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星月夜

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二次創作用垢/🦈🐬/他。 小説→ https://privatter.net/u/Sirius_g963

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「Please, Please, …… .」、「@Sirius_g963」と記載されています。
以下は本文の内容です。

【Please, Please, …… .】
  /フロジェイ

 上質な台紙で造られた冊子はページ数が少なくて、表紙を開くと大判のポートレート写真がこちらへにこりと微笑みかける。映るヒトは少女と見まごうものから、大人の女性まで。人魚もいれば人間もいるのだが、実家の稼業もあって獣人族や妖精族はいなかった。
「さて、次はフロイドのお眼鏡に叶う相手がいるでしょうか」
 上体を起こしたジェイドが、デスクから次のお見合い写真を取り上げた。それまで眺めていた、栗毛の女のそれはベッドの端へ除ける。先に隅へ追いやられていた察しが、ボロボロと床へ落ちていった。今日はシーツを交換し、ベッドメイクも施したフロイドのベッド下には、貸本やスナック菓子の包みがたくさん落ちていた。三時間前のジェイドは「ベッドが片付いているのはいいですね」と言っていた。
「おや、綺麗なブロンドだ。天然素材でしょうか?」
「ええ~……てかオレよりキレー?」
「いえ、あなたはかわいい系じゃないですか」
「そう?」
「そして僕もかわいい担当です、おそろいですよ」
「じゃあそれでいいや」
 裸のフロイドの隣へ寝転んだジェイドもまた裸だった。いつもは怜悧に小魚をねめつける視線が、今は慈しみを込めてこちらを見つめていた。髪を梳かれてうながされたから、フロイドはようやく眼前のお見合い写真へ顔を向けた。なるほど、艶やかで適度に巻かれてゆるやかなウェーブ描くブロンドは、傍目にみてもよく手入れされていて綺麗だ。
「ジェイドはこいつがいーの?」
「さあ」
「さあって」
「フロイドはどうですか?好みの女性がいるのなら、お母さんに連絡してはいかがでしょう」
「は?ヤだよ、顔合わせとかめんどくせー。どうせ親父たちも本気じゃねーんだから」
 傍らの兄弟は思うところがあるようで、端へ除けていた別の写真をたぐり寄せていた。映るのは緊張した面持

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「Please, Please, …… .」、「@Sirius_g963」と記載されています。 以下は本文の内容です。 【Please, Please, …… .】   /フロジェイ  上質な台紙で造られた冊子はページ数が少なくて、表紙を開くと大判のポートレート写真がこちらへにこりと微笑みかける。映るヒトは少女と見まごうものから、大人の女性まで。人魚もいれば人間もいるのだが、実家の稼業もあって獣人族や妖精族はいなかった。 「さて、次はフロイドのお眼鏡に叶う相手がいるでしょうか」  上体を起こしたジェイドが、デスクから次のお見合い写真を取り上げた。それまで眺めていた、栗毛の女のそれはベッドの端へ除ける。先に隅へ追いやられていた察しが、ボロボロと床へ落ちていった。今日はシーツを交換し、ベッドメイクも施したフロイドのベッド下には、貸本やスナック菓子の包みがたくさん落ちていた。三時間前のジェイドは「ベッドが片付いているのはいいですね」と言っていた。 「おや、綺麗なブロンドだ。天然素材でしょうか?」 「ええ~……てかオレよりキレー?」 「いえ、あなたはかわいい系じゃないですか」 「そう?」 「そして僕もかわいい担当です、おそろいですよ」 「じゃあそれでいいや」  裸のフロイドの隣へ寝転んだジェイドもまた裸だった。いつもは怜悧に小魚をねめつける視線が、今は慈しみを込めてこちらを見つめていた。髪を梳かれてうながされたから、フロイドはようやく眼前のお見合い写真へ顔を向けた。なるほど、艶やかで適度に巻かれてゆるやかなウェーブ描くブロンドは、傍目にみてもよく手入れされていて綺麗だ。 「ジェイドはこいつがいーの?」 「さあ」 「さあって」 「フロイドはどうですか?好みの女性がいるのなら、お母さんに連絡してはいかがでしょう」 「は?ヤだよ、顔合わせとかめんどくせー。どうせ親父たちも本気じゃねーんだから」  傍らの兄弟は思うところがあるようで、端へ除けていた別の写真をたぐり寄せていた。映るのは緊張した面持

ちの、黒髪の女性……というか少女。一見して幼く見えるがフロイドたちよりいくつか年嵩らしいと、母の字で小さなメモ書きが添えてある。本当は興味がないくせに、律儀にもさも関心がある風にメモまで寄せている。こういうところは特にジェイドと似通っていた。
「こっちに興味あんの?」
「そうかもしれません」
「ふぅん……」
 穴の開くほどにじっと写真を見つめる様子が、どうしても気に食わなかった。フロイドの歯形で傷ついた肩をなぞった、骨ばっていてまろみのある肌触りに不自然な凹凸がある。デコボコとしたさわり心地が、それなりにフロイドの寂寥とした心を慰めている。俯いたせいで垂れた黒髪を、一点のピアスホールが彩る白い耳殻へかけてやった。
「どうも」
「んー」
 腕を付いて上体をわずかに起こし、ジェイドは先ほどよりも熱心に写真の女を観察しているらしい。フロイドと鏡写しの金とオリーブは、こちらを一瞥することなく垢抜けない女性を見つめた。オレの方がいいよ、ずっと見ていて楽しいでしょ……――そう言えるほど天真爛漫な性格ではなかった。どちらかというと兄弟と同じでひねくれているから、自分の付けた噛み跡を抉ることでしか気を引く方法を知らないのだ。ジェイドは時々「痛いです」と呟いたが、それだけだ。
「んぁ」
「なに?」
「血が出ちゃった」
「だから痛いと言っているでしょう」
「ごめぇん」
 とうとう傷口が開いて、豆粒のような鮮血がぷくりと膨れて顕在した。海では血液はすぐに水中へ流れて行ってしまう、陸におけるよいことは血を流しても捕食者がやって来ないことだ。しかしフロイドは、ジェイドが流した血を指先掬いとって口に含んだ。わずかに生き物の味がするが、それ以外はほとんど自らの分泌した唾液だ。
「どうしてでしょう、ここは陸なのに捕食者がいるようですね」
「そーだね。ほっといていい?ジェイド~」

ちの、黒髪の女性……というか少女。一見して幼く見えるがフロイドたちよりいくつか年嵩らしいと、母の字で小さなメモ書きが添えてある。本当は興味がないくせに、律儀にもさも関心がある風にメモまで寄せている。こういうところは特にジェイドと似通っていた。 「こっちに興味あんの?」 「そうかもしれません」 「ふぅん……」  穴の開くほどにじっと写真を見つめる様子が、どうしても気に食わなかった。フロイドの歯形で傷ついた肩をなぞった、骨ばっていてまろみのある肌触りに不自然な凹凸がある。デコボコとしたさわり心地が、それなりにフロイドの寂寥とした心を慰めている。俯いたせいで垂れた黒髪を、一点のピアスホールが彩る白い耳殻へかけてやった。 「どうも」 「んー」  腕を付いて上体をわずかに起こし、ジェイドは先ほどよりも熱心に写真の女を観察しているらしい。フロイドと鏡写しの金とオリーブは、こちらを一瞥することなく垢抜けない女性を見つめた。オレの方がいいよ、ずっと見ていて楽しいでしょ……――そう言えるほど天真爛漫な性格ではなかった。どちらかというと兄弟と同じでひねくれているから、自分の付けた噛み跡を抉ることでしか気を引く方法を知らないのだ。ジェイドは時々「痛いです」と呟いたが、それだけだ。 「んぁ」 「なに?」 「血が出ちゃった」 「だから痛いと言っているでしょう」 「ごめぇん」  とうとう傷口が開いて、豆粒のような鮮血がぷくりと膨れて顕在した。海では血液はすぐに水中へ流れて行ってしまう、陸におけるよいことは血を流しても捕食者がやって来ないことだ。しかしフロイドは、ジェイドが流した血を指先掬いとって口に含んだ。わずかに生き物の味がするが、それ以外はほとんど自らの分泌した唾液だ。 「どうしてでしょう、ここは陸なのに捕食者がいるようですね」 「そーだね。ほっといていい?ジェイド~」

「……ふふ。嫉妬ですか?」
「あ?」
 誰が、なにに。ひくりと眼筋が引き攣った、ようやくフロイドの方を向いた兄弟は目を細めて静かに笑っている。何か言おうとしているうちに、ジェイドはポートレートの冊子をぱたんと閉じたし、再びベッドの端へと追いやった。乱れたシーツへ寝転んだジェイドへ追随するように、その長躯へと覆いかぶさって手首を抑えた。兄弟はくつくつと小馬鹿にしたような笑い声を漏らすばかりで、それ以上なにも言うことはなかった。
そして無言でフロイドの背へ回された指は、きっとまた柔らかい皮膚を引っ掻いて傷をつけるのだろう。

「……ふふ。嫉妬ですか?」 「あ?」  誰が、なにに。ひくりと眼筋が引き攣った、ようやくフロイドの方を向いた兄弟は目を細めて静かに笑っている。何か言おうとしているうちに、ジェイドはポートレートの冊子をぱたんと閉じたし、再びベッドの端へと追いやった。乱れたシーツへ寝転んだジェイドへ追随するように、その長躯へと覆いかぶさって手首を抑えた。兄弟はくつくつと小馬鹿にしたような笑い声を漏らすばかりで、それ以上なにも言うことはなかった。 そして無言でフロイドの背へ回された指は、きっとまた柔らかい皮膚を引っ掻いて傷をつけるのだろう。

【Please,Please, …… .】/フロジェイ #A5ページメーカー

16.09.2025 21:27 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0

ソシャゲ疲れでしばらく落ち込んでたから全部のソシャゲをとりあえずホーム画面から隠したよね。ツはリチのスト全部スクショしてるから読み返してるが

04.09.2025 05:17 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「僕、それからあなた/オレとオマエ」、「@Sirius_g963」と記載されています。
以下は本文の内容です。


