電話越しにも日本の雨の音がした。懐かしい湿り気を覚えつつ、「ダメだ」と手塚は繰り返す。
「おとなしく家にいろ、不二」
「イヤだよ、会場限定のスペシャルメニューがいくつもあるんだ」
隣県である催しものは世界のメニューが大集合で、辛いものからリンゴ味までとりどりらしい。
「大丈夫だよ、キミが選んでくれた山用のレインコートを着ていくから」
「そ、……れでもダメだ」
思わずそうかと言いかけた。素直な信頼は愛らしく、彼が好かれる理由のひとつだ。――そう、だから、そんな不二がもし同行を求めたら、たちまち誰かがついて行き、それならばまだ安全ではある。あるのだが。
「安心できない」
きっぱりと手塚は断言した。人間、譲れないことはある。同時に不二の願いは尊重されるべき、――となると落としどころはひとつだ。
「食べたいメニューを教えてくれ。大人になったら全部の国に連れていく」
「え? 国……、ぷ、ふふ」
こぼれた心地よい笑声に、雨音がすっと引いて混じり合う。隣り合って話す雨の日が立ちのぼり、手塚は息をくつろげる。
「ふふふ。――分かったよ、手塚。後でリストを送るから」
「待っている」
応えながら、手塚は想う。ふたたび彼と隣り合い、もし雨が降ればこのときも、――いや、一つ屋根の下ならば、そんなことは幾度でもある。なにより彼との話を思い出すために、必要なものは特にない。 | ふたりの話/塚不二 | 調 @seitea21
少し未来の、ある雨の日の塚不二です。各地様々な天候で、皆さま油断せずお過ごしください。素敵な夜、素敵な日曜になりますように☂️☁️☀️
17.05.2025 13:41 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「花の咲く地で/塚不二」、「調 @seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
テレビ画面の一面に青い花が咲いていた。あら、ネモフィラ――。言った家族が、不二に花にまつらう神話を教えてくれた。
ネモフィラという娘を愛した男がいた。彼女と結婚できるなら命を神に捧げると近い、ふたりが結ばれた後で、正しく命を奪われた。ネモフィラは冥府に彼を求めたが、人が彼の地に行くことはできない。扉の前でネモフィラは泣き濡れ、哀れに思った冥府の王が彼女を花に変えてくれた。
ネモフィラの花言葉に『あなたを許す』っていうのもあるのは、この神話からきてるのよ――。説明されて、幼い不二は首をかしげたものだった。このお話で、いったい誰が誰を許したんだろう――?
遠い昔の、花一輪より小さな疑問だ。青い空に紛れて久しかったそれが、大きなテレビ画面にあふれるネモフィラを見て、また一面に咲いて広がる。各地のネモフィラ畑を次々紹介していく番組らしい。青に浸され、不二は思いをめぐらせる。
誰が誰を――置いていかれたネモフィラが男を――? 悲しみこそすれ、許す必要がある感情をいだくだろうか。ならば男がネモフィラを――? それこそピンとこない話だ。
「俺には神話はよく分からないが」と言ったのは、ランニングから帰ったばかりの手塚だった。
粉末のスポーツドリンクを、彼の好みの濃さにするにもすっかり慣れた。キッチンに行き、不二が冷やしておいたボトルに気づいたのだろう。礼とともに、手塚は大きく喉を動かす。満ち足りた息をひとつつき、そうして一面青い画面と不二の疑問に、隣で一緒に向き合った。
彼が座るのに合わせてソファーが深く沈んで、少しだけ不二はふわりと上昇する。気持ちも一緒にふわりとして、「ふふ」と笑って首肯した。
「神さまは人気者だから」
「物語成立の仕組みは聞いたが」
「覚えていた?」
「お前が話したことだぞ。――それはそれとして、浮気でもいいからというのはやはり理解しがたい」
「……ふふ」
彼らしい、まばゆい言葉に不二は覚えず笑みをこぼして、この話はもう十分だと思い、けれども手塚は「それで」と、話を不二のささやかな疑問へと戻した。
「冥府の王が許したんじゃないのか。男も、ネモフィラも」
「王さまが……?」
そうか、花言葉の言いように、なんとなく人が人をと思っていたが、神話には、たしかに冥府の王も出てくる。
「花なら冥府に行けるだろう。――ネモフィラは男と再会できる」
「……そっか」
冥府にも花が咲くだろうか。アスポデロスの野には咲いているかもしれない。
それならば、善良な男もその地にいるだろう。
そうだったんだ――。願うよりも先に感じる。手塚が語る再会は、疑いようもなく真実で、許された男とネモフィラは、冥府で再会できた気がする。
あらためて見た画面からあふれそうな花園は、再会の喜びの空色だ。――不二はその色を知っている。懐かしく美しい色だ。
思うと同時に、「綺麗だな」と手塚が言った。微笑む不二をまっすぐ見つめ、小さく咳払いをした。
「それで、不二。――この番組は、いつまでだ?」
あ、と不二は気がついた。ずっと待っていた手塚に向き直り、頬にお帰りのキスをした。
今夜のこれは、ネモフィラから想起しました塚不二です。いつかの未来の一つ屋根の下でおおくりいたします。
「それで、不二」
15.05.2025 21:10 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「帰路暮れて/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
帰り道、ぽつりぽつりと先の休みに山に登った話をしていた。楽しそうに打たれる不二の相づちが徐々に少なくなったと気づき、手塚は覚えず歩を緩めた。隣の不二の顔を見つめる。
日が暮れていく帰り道、辺りは暮色がぼんやりと夜ににじんで消えかけていた。彼の顔は半分既に薄闇の中で、それがどうにもおかしい気がした。――よく見えない。かといって、電柱の上からのっぺり注ぐ灯りの中に引き出して照らすのもまたおかしい気がした。
「……ふふ」
考えあぐねて黙る手塚の視線の先で、不二はうつむき小さく笑い、そうかと思えばさっぱりと影の内側で微笑した。
「キミの顔、だんだん見えなくなってきた」
「――そうだな」
同じことに、不二はとっくに気づいていたのか。さすがだと手塚は彼を見つめ直した。おぼろながらも笑みはうかがえ、自分のまなざしはまだ不二の顔に触れ
ている。うっすらと夜のはじめに咲いた花唇が紡ぐ言葉に、つい凝視することになったのだが。
「キミの楽しそうな顔、好きなんだけどなあ」
「――……そうか」
夕暮れ時の星影よりもささやかな好意も彼は隠さず伝える。だから――これもその一環で、深い意味は特にない。言い聞かせている胸中に、だがそうか、楽しそうだと彼にはちきんと分かるのかと、ちゃんと顔も見ながら話を聞いてくれていたのだと、ふわりふわりと理解が重なる。
「……――」
腕時計に目をこらす。六時過ぎ――ならばギリギリ間に合うか。
「うちに寄っていかないか」
夕飯を一緒に食べたいと互いの家に連絡し、公園あたりで両家の返事を待てばいい。
「公園かあ」と不二は笑った。夜はさらにほど近い。笑顔は半ば脳裏の記憶と重ね合わせたものだったが、手塚が間違えることはない。不二はにこにこ、嬉しそうに小首をかしげる。
「あ、手塚。それならさ、待つあいだ、五丁目の廃屋に行ってみない? 乾が教えてくれたんだけどね、最近お庭に幽霊が」
「行かない」
手塚は即座に応じる。そんなところに灯りがあろうはずもなく、互いの顔はまったく見えない。まさしく本末転倒だ。それになにより――今さらこの、ふたりの帰路に、幽霊だろうがなんだろうが、他人を加えるつもりはない。
久しぶりにこちらにも放流してみます。時期的には少し前かもしれません。中学時代、帰り道の塚不二です。
「行かない」
13.05.2025 20:51 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
別におかしなことではなかった。父が職場でいただいたという個包装の小さなケーキがおいしくて、このふわりとした上品さは不二も好きに違いないと考えた。だから翌日の昼のデザートにふたつ――保冷剤もつけてもらって、手塚はそれを持ち出した。屋上でふたりでご飯を食べたあと、不二に片方を差し出した。
なにもおかしなところはなく、しかし自分は差し出しながら言ったのだ。
「生まれてからこれまで食べた中で、一番おいしいチーズケーキだと思った。それでお前に、……――」
違和感に、手塚の声は失速した。十四年しか生きていない人間の生まれてからこれまでが、どれほどの賛辞を、好意を示せるものだろう。確かにはじめての美味しさで、確かに不二に食べさせたくて、しかし正しく伝わるものか。どう説明をすれば補足ができるのか。言葉はまったく浮かばずに、手塚は不二を見下ろした。
こんなとき、あきれた顔をする質ではない。知っていたが、不二は苦笑もしなかった。真面目に澄んだまなざしが、手塚の手の上の菓子へと触れた。頬がふわりと上気する。視線にはにかみひとひらを乗せ、彼は手塚に笑みかけた。
「……テレビかな? 見たことあるかも。北海道のお菓子だっけ」
「そう聞いた。――……ふじ」
安堵まじりに首肯して、手塚は不二の名を呼んだ。乾きかけていた口内に、甘露が満ちる気配を感じる。うるおう笑顔を浮かべた不二が、丁寧に、
両手でケーキを受け取った。
「ありがとう、とびきりのデザートだ」
「うん。――よかった」
「スフレタイプだね。ふふ、おいしそう」
「おいしいぞ。こんなケーキははじめて食べた」
まるで――それこそもう何十年も寄り添う伴侶と語らうがごとき自然さで、手塚は再度繰り返す。そうしてふと、まったく同じやり取りを不二としたという気持ちになった。
いや、あれは――くれたのは寿司屋のタカさんで、お客さんからもらったと――少ないんだけれどおふたりで、と。そうだ、ふじがこの柔らかさなら薫ちゃんも食べられますねえと笑んだのだ。ならば皆で食べるように取り寄せようと自分は応えて、――、――……なんだこれは――?
