とてもすてきなことばをいただけて、ほんとうにほんとうにうれしいです。ありがとうございます。当分の間は引き続き同じ場所で暮らす予定なので、おそらく近くにいたりすれ違ったりことばを交わせたりする機会も、あるのではないかと思っています(いっくんさんを追いかけるようになったきっかけに、実はマルタさんのポストもあります)。
きっとマルタさんも、ほんとうに大変なお仕事をされているのだと推察しています。おからだがぼろぼろになっても出勤されているお姿、わたしができなかったことなので大変尊敬しつつも、一方で僭越ながら心配でもあります。これからも少しでもおつらさが和らいで生きていかれるよう、遠くから祈っています。
ご無沙汰しております…!そしてありがとうございますす。きっとお忙しい日々なのではないかと推察しますが、少しでも余裕のある時期などに、またご一緒させていただきたいです。
やっぱり「ストレート・シスジェンダー・日本人・健常者」しか基本的にまなざせていない職場で、この1年で間違いだと感じる判断が複数あったので、わたしはもうここにいられないと思ったのだった。ほんとうに大切なことは何なのか、あらゆるジェンダーに関する不正義を是正することじゃなかったのか、という気持ちが抑えられなかった。それならば、中に留まって自分の力でそういう状況を変えるべきだったのではないかと言われればほんとうにそうで、自分の力不足と不明を恥じるほかはない。ごめんなさい。
7年11ヶ月勤めた法人を、先月末で退職した。異動が多くて4つの部署で勤めていたというのもあるけど、8年近くも勤めていたなんて自分でも実感がない。法人の経理をやって簿記に詳しくなったり、施設の保守管理をやって契約事務や建築基準法や消防法や廃棄物処理法に詳しくなったり、予想もしてなかった仕事もやったけど、やっぱり男女共同参画センターの本丸の仕事にも多少携われたことはよかった。そして何より、波風立てたくないひとたちに嫌われつつも労働組合の執行委員として規程の改善に寄与できたので、一応の責任は果たしたと思っている。ただ、この退職にはいくばくかの抗議の意味もあり、いつかそれが届いてほしいとも思っている。
小さい頃はよく罹っていた(そんなによく罹るものなのか?)ような記憶があるインフルエンザ。わたしの中にある最初の高熱の記憶は、小学校1年生の2月下旬にインフルエンザで39.8℃を出したことだけど、大人になってからは逆にあまり記憶にない。そんな感じで油断していたら久しぶりに、ちょうど小1の頃と同じくらいの時期に、B型に感染してしまった。39.4℃の熱が1日出たらすぐに微熱に下がって、これも小1の頃に似ている…と思ったらここから治りきるまでがなかなか長い。特に上半身の筋肉痛がいちばんつらくて、眠ることもできないほど。今週でいろいろ区切りなのに、出鼻をくじかれた。手洗いうがい消毒を励行しましょう。。。
これどうしたら良いかなと考えて、やっぱこちらから相手を眼差し返して、今あなたはこう見えてますよと教えてあげることが大事だと思った。私たち絵を描く人間はこういう人が喋り始めたらすぐにクロッキー帳を取り出して、よく観察してその人を描きましょう。意地悪な気持ちでその人を醜く描こうとしてはいけないと思います。ただ現象として観察しましょう。勇気が出たらイベントの帰りに直接その絵を相手にプレゼントしてみましょう。これならマンスプを受けた本人じゃなくても、客席にいる人にだってできます。私たちはペンで戦いましょう。直接渡せなくても大丈夫です。眼差して、描いた経験が私たちの糧になる気がします。
中道の代表選の動向を見ていて、海妻径子さんの以下のエッセイを思い出す。どうして「リベラル」から女性が出てこないのか……この期に及んで危機感が足りないとしか思えない。
"「女性にガラスの天井を破らせてあげたい」という人々の気持ちを利用して、子分の女性を擁立して来る男性が、保守の世界にこれほど増えたのに、リベラルの世界に「自分が理解していないことを自覚している男性」がなぜ増えていかないのかを、問うべきだと私は思っています。"
高市早苗首相世代の抱える「漸進主義という媚び」について 海妻径子 (<高市的なるもの>とわたしたち 4)
wan.or.jp/article/show...
