JICAホームタウン騒動はどのように拡大したのか
国際協力機構(JICA)がアフリカとの交流事業を推進する目的で立ち上げようとしたホームタウン構想が撤回に追い込まれた。新聞やテレビではSNSの偽・誤情報が要因と報じられているが、アフリカ現地の政府発表やメディア報道が行われており、単なる偽・誤情報問題だと考えると状況を見誤る。Xへの投稿を調査したところ、一部のインフルエンサーとまとめサイトが組み合わさり、騒動が拡大している状況が明らかになった。まとめサイトに代表されるミドルメディアは世論工作に利用しやすく、ネットにおける脆弱性となっている。 ホームタウン事業の経緯 まず事案を時系列で確認しておきたい。8月20日から22日まで、横浜でアフリカ開発会議(TICAD)が開催された。日本政府が主導して国連などと共同で開催しており、アフリカから各国の首脳やNGO関係者が横浜入りし、石破茂首相らと会談するなど、日本の外交影響力を示すイベントだった。 ホームタウン構想に関連するニュースは、NHKが17日に「前打ち」報道(事前報道)している。山形県長井市、千葉県木更津市、新潟県三条市、愛媛県今治市の4自治体をJICAが「ホームタウン」に認定し、国際交流を推進するという内容だ。21日に正式に発表され、自治体に関連する千葉日報、山形新聞、毎日新聞の新潟版(地方版)などが取り上げているが、それほど大きなニュースになっているわけではない。 25日になると、市に問い合わせや批判が届いていることが各社で報じられる。JICAも公式サイトで、アフリカの現地紙であるタンザニアの「The Tanzania Times」やナイジェリアの「Premium Times」などに対し、事実と異なる内容や誤解を招く表現があり訂正を求めていることを明らかにした。しかしながら、SNSを中心とした騒動はリアルの抗議運動にも拡大。JICAは9月25日に記者会見を行い、ホームタウン構想を撤回することになった。 21日から25日の間に何があったのか。ユーザーローカル社の「Social Insight」を利用して「JICA」をキーワードにし、XなどSNSの投稿状況を確認した。図のデータは8月20日から10月13日までで、前半にある大きな山は8月27日、2つ目の山は9月26日でJICAの撤回を受けた後となっている。 8月20日~10月13日の「JICA」を含む投稿数の変化。前半の大きな山は8月27日、2つ目の山はJICAの撤回を受けた後、9月26日。図:「Social Insight」(ユーザーローカル社)を利用して筆者が制作。 まとめサイトが取り上げ拡散 Xのデータを見ていくと23日深夜に疑問の声が投稿されている。23日朝にはナイジェリア政府のサイトでの発表や現地メディアのニュース記事が紹介されるようになり、「日本にメリットはない」という批判やアメリカでトランプ大統領が解体に追い込んだ国際開発局(USAID)とのつながりを指摘する「USAIDが解体されたから日本でやり始めた」という投稿が行われるようになる。 拡散のまとめサイトJAPAN NEWS NAVIが「【突然浮上】日本の4都市をアフリカ諸国の『公式な故郷』に指定」といったタイトルで記事を公開した。引用元には、「The Tanzania Times」やアルジェリアの「Neusroom」、日本の英字紙「ジャパンタイムス」の3つが示され、記事を翻訳して日本がアフリカの故郷になると報じていることや、「移民だらけにするつもり」など構想に批判的なXの投稿も紹介した。 一部のインフルエンサーが、「なにこれ?」「勝手に決めるな」といった批判的なコメントを付けてまとめサイトの記事を紹介したことで話題は拡散していく。中には「第二の故郷にするとは書いていない」「USAIDとの関連は確認できていないと」と冷静な対応を求める投稿もあるがほとんど拡散していない。 24日になると「市長をリコール」「役場にデモを」といった投稿や問い合わせ先を紹介する行動を求める投稿が増加し、署名サイトのChange.orgでも署名活動が始まった。