たちまち脳裏に浮かんだ青学のメンバーが、なんだか微妙にいつもと違う、……そうでもないか? 不二が伴侶なのは分かるし、菊丸が猫、――猫? 猫にケーキはいいのか? 待て、その前にふじの膝から、……――。
「手塚? どうかした?」
手塚ははっと我に返った。ここは家屋の縁側ではなく、学校の校舎の屋上だ。けれども空の青さは変わらず、不二が手塚を覗いてまばたき、――ああ、そうか。
「いや。……食べよう。うまいぞ」
うながすと、不二は首をかしげながらも、笑って「うん」とうなずいた。
「わ、ふわふわ」
「スプーンを持ってきた」
こんなやり取りもあった気がする。そしてこの柔らかさならと手塚の伴侶が言ったのだ。この不二は、孫がいないから言わないが。なにせ自分もそれから不二も、十四年しか生きていない。――孫。なるほど、祖父と祖母か。別におかしなことではないな――。
あらためて手塚は納得し、二本のスプーンを不二へと見せた。見せながら、透明な包み紙に印刷されたイラストに今さら気がついた。シルエットがふたつ向かい合い、片方が胸を張って真っ直ぐケーキを差し出して、気持ちが分かるとそう思う。過去か未来か並行か、分からないがどこかの世界の自分も分かっているだろう。お前だって、ちゃんと不二と一緒に過ごしているのだから。
同じ青さの空の高みを、白い雲が流れていく。のどかな日差しを含んだ風に、手塚は今朝見たテレビのことを思い出す。北海道では今日あたり桜が開花しそうだと、ニュースキャスターが話していた。
不二が知ったら喜ぶだろう。繊手にスプーンを渡しつつ、手塚は彼の名前を呼ぶ。日本全国、――どこの世界も、いよいよ春だ。
一緒の世界/塚不二
調 @seitea21 筆
テニプリ一家に関した塚不二を久しぶりに書きました。ベースは中学三年生の今ごろです。今日入ってきた吉報と、いただいた彼の地のお菓子にも寄せて🌸
"別におかしなことはないな――。"
23.04.2025 13:20 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
姉ちゃんからもらった特別展のチケットが二枚――。菊丸は、携帯電話を前にううんと首をかく。どうしようかと定まらぬ結論はひとまず放置して、迷う指を代わりに親友の名前にあてた。それこそ不二も博物館とか嬉しいタイプだけれど、だからこそあまり興味のない自分と一緒はなんだか悪いし――。
故に不二に向けたのも、今日どうだった? という質問だ。部活終わりに手塚と桜のある公園を通って帰る話をしていた。あそこは毎年遅いけど、さすがに散っていると思うし――なにげに繊細な親友は大丈夫だっただろうか。
「ほとんど散っていたよ」と、不二のメッセージは微笑んだ。正確には、いたよの後ろで絵文字が桜と微笑んだ。
「そっか、残念」
「ふふ、うん。そうしたらさ、手塚が北海道はこれからだって」
「そーゆー話じゃなくない?」
「ふふふ、そうだね。だけれどなんだか納得しちゃった。北海道はこれからだし、もっと北もあるだろうし、ぐるりとまわれば来年の桜もこれからだし」
「ま、そうか。来年は俺とも見よーね、不二」
「うん、楽しみにしているね」
ばんざいをする猫のスタンプを送り、こぐまにお辞儀で返されて、菊丸はううんともう一度逃げていた思考に立ち戻る。そりゃあちょっと、考えたけど。なんかシャクだし話すのあんまり得意じゃないし、全力で気づかないふりはしたけれど。
リストの下の方から名前を呼び出して、菊丸は手塚に手短かに尋ねる。
「不二と特別展とか行かない?」
すぐについた既読にひえっと身をすくめ、返事にやっぱりひえっとすくめて、――だけどやっぱりこれが一番、正しかったような気がする。
「行く。だが、どうしてだ」
言う順番、逆じゃないかと思うんだけれど。だからこそ正しいみたいなやつだ――。
しかし菊丸ははたと困った。手塚相手に説明するのは、やはりいささかハードルが高い。困った脳裏にぱあっと花が咲くように笑顔がひらめいて、菊丸は「あ」とつぶやいた。
不二の方に話しとこ――。それは我ながら名案だった。ええと、じゃあ、手塚には――、詳しくは不二に聞いて、と――……。
今日この頃の塚不二です。散る桜、これからひらく桜に寄せて、菊丸くんの視点でお届けいたします📱🌸
「行く。だが、どうしてだ」
15.04.2025 12:34 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
ベッドに入ろうとしたときに、携帯電話がかすかに震えた。なぜか放り出したくはなく、手塚は踵を返して机の前に戻った。とりあげてわけを理解する。
寒いね――。
メッセージアプリにぽんとひとこと。――不二からだ。
確かに今夜は気温が低い。いつも隣で話すと同じに、手塚は格別気負わず返事を打ち込んだ。
油断をするな。冷やすなよ――。
朝からずっと薄曇りだった外から、今は雨の音がしていた。窓の向こうのしめった闇は、いつもよりも濃いようだ。灯りを落としたままの部屋で、不二と自分のやりとりが、画面ごとぼんやり発光している。
――うん。
ぽん、と笑った絵文字がついて、やがて続けてつぶやいた。
花冷えだね。花散らしの雨かなあ――。
もちろん声はしなかったが、落ちる響きを手塚は想った。今度は少し考えて、
短い返事を打ち込んだ。
――どうだろうな。
またほんの少し考えて、花には詳しくない、とひと言付け足した。
ふふ、そっか。――こんな天気で
不二の言葉はふつりと途切れた。
――金曜でも夜更かしはちょっと油断かな。
くるりと明るく微笑んで、おやすみ、と手塚に告げる。
手塚、付き合ってくれてありがとう――。
「……」
手塚は黙って外を見た。夜は変わらずそこにある。手塚自身も変わらずにある。花を惜しみ、けれども笑う、不二も何も変わらない。手の中の機械は変わらず光を帯びて、ならば応えは決まっている。
――不二。明日、公園のコートにでも行かないか。
桜並木のある公園だ。ふたりで花を見られるだろう。残っていても、散ってい
ても。
散り落ちた花に不二が悲しんでも、その隣には自分がいる。ならば問題はないと手塚は信じた。不二に確認してはいないが。
画面はしんと沈黙した。手塚も黙って待っていた。
――うん。
やがて不二が首肯した。光の中で、ぽん、と絵文字が微笑する。ありがとう、楽しみだなと続けた不二は、今度はきっと、いつもの笑顔の彼だった。
夜闇にひらく/塚不二
調 @seitea21 筆
冷える今夜の塚不二です。中学時代の金曜夜のふたりでお届けいたします。明日はまた春めくようですが、花冷えの候、皆さま油断なくご自愛ください🌸
"――うん。"
11.04.2025 12:30 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
寝台列車に乗りたいな、と言ったのに、特に深い意味はなく、特に熱ある心もなかった。たまたま今日は日本で初めて寝台列車が走った日なのだと知って、部活の休み時間にそれをふっと思い出し、たまたま隣にいた手塚に、ちょっと言ってみただけだった。つまり文字通り雑談だ。
「そうか」
手塚が首肯してくれて、「ふふ」と笑ってうなずいて、次のときには不二はもう、風が向きを変えるがごとくに、別のことを考えていた。放課後は買い物の荷物持ちをすると家族に約束している。りんごを買ってもらおうかな――そろそろ南半球からも届く時期になるけれど、青森産がまだあるかな――……。
そうして青森産のりんごをデザートにいただいた翌日の昼、一緒にお弁当を広げた手塚は真面目な顔をして、「寝台列車だが」と言った。
「日本にはもう一台しか定期運行がないんだな」
「え、そうなの?」
「高松や出雲に行くそうだ」
「へえ、楽しそう。……え、キミ、わざわざ調べたの?」
「乗りたいんだろう。――さいわいツインもあるようだ」
手塚は蕩蕩と寝台列車の座席の種類を説明し、ツインならばふたりで乗るのにちょうどいいと満足そうに締めくくる。なんだかずいぶん具体的で、なんと返したらいいものか。ツイン――うんまあ、確かにね。一緒に旅をすると言いつつ、道中ほとんど別々なのもさびしいし。
それにしてもとこっそりと見上げる。手塚はずいぶん楽しそうだ。いや、分からない。不二はよく、手塚がこの顔をしているときに、楽しそうだねと告げて周囲に驚かれる。そんな風には見えないらしい。だけれどそんなときに手塚は、ますます楽しそうな顔になる。やはり違っていないと思うし、――そんな手塚とする旅ならば、なんとなく、ずっと前からしてみたかったような気がする。自分は実は本当に、寝台列車に乗りたいと願っていたのかもしれない。