 自動で開閉したりしない自室のドアを、フロイドはサンダルのつま先で軽く蹴って閉じた。寮内でも専有部の寝室へ続くドアは、深夜にしては大きい音をたてて閉まった。未開封のミネラルウォーターのペットボトルを二本ほど、器用に片手で携えたフロイドをベッドで横たわっていたジェイドがわずかに上体を起こして迎えた。そのまま起きるのかと思いきや、戻ったフロイドを認めた瞳が細められ、再びシーツの海へ舞い戻っていく。防水仕様とはいえ二人分の体液で湿っているだろうに、彼は気にならないらしい。デスクのランプだけが光源の寮部屋で、暖色の灯りが白磁の肌をなまめかしく照らした。
「水飲む?」
「はい」
 寝台に腰掛けると、先ほどまで酷使していたスプリングが断末魔のように軋んだ。微かにふっと笑ったのを確認し、水滴に覆われたペットボトルを渡す。ジェイドはその冷たいパッケージへ頬を充てては、少し荒い息遣いで静かに呼吸をしている。それを眺めながら、喉が渇いたフロイドはパキリと小気味よい音を立ててさっさとペットボトルを開栓した。一気に内容量の半分ほどを飲み干す。その一連の動作をジェイドが見ていたらしい、間もなくボトルから口を外したところで、傍らより熱烈な視線を投げかけられていたことに気が付いた。
「なぁに、見惚れちゃった?」
「ええ、まあ」
「……まだヤルの?」
「いいえ……まさか」
 疲れたように顔を横に振ったジェイドは、気怠そうにとうとう重い体を起こした。乱れたベッドへ腰を下ろしたところまではよかった、それからフロイドの肩へ額を擦りつけながら徐々に頭を乗せている。ボトルの栓を閉じて、対岸にある自身のベッドへひょいと投げてしまえば手荷物はなくなった。背後からくつくつと、隠す様子もない軽薄な笑い声がする。
「てかジェイドおも~い」
「ひどいですねぇ」
「マジで重いんだよ、ヒトの頭って二十キロぐらいあんだから」
「では愛の重みということで」

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「僕、それからあなた/オレとオマエ」、「@Sirius_g963」と記載されています。 以下は本文の内容です。  自動で開閉したりしない自室のドアを、フロイドはサンダルのつま先で軽く蹴って閉じた。寮内でも専有部の寝室へ続くドアは、深夜にしては大きい音をたてて閉まった。未開封のミネラルウォーターのペットボトルを二本ほど、器用に片手で携えたフロイドをベッドで横たわっていたジェイドがわずかに上体を起こして迎えた。そのまま起きるのかと思いきや、戻ったフロイドを認めた瞳が細められ、再びシーツの海へ舞い戻っていく。防水仕様とはいえ二人分の体液で湿っているだろうに、彼は気にならないらしい。デスクのランプだけが光源の寮部屋で、暖色の灯りが白磁の肌をなまめかしく照らした。 「水飲む?」 「はい」  寝台に腰掛けると、先ほどまで酷使していたスプリングが断末魔のように軋んだ。微かにふっと笑ったのを確認し、水滴に覆われたペットボトルを渡す。ジェイドはその冷たいパッケージへ頬を充てては、少し荒い息遣いで静かに呼吸をしている。それを眺めながら、喉が渇いたフロイドはパキリと小気味よい音を立ててさっさとペットボトルを開栓した。一気に内容量の半分ほどを飲み干す。その一連の動作をジェイドが見ていたらしい、間もなくボトルから口を外したところで、傍らより熱烈な視線を投げかけられていたことに気が付いた。 「なぁに、見惚れちゃった?」 「ええ、まあ」 「……まだヤルの?」 「いいえ……まさか」  疲れたように顔を横に振ったジェイドは、気怠そうにとうとう重い体を起こした。乱れたベッドへ腰を下ろしたところまではよかった、それからフロイドの肩へ額を擦りつけながら徐々に頭を乗せている。ボトルの栓を閉じて、対岸にある自身のベッドへひょいと投げてしまえば手荷物はなくなった。背後からくつくつと、隠す様子もない軽薄な笑い声がする。 「てかジェイドおも~い」 「ひどいですねぇ」 「マジで重いんだよ、ヒトの頭って二十キロぐらいあんだから」 「では愛の重みということで」

「うわぁ」
 歯の浮くようなセリフを吐くジェイドは、本当に疲れた様子で額やら頬やらをぐりぐり擦りつけてくる。稚魚みたいだ、なんて言えば機嫌を損ねるだろう。体を繋げたあとだからか、フロイドはこの甘ったれな兄弟を突き放す気にはならなかったし、怠惰であり静謐をもたらす雰囲気をぶち壊す気分でもなかった。嚥下したミネラルウォーターは、冷たさをたたえたまま食道を通って胃へたどり着いた。火照った体にはちょうどよい心地だ。
「何時?」
「えー……一時、ぐらい」
「……そんな、盛り上がっていましたか」
「まあね。最近してなかったし……ほら、期末試験に向けた小テストがいくつもあったじゃん。モストロ・ラウンジも、なんでかすげー忙しくてさ……」
「ええ……」
「ジェイドも、ずっと植物園に通ってて。帰って来るのも夜遅かったし……ねえ、オレがあげた金剛石見たぁ?デスクに……置いたやつ」
「綺麗ですね、あれ。もちろん毎日眺めていますよ……だからジャケットに、入れっぱなしです。植物園へは……その。魔法薬学の観察ノート提出のためでして……」
「ウン、知ってる……」
「……」
 背中にかかる吐息が生温かい。ジェイドの静かなテノールが部屋の空気を震わせた。兄弟の優しい声が好きだった。腿の近くに置かれた手へ、フロイドは自分のものをそっと重ねて指を握った。
「ぎゅってして」
「……はい」
 汗が乾ききっていない肌は湿っている、フロイドが請うたからジェイドは躊躇なく抱きついたし、同じぐらいに湿った胸板が肩甲骨をつつむその感触は、これまでの人生で味わったことのない多幸感をもたらした。首筋に兄弟の唇がふれている、いたずらに肌を辿ったりしないとわかっている。お互い疲労がつのっている。それでも『触れ合わない』選択肢はなかった。
「明日の一限はどの授業ですか」
「占星学ぅ」
「星見図は用意しましたか」

「うわぁ」  歯の浮くようなセリフを吐くジェイドは、本当に疲れた様子で額やら頬やらをぐりぐり擦りつけてくる。稚魚みたいだ、なんて言えば機嫌を損ねるだろう。体を繋げたあとだからか、フロイドはこの甘ったれな兄弟を突き放す気にはならなかったし、怠惰であり静謐をもたらす雰囲気をぶち壊す気分でもなかった。嚥下したミネラルウォーターは、冷たさをたたえたまま食道を通って胃へたどり着いた。火照った体にはちょうどよい心地だ。 「何時?」 「えー……一時、ぐらい」 「……そんな、盛り上がっていましたか」 「まあね。最近してなかったし……ほら、期末試験に向けた小テストがいくつもあったじゃん。モストロ・ラウンジも、なんでかすげー忙しくてさ……」 「ええ……」 「ジェイドも、ずっと植物園に通ってて。帰って来るのも夜遅かったし……ねえ、オレがあげた金剛石見たぁ?デスクに……置いたやつ」 「綺麗ですね、あれ。もちろん毎日眺めていますよ……だからジャケットに、入れっぱなしです。植物園へは……その。魔法薬学の観察ノート提出のためでして……」 「ウン、知ってる……」 「……」  背中にかかる吐息が生温かい。ジェイドの静かなテノールが部屋の空気を震わせた。兄弟の優しい声が好きだった。腿の近くに置かれた手へ、フロイドは自分のものをそっと重ねて指を握った。 「ぎゅってして」 「……はい」  汗が乾ききっていない肌は湿っている、フロイドが請うたからジェイドは躊躇なく抱きついたし、同じぐらいに湿った胸板が肩甲骨をつつむその感触は、これまでの人生で味わったことのない多幸感をもたらした。首筋に兄弟の唇がふれている、いたずらに肌を辿ったりしないとわかっている。お互い疲労がつのっている。それでも『触れ合わない』選択肢はなかった。 「明日の一限はどの授業ですか」 「占星学ぅ」 「星見図は用意しましたか」

「たぶん」
 いつの間にか腹へ回ったジェイドの片腕に気づいた。フロイドは浮かせた指の腹で、滑らかな皮膚をそうっと撫でてみる。やわく腰を掴んだ指先がわずかに跳ねる。シーツを這う方の腕を掴んで、背後の兄弟を緩慢に引き寄せた。傍らへ置かれた未開封のペットボトルが、不安定なベッドの上でとうとう倒れる。ジェイドはまだミネラルウォーターに口をつけていない。視線を落として、それから再びジェイドと目を合わせた。
「飲ませてあげようか」
 こらえきれずふっと笑ってしまった、兄弟は驚いたのか目を丸めている。怜悧な表情によく似合うその切れ長の目のせいで、表情がどことなく陸の猫科の動物に似ているのだ。しかし昼間よりも気が弛んでいるらしい、それからジェイドは宝物を見つけたように相貌を崩して微笑んだ。
「……あは!ねえ……飲ませてくれますか?」
 小首をかしげた兄弟が、未開封のペットボトルを押しつけてくる。視線を逸らしては負けた気がして、受け取ったフロイドは手中でキャップの封を解いた。パキリと乾いた音がする。眼前のバイアイは細められて、その瞳は好奇心で蠱惑色に輝いている。だんだんと迫ってくる二色の目に吸い込まれてしまいそうだ。明日も授業があることを、ジェイドはきちんと教えてくれた。それでも誘いに乗ったのはフロイドだった、明日になったら「それはとても浅はかなことだ」と謗られるだろうか。

「たぶん」  いつの間にか腹へ回ったジェイドの片腕に気づいた。フロイドは浮かせた指の腹で、滑らかな皮膚をそうっと撫でてみる。やわく腰を掴んだ指先がわずかに跳ねる。シーツを這う方の腕を掴んで、背後の兄弟を緩慢に引き寄せた。傍らへ置かれた未開封のペットボトルが、不安定なベッドの上でとうとう倒れる。ジェイドはまだミネラルウォーターに口をつけていない。視線を落として、それから再びジェイドと目を合わせた。 「飲ませてあげようか」  こらえきれずふっと笑ってしまった、兄弟は驚いたのか目を丸めている。怜悧な表情によく似合うその切れ長の目のせいで、表情がどことなく陸の猫科の動物に似ているのだ。しかし昼間よりも気が弛んでいるらしい、それからジェイドは宝物を見つけたように相貌を崩して微笑んだ。 「……あは!ねえ……飲ませてくれますか?」  小首をかしげた兄弟が、未開封のペットボトルを押しつけてくる。視線を逸らしては負けた気がして、受け取ったフロイドは手中でキャップの封を解いた。パキリと乾いた音がする。眼前のバイアイは細められて、その瞳は好奇心で蠱惑色に輝いている。だんだんと迫ってくる二色の目に吸い込まれてしまいそうだ。明日も授業があることを、ジェイドはきちんと教えてくれた。それでも誘いに乗ったのはフロイドだった、明日になったら「それはとても浅はかなことだ」と謗られるだろうか。

僕、それからあなた/オレとオマエ
※フロジェイ
※がっつり事後 #A5ページメーカー

19.08.2025 19:40 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0
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そこはかとなく老眼の気配を感じながら作業してる…急に来ると聞くが…ついにきてしまうのか……

