郎『時代と私』)
カウンセリングの場合、来談者が語る多くの話は「かわいそうな私、悪いあなた」である。話を遮らないで、いつもしっかり話を聞いてきた。政治家が「かわいそうな私、悪いあなた」の話をするようではダメなのだ。
24.02.2026 12:00 — 👍 9 🔁 2 💬 0 📌 0「これはもう決定しております」といわれたら、黙って引き下がるしかないのだろうか。知らなかった方が悪いとでもいうのだろうか。勝手に決めるなといいたい。
24.02.2026 11:57 — 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0テーブルの上の花瓶が床に落ちて割れた時、この花瓶を落としたのかとたずねた人に「私です」と答えるのが「責任」(応答できること、responsibility)であり、原状回復(割れた破片を集める)し謝罪することが責任を取るということの意味だが、「私ではない」といい、原状回復も謝罪もしないのは無責任である。
23.02.2026 08:55 — 👍 34 🔁 7 💬 0 📌 0
治安維持法の嫌疑で逮捕された三木清は、敗戦後もすぐに釈放されず、一ヵ月以上経った9月26日に「獄死させられた」。
「三木は死ななくてもよい命をおとす結果になったのである」(久野収「三木清——その生涯と遺産」『現代日本思想体系33 三木清』所収)
久野は「著者の直面した状況は、戦後の現在からでは、ほとんど理解できないような〝狂気〟の時代状況であったという事情は、忘れられてはならない」(全集第十五巻「後記」)といっているが、今の社会状況は三木の生きた時代の状況と酷似し、「ほとんど理解できない」とはいえなくなっているように思う。
三木清の『人生論ノート』(1938年連載開始、1941年に刊行)は言論が自由な状況で書かれたのではない。1936年に三木が発表した「時局の思想の動向」という論文には多くの伏字がある。久野収は次のようにいっている。
「伏せ字のない論文といえども、言論の自由を意味するのではなく、かえって著者の最新の注意が伏字をまぬかれる表現に結晶したにすぎないのである」(『三木清全集』第15巻「後記」)
『人生論ノート』で三木は晦渋な書き方をしているが、検閲を免れるためのレトリックを駆使したからである。
「ここがロドスだ、ここで跳べ」(ヘーゲル『法の哲学』)
出典は、イソップ寓話集にある次のような話である。
国ではいつももっと男らしくやれとけちをつけられていたオリンピア競技の選手が、ある時、海外遠征に出てしばらくぶりで帰ってきた。男はあちらこちらの国で勇名を馳せたと大言壮語したが、ことにロドス島ではオリンピア競技者でさえ届かないほどのジャンプをした。もしもロドス島へ出かけることがあれば、競技場に居合わせた人が証人になってくれようといった。すると、その場の一人が遮ってこういった。
「おい、そこの兄さん、それが本当なら、証人はいらない。ここがロドスだ、さあ跳んでみろ」
相談などしないで自分で決めたい政治家が「国民に後押しされた」という時、決定の責任を国民に転嫁するつもりではないか。あなたたちが支持したではないか、と。敗戦の後始末を託されて成立した東久邇宮稔彦内閣が、一億総懺悔論を振りかざした。国民全体に連帯責任を求め、戦争責任の追求を免れようとしたように。
22.02.2026 05:35 — 👍 39 🔁 28 💬 0 📌 0
晩年の父は、自動販売機で飲み物が買えなかったとよく文句をいって帰ってくることがあった。どのボタンを押したらいいのかわからないのである。
今、ネットで記事を読もうとすると、広告のクローズボタンを探すゲームのようになっている。間違えて記事を読まされるとイライラする。当然、広告を見る気にもなれない。
主治医が変わり、最近の循環器内科のガイドラインに基づいて、処方されている薬も量も変わった。顕著な変化は手の震えがなくなったことである。心臓の問題かと思っていたが、薬の作用によるものだったことがわかり驚いている。2mmしかない冠動脈は自力では制御できない。