だから不二は微笑んで、ありがとうと彼に伝えた。それからお礼にりんごのウサギを一羽上げようとしたのだが、手塚には、謹んで辞退をされてしまった。不二からりんごを取りたくはなく、お礼ならば一緒に旅をしたときに、車内で食べる夕食をふたりで選べばいいらしい。
「じゃあ、待ち合わせは早めだね?」
「朝からは」
「ふふ、いいけれど。――テニスでもしていく?」
旅路へと/塚不二
調 @seitea21 筆
本日にはじまる塚不二です。中学時代のふたりでお届けいたします。今日生まれたあなたに。今日を生きた皆さまに。皆さまに、素敵な旅路がありますように🚂
「――さいわいツインもあるようだ」
08.04.2025 12:19 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「再会/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
桜の満開がニュースになった翌日は、静かな曇り空だった。これが花冷えというものか、少し肌寒くもあった。手塚が待ち合わせで訪れた園も数本の桜があるのだが、花見客は見当たらない。
雲を隔てて白々と光が花に落ちていた。桜は紅(べに)をどこかひそめて、透きとおって空気に震えるようだった。
もうじきここに来る彼を、手塚は脳裏に浮かべてみる。春休みだ。不二と逢うことはあまりない。テレビで開花が告げられた日に電話をしたが、あのときも、久しぶりに声を聞いたという気がした。黙り込んだ自分にいつもの彼の声が「手塚?」と柔らに微笑んで、その音が妙にしみとおり、「もう一度呼んでくれ」と数回頼んだものだった。
くすくす笑って不二は「手塚」と同じ数だけささやいた。彼は手塚を優しいというが、不二の方が優しいと手塚は思っている。
その彼を直接目にしたのは、合同練習をした日のことだ。開花はまだ、各地の予想にすぎなかった。冬の名残の冷えた大気に細い首筋がさらされて、今日のよ
うな光がこっくり落ちていた。不二の肌の密やかな光と美しく触れあって、香り立つような白だった。
手塚は息を吐き出した。余り逢わない期間にも、彼を幾度か想ったが――逢えるとなったその直前になってはじめて、体に、思考に熱がこもった。――そうか。きっと近くまで、不二がやって来ているのだろう。
そうはいっても、あくまでも彼と出会うまで――夢想しているあいだのことだ。顔を直接見たのなら、不埒な考えなど消え失せる。無邪気な信頼を向けられて、優先すべきは手塚の身勝手な欲ではなく、ふたりで過ごす穏やかなときだ。不二が隣で笑うなら、得がたい時間のためならば、他はひとまず後回しだ。
それでもこれは許して欲しい。お待たせと、「手塚」と自分を呼ぶ不二に、時間前だ気にするな、と手塚は応えた。それから彼に「もう一回」と、あの夜のように名前をねだった。
不二はぱちぱちまばたいた。まつげの上で春の午前の明るさが揺れ、すぐにふわりと花開く。
「――手塚」
風が吹く。「うん」と手塚はうなずいた。不二と逢ったと考えた。
「不二」
呼び返す舌の根が甘く、そういえば、桜にも蜜があるのだろうか。いや、蜜ならばあるだろうが、桜の蜂蜜――不二なら知っているかもしれない。しかし最初に話すのは、この前家族が教えてくれた店にある、りんご味の鯛焼きのことと決めている。
「不二」と手塚は呼びかけた。彼を見つめる視界の端で、花が枝ごと上下した。その花びらは柔らかく、紅(べに)を帯びているようだった。
ネット環境復旧で、こちらにも掲載を再開しました。これは今日の塚不二です。中学時代のふたりでおおくりいたします。
"風が吹く。"
05.04.2025 11:52 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
白木蓮の花がないと気がついたのは、たぶん手塚が先だった。
通学路の民家の軒先で空に開いていた花に、なにがあったのかは分からない。数日前も祖父がお茶を飲みながら、庭木の管理は難しく切る家も多いと話していた。知人が庭を整理したということだったが、山手の家だそうだから、この白木蓮ではないだろう。
不二に告げるか告げないか、気づけば悲しむのではないか。しかし彼ならいずれ気づくし、乗り越える強さも持っている。伝えないのは違う気がする――。
不器用な慮りの結末は「不二」と彼の名前ひとつに収束し、まばたく不二はすぐに「あ」とつぶやいた。
「白木蓮、――なくなってる?」
「……うん」
「……」
うつむいた不二のまぶたに春の日差しがあたっている。こっくりと輝きはひと揺れし、しかしすぐに、きらきら春風に広がった。
手塚を見上げて、不二が微笑む。
「……忘れないよ。きっと、ずっと」
「――そうか」
幸せな白木蓮だと手塚は思う。それから彼に「俺もだ」と伝えたが、数日前にひとりでここを歩いたときには何も気づきはしなかった。今はくっきり脳裏に浮かんだ白をずっと、――不二といるなら忘れないから、特に偽りなどではないか。 | ずっと/塚不二 | 調 @seitea21
少し久しぶりになりました。本日の塚不二は今日今ごろの、通学路でのふたりです。中学二年の春でお届けいたします。
「白木蓮、――なくなっている?」
27.03.2025 11:46 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「favorite cafe/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
不二が何やら嬉しそうに、携帯電話を覗いている。誰かからなにか連絡が来たのか、それともいいものを見つけたか。
部室の窓から伸びる日差しを挟むほどの距離で手塚は彼を見つめた。ほころんでいる口もとに、ほんのり春の色がある。
不二、と名前を呼ぶより早く、視線に気がついたのだろうか。不二が顔をこちらに向けて、わずかなはにかみを投げかけた。
大股で日だまりを横切って、手塚は彼の隣へと行く。「あのね」と不二が見せてくれた小さな機械の画面には、白い――クリームらしきものが高々そびえていた。
「……これは」
「ふふ、英二がね」
先に帰った親友から「さっき話していたやつだよん」と送られてきた店のメニューの写真らしい。
「すごいよね、パンケーキもふわふわだし、このクリームも、雲みたい。今度の日曜、行こうかなあ」
「そうか」と手塚はうなずいた。綺麗な指が動かす画面を見る限り、飲み物も豊富であるようだ。リンゴジュースかリンゴの紅茶もあればなおさらいいと思う。
「恵比寿か、分かった。待ち合わせは何時にする」
「……うん?」
まばたいて見上げるさまは可愛らしいが、おかしなことを言っただろうか。
「次の日曜日ではないのか?」
「……――あ。ふふ、うん。日曜日」
だけれどキミ、大丈夫? こういうお店、気に入るかなあ――。不思議な心配をし出すから、手塚もますます分からなくなる。食べることを楽しみに、嬉しそうに計画立てていたではないか。
「お前が喜んで食べているなら気に入るが」
「……」
口をつぐんだ不二の痩躯に、角度を変えた日差しが当たる。ほのぼのと、やはり花に似た色に光る頬へと触れる代わりに、手塚は「それで時間は」と、油断をせずに確認をした。
今回は中学時代の塚不二で。リアルイベントの打ち上げという、我が身には稀有かつ幸せすぎる席で聞いていただいた話をSSにしてみました。Special thanks:さぎぉさま
「待ち合わせは何時にする」
21.03.2025 20:54 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「海棠の午後/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
ふわふわと深く、ゆらゆらと定かに――自分は居眠りしているのだと、不二はぼんやり認識する。ということは、つまりそろそろ目覚めのときだ。ふわふわ、ゆらゆら、けれど眠りは同時にすとんと落ち着いて、芯が通っているようだった。なんだろう、たしか部活のあとの部室で、ベンチに腰をかけていて、がくんと不安定になるならば分かるけど――。
「起きたか」
「……てづ、か?」
先生に提出物があるからと、職員室へ行っていた。戻ったんだ、早かったねと言おうとしたが、まだ半分は心地よく寝ている唇は、「う、……ん」とまとまりのない言葉をこぼしたのみだった。だって頭はまだぬくもりに落ち着いて、……――?
