友人が会社を辞めるというので、会って話を聞いていた。上司のパワハラが原因とのこと。
自力で考えた企画書を出して通ったとき、その上司から「これAIで作った?」と言われて悔しかったという話が印象的だった。それが直接の退職理由ではないのだけど、こういうこと言われてプライドを傷つけられたりモチベーション下がったりしてる人、けっこう多いんだろうなと思った。
@maesan.bsky.social
友人が会社を辞めるというので、会って話を聞いていた。上司のパワハラが原因とのこと。
自力で考えた企画書を出して通ったとき、その上司から「これAIで作った?」と言われて悔しかったという話が印象的だった。それが直接の退職理由ではないのだけど、こういうこと言われてプライドを傷つけられたりモチベーション下がったりしてる人、けっこう多いんだろうなと思った。
去年参加した哲学対話に、ドヴォルザークみたいな風貌の男性が来ていた。おじさんといえばおじさんだけど、若者を脱したばかりくらいの年齢感。風貌も目を引いたのが、美声かつ発声がやたら良くて、小さな声でも会場全体に響くような人だった。あとやたら場慣れしていて落ち着いている。
なにものなんだ……と不思議に思っていたのだが、今日TLに(RTで)その人の写真が流れてきた。やはり芸能に関わっている人だった。
マンションの掲示板。足音はひたひたどころではない。長男が怯え倒している。
03.02.2026 19:37 — 👍 568 🔁 365 💬 1 📌 3スポーツクラブに通い出して半月。利用するのはプールエリアだけなのだが、そこだけ見てもいろんな人がいる。
プールに入らず、ジャグジー風呂に入る人とか。大浴場としての風呂じゃなくて、プールに併設されている水着で入る男女兼用の風呂。男女で会話するには便利ではあるが。
プールに入らず、ひたすらプールサイドで筋トレしてる人。筋トレフロアは別にあるのに、水着になってひたすらスクワットとか腕立てとかしてるという。
プールには入るけど、泳がず、水中ウォーキングもせず、ただただプールに浸かっているだけの人。
こちらとしては泳ぐ人が少ないほうが助かるのだけど。
"もっともらしいけど、フェイクだらけ。
生成AIが上手なのはファクトを並べることではない。
なんと見た目が気持ちよくて美しい物語を作ることが上手い。
人間の好むナラティブを並べることがすごく上手なのだ
何に似ているか。
葬送のフリーレンに出てくる「魔族」である"
note.com/yanabo/n/nd6...
昨年の暮れに発売された「季刊日記」という、日記をテーマにした雑誌に1週間分の日記を書いたのですが、そこにも「対話しやすい人とだけ対話してていいのだろうか」という葛藤について書いています。哲学対話の場には引き続き参加していく。
amzn.asia/d/16ElBLe
もし父親がああいう場に臨んだら、俺が穏やかに話をしていても、早々にキレて怒鳴り出していただろう。場が成立していたとは思えない。
というか生きていたら、実家との関係もおそらく今とはかなり違っていて、「縁を切る/切られる」「実家に二度と帰らない」という可能性も、少なからずあったと思う。あるいは父親が借金をこしらえたことで、やむなく関わることになるとか(俺の本を読んだ人はわかると思うが、あのタイミングで死んでいなかったらおそらく借金に手を出していた)。
対話対話と世の中で言われているものの、じゃあ自分の父親みたいな人とどう相対すればいいのか。という問題は依然として解決できていない。
ハートネットTV「対岸の父」を駆け込み視聴。NHKのディレクターが、排外主義的発言が目立つようになった父親との対話を試みるドキュメンタリー。
父親はネット言説にダイレクトに影響を受けているものの、それでもまだ対話できてるほうじゃないか…と思った。立場が変わることはなさそうだけど、少なくとも娘(ディレクター)の話はきちんと聞いている。
ここ数年、自分は対話というものを意識していて、そういう集まりにもちょいちょい参加しているのだけど、もし自分の父親(享年54)がまだ生きていたら、まともに対話するのは不可能なんだろうな…と考えてしまった。
www.nhk.jp/g/ts/J89PNQQ...