土井たか子の「山は動いた」が与謝野晶子の引用だったの知った時は感動した。
スター政治家にそういう教養があって一般にアピールした時代が日本にあったんだ……という手触りがある。
そして、ここでいう「教養」とは女性の歴史なんよ
映画やラジオやポッドキャストが好きで沖縄のことが知りたい人は『沖映社』がおすすめだよ、男性2人で喋ってるけどちゃんとフェミニズムの話をしていてとっても良いよ
open.spotify.com/show/0Z188I8...
大事なことは何回言っても良いですからね、世界には新しい人たちが生まれ続けているのだから、大事なことは何度でも繰り返し言い続けないといけないですよ
本当はみんなそれぞれの力を持ってるのに、大人が無力がって何もしない方を選んで、その皺寄せが子どもたちにいくのが本当に本当に大っ嫌い
このポストXに上げたいんだけど、私は沖縄のことで心ない言葉を投げられると本当につらくなってしまうので、私の代わりにX上で引用したりしてくれると嬉しいです
誰も補償なんてできません。だから、始めからこんなことが起こらないようにするしかないのです。本土の皆さんが自衛のために沖縄を差し出し続けていること、自覚したうえで投票してほしいと思います。
戦争で一般市民が徴兵されるとして、その先に何が起こるかというと、その人たちが暴力を学習して帰ってくるということです。それは、戦後も一般社会に持ち帰られ、世代間で連鎖します。連鎖を頑張って止める人もいます。でもそれはとてつもなく力の要ることです。これは、地上戦から80年経っても米軍基地に占領されつづけている沖縄で今でも続いていることです。一度始まってしまった戦争は、長く続くのです。戦争を招き寄せる人たちは、私たちの人生に対して一切の責任を取りません。
続き
『帰りに牛乳買ってきて』より
どういう関係/必要ない/他の人と暮らす気
#衆院選2026 にあたり、『帰りに牛乳買ってきて』から選挙に関係するシーン、この社会の「普通」に戸惑うシーン、決められた枠の外に人生があるのだというシーンを数ページ無料公開してもらいました🥛
怒りながら生活を慈しみ、人生を愛しながらも怒り続ける❤️🔥
gifいけるようになってる?
シュミット(2024)「ミニ・パブリックスにおける認識的不正義」
フリッカーの認識的不正義理論とヤングの内的排除概念を応用し、表面的・儀礼的な象徴的不正義に対し、構造的・潜在的な認識的不正義(更にその下位として証言的/解釈的不正義)を理論化し、それがミニ・パブリックスにおける内部排除の理解にとって重要であることを指摘する論文。その上で、市民参加型の議題設定、社会運動からの専門家招聘、積極的なファシリテーション、少数派の過剰代表などの対応策を提案する。
分類は直感的にわかりにくいが、正義と「社会の縮図」性をうまく両立させ、理想的なミニ・パブリックスを設計する難しさを考えさせられる。
年末にスマホが壊れて新しい機器になってから、なんとなくblueskyのアプリを入れるタイミングを逃していたのだけど、「みんなblueskyにおいでよ」という文面を某地獄SNSで見かけたのでいまだいぶ久々にログインして、昨年末くらいのポストからのんびり眺めている。いきなり通知が複数来た方もいるかもしれず、お騒がせしてすみません。。。
休職期間が始まって2ヶ月。前に書いたように有給の休暇が切れてしまうので、医師に相談して復職可能との診断を出してもらった(万全なんかじゃないけど、わたしも生きていかなきゃいけないから仕方ない)。ところが、復職日の設定で揉めており、結局無給期間が発生する見込みが高い。詳細は書かないでおくけど、私は然るべき時期に状況を共有してきたのだからこちらに非はなく、もらい事故での経済的損失だと思っている。今後の対応はまた考えるけど、少しずつ心身を整えてきたこの時期に負の感情を溜めたくなかったのに、台無しになってしまった気がして多少落ち込んでいる(でも休み中に色々試して心の荷を下ろすやり方が少しわかってきた)。
関西学院大学人権教育研究室の指定研究「SOGIEと人権」、今年春学期の第1回公開研究会では、ノンバイナリー差別と抵抗の歴史について講演しました。
12月2日に開催される第2回公開研究会では、「トランス差別とデマに抗うためのメディア・リテラシー」について、Tネットの代表お二人にお話を伺います!