不二はがばと身を起こす。いつから肩を貸し続けていてくれたのか。手塚が瞳に笑みを潜めて、「起きたか」と再度言った。
「海棠の眠り未だ足らず、だな」
「……ふふ。キミ、実は玄宗皇帝だったの?」
「お前が楊貴妃ならな」
「……――ずるいや」
酒精を残し眠たそうな最愛の妃を花にたとえた言葉だが、当然手塚は皇帝を気取るつもりはなく、共通の教師が行った雑談の言葉を出してみただけだろう。
中学生の軽口に、軽口で返し、返された――ただそれだけの話だった。ただそれだけの話だが、不二はふっと思いを馳せる。皇帝も妃に肩を貸しただろうか。貸すかもしれない、寵愛で名高い男なら――。
「ねえ手塚、キミ、どう思う?」
これもまた、中学生の軽口だったが、手塚はなぜか真顔になった。
「俺ならば膝も貸す」
「……ぷ、ふ、ふ、ふふ、……」
ずいと示される手塚の膝に、不二は崩れて顔をうずめる。どうにも笑いが止まらなくなり――中学生には、よくあることだ。大きな手で頭を撫でられて、本当にまた、眠くなってはきたのだけれど。
これは3/16の誕生花ハナカイドウから想起した、中学時代の塚不二です。今日生まれたあなたに、今日を生きたあなたに。皆さまに、優しい眠りがありますように。
「実は玄宗皇帝だったの?」
16.03.2025 23:06 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「王子が魔法で靴を出す/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
手塚にシューズを贈られた。特徴のある箱でメーカーはすぐに分かった。それからどんなシューズかも。燦然とシリアルナンバーまで記されて、クニミツテヅカ限定モデルNo.2――。
「え、2って、1はキミが持っているって触れ込みじゃ」
足もとを見る。手塚の靴がまさにそれだと確認し、不二はなおさら困惑する。
「贈り物には贅沢すぎない?」
「贈り物?」
手塚が不思議そうにつぶやく。
「そうか、……贈り物か。では不二、お前に。履いてくれ」
宝物を差し出す子どもの顔で言われて、不二には断りようもない。「ありがとう」と箱を軽く持ち上げて、「あれ?」とそれこそ不思議な話に首をかしげた。
「贈り物じゃないのかい? あ、買う? ええと、足りるかなあ。現金は最近あんまり持ち歩かなくて」
「どうしてそうなる。パートナーの分もともらっただけだったから――いや、贈り物だな、今はまだ。履いてくれ。お前が履いてくれるなら、話を承知した甲斐
がある」
「……――」
見上げた手塚と視線が交わる。やはり子どものようだった。それから大人のようだった。不二は笑ってうなずいた。
「ありがとう。ふふ、キミ、よくしゃべったね」
「お前といるならこんなものだが」
「そうかなあ。……ふふふ、ごめん。そうだね、手塚。じゃあ、さっそく明日の朝下ろそうかな」
「そうしてくれ」
不二に靴を履いて欲しいと彼は言う。子どもの無邪気で、大人の深さで。手塚の願いだ。なんだって、叶うにこしたことはない。
「うん。――ありがとう」
子どもみたいに、不二は素直に首肯する。大人みたいに、内緒にする。パートナーってなにも聞いていないんだけれど――それでも明日から、この靴ばかり履くんだろうなあ。
今日の塚不二はいつかの未来、本日靴の日から想起したふたりです。今日生まれたあなたへ、今日を生きたあなたへ。皆さまがどこへでも歩いていけますように。
「贈り物?」
15.03.2025 21:01 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「春の日に/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
画像情報:generated by 文庫ページメーカー / Image by ぱんじ / フォント:源暎こぶり明朝
以下は本文の内容です。
ああしまった、と不二は思う。気をつけていたつもりなのだが、空気ににじんだのかもしれない。
「嬉しそうだな」
ひと目で看破した男は、それきり黙って不二を見ている。
「……そうかい?」
朝からちょっと浮かれているという自覚はあった。だって今年になってはじめて、黄水仙に会って写真を撮れたのだ。
自分以外にはどうでもいい、そんなささいな理由だが、話して流されたりしたら、たぶんちょっとショックだし。だから誰にも言わないつもりで、平常心と意識もしたのに。
どうして分かったんだろう――。少し逸らした視界からちらと手塚をうかがって、不二は覚えず彼に視線をうばわれた。え、――どうしてキミが既にショックを受けた顔になるのさ。
「言いたくないなら構わない」
「……」
聞かずとも理由が明かされた。不二はまばたき、考える。手塚がショックを受ける世界はいまいちだ。自分が言いたくないからならば、つまりそれがいまいちなのだ――。
「……大したことじゃないんだけれど」
正直に、黄水仙の話をする。言葉を発した空気がふわりと花の色を帯びた気がした。――聞いてもらいたかった、かなあ……?
内心首をかしげつつ、話し終えた口を閉じる。見上げた手塚は「そうか」と、どうやらしみじみつぶやいた。
「よかったな」
短い歓喜で不二を見つめるまなざしが、それこそ春でも見ているようだ。映るぬくもりを感じつつ、不二は素直に首肯する。
「うん。……ありがとう」
「……」
「……」
なんだろうこの沈黙は。雪解けの林みたいにしいんと光って、……――あ。
「写真、……見る?」
「見る」
たちまちの返答が力強い。不二は笑って、携帯電話を取り出した。長方形の画面に日差しがやわらかく、春だなあと、今日何度目か考えた。
これは今ごろの塚不二です。春のはじめ、寒の戻りもあるようで、皆さまご自愛くださいませ。
「……大したことじゃないんだけど」
13.03.2025 20:36 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
ばさりとなにかをかぶされた。薄い生地は大ぶりで型がついていて、シャボンのデオドラントが香る。
「え、……手塚?」
彼のジャージの中でもそもそ、不二は両腕を動かした。ラケットを下ろすそのあいだにも、さらになにかが頭に――顔の脇に布が垂れる感触がある。今度は少し厚みがあり、これはタオルだろうか、手塚が使っていた。
「え、なに? どうしたの、手塚」
二重の覆いを取り除こうと右腕を上げる。たちまち大きな手に止められて、明らかに苦言を呈する声がした。
「不二。お前は自分を分かっていない」
「……ボクは」
強い響きに応えに迷い、不二はあれ? とふと気づく。――これ、そういう話じゃないね……?
「他の誰かに見られたらどうする」
「なにをさ」
「無自覚か」
「自覚することなんてなにも」
「ある」
きっぱり手塚は宣言し、本当に、いったいなにから不二のなにを庇うのか、せっせとジャージをかけ直す。不二は小さく息を吐き、こうなると聞かない手塚に身を委ねた。
彼にはなにが見えるんだろう。自身が見ている自分の姿に、自信がなくなってくるようだ。手塚が見ているならばきっと、それは間違いないもので――。
「ボクは」
不二はつぶやいた。手塚の熱く穏やかな声に「不二」と再度呼ばれる。
「大丈夫だ。大丈夫だが、――移動するぞ」
取り払うのを諦めた手に、優しくボトルを渡された。彼が飲んでいたものだ。もらっていいのと聞けたのは、見えない視界で誘導された木の陰で――。
「もちろんだ」
やっとタオルとジャージを持ち上げてくれた手塚がうなずいた。ならばと小さく開いた口に、水を飲むようにキスされた。 | 誰にも見せない/塚不二 | 調 @seitea21
アニメ展のキービジュアル二弾をようやく把握して、本日突発の塚不二です。ビジュアル同様中学生のふたりでおおくりいたします。
「お前は自分を分かっていない」
09.03.2025 19:34 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
一年の春がうんと冷えた日に、梅の花冷えだねと不二が微笑んだ。そんなことを言う仲間は周りにいなかったから、菊丸はとても驚いて、少し感動すらしたものだ。彼の目に映る世界はよほど綺麗なものなのだろう。
翌年もまた、寒い春の日が訪れた。三々五々皆が部室に戻りはじめたコート脇で、菊丸はふと去年のあの日を思い出す。ぼんやり白い息と一緒に、そういえば去年不二がさあ、と、その感嘆を吐き出した。
「不二がどうした」
え? うわ、手塚? ――大石は?
いや、大石は隣にまだいる。はは、と苦笑している彼より近くに手塚が来ていて、もっと離れた場所でコートを確認していたはずなのに。え、なに? 不二の話をしたから?
「あ、ふふ。居残り組だ」
水場の方からその不二が戻ってふわりと微笑した。手塚がまるで梅の花を――ううん、なにかもっといいものを見る目をして、「不二」と小さく口にした。
教えようかな、それとも黙っておこうかな――。思考は二秒に満たなくて、菊丸はむずむずとした唇を結ぶ。「行こ行こ」と相棒に向けて開き直した。
あの不二は、やっぱり内緒にしておこう。だって手塚もずいぶんと綺麗な|世界《ふじ》を見ているんだし。なによりさ、親友だけの秘密があってもいいじゃんね――? | 親友/塚不二 | 調 @seitea21
36の日、ひな祭りに引き続き、菊丸くんの視点での塚不二をおおくりいたします。寒い日続き、年度末、イベント前、etc、皆さまご自愛くださいませ。
"そういえば去年不二がさあ、"
「不二がどうした」
06.03.2025 11:42 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「曖昧瞭然、ひな祭り/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
ぐんと冷えたひな祭り、部活を終えて着替えつつ、菊丸は大きな息を吐き出した。ぎりぎり白くはないけれど、なんだか空気がぼうっとして、やっぱり寒いんだと思う。姉ちゃん達は雪のひな祭りになったら素敵なんて言っていたけれど、おひな様に雪も映えるらしいけれど、自分にはよく分からない。
もう一度、目の前にぼうっと息を吐く。空気がしんと元の通りに澄んだとき、後ろから、ふんわり楽しげな声がした。
「ひな壇に、サボテンを並べたらどうかなあ」
親友が手塚と話していたのは先刻知っていた。お疲れ不二って抱きついたら、横からじろりと睨まれたので。別に根には持っていない。手塚はたまに、けっこう分かりやすいのだ。だけど幾ら――好きな相手の話でも、ひな壇にサボテンはさすがにないんじゃなかろうか。お説教をするかどうかは五分五分として。
もっともそれこそ親友は、そんなことは分かっている。桃の花が新雪にこぼれるような笑声で、「ふふ、でも」と言葉を続けた。あたたかな日差しが上から被さるように、「いいんじゃないか」と手塚が言う。――……はい?