新年会の場でこの話をしたら、意外にも「それはいま世の中から必要とされている仕事」という反応のほうが多かった(なので商売として成り立つくらいには需要が多いのだろう)。店の人も「来店してないと思われる内容なのに低評価レビューを付けられることもある」と話していて、当事者としては切実な問題なのだろう。
でもなあ、とは思う。
知ってる人が転職して、「Googleマップの悪いレビューを消す仕事」についたと知り、複雑な気分である。お金を稼いで生活しなければいけないとはいえ。
24.01.2026 03:03 — 👍 77 🔁 33 💬 1 📌 2今まで公共のプールを使っていたのだが、今年からプールありのスポーツジムに契約してみた。十数年ぶりくらい? 過去に2回契約したことがあるが、どちらも半年もたなかった。プールの習慣はもう2年以上続いているので、ジムに契約しても大丈夫だろうと判断。
久しぶりに行くジムは快適すぎてびっくりした。プールそのものは公共のほうが良かったりもするのだが、ロッカーとかシャワーとか、付帯する設備が全然違う。あとプールが2時間制じゃないのがいい。
今年はさらに泳ぐ。
アメリカに亡命中のイラン国王の息子。
最近のイラン情勢の件で、メディアで見かけるようになったのだけど、ああいう人を見ると「ふだん何やってるんだろう」と気になってしまう。
たぶん働いてるわけじゃないよね。アメリカで政治家をやってるわけでもないだろう。元皇太子だから暮らしていけるだけの財力はあるのだろうけど、それはそれとして毎日何やってるんだ? 貴族みたいな連中とゴルフしたり会食したり、社交界活動みたいなこと? ちょっとしたロビイ活動くらいはやってるかもしれないけど、それも毎日ではないだろうし。
「今日は『ブレイキング・バッド』シーズン3を一気見するか…」みたいなことやってたりするのかな。
ことの本質は高市早苗のドラムの巧拙というより、「SNS映え」で盲目的に支持されることにあるのだけど。菅義偉のパンケーキはマスコミが持ち上げた面があるが、今回のドラムは発信者が映えをかなり意識してやっているように思う。
14.01.2026 15:56 — 👍 7 🔁 1 💬 0 📌 0高市早苗が総裁選に勝利し首相となったとき、ヘビメタ好きが注目されたが、「何十年前の話だよ、今はもう聞いてないだろ」と思っていた。
そこへ今回のドラム外交。
あ、意外と現役だったのか、と思って動画を見たら普通に下手だった。上手くはない、ではなく下手。あれで報道陣の前で演奏し、さらには韓国の大統領に対して「ドラムの先達」として振る舞う。それをやれるのが高市早苗なのだな、と感じた。
いや、どれだけ下手でも「いい写真」が撮れれば、SNSではそっちのほうが拡散されるので、十分目的は果たしたのかもしれない。
スナップシューターとしてのカメラが欲しい。GR DIGITALみたいに高いやつじゃなくて、多少雑に扱ってもいいくらい気軽に使えるやつ。とずっと思っていて、年末にその炎がかなり高まった。
「オールドコンデジ」というジャンルがあるのを知り、昔のLUMIXなんかを中古マーケットであれこれ見ていたのだが、結局NOMO CAMというカメラアプリの「135Ti」に戻ってきた。もう6年以上使っているが、まだこれを超えるカメラアプリに出会っていない(たまに新規アプリを試したりはしている)。
たぶん寂寥感とは違う形で発現した何かなのだと思う。
年末は沖縄で過ごしていたのだが、「1カ月くらいこっちに滞在しなよ」「こっちで仕事してもいいじゃん」と言われてうれしかったし、けっこう心が揺らいだ。俺がその言葉を真に受けて行動に起こす人間だと知っている相手なので、本気でそう言ったのだろう。
なるべくあちこちに行きたい。
2025年を振り返ってみると、いろんな人と離れ離れになった年だったと気づく。仲違いしたわけではなく、一緒にやっていた仕事がなくなったとか、別の地方に引っ越してしまったとか、海外に行ってしまったとか、そういう不可抗力的なやつ。
連絡取れるのは取れるけど、物理的に近い環境にいないという寂寥感は確かにある。といっても寂寥感を意識するのはふとした瞬間で、日常生活としてはそこまで意識せずにやれているのだが、一方でなんだかふわふわした感覚は日常的に味わっている。重しが取れて自分を固定化するものがなくなった感じというか。
そんなに大したこと言ってないんだけど、LINEで個人とのやりとりだと思って返信したらグループLINEで、めっちゃ焦ってしまった
24.12.2025 06:55 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0気になったのでホテルに戻ってYouTubeで昔のライブ(その日に歌った曲)を見てみたら、全然違っていた。息継ぎは全然目立たないし、ゆったり歌っていてもちゃんと声量があった。めっちゃ良かった(だからライブ行こうと思ったわけで)。
じゃあ自分が見たのはなんだったんだろう。活動期間は長いけど、衰えるような年齢でもない。単にその日の体調が良くなかっただけだろうか。謎である。
観客の多くが高齢だったせいか(髪が白い人ばかり)、SNSで検索しても感想がヒットしないので、それが通常運転なのかどうかわからない。
昨日、あるシンガーのライブを見て、なんとなく良かったのだが、頻繁に息継ぎをするのがどうしても気になった。