22.02.2026 04:49 — 👍 4 🔁 0 💬 0 📌 0成長、進歩、前進という言葉は好きになれない。特に生産性に価値を置いている人がこれらの言葉を使っている時には。自分は必要とされない人と見られている気がするからである。
22.02.2026 04:41 — 👍 6 🔁 0 💬 0 📌 0
「皇帝化させられてしまわないように、染められないように注意せよ。それは現に起こることだから」(『自省録』六・三〇)
十八歳の時、次期皇帝に指名された
マルクス・アウレリウスは、喜びより、恐怖を感じたという。
彼が、皇位にあっても、皇帝化されてはいけない、皇衣の紫に染まり、追従に溺れて、自分と地位とを同一視するようなことがないようにと諫めているのは、ともすると人間は──彼自身も含めて──勘違いしがちだということを自覚していたからだろう。
フロムは、生きる上で避けられない困難を「実存的二分性」と「歴史的二分性」に分ける(Man for Himself )。
実存的二分性は、人は必ず死ぬなど、人間であることに由来し努力で変えられない矛盾である。
一方、歴史的二分性は人間が作り出した困難で、科学技術が平和や幸福だけに使われないこと(核兵器など)現れる。これは時間をかければ解決可能なのに、両者を混同し、起きてしまった以上、それは「あってはならないことではなかった」悲劇的な運命だったと考える。無論、原発事故や戦争は天災ではなく人災である。
「防衛という名のもとで行われない侵略戦争はほとんどない」(エーリッヒ・フロム、The Heart of Man)
21.02.2026 04:27 — 👍 10 🔁 3 💬 0 📌 0プラトンは、政治家が哲学を学ぶか、もしくは、哲学者が政治を行うのでなければ、国家に不幸のやむことはないと考えた。政治家になることは、真理を観照し、哲学的生の至福を知っている哲学者にとってはやむをえない「強制」によるものだった。
21.02.2026 04:17 — 👍 6 🔁 0 💬 0 📌 0
読み終わるのが惜しくて、まだ読み終えていない。たしかに、そのとおりだと思った言葉。帯にも引用してあった。増殖する邪悪を前に絶望してはいけない。
「邪悪が求めるのはたった一つのこと。自分自身の増殖です。それは自分、自分、自分、自分、繰り返し何度も自分ばかりを求める。私には、だんだんと分かってきました。邪悪は這い苔によく似ているのです。それはあっという間にあらゆるものを覆ってしまうけれど、地面にしっかり根を張っていないから、蹴飛ばせば簡単にめくれる。
そう考えただけで、邪悪は剝ぎ取ることができる」(アリ・スミス『夏』p.248)
「何百万もの人に、攻撃される危険があるので自衛しなければならないと信じ込ませることは困難ではない」(Erich Fromm, The Heart of Man)
自分で考えず政治的指導者に依存している人は力と確信を持って示されたことを本当のことだと受け取ってしまうからだとフロムはいう。
フロムは「生産的に生きる」という言い方をする。フロムのいう「生産的」というのは、自発的、創造的という意味である。他者に依存せず、生産的(自発的)な生き方をしなければ、容易に他者の言説を信じてしまうことになる。
学生の頃は論文を手書きしていた。後にパソコンを使えるようになってありがたかったのは、自分でも読めない字をきれいにプリントアウトできるからでも、考えたことをすぐに書き留められることでもなく、何度でも、しかも容易に書き直せることだった。もちろん、これは書くことをいっそう苦しいものにすることになったのだが。無限の下書き。
19.02.2026 10:44 — 👍 8 🔁 0 💬 0 📌 0他者との競争に勝ち、他の人からよく思われたい人の優越性の追求は、「野心」という形で表れる。アドラーはこのような他の人よりも優れようとする形で表れる優越性の追求を「個人的な優越性の追求」(individual striving towards superiority)という。個人的な優越性を追求する人は、自分の優位が脅かされることを恐れる。優越感は優越していると感じることであり、実際に優れていることではないからである。
19.02.2026 10:21 — 👍 17 🔁 6 💬 0 📌 0