「ロシアの大学で学徒出陣が開始」というモスクワタイムズの報道を見て、なぜ侵略している側が根こそぎ動員しているのかと訝しんでしまう。
ブリュードッグの犬ビール。
軽井沢産。
ホワイトデーと関係なくケーキを食べる。
ホワイトチョコレートといちごのチーズケーキとコーヒー。
ブナ科の木にできる虫こぶ(没食子)の抽出物と硫酸鉄(緑礬)から作られるインクを没食子インク(iron gall nut ink)と呼ぶ。薄灰色のインクは乾燥すると濃い紫黒色に変化する。没食子インクは耐水性と耐久性に優れ、羊皮紙に没食子インクで書かれた字を消すには表面を削り落とすしかない。没食子インクの最初期のレシピは大プリニウスが記しており、中世の写本や公文書は没食子インクで書かれた。
ブラジルと、チーズとブラウニーの二層ケーキ。3月は慌ただしいので、少し休む。
1881年3月13日、サンクトペテルブルクにおいてロシア皇帝アレクサンドル2世が反体制組織「人民の意志」の暗殺者が投じた手投げ爆弾によって落命する。「人民の意志」は暗殺によって革命の勃発を狙ったが、ロシア当局は徹底的な弾圧を加え首謀者は皆逮捕、処刑された。
222年3月11日、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス(通称ヘリオガバルスあるいはエラガバルス)が反乱を起こした近衛隊によって殺害される。
その退廃的な生活や極端な宗教改革などその統治は他の暴君も凌ぎ、ローマ史上最悪の君主として記憶されることとなった。後世の評伝は史家によって誇張された面が多いとされるが、やはり統治者として問題を多く抱えた人物であったという評価が有力である。
3月9日は「さくさん」で、ミツカンが定めた「酢酸の日」である。
17世紀フランス、酢の行商人。手押し車で酢を売り歩いた。
台湾ビールのグアバ&ローズアップル。爽やかな甘さ。
ブラジル、さくらブルボン。
今日は宇宙SENSEIを飲む。
晴れた日はヘイジー。
良い天気になった。
いちごのショートケーキとコーヒー。
1274年3月7日、トマス・アクィナスがシチリア王国のフォッサノヴァで没する。所属するドミニコ会の修道院で最期を迎えたいというトマスの願いは叶わずシトー会の修道院で没することとなったが、シトー会士達はトマスの遺骸をドミニコ会に引き渡すまいと様々な手段で遺骸を秘匿しようとしたと伝えられる。
トマスの遺骸はその棺を隠され、頭部が切り離されたり遺骨を取り出すために煮込まれたともいう。結局、教皇の命令によってトマスの遺骨がドミニコ会に引き渡されたのはほぼ一世紀を経た1369年のことであった。
今週も疲れたので、プリンとジェラート、エチオピアブレンドで癒やされる。
みずほダイレクトのアプリが昨日からエラーばかりで更新できず、口座が封鎖された可能性も含めて考え込んでいる。
1238年3月6日、アイユーブ朝の第5代スルタン、アル=カーミルが没する。第6回十字軍の侵攻に際し、皇帝フリードリヒ2世との折衝で10年間の休戦とエルサレムの十字軍側への返還に応じた。
フリードリヒ2世とは自然科学などをアラビア語で論じ、その交流はアル=カーミルが没するまで続いたという。
バウムクーヘンの起源には諸説あるが、リトアニアの焼き菓子シャコティス(Šakotis)もルーツの一つと言われる。ポーランドではセンカチュ(sękacz)と呼ばれ「木の節」という意味になる。
バウムクーヘンと同じく棒に生地を注ぎながら焼かれ、枝を折り取りながら食べる。
14世紀、クレヴォ合同によってリトアニア大公ヨガイラがポーランド女王ヤドヴィガと結婚した際、宴席においてシャコティスが振る舞われたという。この時シャコティスを焼いた菓子職人には褒美として指輪が与えられ、職人はその指輪で恋人に求婚しその心を射止めたとされる。
1386年3月4日、リトアニア大公ヨガイラがポーランド女王ヤドヴィガと結婚し、ポーランド王ヴワディスワフ2世ヤギェウォとして戴冠する。対立していたドイツ騎士団をグルンヴァルトで打ち破るなどその統治はポーランドの領域を拡大させ、ポーランド黄金時代の幕開けとされている。
ヨガイラの結婚相手としてはモスクワ大公ドミトリー・ドンスコイの娘ソフィアも候補に挙がっており、ドミトリーはヨガイラに正教へ改宗するよう要求していたと言われる。しかし正教徒ではドイツ騎士団による十字軍を抑止出来ないとして、ヨガイラはヤドヴィガとの結婚を受け入れたという。
1193年3月4日、アイユーブ朝の始祖サラーフッディーンが没する。十字軍からエルサレムを奪回し、第3回十字軍の攻勢からも守り抜いた。その寛容さはヨーロッパにも知られたが、私財も気前良く周囲に分け与えたため、サラーフッディーンの遺産は自らの葬儀代にもならなかったと伝えられる。
1033年3月3日、ローマ人の皇帝ハインリヒ2世の皇后クニグンデ・フォン・ルクセンブルクが没する。貞節な女性として知られたが不倫の疑惑で告発され、自ら灼熱の鋤の刃12枚の上を歩く神判で無罪を勝ち取ったという。
カトリックの聖人で、ルクセンブルク、ポーランド、リトアニアの守護聖人である。