「アラセゴン」
私はその姿勢を真似てみた。「中心にないね」とリオは私の腕をやさしくつかみ、そっと持ち上げた。角度が五度ぐらい変わり、それだけなのに、私は自分の身体が今までにないポジションにいることを感じた。空気が乾き、風が少しだけ吹いている。
「サンクトペテルブルクの鍋」坂崎かおる
#読了
@nonmart.bsky.social
読んだ本の印象に残った一節でも記してみようかと。 感想を書くのがとても下手なのです。
「アラセゴン」
私はその姿勢を真似てみた。「中心にないね」とリオは私の腕をやさしくつかみ、そっと持ち上げた。角度が五度ぐらい変わり、それだけなのに、私は自分の身体が今までにないポジションにいることを感じた。空気が乾き、風が少しだけ吹いている。
「サンクトペテルブルクの鍋」坂崎かおる
#読了
内臓がシェイクされるような回転が続いた。自分の口から自分の声じゃないみたいな、動物みたいな雄叫びが漏れた。叫びながら思った。これより怖いことなんてあるだろうか。ある。人を好きになること。その人のなかに飛びこんでいくこと。あんな怖いことをよくやったね自分。
「宙色のハレルヤ」窪美澄
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わたしはチラシで見た積み木の写真を思いだす。端材で作ったさまざまなカケラだ。
ひとりひとりはカケラでも、組み合わされば大きな形になっていく。
世の中は勝手に進んでいくわけじゃない。ひとりひとりが進めていくんだ。
「希望のカケラ 社労士のヒナコ」水生大海
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「お母さんを捨てられる?」
思い切って訊くと、紗奈は少し躊躇った末にきっぱりと答えた。
「捨てたいです」
この私もハルオに捨てられたのだ。しかし、今また、取り返そうとしている。そのことに喜びを感じている自分に、自分自身が呆れてもいるのだった。
「母親なんて、捨てた方がいいのかもしれない」
「ダークネス」桐野夏生
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「やっぱり中身も大事なんだね」佐江も同意するように呟いている。
「中身が大事……考えてみればそれが常識か。中身と言うよりは伝えたいこと、伝えようという意志――それは捨象してしまってはいけないことなのかもしれない。たとえ作業上の方便としてですら」
「そりゃそうでしょう、伝えたいことがなければ言葉なんてなんの意味があるの」
「エディシオン・クリティーク」高田大介
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それは音をたてた。宙を満たすうなり声。それは言った、目覚めよ。それが去った町はずたずただった。家族は悲嘆にくれた。家族は先祖の行ないを知った。それは気象現象だった。目覚めよ。それは一つの雲だった。生気のない空気の流れだった。
「赤く染まる木々」パーシヴァル・エヴェレット 上野元美=訳
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ヒトは他人が思い通りにならないこと、自分自身が思い通りにならないこと、天気や環境が思い通りにならないことばかりを気にしていた。同じことを何十回も続けてその個体は死を迎えた。
思い通りにしたかったのだった。たとえ、他人の幸福を願い、他人の快適のために尽くす人生であっても、それは他人を思い通りの状況に置きたいということなのだった。
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九千坊は猿太閤の枕元に座り込み、じっとその寝顔を観察した。
「なぜ、このような小さな男に、何千何万というヒトが従うのか。なんのためにあのような無謀な戦を仕掛けたのか。知りたいと思ったのだがの。ヒトのすることは、しょせん水神のわれらにはわからぬということか」
「水は動かず芹の中」中島京子
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……わたしという人間も「顔」という壁で二つに分断されている。中が東、外が西で、わたしは西で暮らしているのに東の人間なのだ。ベルリンの壁は一つの町を二つに分断しているのではなく、ユーラシア大陸を、いやそれどころか地球の北半球を西と東に分断している。
「研修生」多和田葉子
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広々とした空。
白いボール。
一瞬、俺の脳裏に、子供の頃に作って飛ばしたイカヒコーキの映像が浮かんで消えた。
風太の投げたボールは、ぐいぐいと太陽に向かって駆け上がり、俺の目にハレーションを起こさせた。
まぶしい――。
「ハレーション」森沢明夫
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帰国運動。地上の楽園。何もかもがまやかしだった。十万人近くを地獄へ送る壮大な罠だった。
なのに今日に至るも、責任を取るどころか、誰も謝罪すらしていない。そもそも日本人は、自分達の過去の行ないを忘れ果てたかのようだ 。
そんなことが許されていいのか。
「地上の楽園」月村了衛
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いくつものことが心の中を飛びすぎていった。壁紙に描かれていた男の子、たくさんのグズベリー、バケツに引っぱりこまれた瞬間、迷子になった牝牛、水が漏れてくるマットレス、三番目の光。わたしはこの夏のことを思い、いまのこと、いまのことをいちばんに思う。
「あずかりっ子」クレア・キーガン
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「いいんじゃないですか、好きなだけ工期を延ばせば。それが仕事みたいなもんだ」
浜地はなぜか失望する代わりに地に足のついた気持ちになると 、自然と身体の力が抜けて背もたれに寄りかかっていた。この世にそうそう純粋な人間はいない。バカ真面目な人間もいない。
「緑十字のエース」石田夏穂
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わからない人のほうが多い。わかってくれない人は、大勢いる。
だけど、わかりあえる人も、きっとどこかにいる。
未来のことなんて、なにひとつわからない。人生はきっと苦しい。これからだって傷ついて、のたうちまわりながら生きていく。
さびしくて恐ろしくても、それでいい。
「マッドのイカれた青春」実石沙枝子
