まあ、ニュアンスとしては、そういう間がないというか、そこまで時間がないとかではなさそうではありました。
ぼくらの時代で、同年代の俳優さんたちが、台本覚えていかないと、現場で見られないって言ってて非常にリアルだなと思った。インタビューも、暗い現場だと質問票見えない⋯。
働いて働いて、夜中まで勉強して体調崩してしまった方が、テレビで涙を流しながら去っていくところまでもう見える。働いて働いてなんて無理だし、人にも勧めないようにしてほしい。しかしそうではなかったらどうしよう。
怖い。
マンションの修繕とかもできなくなるのでは。
もっと上がるのでは。あと、再開発とか止まりまくるのではないかな。
私、歯を治療しようと思ったら、去年の見積もりの3倍くらいになってたので、早く治療したほうがいいと思う
James Wan is set to direct an English-language reimagining of ‘THE GANGSTER, THE COP, THE DEVIL’.
• Don Lee is set to star
• Follows a police officer and a crime boss who reluctantly team-up to track down a serial killer
(Source: www.hollywoodreporter.com/movies/movie...)
今年になって、作品見るときの気持ちが変化してて、姿勢としてはそうでありたいというものは確実にありつつも、その理想を完璧に描いたものよりも、そうはできないときにどうしたらいいのか、そうはできないときの気持ちにこそ寄り添ってるものとかのほうがいいなと思うようになったな。
そういや韓国にはこういう作品ってあったかな。意外と、韓国のファム・ファタールものが思いつかないな。ステレオタイプなものなら見つかりそうな気もするけど、でも、チョン・ドヨンとイ・チャンドンがやってなければないのではって気がする。まあ『シークレット・サンシャイン』とかが近いかもだけど。
「スオミの話をしよう」も見てみよう。
RP 市子見てないけど「スオミの話をしよう」を思い出した。あれは明るいエンディングに反してすごく悲しくなる話だった
私の便じゃないんだが、「軍事訓練のため欠航」なんての初めて見たぞ
今更『市子』を見たんですけど、これ、ファム・ファタールものとして重要な感じですね。過酷な境遇で育って、そのことで周囲の男性の庇護を誘発してしか生きられなかったヒロインが、自分の夢を持って女性とともにそれをかなえようとしていると、それが耐えられない男性の怒りを買ってしまうという。それってまさに、勝手に男性側がファム・ファタールを生んでるだけという。まだ途中だけど。
『冬のなんかさ、春のなんかね』見てたんだけど、これって、モノガミーに対しての疑問の話じゃないの?モノガミーに限らず、世にある恋愛というものに対しての疑問。
最近、こっちがわに「トライアルGO」ってスーパー?コンビニ?の間みたいのができてきて、そこの玉子サンドが、味がめっちゃいいってわけでもないけど、めっちゃ大きくて180円なので、近くに行くとふらふらーっと買ってしまう。そして今、朝からなんも食べてないんだけど、あの玉子サンドがあったらってぼんやり思ってる…。
とにかく、立ち尽くしていて、それが我々になにを思わせるかというだけで。
でも私は、俳優は解釈がまったくおなじでなくとも、その映画を正確に表すことはできると思ってはいる。ビョンホンが演じるマンスは、そういう人だったわけだし、そっちの考えを持って演じてるほうがよいのかもしれないとも。まあ最後にガーンみたいなときに矛盾に気づいてやるのか、それも何だか分からずに、ただ立ち尽くすかの違いはあるかと思うが、後者でも問題ないだろう。
『しあわせな選択』って、家族の大切さから入って、そのためにすごく仕事にあり就くためにこだわりすぎて、人と競い合い、でも実はそれもシステムに翻弄されてるだけなのに、一体なんだったんだろう?という『パラサイト』にも似た矛盾が書いてると思うのね。監督もインタビューで家父長制書きたいって言ってたし。しかしビョンホンはインタビューで家族大切って言ってて、こういうのあるから、テーマや解釈について、今回あんま聞かなかったというのはある。
あー、なんでこの人おじいちゃん目指してるんだろ?と知人に対して思ったことが何度かある!
これは俺の極私的な極論なんだけど、いわゆる「おじさん」のファッション問題の一つの解答として、「おじいちゃんになる」があると思うのよ。たとえば……私はチバユウスケが「アンちゃん・お兄さん」から、ある時期を境に「おじさん」を猛スピードでキャンセルして、一気に「おじいちゃん」になったと捉えているんだけど、あんな感じで。白髪を染めず、髭はあり、眼鏡をかけて、タイループをつけたり
インタビューしました。ビョンホンさん本作でも滑ったり転んだりのシーンが自然だったんで、『KCIA』のときに血で滑ったのはどういういきさつがあったんですか?とか聞いてしまいました。
ananweb.jp/categories/e...
渡辺銀次は『自分』の話をしながら『社会の中で生きている自分』の話をしている。
M-1決勝1本目では、どういう者であるか自己紹介を巧みに披露して、2本目では『現実をスワイプする己が極まった話』をする、前編・後編仕立て。かなり理想的な構成をしていた。これが優勝できなかったのは、運が悪かったとしか言いようがない。
博多華丸・大吉が、たくろうの漫才を「平和な日常」と称したのは象徴的だと思う。深刻に考えずにはいられない『現実』を塗り潰せるのは、この社会の中で『日常生活』を送っている至って平凡な民。
M-1グランプリ2025は、凄い大会番組だった。ドンデコルテという現実は、たくろうという日常に負けた
世界的にも…だと思うんです。
私は今のところ「依存先を増やす」の方が納得感あるから、実際に行われている支援の方が正直気になってるけど、
しかし自分も含めて『自力で支援に繋がる』って難しいからこそ、そこに辿り着くまでの途中過程として『セルフで自分自身を大事にできるようにしていく』を差し込むといいんじゃないって感じ
単純に松山空港から飛行機に乗って東京に帰るとき、その前にレンタカー返さないといけなかったんだけど、チェックインの時間が迫ってきてるだけで、縁石乗り上げたり、急ブレーキかけたりしてしまったこととかあり、なんか心配事があると、けっこうパニックになりやすく、その様子は、友人とかなら知ってるはず…。
あ、ドバイのデマ信じてるわけじゃないよ、空港で足止めとかなっただけで私、パニックになると思うので…。
身体が拒否するだけでなく、私は去年、4回だったか5回だったか、仕事というかまあ仕事みたいな依頼があったんだけど、それが全部だめになってたの。一回目は主演俳優の問題、二回目は別の人が手を挙げたことで私ではなくなった、三回目はキャストの健康状態、四回目は私がコロナに…。さすがにもう迷惑がかかるだろうと思って、お断りするようにしてしまった。嫌だったわけじゃないのに。
私、去年くらいから、ほんとに海外旅行がなんか体が拒否して行けなくなってたんだよね…。ドバイのこととか見ると、なんとなくその感覚がやっぱりそうかってなってしまう。もちろん、私が行く可能性があるのなんて近場なんだけどさ。
西森さんのzine「伏線と回収の日々」読了。ファンの人の当時の話ってほんと貴重な記録で、とてもおもしろかった!90年代後半、地方からの香港へ弾丸で旅行していたの話から、実際に香港スターに関する仕事をするに至るまで。続きも楽しみ!