19.08.2025 10:00 — 👍 116    🔁 33    💬 2    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「短編 / 花」、「@Sirius_g963」と記載されています。
以下は本文の内容です。




 深海には花なんてなかった。
 好奇心旺盛で知識欲もあるフロイドの兄弟は、最近だと学園内の巨大なクラゲの傘――ガラスドームの植物園へよく通っている。彼が二股の尾鰭を素早く動かして向かう先には、大量の土と植物が生い茂っている。以前興味をそそられて着いていったが、ジェイドが世話をしている花は、ウミユリにもイソギンチャクにも似ていない植物ばかりだった。これは『チューリップ』といって春に咲く花ですよ、兄弟からはそう教えてもらった。ウツボの人魚であるフロイドにとって、このたいして寒くもない三月という季節は、一応陸上で言うところの春に当たる。しかし適温ではないらしいのだが、そのチューリップはすでに花を咲かせていた。訓練学校で学んだことの中には、植物というものは適した気温でなければ枯れてしまうとあったと思う。
 たくさんの実(注釈……陸上では『球根』という部位)が埋まった土壌で、一つだけ咲いた赤い花。
「花は一輪、二輪、と数えます。そしてこの花の部分は花弁、中心は―……」
「いい、いい。オレ、ジェイドと違って花にそんな興味ねーから」
「手厳しいですね。僕が興味を持ったものは、あなたも好きになると思っていました」
「……同じ個体じゃねーんだから、そうはならねぇよ」
「そうですね」
 あれから数日経って、フロイドは再びジェイドへ着いて行った。向かった先は植物園だ、例の場所にあの赤いチューリップは咲いていた。少し花弁が外へ開きすぎている、ひょろり伸びた茎からこぼれそうな花。今年は例年よりも気温の低い『冷春』だと、ニュースキャスターが沈痛な面持ちで話していた。どうしてこの程度の寒さで人が悲しむのだろうか。フロイドは故郷の海が流氷に閉ざされて、陸の方へ遊びに行けないことは仕方がないと割り切っていた。自然とは人類が操作できるような代物じゃないのだと、母はよくフロイドたちに語って聞かせた。人間が喜怒哀楽を季節に任せるということは、それらを自分たちで左右できるものだと奢っているからだ

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「短編 / 花」、「@Sirius_g963」と記載されています。 以下は本文の内容です。  深海には花なんてなかった。  好奇心旺盛で知識欲もあるフロイドの兄弟は、最近だと学園内の巨大なクラゲの傘――ガラスドームの植物園へよく通っている。彼が二股の尾鰭を素早く動かして向かう先には、大量の土と植物が生い茂っている。以前興味をそそられて着いていったが、ジェイドが世話をしている花は、ウミユリにもイソギンチャクにも似ていない植物ばかりだった。これは『チューリップ』といって春に咲く花ですよ、兄弟からはそう教えてもらった。ウツボの人魚であるフロイドにとって、このたいして寒くもない三月という季節は、一応陸上で言うところの春に当たる。しかし適温ではないらしいのだが、そのチューリップはすでに花を咲かせていた。訓練学校で学んだことの中には、植物というものは適した気温でなければ枯れてしまうとあったと思う。  たくさんの実(注釈……陸上では『球根』という部位)が埋まった土壌で、一つだけ咲いた赤い花。 「花は一輪、二輪、と数えます。そしてこの花の部分は花弁、中心は―……」 「いい、いい。オレ、ジェイドと違って花にそんな興味ねーから」 「手厳しいですね。僕が興味を持ったものは、あなたも好きになると思っていました」 「……同じ個体じゃねーんだから、そうはならねぇよ」 「そうですね」  あれから数日経って、フロイドは再びジェイドへ着いて行った。向かった先は植物園だ、例の場所にあの赤いチューリップは咲いていた。少し花弁が外へ開きすぎている、ひょろり伸びた茎からこぼれそうな花。今年は例年よりも気温の低い『冷春』だと、ニュースキャスターが沈痛な面持ちで話していた。どうしてこの程度の寒さで人が悲しむのだろうか。フロイドは故郷の海が流氷に閉ざされて、陸の方へ遊びに行けないことは仕方がないと割り切っていた。自然とは人類が操作できるような代物じゃないのだと、母はよくフロイドたちに語って聞かせた。人間が喜怒哀楽を季節に任せるということは、それらを自分たちで左右できるものだと奢っているからだ

ろうか。
「他のチューリップは咲かねぇの?」
「まだのようですね。高価な球根でしたし、必ず開花するとは思いますが……気温が伴っていないのでしょう」
「ふぅん……たくさん咲いたらいいね」
「ええ。せっかく目をかけたので、ぜひ咲いて欲しいです」
 制服姿のフロイドと対照的に、ジェイドは土をいじる作業のため、洗濯のしやすい実験着を着用しゴム手袋を嵌めている。眺めているとジェイドは数個の液体肥料をビーカー内で混ぜて、さらに白い粒状の肥料も混ぜていく。混ざった肥料を大きなバケツへ移し、そのバケツはジェイドが水道の蛇口までもっていった。まもなく水も混ざって、最後に口先が外れた如雨露へ中身が流し込まれた。上背のある兄弟は、重いだろう如雨露を悠々と片手に掲げて水やりを始めた。
「重くねえの」
「僕にはさほど。でもあなたの体格では重いかもしれません」
「は~?すぐにジェイドよりデカくなるし」
「……いつも言っていますが、僕はその日を本当に楽しみにしています。制服を大きめに仕立てた日に、僕はフロイドになんて言いましたか?」
 緩慢に振り向いた兄弟は、意地悪くニタリと口角を吊り上げて笑っていた。揶揄いの色を含みつつ、その眼差しはまったくフロイドを嘲笑ってなどいなかった。
ナイトレイブンカレッジへの入学に際して、式典服や制服の採寸をしたあの日。フロイドは「そのうちオレもジェイドと同じぐらいデカくなるからぁ、サイズ大きめで作っといて」と宣ったし、傍らの兄弟は驚きに目を丸くしてから、すぐに目を細めてとてもうれしそうに笑みを浮かべた。採寸スタッフはすぐに承知してくれた、後に成長期の男子にはよくある話だと聞いたが。
 すらりと背筋を伸ばしたジェイドは、如雨露を片手で持って水やりをしている。チューリップの花壇はそれなりに広くて、人魚のフロイドの三分の二ほどの横幅がある。なお奥行はそれほどでもない。革靴の踵を鳴らしてゆっくり進んでいった兄弟を、フロイドは少し離れた場所から眺めた。一輪咲いた赤いチューリップと、芽こそ生えたものの茎を伸ばすにはいたっていないものたち。

ろうか。 「他のチューリップは咲かねぇの?」 「まだのようですね。高価な球根でしたし、必ず開花するとは思いますが……気温が伴っていないのでしょう」 「ふぅん……たくさん咲いたらいいね」 「ええ。せっかく目をかけたので、ぜひ咲いて欲しいです」  制服姿のフロイドと対照的に、ジェイドは土をいじる作業のため、洗濯のしやすい実験着を着用しゴム手袋を嵌めている。眺めているとジェイドは数個の液体肥料をビーカー内で混ぜて、さらに白い粒状の肥料も混ぜていく。混ざった肥料を大きなバケツへ移し、そのバケツはジェイドが水道の蛇口までもっていった。まもなく水も混ざって、最後に口先が外れた如雨露へ中身が流し込まれた。上背のある兄弟は、重いだろう如雨露を悠々と片手に掲げて水やりを始めた。 「重くねえの」 「僕にはさほど。でもあなたの体格では重いかもしれません」 「は~?すぐにジェイドよりデカくなるし」 「……いつも言っていますが、僕はその日を本当に楽しみにしています。制服を大きめに仕立てた日に、僕はフロイドになんて言いましたか?」  緩慢に振り向いた兄弟は、意地悪くニタリと口角を吊り上げて笑っていた。揶揄いの色を含みつつ、その眼差しはまったくフロイドを嘲笑ってなどいなかった。 ナイトレイブンカレッジへの入学に際して、式典服や制服の採寸をしたあの日。フロイドは「そのうちオレもジェイドと同じぐらいデカくなるからぁ、サイズ大きめで作っといて」と宣ったし、傍らの兄弟は驚きに目を丸くしてから、すぐに目を細めてとてもうれしそうに笑みを浮かべた。採寸スタッフはすぐに承知してくれた、後に成長期の男子にはよくある話だと聞いたが。  すらりと背筋を伸ばしたジェイドは、如雨露を片手で持って水やりをしている。チューリップの花壇はそれなりに広くて、人魚のフロイドの三分の二ほどの横幅がある。なお奥行はそれほどでもない。革靴の踵を鳴らしてゆっくり進んでいった兄弟を、フロイドは少し離れた場所から眺めた。一輪咲いた赤いチューリップと、芽こそ生えたものの茎を伸ばすにはいたっていないものたち。

規則正しい間隔で植えられているらしいから、そのうち色とりどりの奇妙な『花』の群れを見ることができるのだろう。
「ああ、フロイド。花は生物ではないので『群れ』という呼称は誤りです」
「はぁい」
 植物についてさほど詳しくないフロイドが、素直に言うことを聞くのは今だけだとわかっているらしい。陸に上がってからのジェイドは、自分の得た知識をフロイドへ語り聞かせた。海ではその日あった楽しい事の共有だったおしゃべりは、珍しいことや知らないことばかりの陸地では情報の共有という側面も持ちえた。
「いっぱい花が咲くの楽しみ。入学したときはみーんな咲き終わって干からびてたし」
「ちょうど花の見頃が終わりでしたからね」
「チューリップってやつ、変な形でおもしろ~い。花畑?になったらまた来るね」
 そう言うと、ちょうど如雨露が空になったらしいジェイドは困ったような、それでいて愉快すぎて思わず笑いそうな口元を必死にとどめて、非常に深刻な表情を作って見せた。
「あ?なに?」
「フロイド……このチューリップはね、昨年に認定された新種なんです。花というものは、三代続いてようやく新しい種類としてツイステッドワンダーランドで登録されます。ここから個人単位で品種改良の余地がある……ということはわかりますね?」
「……ウン」
 状況を面白がっているのは確かだが、それ以上にジェイドは実に言いにくいと唇を歪めて一瞬黙った。
「次世代、つまり来年もっと綺麗なチューリップを咲かせるためには、今年の球根にエネルギーを蓄えさせなければならない。そして花々にとって、一番エネルギー量を必要とする行為は『花を咲かせる』ことです」
「……おいジェイド……」
 フロイドも馬鹿ではない、そこまで言われて理解の及ばない愚かな稚魚ではなかった。花壇の傍らにある作業台へ置かれた鋏が、どういうことを意味するのかわかってしまった。あからさまな嫌悪感が表情に出ていたらしい、ジェイドは吊り目を最大限なだらかにして困った顔