「……え?」
不二の声にもおそろいの疑問符がほろりと浮かんでいる。
「そうかい? いい?」
「見守ってくれる大切なものには違いないだろう」
「……うん」
きょとんとしつつ素直な首肯は、親友としての欲目抜きでも可愛らしい。きっとぱちぱちまばたいて、それからふわりと笑みを浮かべて――。菊丸は、そっと彼らの方を見る。
微笑む不二を見下ろした手塚の横顔が穏やかで、まあありか、と納得する。
サボテンにひな壇――ああでも手塚にとってありなのは相手が不二だからで、だから細かいことはいいかと思ったからなのかもしれない。分からない。菊丸はどうにも彼とあまり親しくしていない。今度大石に聞いてみよう。
「杓子や扇は折り紙か。木製だとサボテンの針が痛むだろう」
いや、これ、完ぺき、パーペキにありじゃん――? 菊丸は、ううんと口をとがらせる。やっぱり手塚、たまにしかよく分からない。不二のことが大好きっていうのはいつでも分かるけど。
らびさんのボイスも拝借し、本日の塚不二です。菊丸くんのまなざしで、中学時代のふたりをお届けいたします。いただいた嬉しいお言葉も思い出しつつ。ウェブイベありがとうございました!
「ひな壇に、サボテンを並べたらどうかなあ」
03.03.2025 21:05 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0
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付記に「二十三時五十二分/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
寝具の中で身を寄せ合い、声をひそめて言葉を交わす。不二は覚えずくすくす笑った。「どうした」とあたたかな手塚の声に尋ねられ、「ううん」と小さく首を振る。
「一緒に待てるの、嬉しくて。――あ、去年までももちろん、毎年すごく嬉しかったよ。キミが起きていて、日付が変わったらお祝いをくれてさ」
その手塚と、一緒にときを待てるのだ。二月二十九日――閏年にはその日の始まり、他の年の場合には、二十八日と朔日のあいだにまばたく一日を。見つけてくれたのは彼だった。一つ屋根の下に住まって、こんなところにも幸がある。
「ふふ」
こぼれる笑いが止まらない。少しまあるくなった不二を、手塚は包むように撫で、――それからふいと寝床から出た。
「……え、てづ、か……?」
「……」
照明は既に落としてあった。ほの暗い部屋の中で手塚は、ボードに並べて充電していた携帯電話を取り上げる。真面目な影が落ちる顔で、じっとそれを見、なにやら操作し、すぐに布団に戻ってくると、不二を抱き込み目を閉じた。
腕の中から、不二はもぞもぞ彼を見上げる。安らいだまつ毛が下を向いている。結ばれている唇が、なんだかとても楽しそう――あ、……そうか。
「……なにしてたの?」
「さあな」
甘さを含んだ声が近づき、優しく口をはまれて不二は目を閉じる。――いいよ、聞かない。代わりに明日朝起きたらすぐに、メッセージアプリを確かめて、――もしも泣いちゃったりしたら、仕返しかなあ、お返しかなあ。誕生日って、嬉しいなあ……――。
二十九日がやってくるまで、通りすぎるまであと五分。逃さないよう息をひそめて、けれどそれが終わっても、手塚がくれる喜びはまだ、続くのだ。
【昨日】
「愛している、不二。少し早いが、誕生日おめでとう。」
二十三時五十二分
少し早く、今年のお祝いの塚不二です。その日生まれたあなたへ。その日を過ごすあなたへ。あらためまして、不二くん、お誕生日おめでとう…!
「……なにしてたの?」「さあな」
28.02.2025 23:47 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
大雪警報で学校は休み、当然部活も休みになった。思いがけず続いた休日、手塚は自宅でおとなしく過ごした。何十年に一度かの降りで、どこかに打ちには当然いけない。不要不急の外出は油断をせずに避けるべきだ。そもそも屋内コートとて、こんな日ならば休みだろう。
よりにもよって連休を挟み、テニスのできない四日を過ごした。ようやく出られた学校で、微笑んだのは不二だった。
「ふふ。すごかったね、春の雪」
「春の雪」
くり返すさなかに手塚も気がついた。たしかに暦の上ではすでに春が来ていた。立春前日の豆まきもとうに終わっている。
「春の雪か」
もう一度、手塚は彼の言葉をなぞる。四日のあいだに腹の底に詰まったなにかが、ふわりととけて消えていく。春の雪か、――悪くない。
不二がぱちぱちまばたいた。どうした、と尋ねると、彼はほのかにはにかんだ。
「いいお休みだったなら、よかったなって思ったんだ。……え、手塚。そんなに? なにがあったんだい?」
「お前と逢った」
限りなく正しい答えであるのだが、不二はますます不思議そうだ。
まあいいと、手塚は首肯してみせる。かしげた小首はかわいらしいし、そんな彼と話す時間はたくさんあった。説明ならばゆっくりできる。天気予報はしばらく晴れで、最高気温も暦とたがわず春めくらしい。 | 春が来た/塚不二 | 調 @seitea21
大雪のあと、連休のあとの塚不二です。中学2年のふたりでお届けいたします。皆さまの近くに春がありますように。
「……え、手塚。そんなに? なにがあったんだい?」
25.02.2025 21:18 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
文庫ページメーカーさまから直接投稿の際文字化けしてしまいましたが、せっかくの22時なのでそのままにしておきます🐱🐱
22.02.2025 13:02 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「お仲間疑惑/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
ネコチャン、カワイイ、ガッコーノコ、あるいはミケというときもある。色々な名で呼ばれる彼女は知っている。そんな風に自分を呼ぶ生き物たちが、いかに愛をたむけてくるかを。
体のサイズが違っても、目玉は同じ丸い形で、そこを見れば分かるのだ。ぽかぽかあたたかなひだまりにごろんと寝転んだつやめきで、キラキラとぬくとまってこちらを見る。そして色んな名で呼びかける。
その日「あ」とやわらかな声で彼女を呼んだのは、見たことのある生き物だった。
「寿限無の友だちだったよね。今日はひとりかい?」
ジュゲムというのは知らないが、仲良くしているあの子の別の呼び名だろう。他にはシロとか、彼女と同じネコチャン、カワイイとかガッコーノコとか呼ばれている。
「前に写真を撮ったネコだな」と、その生き物の隣にいるさらに大きいのがうな
ずいた。
よく一緒にいる二匹だった。覚えている。大きいのは、彼女を抱いてぴたりと静止したことがある。
「こうか」
「かたいよ」
「撮るならば動かない方が」
「そうでもないよ。自然なところの一瞬がいいんだ。その子に悪いし、ほら」
促された手つきはたどたどしかったが、手も大きくて背中をすっぽり撫でるから、そう悪い心地ではなかった。片方もあとからちゃんと撫ぜてくれた。小づくりな手が頭を包む優しい感触はそれなりに――喉を鳴らすくらいにはよかった。
今回は、二匹は彼女と少しの距離を保っていた。ジャンプ二回と半分くらい。小さいのが地面近くにしゃがみ込み、ちょこんと膝に頬杖をつき、にこにこ自分を見つめはじめる。
「ふふ、今日会えて嬉しいな。知ってる? キミたちの日なんだよ」
大きいのが、そんな小さいのを見おろして――彼女の敏感な耳が空気の震えをとらえる。
え、〝カワイイ〟――? ネズミの足音よりも小さく言ったけど、小さいの、小さいといっても自分たちのようなサイズではないけれど――。
もしかしたらお仲間なのかもしれないと彼女は考える。大きいのが、それこそまるでひだまりにいる目を小さいのに向けている。しっぽも見当たらないけれど、ちゃんと挨拶してみるべきかしら――?
フジ? ――それが呼び名だろうか。カワイイと、あとはネコチャン、ガッコーノコ以外の呼び方はさまざまだ。彼女が聞いたことがなくても、別におかしくないだろう。
Xに22時22分投稿予定の塚不二です。その他大勢誰かの視点で、中学2年の2人をお届けいたします。全世界のカワイイとカワイイを愛する皆さまに幸あれ🐱🐱
"え、"カワイイ"――?"
