六百番歌合、なかなか面白い。
どこか上手くない歌も多く、それの上手くないところを上手く判者の俊成は指摘していて、確かにそうか、となる。なるほどな、と。その中にも、いいものがあり、また注の本歌などに目を通すのも含めて面白い。
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六百番歌合、なかなか面白い。
どこか上手くない歌も多く、それの上手くないところを上手く判者の俊成は指摘していて、確かにそうか、となる。なるほどな、と。その中にも、いいものがあり、また注の本歌などに目を通すのも含めて面白い。
「真菰草つのぐみわたる沢辺にはつながぬ駒も離れざりけり」俊恵 詞歌集
「もえ出づる野辺の春草末わかみ空とともにぞ浅緑なる」中宮権大夫
何かをやりたいのに、自分のやること、できることを人生の中で持てずに過ごしてしまった人は、人にそれを求めるようになる。人にやってもらおうとする。達成というのが大事なのではない。
16.05.2025 12:11 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 05.15.
「鶯のなみだのつらゝ声ながらたよりにさそへ春の山水」寂蓮
「春風に下ゆく浪の数見えて残ともなき薄氷かな」家隆
寂蓮けっこう好きかも。
5.14.
「霞みあへず猶ふる雪に空とぢて春物ふかき埋み火のもと」定家朝臣
「空はなを霞みもやらず風冴えて雪気にくもる春の夜の月」女房
「梅が枝の匂ばかりや春ならんなを雪深し窓のあけぼの」寂蓮
5.15.
あのー、ねこだっこしながら寝てたら、終わってましたわ
15.05.2025 07:50 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 016:25くらいに家を出るので、しばらくゆっくりねこねこねんね時間をすごそう
15.05.2025 03:28 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0苦しい、あなたがまだ心の中に住んでいる。あなたの日常があった。ここには。そして、それがなくなった。一瞬の後、永遠に。
15.05.2025 00:06 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0第一人者が死んだから、次に繰り上がり式で第一人者になれた人でしかないんだよな、、
14.05.2025 13:50 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0個人的には虚子よりも、秋櫻子の方が嫌いじゃないし、もちろんみんな俳句に一生を賭けただけあっていいところもたくさんあるんだが、虚子なんて冴えないおじさん俳句としかいいようがない。秋櫻子が三流はさすがに悪いか、1.5流くらいだ。結局、追随者は、そこに甘んじる才能しかなくて、それは悪いことではなくて、何かを継いでいくこともいいことなんだけど、俳句の上で一流ではない。なぜなら、追随者だから。
14.05.2025 13:48 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0ある時代の開拓者から、弟子が後を継ぎ、さらに弟子の世になると、一流から二流、三流へと、残念ながら落ちてゆく。子規、虚子、秋櫻子、、三代目はもう鈍らだ。
14.05.2025 13:22 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0頭がおかしくなりそうだ。若葉にかかる日の傾き。窓から入る光の長さ。
風に揺れる木々の梢、あざやかに移る五月の光。夢なのか、現実なのかわからなくなる、あなたを喪ったことが。わからなくなる。こんなことがあるのか。詩をおもう、心の中で詩を書くことは、出来事をフィクション化することだ、冷静にはなれないまま、ただ、平坦になってゆく。涙をおさえる。表情がなくなる。
詩友なんて言葉、誰が言い始めたんだ。もし杜甫とかが言ってたら、何も言えなくなるなと思って調べたら、菅家文草が初出らしい。まあ、ならいいか、、黙ろう。
07.05.2025 12:11 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0現代詩の界隈を覗き見してると、
拙作、詩友、、気味の悪い言葉が並んでるな、、界隈の人間になったり、なろうとすると、こんな言葉を使うようになってしまうものか。
いいなと思うものに出会うことは、人生の喜びのひとつだとは思うが、いいなと思えるものは世の中にたくさんあるので、そんな無理して出会いにいく必要もない気がする。
結局、出会いたいと思うタイミングなら買えばいいし、そうでないならそのときは買わなければいい、それだけか。
文芸誌、いいなと思えるものに出会える反面、くだらないなと思うものもその倍はある、〇〇受賞作なんかもそうで。
いいなと思うものに出会える可能性のために読むか、雑音をシャットアウトするために買わないか、その選択や如何に。
あと、猟師
06.05.2025 02:03 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0庭師、そんなのは今惹かれているものだ