規則正しい間隔で植えられているらしいから、そのうち色とりどりの奇妙な『花』の群れを見ることができるのだろう。 「ああ、フロイド。花は生物ではないので『群れ』という呼称は誤りです」 「はぁい」  植物についてさほど詳しくないフロイドが、素直に言うことを聞くのは今だけだとわかっているらしい。陸に上がってからのジェイドは、自分の得た知識をフロイドへ語り聞かせた。海ではその日あった楽しい事の共有だったおしゃべりは、珍しいことや知らないことばかりの陸地では情報の共有という側面も持ちえた。 「いっぱい花が咲くの楽しみ。入学したときはみーんな咲き終わって干からびてたし」 「ちょうど花の見頃が終わりでしたからね」 「チューリップってやつ、変な形でおもしろ~い。花畑?になったらまた来るね」  そう言うと、ちょうど如雨露が空になったらしいジェイドは困ったような、それでいて愉快すぎて思わず笑いそうな口元を必死にとどめて、非常に深刻な表情を作って見せた。 「あ?なに?」 「フロイド……このチューリップはね、昨年に認定された新種なんです。花というものは、三代続いてようやく新しい種類としてツイステッドワンダーランドで登録されます。ここから個人単位で品種改良の余地がある……ということはわかりますね?」 「……ウン」  状況を面白がっているのは確かだが、それ以上にジェイドは実に言いにくいと唇を歪めて一瞬黙った。 「次世代、つまり来年もっと綺麗なチューリップを咲かせるためには、今年の球根にエネルギーを蓄えさせなければならない。そして花々にとって、一番エネルギー量を必要とする行為は『花を咲かせる』ことです」 「……おいジェイド……」  フロイドも馬鹿ではない、そこまで言われて理解の及ばない愚かな稚魚ではなかった。花壇の傍らにある作業台へ置かれた鋏が、どういうことを意味するのかわかってしまった。あからさまな嫌悪感が表情に出ていたらしい、ジェイドは吊り目を最大限なだらかにして困った顔

をした。この兄弟はフロイドが大なり小なりショックを受けると、いつも「さてどうやって慰めようか」と思案げにする様子が表情に出るのだった。
「じゃあオレは花畑が見れないってこと?」
「ここでは……そうですね。それなら、もっと暖かくなったら僕と出かけませんか?薔薇の王国に、ネモフィラの花園があるそうですよ」
「ネモフィラぁ?」
「青白い花です、花畑はきっと浅瀬の海のようでしょうね」
「……へぇ、面白そう」
 植物の中でも、うつくしい花は贈り物として喜ばれるものだ。ジェイドはその『花』でフロイドの機嫌を取ろうとしている。陸の習慣なんてなじみがないのに。でもそれは彼だけが気に入ったものだから、人魚のフロイドにとってこの提案はジェイド本位なのではと思う。それでも結局、この兄弟が気に入ったものをフロイドが無視することはないだろう。如雨露を片付けて、芽吹いたチューリップの様子を観察する兄弟の背中を見る。広いそれは低い場所を見るために小さく丸まっていた。この景色だけである意味価値があるのだが、フロイドは口をつぐんだ。次に振り返ったジェイドは、唯一咲いた赤いチューリップを鉢へ移していた。
「……それでですね、このチューリップを部屋に持ち帰っても?」
「は?ふざけんな、土くせーのはイヤ」
「おやおや、今回こそ気に入ってもらえると思ったのですが」

をした。この兄弟はフロイドが大なり小なりショックを受けると、いつも「さてどうやって慰めようか」と思案げにする様子が表情に出るのだった。 「じゃあオレは花畑が見れないってこと?」 「ここでは……そうですね。それなら、もっと暖かくなったら僕と出かけませんか?薔薇の王国に、ネモフィラの花園があるそうですよ」 「ネモフィラぁ?」 「青白い花です、花畑はきっと浅瀬の海のようでしょうね」 「……へぇ、面白そう」  植物の中でも、うつくしい花は贈り物として喜ばれるものだ。ジェイドはその『花』でフロイドの機嫌を取ろうとしている。陸の習慣なんてなじみがないのに。でもそれは彼だけが気に入ったものだから、人魚のフロイドにとってこの提案はジェイド本位なのではと思う。それでも結局、この兄弟が気に入ったものをフロイドが無視することはないだろう。如雨露を片付けて、芽吹いたチューリップの様子を観察する兄弟の背中を見る。広いそれは低い場所を見るために小さく丸まっていた。この景色だけである意味価値があるのだが、フロイドは口をつぐんだ。次に振り返ったジェイドは、唯一咲いた赤いチューリップを鉢へ移していた。 「……それでですね、このチューリップを部屋に持ち帰っても?」 「は?ふざけんな、土くせーのはイヤ」 「おやおや、今回こそ気に入ってもらえると思ったのですが」

フロジェイ短編 『花』 #A5ページメーカー

13.08.2025 18:28 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
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終止符🔮

10.08.2025 14:39 — 👍 18    🔁 7    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「短編 / 雨」、「@Sirius_g963」と記載されています。
以下は本文の内容です。



 体育館を出たときに、ようやく雨が降っていたことを知った。
 フロイドの所属するバスケットボール部の本日の活動は、ウォーミングアップに基礎練習と、一部部員に向けて次の交流試合におけるメンバー選抜を賭けたミニゲームが執り行われた。初めこそ意欲的に部活動へ参加したフロイドだが、途中で気分が変わってずっとドリブル練習をしていた為、ミニゲームに参加しそびれたので次の大会へ出場はないだろう。閉じられた体育館に居たことで、部員たちは外がこんなにも天気が悪いとは誰も知らなかった。外に張った屋根が雨をしのいでくれているが、ここから先は雨よけのない道を歩いて帰らなければいけない。
「雨っすね~鏡舎まで行くのめんどくさっ」
「まさかとは思うが折り畳み傘も持ってないのか?」
 スポーツバッグから携帯用の傘を取り出す者もいれば、激しい雨にも関わらず鏡舎まで走り始める者もいる。一方でフロイドは、どんよりと曇った空から降り注ぐ雨粒の、始まりである起点を探そうと目を凝らして天を見上げていた。なにごとにも始まりはあるだろう、雨の雫が雲間から下りてくる瞬間が見えるかもしれない。
「じゃあなフロイド」
 スカラビアの副寮長から一声かけられて緩慢に首を下げれば、数多くいただろうバスケ部員はみな散り散りになって帰路についていたし、彼もまた骨組みの多い小傘を掲げて歩き出していた。ああ、とか、ウン、とか返事をしたと思う。雨の降りしきるナイトレイブンカレッジを茫洋と眺めていたフロイドは、どうにもむずがゆくなった後頭部をガリガリ掻いた。小魚たちは、この湿った天気の始まりがどこなのかは気にならないらしい。箒で高く飛べば、雨雲にたどり着けるだろうか。ここからグラウンドまでどれぐらい歩くのか、倉庫から箒を持ち出そうとしたらいったい何分で発覚するのか。遠くに佇む校舎の影を見つめながら、とめどなく思考するフロイドに構う生徒はいなかった。広い体育館で部活動を終えた彼らは次々に鏡舎へ歩いていく。幸運にもフロイドへ体当たりをするような不埒者はいなくて、特注サイズのジャージの襟から傾げた頭はいつまで経っても曇天を見

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「短編 / 雨」、「@Sirius_g963」と記載されています。 以下は本文の内容です。  体育館を出たときに、ようやく雨が降っていたことを知った。  フロイドの所属するバスケットボール部の本日の活動は、ウォーミングアップに基礎練習と、一部部員に向けて次の交流試合におけるメンバー選抜を賭けたミニゲームが執り行われた。初めこそ意欲的に部活動へ参加したフロイドだが、途中で気分が変わってずっとドリブル練習をしていた為、ミニゲームに参加しそびれたので次の大会へ出場はないだろう。閉じられた体育館に居たことで、部員たちは外がこんなにも天気が悪いとは誰も知らなかった。外に張った屋根が雨をしのいでくれているが、ここから先は雨よけのない道を歩いて帰らなければいけない。 「雨っすね~鏡舎まで行くのめんどくさっ」 「まさかとは思うが折り畳み傘も持ってないのか?」  スポーツバッグから携帯用の傘を取り出す者もいれば、激しい雨にも関わらず鏡舎まで走り始める者もいる。一方でフロイドは、どんよりと曇った空から降り注ぐ雨粒の、始まりである起点を探そうと目を凝らして天を見上げていた。なにごとにも始まりはあるだろう、雨の雫が雲間から下りてくる瞬間が見えるかもしれない。 「じゃあなフロイド」  スカラビアの副寮長から一声かけられて緩慢に首を下げれば、数多くいただろうバスケ部員はみな散り散りになって帰路についていたし、彼もまた骨組みの多い小傘を掲げて歩き出していた。ああ、とか、ウン、とか返事をしたと思う。雨の降りしきるナイトレイブンカレッジを茫洋と眺めていたフロイドは、どうにもむずがゆくなった後頭部をガリガリ掻いた。小魚たちは、この湿った天気の始まりがどこなのかは気にならないらしい。箒で高く飛べば、雨雲にたどり着けるだろうか。ここからグラウンドまでどれぐらい歩くのか、倉庫から箒を持ち出そうとしたらいったい何分で発覚するのか。遠くに佇む校舎の影を見つめながら、とめどなく思考するフロイドに構う生徒はいなかった。広い体育館で部活動を終えた彼らは次々に鏡舎へ歩いていく。幸運にもフロイドへ体当たりをするような不埒者はいなくて、特注サイズのジャージの襟から傾げた頭はいつまで経っても曇天を見

上げていた。だんだんと空の色が暗くなっていく。分厚い雲で太陽が隠れているせいで、夕陽の明るさは見て取れない。珊瑚の海でも北の方を連想させる景色だが、あいにくと底冷えする程の冷気はないし、春過ぎのややぬるめの陽気が、肌へねっとりと纏わりつく湿気を運んでくるだけだ。
「フロイド」
 その声は、フロイドの後頭部でじんわりと広がる無機質な闇を振り払う音だった。ピン張った緊張の糸が切られて、頭の芯を占めていた鬱屈とした気分がわずかに晴れる。首をかしげて視線で振り返ると、特注の大きなこうもり傘をさした兄弟が離れた場所からこちらを見つめていた。小脇にビーカーやら図鑑やらが収まったカバンを抱えている。
「空を見ているのですか」
「そう。雨の始まりはどこかなって」
「あなたの視力だと、ここからでは見えないでしょう。箒で上がってみては?」
「気圧で凍えて死んじゃうかもぉ。ジェイドが迎えに来てよ」
「嫌です」
 脱いだ白衣とカバンを抱えたジェイドは、ほとんど足音を立てずにフロイドの隣へやって来た。施錠された体育館から、ドーム状の植物園までは距離があるだろう。
「なにしてんのぉ」
「散歩ですよ。この雨で人気がないので、静かなうちに歩いてみようかと」
「楽しかった?」
「ええ、とても。フロイドもいかがですか?」
「行かなぁい」
「そうですか」
 空を見ていたから首が疲れる、フロイドは瞼を伏せて下を向いた。雨がコンクリートの地面や、雨どいを、ガラス戸を打つパタパタという小さいながらも明瞭な音に耳を澄ませて、それから傍らの兄弟を伺った。ジェイドはじっと前方を見つめている、同じ方角を向いても特に面白いものはなかった。しいて言えば、ビニールに覆われた小さな菜園へ降り注ぐ雨がゴロゴロと聞きなれない雨音を立てているぐらいか。海では『雨が降る』という事象は非常に観測しにくいものだった。海面近くであれ