22.02.2025 22:00 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「大切な/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
画像情報:generated by 文庫ページメーカー / Photo by Lidya Nada on Unsplash / フォント:源暎こぶり明朝
以下は本文の内容です。
本当に、柔らで優しい声だった。弟がいるよと不二の口から聞いたとき、手塚は覚えず息をのんだ。兄というのはこういうものか、人とはこれほど他の者を慈しむものであったかと、感動にも似た想いがひたひた胸に満ち、幸せそうに笑む彼を、とても得がたいものだと感じた。中学一年、出会った春の終わりごろ、きらきらと輝いていた青葉と青い空と共に、手塚は今でも覚えている。そしてまた、折に触れて思い出す。たとえば――その、大切な彼の弟の大切な日に。
記念日なんだと彼が教えてくれたのは、一年生の冬の終わりが近いときだ。最後の寒波がおりてくると天気予報が告げていて、不二はふわりと可愛い形の白い息を吐いていた。ほうっとはにかみ、「裕太のね」とささやいた。
「誕生日なんだ。ふふ、うん、あした――」
「おめでとう」と手塚は応えた。不思議と心の奥底から、めでたいことだと思われた。それから――不二が「記念日だね」と笑う十月七日が来るだろうかと考えて、なんだそれはと我ながらおかしくなったものだった。競うわけでもやきもちを妬いているわけでもあるまいに――。
「……しかし多少はそういうこともあるかもしれない」
「え? なにが?」
一心に時計を見つめる視線が手塚を向くのはつかの間、不二はすぐさまタブレット端末の時計に戻り、カウントダウンを続けている。日本で彼の弟が生まれた日になる瞬間に通話をしたいからと、休みを取って夕方の自室のソファーから動かない。
「いや。――不二、その格好はしびれるぞ」
「うん」
「足を伸ばせ。背中にクッションを入れるぞ。いいな?」
「うん」
「肩が冷えている。ブランケットは」
「うん」
「……」
手塚は無言でブランケットをかけてやる。妬いてはいないが多少は――こう、不二がこちらを見ていないのは堪えるというか、いや、つまり。
「手塚、手塚」
不二の声に、手塚はたちまち我に返った。それでもいささか鈍った動きに、不二は頬をほんの少し膨らませる。――可愛らしい。肩でずれたブランケットを直してやりつつ、「どうした」と手塚は応える。
「ほら、あと少し。キミも一緒に言うんだからね。油断したらダメだよ、手塚。キミにだって弟、だ、から、……ね、……――」
言いつつ自分の発言に、不二がぼうっと赤らんだ。ニットからのぞいた首筋まであやかな色に染まっている。
「――まったくだ」
油断せずにいこう、と手塚は返事した。そうしないと今すぐベッドルームに運んでしまいそうだったし、これはたいそう大切な、ふたりの家族を祝う話であるのだから。
スタンドに立て、不二が時折位置を確認する端末に、手塚も一緒に手を伸ばす。薄い機械の縁で重なるふたりの指で対の指輪が輝いて、澄んだ音色で空気をはじいた。
「……手塚」
「うん」
不二は俯き、片手でブランケットを引いた。ぽすりとクッションにもたれ直した。はずみに揺れた綺麗な髪が、手塚の腕にさらりと触れる。
「あのね、手塚。――ありがとう」
「……」
柔らかなその優しさが、甘さを帯びた礼だった。手塚にわずかにもたれるように、胸に頬を寄せるように。
「ああ」と深々彼に応えてら手塚は少し考えた。キスをしようとした瞬間、あ、あと一分と不二は身を乗り出して、痩躯は離れてしまったけれども、――別に自分は妬いたりなどはしない。
手塚はこんな不二の声も知っていて、夜はまだまだこのあとで、今はとても大切な、不二の弟――自分の義弟を祝う時間だ。
昨夜、今日が来る直前の塚不二です。いつかの未来のふたりでお届けいたします。裕太くん、いっぱいお祝いしてもらってね。お誕生日、おめでとう!
「――まったくだ」
18.02.2025 21:05 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「的中十割バレンタイン/塚不二」、「調 @seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
おはよう、寒いね――。校門前で出会った手塚にそう言った。
「おはよう、不二」
手塚がわずかに目を細め、不二の体を見渡した。なんとはなしにくすぐったくて、不二はくすくす笑って続ける。
「ふふ、今日は凍えそう。部活であったまれないしね」
コートに整備が入るとかで、放課後がぽっかり自由な一日だった。体育の授業も今日はなく、体を動かす機会がない。それはそれでのんびりと、素敵な一日ではあった。そうでなくとも、喜ぶ者も多いだろう。何せ今日は――バレンタインだ。
去年、一年のバレンタインは、姉の手伝いがてらに作った小さなチョコを皆に渡した。部活がない、今年はそれもなしだった。
いいじゃないの、作りなさいよ。これとか今年のおすすめレシピよ、伝統的かつ甘すぎず。いいでしょ、ほらほら――。なんだかやたらと姉に言われて一個だけは作ってみたが、自室の机に置いてきた。今日の不二に、あげる相手はどこにもいない。
じっとこちらを見る手塚に、微笑み返して考える。チョコレート、せっかくラッピングまでしたし、部活の代表として手塚に渡したら――ううん、よくない。流石にそれはできないなあ――。
朝の光が眩しくて、不二はパチパチまばたいた。「行くぞ」と手塚に言われて一緒に二年の階の廊下まで上がり、それじゃあまたと手を振った。またとは言ったが、今日このあとがあるかどうかは
分からない。部活はないし、今日はバレンタインなのだし。
手塚に好きな子がいると、この前乾が言っていた。確率は九割八分五厘――一分五厘はデータを得たとき黙り込んだ手塚への手心ということで、つまり十割、確実なのだ。そんなに好きな子がいるのなら、その子が手塚にチョコをあげないはずはない。なにせ手塚なんだから、どれだけ優しくしていることか。
チョコレートはたくさん受け取った。姉が持たせてくれた紙袋三つにぴったり収まる量だった。これだけいるわよ信じなさいと胸を張って渡されたのだが、占いなのかはよく分からない。
ガサガサと音を立てすぎないように気をつけ、不二はゆっくり校門に向かう。門柱の脇に長身の姿を見つけて、「あ」と呟いた。
手塚は誰かを待つようだった。チョコの山を抱えた様子は見られずに、そうか、全部断ったのか。とっくに放課後約束していたのかもしれない。
不二に気付いた手塚はどこか厳しい顔で、不二が来るまで待っていた。不二のことを、ずっと視線で追っている。なんだろう? なにかしたかな――? 立ち止まって見上げると、「不二」と彼に名前を呼ばれた。
「チョコはもらい終わったか」
「ここまで来ればね」
「そうだな。――それで、今日はどうだった」
「今日?」
「凍えなかったか」
「え? ……あ、うん」
朝の話か。実際は、凍える暇もなかった気がする。休み時間のたびにお客さまがいて、バレンタインの特別ぶりを実感するような一日だった。
大丈夫だよと笑って見せると、手塚は息を吐き出した。安堵の色を滲ませる彼の横顔に、傾きはじめた陽がさしている。鋭利な顔が明るくあたたかに輝いて、不二もかすかに息を吐く。――ほら、手塚は不二にすらこんなにも優しいのだ。ほんの雑談だったのに。
「そんなこと、思い出してくれたんだ?」
笑みかける。手塚はなぜだか、不思議そうに不二を見た。
「ずっと考えていたが」
「……え」
だって、バレンタインだよ? ――覚えず咎める口調になったが、手塚は気にする様子もない。かえって得心したようだった。
「バレンタイン。そうか、ちょうどいい日だったな」
「え、なにが」
「お前のことを考えるのに」
「……え?」
すっかり満足した様子で、手塚は「帰るか」などと言う。促され、しかし体はとっさに動かず、不二はその場で途方にくれる。
だって、好きな人がいるって。きっととても優しくしていて、きっととても好かれていて。なのに一日ボクのこと考えて、なのに一緒に帰るって……――?
「不二?」
手塚が不二を見つめている。眼差しに手を引かれるように、不二はゆるゆる記憶をたどる。
――そうだった。乾が自分にそれを話してくれたのは、バレンタインに部活が休みと決まったあとだ。今年はみんなにチョコはあげられないかなと笑った不二にきらりと眼鏡を光らせた――……。
「不二、どうした? 忘れ物か」
「……ううん」
不二は小さく首を振り、今度こそ手塚の隣に並んだ。金色が混ざりつつある日の中で、ふたたび彼を見上げて尋ねた。
「手塚、よければうちに寄らない? ――キミに渡したいものがあって」
「いただこう」
たちまち応えた手塚の片手が、声の力強さと裏腹、そっと背中に添えられる。――とても優しい、いつもの手塚の手のひらだった。
促されるまま帰路に踏み出し、不二は今さら思い出す。姉がくれたラッピング用の紙は綺麗な青色だった。あれも占い、――なのかなあ?
今年2月14日の塚不二は、中学2年のふたりでお届けいたします。甘い甘い時間が皆さまにありますように。ハッピーバレンタイン!