対面のみですが、事前申し込み不要、無料です。ご関心ある方はぜひ。
雑誌の性質上、おそらくオープンアクセスには未来永劫ならないの思うので、他の記事と併せて図書館でお読みいただくか、余裕のある方は購入いただけたらうれしいです。。。
学会誌『女性・戦争・人権』24号に、「構造的不正義としての沖縄の状況とその是正に向けた責任及び連帯の構想」という論文を載せていただきました(副題を省略してもこのタイトルの長さ…)。精度はともかくとして、研究を通じて自分が考えたいこと、表現したいこと、もっと雑駁に言えばやりたいことというものを現時点の力量で表現したものにはなったと思っています。博論の一部にもするつもりです。ただ、経験やポジショナリティを考えた時、わたしなんかが書いていいテーマだったのか、書いていい文章だったのか、ということは構想段階からずっと悩んでいたし、世に出てしまった今でも思ってるし、たぶんずっと悩み続けるのだと思います。
休み始めた時が一番いろいろと明るくて、たぶんそれはさまざまな変化を感じとれたからなのだと思う。でも休んでいるうちに、改めて考えなくてはならないことが増えてしまって、そろそろ自分を復職に向けて整えていく必要も出てくる。大丈夫なふりをしていられるうちは大丈夫らしいということがわかったのは、この休職での大きな収穫だったので、ひとまずもう一度大丈夫なふりをしていられるように、なんとかやっていきたいと思っている。
話が逸れるけど、かつてこの90日間の病気休暇はわたしを含む無期雇用の正規職員だけが有する権利で、有期雇用の職員には30日間しか与えられていなかった。2年前まで組合の執行委員をやっていた時に、同一労働同一賃金の観点から両者の待遇格差を埋めるためにかなり闘って、最後の最後に有期雇用職員の病休も90日間に変えさせた。これがなければ、今回自分を2ヶ月も休ませていいとは思えなかっただろう。でも自分の時間と体力を削ってまで、組合活動をわたしたちに押し付けた人びと(特に正規職員)のために役に立ちたいとはもう思えないし、この(少なくとも相対的には)恵まれた職場にいる時間も間違いなく長くないだろう。疲れたから。
わたしの職場は自治体の外郭団体なので、制度だけはだいぶ整っていて、年休とは別に有給の病気休暇が90日間使える。7月に受けた目の手術や、その前後の診察と体調不良ですでに結構使っていたので、10月いっぱい休んだら少しだけ不足する(その分は普通の年休を使う)。欠勤にして行政から傷病手当を受けて休み続ける手もあるけど、さすがに職場に戻れなくなる気がするので11月には復帰したいとかかりつけ医には話している。たぶん反対されるし、わたし自身もすごく不安ではあるけど、まぁ仕方ない。休んだ収穫はたしかにあったので、あとはまた自分を大丈夫にさせてやっていくしかない。いつのまにか、10月ももうすぐ下旬。
休職期間が始まって1ヶ月半ちょっと。休み始めたときは眠ってばかりいたけれど、最近はまた不安が大きくなって眠れない日が増え、今週の頭には完全なる昼夜逆転になっていた(朝10時に入眠して午後3時に目覚める、など)。このままではまずいと思って1日半くらい無理やり起きてたりして、ここ1,2日で未明には入眠できるようになったけれど、そのせいか今度は気持ちよりも体調の方が悪くなってきた。高校時代、やはり昼夜逆転してしまって授業に行きたくても行けなかった(部活にだけ行って教師も友人も呆れさせていた)時期のことを久々に思い出した。人間は変わらないのかもしれない。そんなふうに全部諦められたらよいのかもしれない。
といつか→というか
「救い」なるものへ→「救い」なるものへの
最近はサカナクションの山口一郎さんの配信に結構救われているといつか、ちょっとの元気をもらえているような気がしている。かれのインターネットへの認識とか「救い」なるものへ考え方などは、わたしにはかなり心配に思えてしまう(気づかぬうちに自分を傷つける方向へ向かっている)ところもあるのだけど、そんなのは当然踏まえたうえで、わたしはかれの行動や言動を論評したり考察したりするのではなく、不調と付き合って(かれの言い方を引けば「乗りこなして」)音楽を作って生きていく様子にただ触れていたいと思っている。この辺はなんか別の機会に………