上げていた。だんだんと空の色が暗くなっていく。分厚い雲で太陽が隠れているせいで、夕陽の明るさは見て取れない。珊瑚の海でも北の方を連想させる景色だが、あいにくと底冷えする程の冷気はないし、春過ぎのややぬるめの陽気が、肌へねっとりと纏わりつく湿気を運んでくるだけだ。 「フロイド」  その声は、フロイドの後頭部でじんわりと広がる無機質な闇を振り払う音だった。ピン張った緊張の糸が切られて、頭の芯を占めていた鬱屈とした気分がわずかに晴れる。首をかしげて視線で振り返ると、特注の大きなこうもり傘をさした兄弟が離れた場所からこちらを見つめていた。小脇にビーカーやら図鑑やらが収まったカバンを抱えている。 「空を見ているのですか」 「そう。雨の始まりはどこかなって」 「あなたの視力だと、ここからでは見えないでしょう。箒で上がってみては?」 「気圧で凍えて死んじゃうかもぉ。ジェイドが迎えに来てよ」 「嫌です」  脱いだ白衣とカバンを抱えたジェイドは、ほとんど足音を立てずにフロイドの隣へやって来た。施錠された体育館から、ドーム状の植物園までは距離があるだろう。 「なにしてんのぉ」 「散歩ですよ。この雨で人気がないので、静かなうちに歩いてみようかと」 「楽しかった?」 「ええ、とても。フロイドもいかがですか?」 「行かなぁい」 「そうですか」  空を見ていたから首が疲れる、フロイドは瞼を伏せて下を向いた。雨がコンクリートの地面や、雨どいを、ガラス戸を打つパタパタという小さいながらも明瞭な音に耳を澄ませて、それから傍らの兄弟を伺った。ジェイドはじっと前方を見つめている、同じ方角を向いても特に面白いものはなかった。しいて言えば、ビニールに覆われた小さな菜園へ降り注ぐ雨がゴロゴロと聞きなれない雨音を立てているぐらいか。海では『雨が降る』という事象は非常に観測しにくいものだった。海面近くであれ

ば多少は降り注ぐ雨粒を目撃出来ただろう、しかしそういう時は決まって海が荒れる。海中は大きくうねって泳ぎのママならない魚たちを遠くへ連れて行ってしまうし、巨大な波に呑まれれば人魚だって無事では済まない。
「雨の日がこんなに平穏だなんて。陸とは不思議な場所ですね」
「ウン……」
 まるでフロイドの思考を読み取っているかのように、ジェイドはさらりと同じような考えを述べた。似ている、とは少し違う。お互いの考えが手に取るようにわかるわけでもないし、はっきりと思ったことを口にするわけでもない。察する、というのもまた違うだろう。兄弟で同調するようなところが昔からあった。でも一つになりたいわけじゃない。
「……寮に戻りましょうか。アズールも待っているでしょうから」
「今日ってジェイドはホール?」
「そうですよ。あなたはキッチンでしたね」
「うーん魚のウロコ取りしたい気分だからぁ、ちょっと楽しみ」
「それはいいですね。たくさんウロコを剥いでください、まかないも期待してます」
「はぁい」
 ウツボの兄弟がすっぽり収まる特注の傘を、ジェイドは何も言わずにフロイドの方へ傾けた。スポーツバッグが濡れないように上手く抱えて、兄弟が抱えるバッグも預かる。彼はなにも言わなかったが、二人の肩が雨に晒されないように上手いこと傘を掲げてくれた。

ば多少は降り注ぐ雨粒を目撃出来ただろう、しかしそういう時は決まって海が荒れる。海中は大きくうねって泳ぎのママならない魚たちを遠くへ連れて行ってしまうし、巨大な波に呑まれれば人魚だって無事では済まない。 「雨の日がこんなに平穏だなんて。陸とは不思議な場所ですね」 「ウン……」  まるでフロイドの思考を読み取っているかのように、ジェイドはさらりと同じような考えを述べた。似ている、とは少し違う。お互いの考えが手に取るようにわかるわけでもないし、はっきりと思ったことを口にするわけでもない。察する、というのもまた違うだろう。兄弟で同調するようなところが昔からあった。でも一つになりたいわけじゃない。 「……寮に戻りましょうか。アズールも待っているでしょうから」 「今日ってジェイドはホール?」 「そうですよ。あなたはキッチンでしたね」 「うーん魚のウロコ取りしたい気分だからぁ、ちょっと楽しみ」 「それはいいですね。たくさんウロコを剥いでください、まかないも期待してます」 「はぁい」  ウツボの兄弟がすっぽり収まる特注の傘を、ジェイドは何も言わずにフロイドの方へ傾けた。スポーツバッグが濡れないように上手く抱えて、兄弟が抱えるバッグも預かる。彼はなにも言わなかったが、二人の肩が雨に晒されないように上手いこと傘を掲げてくれた。

フロジェイ 短編 / 雨 #A5ページメーカー

10.08.2025 16:48 — 👍 5    🔁 0    💬 0    📌 0
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🐉🔮

04.08.2025 15:14 — 👍 17    🔁 9    💬 0    📌 0
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アマゾナイトの雫/フロジェイ
↳気晴らし・潮時

20.07.2025 12:44 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
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頬に嚙み傷/フロジェイ

20.07.2025 09:32 — 👍 2    🔁 0    💬 0    📌 0
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talk to talk. privatter.net/p/11602175
契約者と『お話』するリーチ兄弟(カプ無し)

02.07.2025 13:21 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

🐬と🦈のお母さんて美人だねって言うと「ええ、そうですね」「なに当たり前のこと言ってんの?」て言われる

02.07.2025 06:58 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

「め、メイク落ちるんじゃ……」「今日はノーメイクなので大丈夫ですよ」「ええ……(肌が綺麗すぎる……)」「早朝まで盛り上がってしまって。寝坊したもので」「(聞きたくなかった……)」「ねえフロイド」「んー」

01.07.2025 23:35 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

副寮長の頬っぺたが艶やかで肌触りもよさそうだな~やっぱ人魚だから潤い肌すごいな~ってMT中に眺めてたら隣の片割れが🐬の頬をべろりと舐めてみせたし🐬はまったくの無反応だから途端にざわつく寮生たち

01.07.2025 13:17 — 👍 1    🔁 0    💬 1    📌 0

こっちは作品置き場にしよかな うーんSNSの使い方悩む

27.06.2025 13:16 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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あなたはまるで茨のよう/フロジェイ
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27.06.2025 12:28 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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ブルベリーパイのお散歩ドレス #GirlmeetsSweets

27.06.2025 02:26 — 👍 294    🔁 102    💬 0    📌 1

バスほんと気を付けてください!!大都会大宮……なんか広いです……

26.06.2025 23:22 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0

人は……そんなに……いないかも……?ただバスがめちゃくちゃ出てるので乗り間違いやすいです!

26.06.2025 13:01 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

人生はじめてタッチアップしてもらって、持ってたコスメほぼ捨てる羽目になったんだけどリチたちとアズにゃんは陸に上がって初めてタッチアップしてもろてからコスメ買うから無駄遣いしなくていいね……

26.06.2025 12:37 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0

わりと都会なので大丈夫だと思いますb

26.06.2025 12:36 — 👍 0    🔁 0    💬 1    📌 0

フロジェイが好きでリチ双子が好きで毎日気が狂いそう

26.06.2025 01:05 — 👍 3    🔁 0    💬 0    📌 0
のを用意などしていなかった。どうせ兄弟二人きりなのだから、一セットしかないカトラリーで料理皿から直接食べればいい。フロイドも、自ら用意したサワークリームオニオンを塗ったバゲットを口に含んだ。開栓したビール缶はいつの間に空になって、テーブルの脇に目立たないよう置かれている。フロイドの広い手のひらは同時に二つまで缶ビールを掴めるので、ちょうど一缶だけを兄弟へ差し出した。無言でアヒージョを半分食べきったジェイドが手を伸ばした。
「あ、」
「あっ」
 つ、と指先がふれたのだ。それだけで、体中が一気に温度を上昇させる。向かいの席では、同じくジェイドが耳まで真っ赤にして体を硬直させていた。ひとまずビール缶だけは手渡して、フロイドはそそくさと手を引いた。
「……ごめん、久しぶりに触ったから」
「僕もです……すごく、胸がドキドキしています……」
 しかしジェイドの長くてしなやかな指は、よどみなくプルタブを開栓していたし、フロイドだって空腹に負けて三つ目のバゲットを口に含んでいた。無言で缶を呷るウツボの人魚は、眼前で小松菜だけを掬って口に含むフロイドを虚ろな瞳で見つめていた。彼はとても疲れているらしい、間もなく深々とため息をついた。アルコールの香りが漂ってくる。
「連勤は体によくありませんね。アズールに抗議しましょう」
「そうだよ、後進の育成間に合ってなさすぎだろ。オレも講義しよ」
「二人でオフィスに乗り込みましょうか……アヒージョ、とっても美味しかったです」
「ありがと。まだキッチンにバゲット余ってるからさ、このシラス乗せて食べよーぜ」
「いいですね」
 疲労の滲むまなじりを下げて、ジェイドが微笑みながらビールを飲んでいる。深い紺色ガウンの隙間からすらりと伸びる脚は優雅に組まれており、サンシェードの隙間からまもなく沈む太陽の光が、白磁の頬を照らしている。ビニールプールの水面に映るのは、とても気品がありそうな紳士だ。実態はフロイドの下で喘ぐことを選んだ好色だが。火照った体に、足元の氷水がよく効いた。