「そうか、ちょうどいい日だったな」
14.02.2025 20:07 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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付記に「無題/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
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以下は本文の内容です。
今冬一番と言われるような、寒い日曜の午後だった。そろそろおやつというときで、不二は読みかけの詩集を閉じて、なにを飲もうと考えた。やはりあたたかな紅茶だろうか。だけれどなにかもっといいものがあるような気もしていた。しんと立った詩集の文字がひんやりと頭に染みていて、今の気分になにがいいのか――。
不二の迷いに寄り添うように、携帯電話が音を鳴らした。あ、着信だとゆるゆる気づき、不二は急いで机に戻る。薄い機械は手塚の名前を表示していて、なんだろうと首をかしげた。明日にはまた、学校でも部活でも会う彼が、なにか急ぎの用事だろうか。なにか問題があったのか。
「いや」
電話口で尋ねると、手塚はわずかな戸惑いを見せた。まるで自分がおかしなことを言ったようで、不二もあわてて「ううん」と応じる。
「別に全然――嬉しいよ、休みでもキミの声が聞けてさ」
「……そうか、よかった。それで、不二。今日は大福の日らしいのだが」
「……――うん?」
大福の日――ああ、大福のふくかな、二月九日だし――。しかしそれでどうして手塚が、不二に電話をするのだろう。
「大福の日限定で、駅で有名な大福の販売があったらしい。祖父が買ってきて――昔一度食べたが凄くおいしかったとかで、不二、お前も一緒にどうだ」
「……いいの?」
「もちろん」
「――……ふふ」
思えば感傷と名のついた、今の気分に寄り添ってくれる手塚、もとい大福かあ――。なんだか面白くなって、不二は覚えず笑みをこぼした。
「ありがとう。楽しみだな、大福」
「そうだな。飲み物は緑茶でいいか。とっておきを開けてもらおう」
「――もちろん。ふふ、それも楽しみ」
そして不二は歌うように、胸にさした一節を紛れ込ませて彼に伝える。
「キミにあいたくなったよ、手塚」
手塚はまるで和菓子をじっくり食むように、聞いて、不二へと応えてくれた。
「俺はもともとあいたかった」
「あ、ずるいんだ」
そしてふたりは約束をした。今から三十分後にいつもの公園で――家まで行くよと伝えた不二と、迎えに行くと聞かない手塚の、ふたりのちょうど中間地点だ。
2月9日、大福の日に本日生まれた詩人の『無題』という詩を添えて。中学2年、ちょうど本日の塚不二です。今日生まれたあなたに。今日を生きたあなたに。あいたい人と、おいしいものを、皆さまが食べられますように。
「もちろん」
09.02.2025 21:36 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
付記に「約束はこれから/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
画像情報:generated by 文庫ページメーカー / Photo by Erol Ahmed on Unsplash / フォント:源暎こぶり明朝
以下は本文の内容です。
冬の日差しがキラキラといつもより鋭く澄んだ朝だった。待ち合わせ場所に来た不二を見て、手塚は覚えず息が止まった。全国的にこの冬一番の寒さとだというこのときに、不二のほっそりした首も手も、冷たい空気にさらされていた。光が射し込みいっそう白く、一目で分かる凍える素肌だ。
「やあ、手塚」
所在なげな微笑みに発する言葉も選びかね、手塚は無言で彼に近づき、とにかく自分のマフラーをほどいた。
「あ、ダメ。――ありがとう。だけど手塚、それはダメ」
ときおり不二は季節を感じたいからと、わざと防寒を控えめにする。しかし今回はそうではない――。確信しつつ、手塚は「どうした」と彼に尋ねた。
不二は数回まばたいて、「どうした……?」とオウム返しにつぶやいた。
「どうしてじゃないんだ。……かなわないなあ。手塚、――ごめんね」
真っ白な息と共に不二が吐き出す事の次第を、手塚は脳裏で素早くまとめる。これは不二にとっては一種の罰であり、それではなにをしたかと言えば、手塚の写真の元データを誤って消してしまったのだ。あたたかい屋内に入った途端、眼
鏡が曇って立ち尽くしたときの一枚だ。――あの写真か。動かないでと言った不二が、先ほどまでイルミネーションばかりだったレンズを手塚の方に向けた。たしかに悪くない思い出で、故に忘れることもない。
「気にするな」
「だって、あんなシャッターチャンス」
「また撮ればいい。寒いところからあたたかいところに行けばいいんだろう。同じ家に帰るようになればいくらでもあるし、急ぐなら、また夜まで一緒に出かければいいことだ。そうだな、不二、週末は」
「……――え、あ、うん。あいている、けれど、……?」
何故かかわいい疑問符付きだが、それならまずはチャンスの一だ。問題ないなと確認し、手塚は彼の首にマフラーを巻き付けた。手には手袋をはめてやったが、ぶかぶかで指がうまく収まらない。
「問題、……」
お礼を言った不二がその口でつぶやいた。ほんの少しためらってから、手袋を手塚自身の手にはめなおす。手慣れた仕草で、弟によくはめてやっていたのかも
しれない。かいがいしくて幼い不二が目に浮かぶ。きっとそれから手を繋いで――。
「――……そうか」
手塚は不二の手を握った。すっぽりと、これなら体の温度も一緒に交わる。――妙案だ。
「……そうかな。ふふ、――ありがとう、手塚」
不二はようやくふわりと笑んだ。しかし手塚がくつろぐや否や、「だけれどさ」とふとつけたした。
「キミが見ている未来をさ、今週末でも、ちょっと教えて欲しいんだけど」
未来の話か。不二が確認したいなら、もちろん手塚は首肯する。
「分かった、それでは今週末に。――ならば指輪も見に行くか?」
話の流れとしてはごくごく自然だったはずではあるが、不二はなぜだか絶句した。「もしかして、やっぱり怒ってる? これ、罰かい?」などとおかしなことを言い始めたりするものだから、手塚は今こそ「どうしてだ」と尋ねつつ、彼の首のマフラーを、しっかりまき直してやった。
中二の冬、今日のようなある寒い日の塚不二です。お付き合いはまだしていないふたりです。本当に各地底冷えで、皆さま引き続きしっかりとぬくぬくご自愛くださいませ。
「分かった、それでは今週末に」
05.02.2025 21:01 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
付記に「美しきもの/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
画像情報:generated by 文庫ページメーカー / Image by ぱんじ / フォント:源暎こぶり明朝
以下は本文の内容です。
チームメイトの数人が今からフランクフルトに出て美術館に行くと盛り上がっていた。練習が早く終わった日ではあるが、日ごろあまり美術を云々しているところは見ていない。
「Lass Kunst dein Herz inspirieren Tagだぞ? 日本にはないのかよ」
ジークの放った言葉を脳裏で素早く訳し、手塚は「ない」と返事をした。芸術で心を刺激する日――その年初めの月の終わりの日であるらしい。つまるところ、一月三十一日だ。
「シューデルには美しい絵がたくさんあってね。美しいものを見るのは英気を養うことにもなるし、精神の安定にも繋がるよ」
「そうですね」
首肯するとQPはクニミツもどうかと誘ってくれた。手塚は丁重に辞退して、アトリエ二階に借りている下宿先へと帰宅する。階下にある絵も芸術で、けれどだからというわけではない。
時差の計算はするまでもない。東京は夜、二十一時まであと少し。不二はおそらくビデオ通話が可能だろう。次の約束は日曜で、単に電話と示し合わせてはい
たが。
「うん、それは構わないけれど」
小さな画面の中で不二は微笑んだ。特に愛着もない携帯の端末が、ふわりと綺麗に明るんだ。考えてみればこうして不二とつながる手段であるのだから、もう少し大事にすべきだろう。思い手塚は携帯電話の端を撫で、不二を見つめて耳を澄ませる。
「ボクも今日はやること終わっていたし。だけどいきなりボクの顔を見たいとか、……手塚、その、なにかあったり……?」
「いや」と彼に返事をし、手塚は「あるにはあったが心配はいらない」と後から付け足した。
「今日はLass Kunst dein Herz inspirieren Tagだと聞いた。――ああ、そうだ、芸術であっている。美しいものを見るのはいいという日らしい。だから、――不二、どうした。顔が見えない。不二? 不二」
今年最初の一ヶ月、皆さまお疲れさまでした。これは本日1月31日、ちょうど今ごろの塚不二です。少しだけ先の未来のふたりでお届けいたします。来月からも皆さまの目に美しいものがたくさん映りますように。
「そうですね」
31.01.2025 20:53 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
あたたかな日がさす小春日和の午後だった。ランニングを終えた帰り道、手塚はふと、風とすれ違ったと感じた。
冬に澄み、けれどもやわらにぬくもる風だ。名前を呼ばれたような気がした。首を小さくかしげて笑う花容がまぶたの裏ににじんで、彼の名前を呼び返す。
「不二」
帰宅して、手洗いうがいの後真っ先に、携帯電話を取り上げた。
「呼んだか」
開口一番尋ねると、不二はまばたいたようだった。しかしやがてつぼみがほどける笑声で、「そうだね」とうなずいた。
「呼んだかも。あ、じゃあさ、ねえ、手塚。明日の放課後なんだけれど」