「BBCの報道ではナイジェリア人は日本の健康保険制度に登録して日本人と同じように医療サービスの恩恵を受ける」「タンザニアTIMESのタイトルが恐ろしい 日本は4つの都市をアフリカに捧げる」といった現地のメディア報道に言及する投稿もある。表のようにまとめサイトの投稿も急増し、それがSNSで投稿されてさらに拡散するという、まとめサイトを中心にした偽・誤情報の拡散エンジンが加速していった。 日付 タイトル まとめサイト 8/23 【突然浮上】日本の4都市をアフリカ諸国の『公式な故郷』に指定/長井市=タンザニア/木更津市=ナイジェリア/三条市=ガーナ/今治市=モザンビーク[JICA発表] JAPAN NEWS NAVI 8/23 日本の4都市(山形県長井市・千葉県木更津市・新潟県三条市・愛媛県今治市)をアフリカ諸国の「故郷」に指定 自治体はアフリカ人の人口が増加し、地域活性化につながることを期待 ⇒ 湯浅忠氏「日本に来るアフリカ人は、アフリカにいるように振る舞います」 拡散速報 8/24 【X民】「市民の皆様、どうか市役所に投書したり、関心のない層へこの危険性を知らせてください」→アフリカ各国の“ホームタウン認定”に警鐘[問い合わせ先情報あり] JAPAN NEWS NAVI 8/24 海外の有名インフルエンサー、アフリカから移民受け入れ、日本に定住させる日本政府の計画に驚く「彼らはこれを後悔するだろう」「これらの移民が日本のそれらの地域を第三世界に変える。これがEUで起こった結果だ。日本の女性は夜に出歩けなくなるだろう」 拡散速報 8/24 湯浅忠雄氏、日本政府による四つの市(山形県長井市、新潟県三条市、愛媛県今治市、千葉県木更津市)へのアフリカ人入植計画に「それぞれの市民の方々は、是非、反対の署名活動をやってほしい。そして行政に署名を持っていって記者会見をやってテレビも巻き込んでほしい」 拡散速報 8/24 アフリカ・タンザニアのメディア、『日本が山形県長井市をタンザニアに捧げる』という見出しで報じる 拡散速報 8/24 日本の4つの市にアフリカ人を入植させる政府の方針に、海外X民の間でも話題に「思っていたよりもさらにひどい… アフリカ諸国の日本への本格的な侵攻が今始まる」「なぜ日本政府は自分たちの国民にこんなことをするのか?」「ハハハ めっちゃクレイジー!」 拡散速報 8/24 「三条市が認定されました!」新潟県の三条市役所、アフリカ人の入植地に選ばれたことを喜ぶ… ⇒ ネット「何が嬉しいのか分からないけど、欧州各国がアフリカ移民でどんな目に遭っているか、Xでご覧になったらどうでしょうか」「犠牲になるのは女性と子供なんやで?」 拡散速報 8/24 ナイジェリア人と日本人のハーフの細川バレンタイン氏「木更津市をナイジェリア人の『故郷』に指定したらしいよw」「ナイジェリアで暮らした事があるハーフとして予言しておくよ」「数年後、川口市のクルド人問題が屁に見えるくらいの状態に木更津市はなるよ」 拡散速報 8/24 熊谷俊人 千葉県知事「(ナイジェリア人の移民で)木更津市や千葉県が危険になる、犯罪が増えることはありません」⇒ ナイジェリア政府公式「ナイジェリアのブルーカラー労働者も、日本で働くための特別許可ビザを受ける」⇒ ネット「肉体労働者が沢山移住するんだけど…」 拡散速報 8/24 「モザンビークと、さらに手を取り合うご縁ができました!」愛媛県今治市、アフリカのモザンビークからアフリカ人の入植地に選ばれたことを喜ぶ… 拡散速報 8/24 松本克也さん「クルド人問題に突っ込んだこの片足を粗方の問題が解決したら、川口市から自分の故郷に帰るつもりでした… 今度は地元がアフリカ人に侵されそうです… 何故どこの馬の骨とも知らない余所者が私の地元を『故郷』と呼ぶのですか?」 拡散速報 8/24 英BBCがナイジェリア人の日本移住を全世界に向けて宣伝「住宅を提供」「家族とともに移住OK」「単純労働OK」「日本の健康保険制度、医療サービスを受けることができます」「日本人との結婚支援」「駐ナイジェリア日本大使館で『故郷』ビザを申請を」 拡散速報 8/24 【速報】日本政府、過疎地域にアフリカ移民を受け入れる模様ww ツイッター速報 8/24 今治市「今治はアフリカのモザンビークのホームタウンになります!!」