のを用意などしていなかった。どうせ兄弟二人きりなのだから、一セットしかないカトラリーで料理皿から直接食べればいい。フロイドも、自ら用意したサワークリームオニオンを塗ったバゲットを口に含んだ。開栓したビール缶はいつの間に空になって、テーブルの脇に目立たないよう置かれている。フロイドの広い手のひらは同時に二つまで缶ビールを掴めるので、ちょうど一缶だけを兄弟へ差し出した。無言でアヒージョを半分食べきったジェイドが手を伸ばした。 「あ、」 「あっ」  つ、と指先がふれたのだ。それだけで、体中が一気に温度を上昇させる。向かいの席では、同じくジェイドが耳まで真っ赤にして体を硬直させていた。ひとまずビール缶だけは手渡して、フロイドはそそくさと手を引いた。 「……ごめん、久しぶりに触ったから」 「僕もです……すごく、胸がドキドキしています……」  しかしジェイドの長くてしなやかな指は、よどみなくプルタブを開栓していたし、フロイドだって空腹に負けて三つ目のバゲットを口に含んでいた。無言で缶を呷るウツボの人魚は、眼前で小松菜だけを掬って口に含むフロイドを虚ろな瞳で見つめていた。彼はとても疲れているらしい、間もなく深々とため息をついた。アルコールの香りが漂ってくる。 「連勤は体によくありませんね。アズールに抗議しましょう」 「そうだよ、後進の育成間に合ってなさすぎだろ。オレも講義しよ」 「二人でオフィスに乗り込みましょうか……アヒージョ、とっても美味しかったです」 「ありがと。まだキッチンにバゲット余ってるからさ、このシラス乗せて食べよーぜ」 「いいですね」  疲労の滲むまなじりを下げて、ジェイドが微笑みながらビールを飲んでいる。深い紺色ガウンの隙間からすらりと伸びる脚は優雅に組まれており、サンシェードの隙間からまもなく沈む太陽の光が、白磁の頬を照らしている。ビニールプールの水面に映るのは、とても気品がありそうな紳士だ。実態はフロイドの下で喘ぐことを選んだ好色だが。火照った体に、足元の氷水がよく効いた。

頑強なウツボの人魚としてアルコールへの耐性はあるが、酔わないわけではない。フロイドはやや酩酊気味の浮ついた思考で、大人っぽい所作にてガレットを切り分ける兄弟を眺めた。足首から皮膚を突き刺す冷たさが、少しだけ北の海を彷彿とさせる。
「ジェイド見るの久しぶりかもぉ」
「毎朝ビデオ通話してたじゃないですか。あなたの電動シェーバーの音がとってもうるさかったですが」
「……オレのスマホ、画面にヒビ入ってあんまオマエの顔見えてなかったかも」
「早く買い換えてください。僕の顔が見えないのなら意味がないでしょう」
「それもそうだ」
 ちなみにジェイドはカミソリ派だった、明らかに耐久性がなさそうな五枚刃でこれだけ綺麗に髭を剃れるのはある種の才能だと思う。兄弟のつるりとした顎をしみじみと眺めて、フロイドはまたビールを口に含んだ。微かに香るのが良い、舌先にふれる苦みにもだいぶ慣れたころにはすでに空の缶が合計五つほどベランダに転がっていた。
「グラタンあるよ」
「食べます」
 ガラス戸を開け放したリビングから、魔法でグラタン皿を運んでガーデンテーブルへ着地させる。貪欲さを見せないながらも、ジェイドの手つきは迷いなくジャガイモとシュリンプの覗くグラタンへスプーンを刺した。それすらも上品に見えるから、既にフロイドは末期症状なのかもしれない。主に愛という名の盲目だ。アルコールが体中を巡って、実の良い気分になっている。いつもよりも少しだけ鼓動の早い心臓の音へ耳を傾けつつ、テーブル向かいで頬を上気させつつグラタンを頬張る兄弟を見つめた。
「顔真っ赤。かわいー」
「お酒を飲むのが久しぶりなもので……お恥ずかしい」
「いっぱい飲めばいいじゃん?もうビールいいの?」
「このままではお腹がたぷたぷになっちゃいます。ワインまでたどり着かないかも」
「ええ~?ウソだろおい」
「だって……フロイドの手料理が美味しくて、つい。久しぶりです、こんなに楽しい食事は」

頑強なウツボの人魚としてアルコールへの耐性はあるが、酔わないわけではない。フロイドはやや酩酊気味の浮ついた思考で、大人っぽい所作にてガレットを切り分ける兄弟を眺めた。足首から皮膚を突き刺す冷たさが、少しだけ北の海を彷彿とさせる。 「ジェイド見るの久しぶりかもぉ」 「毎朝ビデオ通話してたじゃないですか。あなたの電動シェーバーの音がとってもうるさかったですが」 「……オレのスマホ、画面にヒビ入ってあんまオマエの顔見えてなかったかも」 「早く買い換えてください。僕の顔が見えないのなら意味がないでしょう」 「それもそうだ」  ちなみにジェイドはカミソリ派だった、明らかに耐久性がなさそうな五枚刃でこれだけ綺麗に髭を剃れるのはある種の才能だと思う。兄弟のつるりとした顎をしみじみと眺めて、フロイドはまたビールを口に含んだ。微かに香るのが良い、舌先にふれる苦みにもだいぶ慣れたころにはすでに空の缶が合計五つほどベランダに転がっていた。 「グラタンあるよ」 「食べます」  ガラス戸を開け放したリビングから、魔法でグラタン皿を運んでガーデンテーブルへ着地させる。貪欲さを見せないながらも、ジェイドの手つきは迷いなくジャガイモとシュリンプの覗くグラタンへスプーンを刺した。それすらも上品に見えるから、既にフロイドは末期症状なのかもしれない。主に愛という名の盲目だ。アルコールが体中を巡って、実の良い気分になっている。いつもよりも少しだけ鼓動の早い心臓の音へ耳を傾けつつ、テーブル向かいで頬を上気させつつグラタンを頬張る兄弟を見つめた。 「顔真っ赤。かわいー」 「お酒を飲むのが久しぶりなもので……お恥ずかしい」 「いっぱい飲めばいいじゃん?もうビールいいの?」 「このままではお腹がたぷたぷになっちゃいます。ワインまでたどり着かないかも」 「ええ~?ウソだろおい」 「だって……フロイドの手料理が美味しくて、つい。久しぶりです、こんなに楽しい食事は」

「ウッ……かわいー……」
「お褒めに預かり光栄です」
 缶を傾けつつ、ビールの苦みを咥内で転がして呑み込む。繊細なワインと違って、たくさん飲めていい気分に酔えるから。ある程度雑な扱いをして許されるそれを、ジェイドは少しずつ、しかし確実に飲干していく。ぱちぱちと瞬きをすると、熱っぽい目元に涼やかな風が吹きつける。ベランダの外は夜のとばりが降りており、リビングの蛍光灯だけがフロイドたちを照らしている。足元の水気も相まって、初夏の湿気を加味してもとても気持ちの良い夜だった。コンドミニアム階下からは人の喧騒がわずかに聞こえるだけ、この辺りは住宅街ということもあり基本的には静かだ。熱心に料理へ手を付けるジェイドを肴に、フロイドはビールを飲んではそのこざっぱりとした味わいに、つかの間の休息を得難いものとして感じた。
「いいビールですね。美味しいです」
「ラウンジでも出すかな?ハッピーアワータイム、とか」
「どうかな……アズール次第ですね。紳士の社交場というコンセプトを崩したくはないでしょう。それに、彼は白ワインが好きですから」
「貰ったのは赤だった。飲まねーのかな」
「いえ。五本ほどいただいていましたから」
「年代物のワインを?そんなに?アズールに気でもあるんじゃねーの、コワ」
 軽口をたたきつつ、フロイドはつま先で水面を漂うビール缶を蹴った。ジェイドの方角へと泳いでいった缶を、兄弟はそっと掬い上げる。さっきまでの言葉はなんだったのか、何缶目かわからないビールを呷り始めている。よほど鬱憤が溜まっていたらしい、喉仏をうごめかせて些か性急にビールを飲み干した。ぷは、と息継ぎをしたジェイドの上唇には、しっかりと泡が付着して髭の体を成している。
「……はあ」
「疲れてんね」
「それなりに。でもフロイドがいるから……」
「オレがいるから?」
「あなたがいるから、頑張りました。あとでたっぷり褒めてください」
「今じゃなくていーんだ」

「ウッ……かわいー……」 「お褒めに預かり光栄です」  缶を傾けつつ、ビールの苦みを咥内で転がして呑み込む。繊細なワインと違って、たくさん飲めていい気分に酔えるから。ある程度雑な扱いをして許されるそれを、ジェイドは少しずつ、しかし確実に飲干していく。ぱちぱちと瞬きをすると、熱っぽい目元に涼やかな風が吹きつける。ベランダの外は夜のとばりが降りており、リビングの蛍光灯だけがフロイドたちを照らしている。足元の水気も相まって、初夏の湿気を加味してもとても気持ちの良い夜だった。コンドミニアム階下からは人の喧騒がわずかに聞こえるだけ、この辺りは住宅街ということもあり基本的には静かだ。熱心に料理へ手を付けるジェイドを肴に、フロイドはビールを飲んではそのこざっぱりとした味わいに、つかの間の休息を得難いものとして感じた。 「いいビールですね。美味しいです」 「ラウンジでも出すかな?ハッピーアワータイム、とか」 「どうかな……アズール次第ですね。紳士の社交場というコンセプトを崩したくはないでしょう。それに、彼は白ワインが好きですから」 「貰ったのは赤だった。飲まねーのかな」 「いえ。五本ほどいただいていましたから」 「年代物のワインを?そんなに?アズールに気でもあるんじゃねーの、コワ」  軽口をたたきつつ、フロイドはつま先で水面を漂うビール缶を蹴った。ジェイドの方角へと泳いでいった缶を、兄弟はそっと掬い上げる。さっきまでの言葉はなんだったのか、何缶目かわからないビールを呷り始めている。よほど鬱憤が溜まっていたらしい、喉仏をうごめかせて些か性急にビールを飲み干した。ぷは、と息継ぎをしたジェイドの上唇には、しっかりと泡が付着して髭の体を成している。 「……はあ」 「疲れてんね」 「それなりに。でもフロイドがいるから……」 「オレがいるから?」 「あなたがいるから、頑張りました。あとでたっぷり褒めてください」 「今じゃなくていーんだ」