06.05.2025 02:03 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0たとえば今、人類の文明が崩壊したとして、自分に何ができるかといえば、紙は作れる、畑や野菜も作れる、とはいえ、それくらいで、人類は機械や工場ではなく、人間の身体に備わる技術として、いろいろなたくさんの歴史をもってきた。もっともっとそれを知りたいという気持ちと、それにしても限度があるというところ
06.05.2025 02:02 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0なんやかんやで、そういう心の中の積み重なりが、普段の態度、そして、とっさのときの行動や表情にあらわれる気がするわ。まあそれは自分の役割ではないと諦めるのもひとつの手ですが、それでも大切な人、通りすがりだとしてもやさしくしてあげたい人はいるもので、難しいところだ。ただ、人を傷つけたり不幸にしたりしたいわけじゃない、心はそうだが、それに行動を伴わせるのが難しい。
06.05.2025 01:47 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0むずかしいよな、疲労、体調不良、睡眠不足、、人を恨んだり敵視したりしたい気持ちになる。よい心をもっていることが、人に寛容であれることがいいのは当然なんだが、そうもいかないときもある。どうすればいおのかね、まあそんなときもある、ゆっくり休もうと思って休めばいいのだが、疲労がたまるほど上手く休めないことってあるし、心が悪い方向に慣れて、流されていってしまうようや気もする。人を悪くおもうのも、心のなかでなら問題もないが、それがふとしたときにあらわれて、人を突き放してしまったり、やさしくできなかったりしたらいやだ。人間だから完璧ではいられない、ともおもうが、取り返しのつかないこと、積み重なるものもあり
06.05.2025 01:38 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0テキトーな職場。
休んでも対して問題のない日は、急に休みますってなる感じの方々の職場なんだが、仮病とか使わないのエライわ。
ふつうに用事が忙しくてとか、今日は出なくても大丈夫ですよね? とかそんな感じ。いいと思うわ。
俺も、午後出の人がいる予定だったから、仮病でもつかって交代して家に帰りたい気持ちあったけど、帰れなくなったわ。完全に負けたわ。
なんだろう、自分と全く違うところにいる人だったら目にも入らないんだろうけど、ちょうど自分の好きなジャンルにいるので、ついつい見つけて、見ると批判したくなってしまう一番の存在。
そういう意味では、都会とか社会人のエッセイは何の目にも入らないが、旅行記とかは残念に感じることが多い。削ることができない人は多いね。体験したこと、感じたこと、せっかくなら全部書きたくなっちゃうんだけど、それを削って、裏に隠して、すると陰から香りが立ってくるんだが、このスピードの早い時代では、なかなかそこまでいける人は少ないね。
梨木香歩というのもかなり特異な存在なんだよな。
テーマやタイトルは本当にいいんだけど、いざ読んでみると、文章がヘタすぎて読んでられない。
でも、人気ありそうな感じだから、やはりこのテーマ性というところで支持を得ているんだろうね。
そして、他人を自分の好きにしないことで、自分を他人の好きにさせない、ということにも近づきたい。
29.04.2025 14:13 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0自分の好きにする、というのは、他人を自分の好きにしない、ということと背中合わせではある。
29.04.2025 08:58 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0つまり、自分が善いとおもったことに関しては、平気で他者を間違っていると断ずることができてしまう。自分が善いと思ったことは自分でやっていれば、別に他者を矯正したり、仲間に引き入れたりしようとしなくてもいいんだけど、どうもそういうわけにはいかないらしい。
人間、自分ひとりで何かをやるという勇気が、中々ないということなのか。
好きにやる、というのは極論、人を殺したいって人もいますよねえとか言う話ではなく、自分のできることをできるかぎりでやり、できないことさやらないということで、できないことをやろうとするところから、理不尽は生まれてくるような気がするよ。そして、その不満足が進化の元てはあるんだね。
世の中いい人が多いんだけど、その上で他者をコントロールしたいという欲のあるのも人間で、社会のシステムもいかに人をコントロールするかというところで作られているので、正直疲れるし、イライラする。
好きに生きようや、人間。
"伝統"俳句とか、"現代"詩とか、そこに自己紹介を入れなきゃいけないのは、しかし、もうその勃興期ではない悲しさなんだな
27.04.2025 12:21 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0翻訳というか翻案、しばらく自分の練習のためつづけてみよう、一日一首。
25.04.2025 05:21 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0