ライブ見るのは初めてだが、YouTubeでは見たことあって、「こんなだったっけ? でも歌い方を変えるシンガーもいるだろうし」と自分に言い聞かせて見続けていた。
で、「異邦人」のカバーを披露したときに、
「ちょっと/振り向いて/みただけの/異邦/人」
という息継ぎで歌っていて、「異邦/人」となるのはやっぱり息が続いてないんじゃないか、と思ってしまった。声を張って歌っているから、息継ぎのタイミングが余計に強調されて、こっちも意識せざるを得ない。
赤坂サウナタイガー、あまりにもずさんな運営ではあるけれど、ドアノブが壊れて閉じ込められても、非常ボタンが作動しなくても、サウナ室でタオルが燃えても、いろんな人が出入りするサウナなら、人死にまでには至ってなかったんじゃないか。
やっぱりサウナって特殊な環境下だから、個室化・密室化ってそれ自体にリスクをはらんでいるように思う。
一般的なサウナ施設だと、深夜帯に1人だけになることはあるけれど、それも一時的なもので、30分誰も入ってこないということはまずない。まばらながらも客は来るし、店員がマットの交換に入ってきたりもする。
運動をすることで筋肉がついたり持久力がついたりしても、疲労の回復力はあんまり変わってないような気がする。
17.12.2025 05:00 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0大学受験の話を聞いていて思ったこと。昔は成績のよしあしって、(もともとの)頭がいい・悪いとか、先生や塾に恵まれるかどうか、みたいなざっくりした差でしか考えてなかったところがあるけど、実際は「決めたことをやり続ける力」とか、「自分の苦手分野を正確に見極める分析力」とか、「勉強法を適時軌道修正していく柔軟性」とか、「(かつてはネットのレビューもない中で)自分に合った問題集を選ぶ選択眼」とか、「良い授業や参考書の情報を仕入れるネットワーク」とか、「自分はどういう環境であれば集中できるか」という自己理解とか(自宅は無理だった)、そういうものの積み重ねに成り立っていたものなんだなと。
11.12.2025 16:33 — 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0山上徹也の起こした事件は「個人が正規のルートで訴えても相手にされないから、SNSで炎上を起こして(非正規のルート)、それでやっと問題解決の道筋が開ける」というパターンのエクストリームなやつだと感じる。
山上はかなり追い詰められて犯行に及んでいるから、安易に時代の空気に呑まれてそうなったわけではないと思うけれども、結果的に近い構造を持ってしまっている。
たまに気晴らしとしてジャーナリングをやっている。さっきもやってた。
やる前はめんどくさいのだが、いざ始めると止まらなくなる。ある思念を書きつけているうちに、別の思念が引きずり出されることが頻繁にあるから。
ずっと前にも試したことがあるが、記録することに抵抗があり、途中でやめた。ジャーナリングで大事なのは「思ったことをそのまま書く」ということで、しかしそれが記録されてしまうと、「いつか誰かに見られるのではないか」という雑念が湧き、それで書けなくなる。
ある時、「記録を前提にしなければいいんだ」と気づき、リーガルパッドに書くようになった。書いたら(好きなタイミングで)破って捨てればいいのだ。
地区としてはそういうところにあたるので、そうじゃないかと考えた次第。
1Fに食堂もあって、そこで深夜のどうでもいい通販や、早朝のニュースを見ながら肉そばを食べるのが好きだった。
NHK ONEで「誇りうるもの 部落問題の100年」を見て思い出したのだが。
大阪にいた頃、朝5時までやってる銭湯によく行っていた。スーパー銭湯ではなく銭湯。つまり400円くらいの銭湯料金で入れる。1Fが受付、2Fがメイン浴場、3Fが別料金で入るサウナ、4Fが露天風呂というしっかりした施設なのに、銭湯料金。
夜更かしすると決まってそこに行くのだが、深夜2時3時になると人は少ない。最大でも5人くらい。俺しかいない日もざらにあった。風呂に浸かりながら堂々と歌えるのが良かった。
しかしよく考えると、そんなんで採算取れるわけはなく。あれは同和対策事業の一つだったのではないか。
鹿と熊を食べてきた。
そう銘打たれたわけではないが、実質的な忘年会。どちらも脂身まで旨かった。熊肉は鍋にするとかなりの脂がスープに溶けていった。それで野菜を食う。
どんぐりを食べた熊のほうがしっかり脂が付くらしい。それで冬眠の準備ができて冬に入るのだと。
「じゃあ、あんたが作ってみろよ」の勝男の父親を見ていると、親戚のおじさんを思い出す。
家事育児のすべてを妻に任せてきたが、家庭内別居をすることになり、料理は自分でなんとかすることに。「なに食べてんの」と何度か聞いたことがあるが、ゆでる(そうめん・うどん・ラーメン等)以外の調理法を聞いたことがない。あとはスーパーの惣菜。
やることなさそうなので図書館の利用をすすめたが、「金がかかる」と言って行こうとしない。「無料だから」と言っても「そんなはずはない」の一点張り。
図書館のことはともかくとして、(九州の)団塊男性で何も作れない人って珍しくないんだろうな。
突然、過去の出来事について「あれって実はこういうことだったのでは」と気づくことが時々ある。
昨夜寝る前にもそれが起こったのだが、落ち込むような内容で、朝起きてもしばらく「そっかあ……」と余韻を引きずっていた。