「ふふ、ベッドの中で存分に僕を愛でていいですよ」
「ダッハハハ!親父くせ~!」
「ひどいです……シクシク」
「ウソ泣きやめろ~ウソくせーから」
 伸ばした爪先で兄弟の脛を小突くと、大して痛みもないだろうに「痛いです、シクシク」と宣う。ジェイドの長躯に対して少々ガウンの丈が足りなくてよかったかもしれない、思いのほか脚をびしょびしょに濡らしてしまったから。勢いよくプールの水面を蹴ったせいで、相似したばかりのベランダに水が飛んだ。こうやって埃が付くんだよなあと思いつつ、目の前の兄弟がおかしそうにクスクス笑っているから、そういう億劫な感情がすべて吹き飛んだ。
「ワイン開けよ~」
「いいですね、とって来ますか」
「じゃあオレも一回リビング上がるわ。冷蔵庫にまだ料理あるし」
「……」
「ジェイド?」
「フロイド、僕たちリビングに上がれません」
「どうして~?」
「タオル類を忘れました」
「ああ……」
 魔法で乾かせばいいものを、どうしてだかフロイドはリビングの床がべっとり濡れた様を想像して足がすくんだ。向かいのジェイドも、仕方なさげに肩をすくめている。しばし呆然と足元のビニールプールを見て、それから自分たちは既にそれなりに酔いが回っていることに気が付く。二人揃って顔を見合わせて、それからゲラゲラと高らかに笑い声をあげた。兄弟一緒にビニールプールから出た瞬間は、なぜか訓練所に足を踏み入れたときを思い出した。

「ふふ、ベッドの中で存分に僕を愛でていいですよ」 「ダッハハハ!親父くせ~!」 「ひどいです……シクシク」 「ウソ泣きやめろ~ウソくせーから」  伸ばした爪先で兄弟の脛を小突くと、大して痛みもないだろうに「痛いです、シクシク」と宣う。ジェイドの長躯に対して少々ガウンの丈が足りなくてよかったかもしれない、思いのほか脚をびしょびしょに濡らしてしまったから。勢いよくプールの水面を蹴ったせいで、相似したばかりのベランダに水が飛んだ。こうやって埃が付くんだよなあと思いつつ、目の前の兄弟がおかしそうにクスクス笑っているから、そういう億劫な感情がすべて吹き飛んだ。 「ワイン開けよ~」 「いいですね、とって来ますか」 「じゃあオレも一回リビング上がるわ。冷蔵庫にまだ料理あるし」 「……」 「ジェイド?」 「フロイド、僕たちリビングに上がれません」 「どうして~?」 「タオル類を忘れました」 「ああ……」  魔法で乾かせばいいものを、どうしてだかフロイドはリビングの床がべっとり濡れた様を想像して足がすくんだ。向かいのジェイドも、仕方なさげに肩をすくめている。しばし呆然と足元のビニールプールを見て、それから自分たちは既にそれなりに酔いが回っていることに気が付く。二人揃って顔を見合わせて、それからゲラゲラと高らかに笑い声をあげた。兄弟一緒にビニールプールから出た瞬間は、なぜか訓練所に足を踏み入れたときを思い出した。

25.06.2025 19:19 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ノーアルコール・ノーライフ」、「@Sirius_g963」と記載されています。
以下は本文の内容です。

 十八歳で成人したものの、結局学園を卒業するまでの間にアルコール類を口にすることはなかった。学生という身分の上、校則に飲酒を禁ずるという項目があったのだ。ナイトレイブンカレッジの学生は未成年者も含まれているから、一律で禁じるのは至極当然のことだった。
 あれから数年経ち、フロイドは兄弟と一緒にコンドミニアム形式の賃貸ルームで暮らしていた。襲撃面を考えてある程度の低層階を選び、大胆なサイズのサンシェードで目隠しされたベランダを用意し、角部屋という立地を踏まえてそれなりの賃料が発生するが、ウツボの兄弟を雇うアズールは二人にそれなりの給与を出してくれていた。リストランテとそれに付随する会社経営はそれなりの実績を叩きだしている。それもこれも秘書役のジェイドが身を粉にして働いているからだろう。
「ただいま、フロイド」
 ウワサをすれば、多忙な兄弟のお帰りだ。急いでベランダからリビングへ上がったフロイドは、小走りに玄関へ走った。シューズボックスへ革靴を並べるジェイドは、くんくんを鼻先をひくつかせて室内に漂うオリーブの香りを嗅いでいる。アンチョビやアヒージョを仕込んだからだろう、間もなく疲労に強張った頬がわずかに弛んだ。つられてフロイドの頬も弛む。
「お腹がすきました」
「だろうな、めっちゃ腹鳴ってるし。アズールはどうだって?」
「一週間ほど、完全な休日をいただけるとのことです。加えて三日はリモートワークでいいと……まったく、ウツボ使いが荒いですね。我らが支配人は」
 ネクタイを弛めながらルームシューズを履いた兄弟は、ふらふらとおぼつかない足取りでバスルームに向かっている。通勤カバンと、スマホと、腕時計と、タイピンと……様々なオプションを受け取って、スーツはクリーニング出しちゃうから脱衣籠に入れていいよと言えば、ジェイドは無造作にインナーごと仕事着を脱ぎ捨てた。初夏の空気が大気を支配している、しかし室内はフロイドがクーラーを入れたおかげでとても涼しい。一刻も早く汗を洗い流したいと見える兄弟の背を見追って、そっと扉を閉めておいた。春から働きづめの兄弟を尻目に、一方のフロイドは各地の支店を転々として一スタッフとして現場に立っていたので、彼ほど疲労がつのっている

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ノーアルコール・ノーライフ」、「@Sirius_g963」と記載されています。 以下は本文の内容です。  十八歳で成人したものの、結局学園を卒業するまでの間にアルコール類を口にすることはなかった。学生という身分の上、校則に飲酒を禁ずるという項目があったのだ。ナイトレイブンカレッジの学生は未成年者も含まれているから、一律で禁じるのは至極当然のことだった。  あれから数年経ち、フロイドは兄弟と一緒にコンドミニアム形式の賃貸ルームで暮らしていた。襲撃面を考えてある程度の低層階を選び、大胆なサイズのサンシェードで目隠しされたベランダを用意し、角部屋という立地を踏まえてそれなりの賃料が発生するが、ウツボの兄弟を雇うアズールは二人にそれなりの給与を出してくれていた。リストランテとそれに付随する会社経営はそれなりの実績を叩きだしている。それもこれも秘書役のジェイドが身を粉にして働いているからだろう。 「ただいま、フロイド」  ウワサをすれば、多忙な兄弟のお帰りだ。急いでベランダからリビングへ上がったフロイドは、小走りに玄関へ走った。シューズボックスへ革靴を並べるジェイドは、くんくんを鼻先をひくつかせて室内に漂うオリーブの香りを嗅いでいる。アンチョビやアヒージョを仕込んだからだろう、間もなく疲労に強張った頬がわずかに弛んだ。つられてフロイドの頬も弛む。 「お腹がすきました」 「だろうな、めっちゃ腹鳴ってるし。アズールはどうだって?」 「一週間ほど、完全な休日をいただけるとのことです。加えて三日はリモートワークでいいと……まったく、ウツボ使いが荒いですね。我らが支配人は」  ネクタイを弛めながらルームシューズを履いた兄弟は、ふらふらとおぼつかない足取りでバスルームに向かっている。通勤カバンと、スマホと、腕時計と、タイピンと……様々なオプションを受け取って、スーツはクリーニング出しちゃうから脱衣籠に入れていいよと言えば、ジェイドは無造作にインナーごと仕事着を脱ぎ捨てた。初夏の空気が大気を支配している、しかし室内はフロイドがクーラーを入れたおかげでとても涼しい。一刻も早く汗を洗い流したいと見える兄弟の背を見追って、そっと扉を閉めておいた。春から働きづめの兄弟を尻目に、一方のフロイドは各地の支店を転々として一スタッフとして現場に立っていたので、彼ほど疲労がつのっている

わけではない。今日はジェイドがようやくまとまった休日を取得するというから、フレックスタイムで早上がりをして、手の込んだディナーの準備に勤しんだ。おかげでキッチンにはたんまりと軽食が用意されており、先日アズールから下賜された(アズールも取引先のワインセラーからプレゼントされた)年代物のワインに合う料理をいくつも用意した。バスルームからはくぐもった水流の音が聞こえてくる。リビングからベランダ近くへ引きずったローテーブルへ、フロイドはさっそく夕食を並べ始めた。
「上がりました」
「はっや」
 ジェイドが戻ったのは三十分経った頃だ。バスタブの湯を張ったというのに、疲労で意識が冴えてまんぞくにくつろげなかったらしい。
「かわいそ~……よしよし。うわ、髪湿ってるし」
「乾かすのも億劫で……明日休みですし、いいですよね。たまには」
「すっげー疲れてんねぇ、ジェイド」
「フロイドは元気そうで何よりです……夕食はなんですか?」
「あはっ、食い意地はいっちょ前にあるんだ。今日はベランダで食べよ~」
 兄弟の住まうコンドミニアムは、角部屋だけに広いベランダが付属している。隣接する建物からは距離があるため、サンシェードで人目をはばかることも可能だ。よく掃除されたそこには、いつも通りモダンなデザインのガーデンテーブルが一式置かれている。その隣には、成人男性が二人も入れば水が溢れてしまいそうな、小ぢんまりとしたサイズのビニールプールが設置されていた。風呂上りにインディゴのガウンを羽織ったジェイドをエスコートすると、兄弟は一瞬眉をひそめた。
「ベランダの耐荷重的に大丈夫ですか……?ここは六階ですが」
「強化魔法かけたし、構造的には重さも問題なし……だと思う。契約書にくっついてた、室内建造の資料によるとだけど」
「……建築うんぬんを詐称していないことを祈りましょう。せっかく見つけた部屋を出ていきたくはないので」
「どっちに転んでもオレら悪くないのに出ていく羽目に

わけではない。今日はジェイドがようやくまとまった休日を取得するというから、フレックスタイムで早上がりをして、手の込んだディナーの準備に勤しんだ。おかげでキッチンにはたんまりと軽食が用意されており、先日アズールから下賜された(アズールも取引先のワインセラーからプレゼントされた)年代物のワインに合う料理をいくつも用意した。バスルームからはくぐもった水流の音が聞こえてくる。リビングからベランダ近くへ引きずったローテーブルへ、フロイドはさっそく夕食を並べ始めた。 「上がりました」 「はっや」  ジェイドが戻ったのは三十分経った頃だ。バスタブの湯を張ったというのに、疲労で意識が冴えてまんぞくにくつろげなかったらしい。 「かわいそ~……よしよし。うわ、髪湿ってるし」 「乾かすのも億劫で……明日休みですし、いいですよね。たまには」 「すっげー疲れてんねぇ、ジェイド」 「フロイドは元気そうで何よりです……夕食はなんですか?」 「あはっ、食い意地はいっちょ前にあるんだ。今日はベランダで食べよ~」  兄弟の住まうコンドミニアムは、角部屋だけに広いベランダが付属している。隣接する建物からは距離があるため、サンシェードで人目をはばかることも可能だ。よく掃除されたそこには、いつも通りモダンなデザインのガーデンテーブルが一式置かれている。その隣には、成人男性が二人も入れば水が溢れてしまいそうな、小ぢんまりとしたサイズのビニールプールが設置されていた。風呂上りにインディゴのガウンを羽織ったジェイドをエスコートすると、兄弟は一瞬眉をひそめた。 「ベランダの耐荷重的に大丈夫ですか……?ここは六階ですが」 「強化魔法かけたし、構造的には重さも問題なし……だと思う。契約書にくっついてた、室内建造の資料によるとだけど」 「……建築うんぬんを詐称していないことを祈りましょう。せっかく見つけた部屋を出ていきたくはないので」 「どっちに転んでもオレら悪くないのに出ていく羽目に