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そうか。こうやってこの国をどん底に落とした戦争は始まったんだな。そしてそれを熱狂的に支持する人たちがいると。新しい戦前とはよく言ったものだ。莫迦が支配する国で生きるのは辛い。あきらめないけど、その前に殺されているかもしれないな。
早いところ積み上げた本を読むか(何年かかるんだ)。
結局、生きることは人間関係であり、人間関係とはすなわちコミュニケーションだった。幸せは遠くにあるのではなく、自分のそばにいる人たちと心を交わすところにあることを、いまになって理解したのだ。去年の秋と冬を過ごしたコンビニALWAYSで。
「不便なコンビニ」キム・ホヨン 米津篤八=訳
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立ちどころに桃子さんは分かったのである。あの笑いの意味。ひっきりなしにこみあげる笑いの意味。
ただ待つだけでながった。赤に感応する、おらである。まだ戦える。おらはこれがらの人だ。こみあげる笑いはこみあげる意欲だ。まだ、終わっていない。桃子さんはそう思ってまた笑った。
「おらおらでひとりいぐも」若竹千佐子
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高市自民が過半数を上回るという報道を度々目にする。
どうしてこの邪悪なファシスト政権を支持できるのか理解できない。与党が多数を占めたら待っているのは大増税と憲法改悪と社会保障費の削減だよ。円が暴落して(ホクホク)、おまけに徴兵制も復活するよ。いいのかそれで。
私は断固反対したからね。
わたしは天井を見上げる。いつものように、コンクリートの継ぎ目を端から端までたどってみる。 しかし、そう何度もたどるまでもない。眠りがひっそりと訪れて、わたしの手を掴む。霧も、淀みも晴れて色を失ったただの暗がりへと、わたしはゆっくりと帰ってゆく。
「息」小池水音
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四郎がぼくの考えたボケを言う。お客さんが笑う。四郎のお母さんの肩が、こらえきれないというように震える。勝ったと思った。笑わせたら勝ちだ。笑うまいと口を引き結んでいる人の口を、緩ませたら勝ち。
だってそれは、ことばが届いたってことだ。
「ぼくには笑いがわからない」上村裕香
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不意にじわりと涙がこみあげ、美紀はあわてて茶碗をテーブルに置く。
横を向き、涙がこぼれないように一瞬、目を押さえた。
こんな時間を過ごせるなんて。
鳥の声に耳を傾けることも、春の光を浴びながら、茶を楽しむことも。
「鎌倉茶藝館」伊吹有喜
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「宇宙ですね」並んで立ち、高橋さんが言う。
「えっ?」
「海とか山に囲まれたところで、月や星を見ると、自分は宇宙の片すみにいるに過ぎないって感じるんです」
「ああ、なんとなく、わかります」
海沿いの道を駅まで歩きながら、わたしも高橋さんも、そのまま月を見上げていた。
「宇宙の片すみで眠る方法」畑野智美
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だからなんだ――ではない。
だから俺たちなんだ。
何もわからず、何も持たず、先の見えない不安と、根拠のない希望だけを持って火星に生きている、俺たちがこの星に住む人々を応援するのだ。
「火星の女王」小川哲
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やれる道があるなら、その道に進むべきなのだ。やめるのはいつでもできるわけだから。
わたしはタクシードライバー。
やらされてるわけではない。自分がやりたくて、東央タクシーに入った。考えてみたら、一応、やりたいことをやれてる。
「タクジョ! あしたのみち」小野寺史宜
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「何をしていようとも、この地上のすべての人は、世界の歴史の中で中心的な役割を演じている。そして、普通はそれを知らないのだ」
少年はほほ笑んだ。それまで彼は、人生とは何かという問題が羊飼いにとってそれほど大切なことだとは、想像したこともなかった。
「アルケミスト」パウロ・コエーリョ
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わたしは黙って、香川さんがやさしい声でまた歌い出すのを聞いていた。
「なんでも食べられるようになった。親よりも大切な人を見つけた」
それがうれしくて、すこしだけさびしくて、でもやっぱりうれしい、と、香川さんは笑っているみたいな顔で泣いた。泣いているみたいな顔で笑った。
「世界はきみが思うより」寺地はるな
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春の新緑は美しい。秋の紅葉も美しい。冬の木立ちもまた美しい。
しかし、その同じ眼に、青春は美しく、老は醜悪で、死は忌み嫌うものと映っている。
我執の眼には、みぞれは暗く陰鬱である。
だが賢治の眼には、みぞれも死も、透明に美しく映っていた。
「納棺夫日記」青木新門
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子供は私を見ている。私も、その子を見つめ返した。
「会ってみる」
そう、子供が言った。
私はうなずき、子供に手を差し出した。ふと、悲しみで笑みがこぼれた。愛はいつだって悲しい。抱えているかぎり痛み続ける。
「みちゆくひと」彩瀬まる
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「生きるには、金がいる。保険金ってのは要するに、何かを失った人間が、悲しみや痛みを穴埋めするためのものだ。生命保険も損害保険も、喪失の大きさや重さを金に換えてる。大なり小なり損をした人間が、生活をリスタートさせるための金だ 」
「さよならの保険金」額賀澪
#読了
私はうなずく。その通り、ヒトは他の動物とは違い、優しい。
「一方で」破魔矢が続ける。
「一方で?」
「一方で、びっくりするくらい残忍でもある」破魔矢は、忘れてはいけない、と言わんばかりに続けた。
びっくりするくらい残忍、という言葉が私の頭に突き刺さる。
「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎
#読了