→大炎上 ツイッター速報 フェイクニュースへの対応の難しさ このような状況にいち早く対応したのは熊谷俊人千葉県知事だ。熊谷知事のフォロワー数は29万で、前職の千葉市長時代からSNSを活用した発信を行っている。 24日に「少なくともこの取組によって木更津市や千葉県が危険になる、犯罪が増えることはありませんのでご安心ください。SNS上でデマばかり呟くインプレッション稼ぎのアカウントの話には気を付けてくださいね。」などとXの質問に回答するかたちで冷静な対応を呼びかけた。この投稿は約1,500万表示されているが、いいねは約6,400と少なく、批判や疑問のコメントが寄せられている。 25日に木更津市はXの公式で「移民の受け入れ事実はない」と市長コメントを公表。同じ日にはJICAや外務省もXに投稿した。炎上し始めて2日間での対応は大幅に遅いわけではない。しかし、政治家やタレントが相次いでホームタウン構想を取り上げ、話題は更に拡散しており沈静化はできなかった。 なぜ、ホームタウン構想は反発を呼んだのか。まず、まとめサイトが【突然浮上】とタイトルにつけたように「ホームタウン」という言葉が急浮上したように見えたことがある。国際交流という多くの人に知られた言葉ではないホームタウンという言葉を使ったこと。また、まとめサイトによりホームタウンが故郷と直訳されたことも、人々の唐突感や不安感につながったと考えられる。 現地のメディア報道が情報源となったことも大きい。まとめサイトはメディア報道のURLを引用先に提示しており、Xにも報道に言及した投稿がある。今回の報道は「誤報」だったわけだが、海外メディアからフェイクニュースが発信されるというパターンで影響工作が行われることもある。ニュースの信頼性を悪用しているフェイクニュースに対応する難しさが分かるだろう。 ロシアの関与はあったのか この騒動にロシアが関与したとの報道もある。鳥海不二夫東京大学教授は「ロシアのプロパガンダであると言い切るだけの根拠は見つかりませんでしたが、完全に否定するだけの材料もなかった」と述べている。 JICAホームタウン問題にロシアの介入はあったのか? 筆者も同じ意見だが、ロシアによりJICAへの不信感がSNSに醸成されており、それが発火の下地になった可能性はある。ロシア系メディアのスプートニクは、JICAをUSAIDと関連付けた投稿を行っていることが分かっている。 「【日本 赤字のウクライナへ88億円】」(Sputnik 日本/X) 炎上初期から「USAIDが解体されたから日本でやり始めた」という投稿があることを踏まえれば、スプートニクの影響はあるとはいえる。ただ、JICAへの不信感はアフリカという遠い国を支援する意義やその実態の分かりにくさも要因だろう。影響工作は人々の根底にある不信や不安を利用する。ホームタウン構想は撤回されたが、どのような話題なら騒動を起こすことができるのかが明らかになった。 また、まとめサイトに代表されるミドルメディアとXの一部アカウントが「共振」しながら話題を拡散していくという構造は世論工作に利用しやすい。世論工作を行う側からすれば、ミドルメディアに偽・誤情報を用意しておけば、SNS拡散の情報源となる。ホームタウン騒動は、ミドルメディアというネットにおける世論工作の脆弱性を世界に知らしめたことになる。
JICAホームタウン騒動はどのように拡大したのか
国際協力機構(JICA)がアフリカとの交流事業を推進する目的で立ち上げようとしたホームタウン構想が撤回に追い込まれた。新聞やテレビではSNSの偽・誤情報が要因と報じられているが、アフリカ現地の政府発表やメディア報道が行われており、単なる偽・誤情報問題だと考えると状況を見誤る。Xへの投稿を調査したところ、一部のインフルエンサーとまとめサイトが組み合わさり、騒動が拡大している状況が明らかになった。まとめサイトに代表されるミドルメディアは世論工作に利用しやすく、ネットにおける脆弱性となっている。 ホームタウン事業の経緯…