なるよね、ウケる」
 大人になると嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。アズールが興信所を利用して身元を調べてくれた不動産だ、信じたい。とにかくフロイドは兄弟をガーデンチェアに座らせて、自分はキッチンへ向かった。冷蔵庫から取り出した缶ビールをケースごと持っていくと、ジェイドはサンシェードの僅かな隙間から外を眺めていた。その横顔は見とれるほどの愁いを帯びていて、すべて勤続疲労によるものでなければその頬に今すぐキスをしたいほどに美しい。ベランダへ降りてサンダルをつっかける。ビニールプールへ、ケースから慎重に取り出したビールを浮かべていった。傍らの兄弟がフロイドの成すことをじっと観察しているが、その指がパチンと鳴ったと思えば水面にはうっすら氷の膜が張った。
「疲れてんだろ」
「さすがに魔法のコントロールぐらいはできます」
「ありがと」
「いいえ」
 カレッジで受け取ったマジカルペンは、筆記用具としてではなくいまやバングルや指輪という体を成している。だいぶ大粒の魔法石だったから、卒業直後に加工のために専門店に持ちこんだ時は驚かれた。教室でペンを振ることはなくなって、代わりに辣腕を振るう幼馴染の両腕として大いに働いている。カレッジへの入学から、フロイドたちの人生は転機を迎えたと思う。陸に上がろうという気概がなかったら、変身薬を飲んでまでこんな街中で暮らすことはないから。
 リビングのローテーブルからいくつか運んだプレートを並べて、フロイドもようやく椅子へ腰を下ろした。足元にビニールプールを引き寄せて、ハーフパンツから伸びた素足を浸す。ジェイドはすでに白い尾鰭を氷水に浸してくつろいでいた。指に挟んで持ちこんだワイングラスをひとつ、ジェイドへ差し出した。
「新品ですか?」
「昨日の骨董市で買ったやつ。魔法でコーティングされてるから食洗器オッケーだって」
「助かります」
「ビールでいい?」
「ええ、もちろん」
 ワインはというと、いまだキッチンの小型ワインセ

なるよね、ウケる」  大人になると嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。アズールが興信所を利用して身元を調べてくれた不動産だ、信じたい。とにかくフロイドは兄弟をガーデンチェアに座らせて、自分はキッチンへ向かった。冷蔵庫から取り出した缶ビールをケースごと持っていくと、ジェイドはサンシェードの僅かな隙間から外を眺めていた。その横顔は見とれるほどの愁いを帯びていて、すべて勤続疲労によるものでなければその頬に今すぐキスをしたいほどに美しい。ベランダへ降りてサンダルをつっかける。ビニールプールへ、ケースから慎重に取り出したビールを浮かべていった。傍らの兄弟がフロイドの成すことをじっと観察しているが、その指がパチンと鳴ったと思えば水面にはうっすら氷の膜が張った。 「疲れてんだろ」 「さすがに魔法のコントロールぐらいはできます」 「ありがと」 「いいえ」  カレッジで受け取ったマジカルペンは、筆記用具としてではなくいまやバングルや指輪という体を成している。だいぶ大粒の魔法石だったから、卒業直後に加工のために専門店に持ちこんだ時は驚かれた。教室でペンを振ることはなくなって、代わりに辣腕を振るう幼馴染の両腕として大いに働いている。カレッジへの入学から、フロイドたちの人生は転機を迎えたと思う。陸に上がろうという気概がなかったら、変身薬を飲んでまでこんな街中で暮らすことはないから。  リビングのローテーブルからいくつか運んだプレートを並べて、フロイドもようやく椅子へ腰を下ろした。足元にビニールプールを引き寄せて、ハーフパンツから伸びた素足を浸す。ジェイドはすでに白い尾鰭を氷水に浸してくつろいでいた。指に挟んで持ちこんだワイングラスをひとつ、ジェイドへ差し出した。 「新品ですか?」 「昨日の骨董市で買ったやつ。魔法でコーティングされてるから食洗器オッケーだって」 「助かります」 「ビールでいい?」 「ええ、もちろん」  ワインはというと、いまだキッチンの小型ワインセ

ラーに鎮座している。せっかくの夕暮れなのに、初めからメインディッシュへ手を伸ばすのはあまりにも面白みに欠けた。ビニールプールからひとつ、ビール缶を取り出したジェイドがさっさとプルタブを開栓した。ぷしゅ、と特徴的な破裂音が耳心地良い。フロイドのグラスへ、それからジェイド自身のグラスへ並々と注がれたビールはなけなしの夕陽に照らされて、淡い黄色に輝いている。給仕で鍛えられたジェイドからの晩酌は、ビールを彩る泡が適量に調節されてとても見栄えがよかった。
「それじゃあオレたちの夜に、」
「僕らの輝かしい休日に、」
「「かんぱーい/乾杯」」
 瀟洒なワイングラスに不釣り合いなビールをさっそく呷った。一見してスパークリングワインにも似たそれは、口に含めば独特の清涼感とインパクトのある苦み、それから泡の感触が口いっぱいに広がる。ごくごくと喉を鳴らして飲干せば、仄かなアルコールの香りとともにすっきりとした飲み心地が訪れた。
「美味しい……」
「そ?よかったぁ」
「新製品ですか?」
「らしいよ。スーパーでまとめ売りしてたから買っちゃった♡」
「ああ、今月のエンゲル係数が恐ろしいですね」
「ぜんぜん帰って来ねーくせによく言うわ」
 最近は特に忙しかったようで、夜遅くになってもジェイドはフロイドの待つこの家へ帰って来ないことが多かった。一人寝の夜ははっきり言ってかなり寂しい。アズールへ何度文句を述べたかもわからないし、アズール本人も彼ほど有能な右腕がいないことを心底嘆いていた。セックスどころかキスもままならない忙しさというものは、大いにウツボの兄弟を苦しめた。
「今日はしますか」
「しなぁい。明日しよ?今日は飲んで寝てぇ……昼まで起きない」
「なんて魅力的なお誘いでしょう、惚れ直してしまいます。ところでこのアヒージョをいただいても?」
「どんどん食べなぁ」
 小松菜とシラスのアヒージョに目を付けた兄弟が、さっそくスプーンをくぐらせる。取り皿なんて上等なも

ラーに鎮座している。せっかくの夕暮れなのに、初めからメインディッシュへ手を伸ばすのはあまりにも面白みに欠けた。ビニールプールからひとつ、ビール缶を取り出したジェイドがさっさとプルタブを開栓した。ぷしゅ、と特徴的な破裂音が耳心地良い。フロイドのグラスへ、それからジェイド自身のグラスへ並々と注がれたビールはなけなしの夕陽に照らされて、淡い黄色に輝いている。給仕で鍛えられたジェイドからの晩酌は、ビールを彩る泡が適量に調節されてとても見栄えがよかった。 「それじゃあオレたちの夜に、」 「僕らの輝かしい休日に、」 「「かんぱーい/乾杯」」  瀟洒なワイングラスに不釣り合いなビールをさっそく呷った。一見してスパークリングワインにも似たそれは、口に含めば独特の清涼感とインパクトのある苦み、それから泡の感触が口いっぱいに広がる。ごくごくと喉を鳴らして飲干せば、仄かなアルコールの香りとともにすっきりとした飲み心地が訪れた。 「美味しい……」 「そ?よかったぁ」 「新製品ですか?」 「らしいよ。スーパーでまとめ売りしてたから買っちゃった♡」 「ああ、今月のエンゲル係数が恐ろしいですね」 「ぜんぜん帰って来ねーくせによく言うわ」  最近は特に忙しかったようで、夜遅くになってもジェイドはフロイドの待つこの家へ帰って来ないことが多かった。一人寝の夜ははっきり言ってかなり寂しい。アズールへ何度文句を述べたかもわからないし、アズール本人も彼ほど有能な右腕がいないことを心底嘆いていた。セックスどころかキスもままならない忙しさというものは、大いにウツボの兄弟を苦しめた。 「今日はしますか」 「しなぁい。明日しよ?今日は飲んで寝てぇ……昼まで起きない」 「なんて魅力的なお誘いでしょう、惚れ直してしまいます。ところでこのアヒージョをいただいても?」 「どんどん食べなぁ」  小松菜とシラスのアヒージョに目を付けた兄弟が、さっそくスプーンをくぐらせる。取り皿なんて上等なも

ノーアルコール・ノーライフ/フロジェイ
(2/2)

文字のみ→ https://privatter.net/p/11592571 #A5ページメーカー

25.06.2025 19:19 — 👍 3    🔁 0    💬 1    📌 0

おお……ライブ申し込めたぞ……おお……スマホ買えたら機種対応してた

24.06.2025 23:58 — 👍 0    🔁 0    💬 0    📌 0
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フルーツパフェを召し上がれ

12.06.2025 12:20 — 👍 269    🔁 72    💬 0    📌 0
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お品書きだよ~

09.06.2025 11:11 — 👍 1    🔁 0    💬 0    📌 0
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06/15 【フロジェイ新刊サンプル】
「安息の岩礁」R18/A5/82p
ムシャクシャしたジェがフを誘う話です。番として余裕のあるタイプのフがいます。ジェに気のある顔有りモブが絡みますが最初から最後までいちゃついてるフロジェイです。

▼pixiv(R18): www.pixiv.net/artworks/131...
▼通販:詳細後日

08.06.2025 15:13 — 👍 9    🔁 2    💬 0    📌 0
Preview
[R-18] #フロジェイ #気まぐれキノコハンティング星願2025 【新刊サンプル】海嘯 それから僕たち - 星月夜 - pixiv ■アラサーバツイチ子持ち(←not血縁関係)フロイド × アラサー放蕩独身貴族ジェイド  フロイドに血の繋がらない娘がいます、ジェイドがかなり自堕落な生活をしています。なんでも許せる方向け ■2025.06.15 【気まぐれキノコハンティング星願2025】 にて頒布予定の新刊サ

【新刊サンプル】海嘯 それから僕たち | 星月夜 #pixiv www.pixiv.net/novel/show.p...

6/15にフロジェイ小説が出るよ~という宣伝。こちらでも一応
なんでも許せる方向けです

04.06.2025 23:04 — 👍 1    🔁 0    💬 1    📌 0

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