放課後、季節のパフェを食べにか――。寄り道は元来好ましいものではないが、パフェに喜ぶ不二の笑顔の好ましさと混ぜはかったならば、好ましいが圧倒的だ。
いいだろう、と手塚は応えた。ちらと窓の外を見た。色みにとぼしい冬の景色が広がっている。しかし窓辺はあたたかく、春は確かに近づいて、明日もきっと晴れるだろう。 | Call me/塚不二 | 調 @seitea21
少しあたたかな日になった、ある日曜日の塚不二です。中学二年のふたりでお届けいたします。現実は週明けからまた寒くなる予報もあるようで、皆さまご自愛くださいませ。
「呼んだか」
「呼んだかも」
26.01.2025 12:31 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0
大寒も過ぎたね、と電話の向こうで不二がつぶやき、手塚はいささか心配した。寒くはないか。うっかり薄着で外に出て、ひとりで震えていないだろうか。海の向こうにいる身では、マフラーを巻いてやることも出来ない。
けれど不二の声はゆるゆる微笑んで、「次はさ」とほどけて言った。
「春の出番だね。ロウバイの花も咲いたしさ」
「ロウバイ――あの写真だな」
「ふふ、うん」
ころんと澄んだ黄色い花の写真なら、先日不二から送られていた。それを見たから彼がふらりと写真を撮るため外出し、寒がっていないか懸念もしたのだが――そうか、あれは新春後、一番始めの春告げか。不二を笑ませた花に対して、余計な疑惑をかけてしまった。
内心で小さな花に詫びてあらため感謝をしつつ、「そうだな」と手塚は伝える。
「春になるのが楽しみだ」
「キミも?」
意外そうな声が不思議だ。もちろんだ、と言葉を継いで、手塚は一応確認しておく。
「春になったら、お前と逢える。――違うか? 不二」
「……」
違わないけど――。黄色い花より小さな声が静けさのあと手塚に言って、それから深く息を吐き出し、くすくす笑ってうなずいた。
「楽しみだね、春になるの」
「うん。楽しみだ。――不二」
そして手塚は念押しする。外に出るならマフラーを巻け、風邪を引くな、油断をするな、と。そうだ、彼の誕生日には、マフラーを贈るのはどうだろう。 | 花と一緒に春を待つ/塚不二 | 調 @seitea21
大寒翌日の塚不二です。一歩先の未来のふたりでお届けします。現実は春めいたあとまた寒くなる予報のようで、皆さま油断なくお過ごしください🧣
「――違うか? 不二」
21.01.2025 20:13 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
大寒も過ぎたね、と電話の向こうで不二がつぶやき、手塚はいささか心配した。寒くはないか。うっかり薄着で外に出て、ひとりで震えていないだろうか。海の向こうにいる身では、マフラーを巻いてやることも出来ない。
けれど不二の声はゆるゆる微笑んで、「次はさ」とほどけて言った。
「春の出番だね。ロウバイの花も咲いたしさ」
「ロウバイ――あの写真だな」
「ふふ、うん」
ころんと澄んだ黄色い花の写真なら、先日不二から送られていた。それを見たから彼がふらりと写真を撮るため外出し、寒がっていないか懸念もしたのだが――そうか、あれは新春後、一番始めの春告げか。不二を笑ませた花に対して、余計な疑惑をかけてしまった。
内心で小さな花に詫びてあらため感謝をしつつ、「そうだな」と手塚は伝える。
「春になるのが楽しみだ」
「キミも?」
意外そうな声が不思議だ。もちろんだ、と言葉を継いで、手塚は一応確認しておく。
「春になったら、お前と逢える。――違うか? 不二」
「……」
違わないけど――。黄色い花より小さな声が静けさのあと手塚に言って、それから深く息を吐き出し、くすくす笑ってうなずいた。
「楽しみだね、春になるの」
「うん。楽しみだ。――不二」
そして手塚は念押しする。外に出るならマフラーを巻け、風邪を引くな、油断をするな、と。そうだ、彼の誕生日には、マフラーを贈るのはどうだろう。 | 花と一緒に春を待つ/塚不二 | 調 @seitea21
大寒翌日の塚不二です。一歩先の未来のふたりでお届けします。現実は春めいたあとまた寒くなる予報のようで、皆さま油断なくお過ごしください🧣
「――違うか? 不二」
21.01.2025 20:13 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
人気の雑誌連載漫画で、とうとうヒーローとヒロインの距離が近づいた。ヒロインのリップをヒーローが拭い、見開きで自分の頬に塗りつけた――。
なるほど、さっぱり分からない。聞くともなしに聞こえてくる部員たちの話し声から、手塚はすみやかに部誌へと戻った。
今日の練習内容を記していきながら、同じ漫画のタイトルを不二に聞いたと思い出す。やはり部員の話が分からず、彼になんだと尋ねたのだ。
ボクもあまり詳しくないけど、ダークファンタジーかなあ、戦闘がメインの――。
記憶の不二が首をかしげて、ファンタジーにもリップはあるのか――そうか、歴史上のもののように、形状が違うのかもしれない。
「早くアニメになんないかなあ。大石、何色だと思う?」
「ううん、やっぱり赤じゃないか?」
「映えるのは赤だね。フフフ、だがヒーローは三十八話でヒロインにピンクのリップを贈ったよ。同じものの確率」
「それだー!」と菊丸が叫ぶ。
「あった、あったよ、一コマで流したやつ。それじゃん百パー、あれ、今回の伏線かあ!」
「ははは、すごいね。計算されていたんだなあ」
河村の感嘆を最後に話は現実にやってきて、好きな人ができたら何色の口紅を贈るかと、今度はそんな雑談がはじまる。不二の声が聞こえないが、先ほどドリンクを手にしていた。飲みながらみんなの話を聞いて、にこにこうなずいているのだろう。それなら手塚にも分かる――。
「フフフフフ、手塚、お前なら何色かい?」
話の矛を乾に向けられ、部誌の終わりに所感を書きつつ返事した。
「不二の欲しい色だ」
なぜだか部室は静まり返る。その中に不二が咳き込む音がして、手塚はただちにペンを投げ出し、椅子を蹴って駆け寄った。 | ヒーロー/塚不二 | 調 @seitea21
リップの話でもう一本、中学時代の塚不二です。仲間たちとの雑談をお届けいたします。お付き合いの有無はお好みでお楽しみいただければ幸いです。
「手塚、お前なら何色かい?」
16.01.2025 20:38 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
付記に「万全の上/塚不二」、「調@seitea21」と記載されています。
画像情報:generated by 文庫ページメーカー / Photo by Krystal Ng on Unsplash / フォント:源暎こぶり明朝
以下は本文の内容です。
手塚がじいっと不二の手元を見つめている。正確には、不二が見せている端末の画面だ。跡部の紹介で受けたコラボレーション企画の公式アカウントを出している。たっぷり十秒黙ってから、手塚が「不二」と口火を切った。不二はすかさず鎮火する。
「跡部にクレームの電話はダメだよ」
「……ぐ」
「言ったじゃないか、引き受けたのはボクだって」
公表時には結局それで手塚も納得したのだが、――どちらかというと好意的な姿勢に転じていたと思う。実際に、リップを不二に塗ったりして――。
「……」
不二は小さく咳払う。突然のキスの記憶はひとまず脳裏から追い出して、ふう、と息を吐き出した。
「今度は何が気に入らないのさ」
不二単独の、コラボ開始のカウントダウンの宣伝だった。とはいえ写真は既存
のもので、新しいのはコピーくらいだ。ライターが提案したもので、文面になんら問題はなかった。
「そうか? 更なる美などないと思うが。お前は万全に美しい」
「……う」
不二が呻く番だった。手塚はたまに、真顔でそういうことを言う。キス並みに心臓に悪いのだけれども――。いや、とにかく、またなだめなきゃ。
「ええと、だけどさ、――ねえ、手塚」
「……」
「キミは見てみたくない? ……万全より、もっと美しいボクのこと」
「……――」
手塚は十秒以上黙った。それから携帯電話を取りだし、ポチポチ手早く操作を始める。背伸びして顔の近くでささやいた不二にも丸見えだ。
「ちょ、キミ、注文はアイテムがついても十本だけって決めたじゃない。追加しないで、ストップ、手塚」
「二十本だけだ」
「だけって量じゃないよ。だから使い切れないって、手塚」
なんとしても止めなければと、屈強な彼の首筋に覚えずしがみつく。「手塚」といさめた唇は、声ごと彼の口にはまれた。反射的に不二は目を閉じ、揺れた体は手塚にしっかり抱きとめられる。
「……どうして」
いくら間近に接しても、今はリップもつけていない。キスをされる理由は特にないはずで――。
「お前だぞ」と、不思議そうに手塚が言った。
「リップがなくても、今でも、昔もキスはしたい」
「……」
抱き上げられ、丁寧にリビングのソファーに下ろされた。さて、といわんばかりに手塚はふたたび携帯電話を取り出す。仕草がどこかいそいそとして、写真を撮りたくなるくらいだ。
不二は吐息をひとつ落とした。更なる美、か――。
どんな場所に行ったって、結局手塚はそこにいる。――分かってはいたはずなんだけれど、かなわないなあ、本当に。
「五本だけ」と不二は伝えた。「十五本」と手塚が重ねて見つめ合い、結局追加注文は十本ちょうどで合意した。
様々な発表の形態や細かな内容は完全に先方に任せているが――確認した方がいいかもしれない。カウントダウンの今の時点で、既にリップは二十本だ。あまりにも美が多くても、――いいのかなあ? 相手は手塚、なんだから。
件のリップのカウントダウン、更なる美を受けて書きました。以前のリップの話と繋がっているふたりです。同じくいつかの未来の塚不二で急ぎお届けいたします💄
「ええと、だけどさ、――ねえ、手塚」「……」
12.01.2025 20:37 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0