哲学の授業、後期前半(全7回)の最終回。多数決で死刑になったソクラテスの姿を見つつ、プラトンは自分の考えを探った。民主主義で大切なのは多数決ではなく、皆の共通利益、合意可能な事柄を確かめ、作り育て合うプロセスなのではないか、という話に強く反応してくれた学生がいたことが嬉しかった。
06.11.2025 15:41 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0@senjihiranuma.bsky.social
経験の場としての読むこと、書くこと、つぶやくこと。 (告知などもここでします。) 新刊『列島哲学史』(みすず書房)、よろしくお願いいたします。 著書に『「大菩薩峠」の世界像』(平凡社)、『幕末的思考』(みすず書房)、訳書にルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ』、マイケル・ワート『明治維新の敗者たち』(みすず書房)ほか。 写真は、四万十川に架かる沈下橋の一つです。
哲学の授業、後期前半(全7回)の最終回。多数決で死刑になったソクラテスの姿を見つつ、プラトンは自分の考えを探った。民主主義で大切なのは多数決ではなく、皆の共通利益、合意可能な事柄を確かめ、作り育て合うプロセスなのではないか、という話に強く反応してくれた学生がいたことが嬉しかった。
06.11.2025 15:41 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0【書評】沖縄タイムス、山陰中央新報ほかに野口良平『列島哲学史』評が掲載されました。評者は評者は安藤礼二さん。「…創造的な対話の道が開かれていたことに驚いた。極めて刺激的で注目すべき試みである」
www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1...
(先の投稿に誤字があったため、再投稿しました。)
01.11.2025 14:25 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0「著者が大きく依拠する加藤典洋の著作群に対して評者はほぼ正反対の見解を持つが、そこに創造的な対話の道が開かれていたことに驚いた。極めて刺激的で注目すべき試みである」。
よい書評を受けることができて嬉しかった。感謝します。
www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1...
拙著『列島哲学史』(みすず書房)を、批評家の安藤礼二さんが今朝の沖縄タイムズ、山陰中央新報紙面で書評をしてくださった。
「著者は終章で列島哲学史をこのように記す。「自らの排他性に無自覚なロゴスの威力に屈せざるをえなかった劣位者が、その排他性に抗いながら、しかしロゴスそのものを否定するのではなく、より開かれたもう一つのロゴスをつくり育てようとする努力である」と」。
(続く)
今日の哲学の授業では、プラトン『国家』をとりあげた。
正義=勝者の利益という思想との対峙。自己中心性の難問を喚起する「ギュゲスの指輪の寓話」。鶴見俊輔が米国の獄中で、英訳を読み込んでいた労働者に出会い、本書が少ない語彙で書かれていることに思いをはせた話。そのどれもが、強い現代性を感じさせる。
プラトンの出した問題の射程は、とてつもなく広く、深い。それにどう答えていくか。
『暴力論』『戦争論』(講談社)の著者高原到さんが、拙著『列島哲学史』(みすず書房)への力のこもった書評を、24日発売の『週刊金曜日』に書いてくださりました。自分の本の先にあるものを示唆していただいた思いです。あらためて襟を正すことができました。
23.10.2025 13:03 — 👍 6 🔁 1 💬 0 📌 0私は、この社会(とそこでの学問)のあり方に「第二極」というものがどうしても必要だと考え、その実現のために微力を尽したいと願い続けている者ですが、2500年のモノサシで測れば、その努力を始めるのに「遅すぎる」ということはない、とも考えています。それは、『列島哲学史』(みすず書房)を通して言いたかったことでもあります。
22.10.2025 23:31 — 👍 6 🔁 1 💬 0 📌 0一読、なぜか夢野久作『ドグラ・マグラ』と比べてみたくなりました。近いうちに再読してみたいです。
16.10.2025 10:41 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0哲学の授業でソフィストのくだりにさしかかり、現代のディベート文化にも触れながら、ベン・ラーナー『トピーカ・スクール』(明庭社)の話をし、学生に薦めた。2500年の時間をひとまたぎにする感触。
16.10.2025 10:04 — 👍 3 🔁 0 💬 1 📌 0哲学の授業(遠隔)で、『ちくま哲学の森別巻 定義集』(筑摩書房)に収録されているさまざまな言葉について、学生から寄せてもらった定義を集めたものを画面でみながら考える、ということをやってみた。「愛」、そして「馬鹿」についてこうして考える時間をもてたのは、誰よりも自分自身にとって貴重な経験だった。
08.10.2025 23:38 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0 ベン・ラーナー『トピーカ・スクール』(川野太郎訳、明庭社)を読み終える。
全編の語りが悲鳴という大理石でできていて、最後にそこに雨が一粒、二粒と滴り落ちてくるようにも感じられる。錯覚かもしれないのだが、白岩英樹さんの力のこもった解説も、その雨滴のよう。
私がこの作品と比べてみたくなったのは、夢野久作『ドグラ・マグラ』。ディベートは所詮、議論や対話のフェイクでしかない。そんな科学はやめてください、というアンポンタン・ポカンくんの声が、向こうからこだましてくるようだった。
この列島でいえば、太夫と才蔵(ツッコミとボケ)の万歳(漫才)芸。これと、中国の掛け合い芸の「偶語」、それにイギリスの「パンチとジュディ」の共通点と違いの両方を、人類の哲学史というものを思い描く一つの手がかりとして考えてみたい。
07.10.2025 14:40 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0『列島哲学史』(みすず書房)、いよいよ刊行の運びとなりました。
2500年の歩みの意味を探る試み。
どうぞよろしくお願いいたします。
『戦争と漫画』とてもいいアンソロジーだった。与えられたのは短い紙幅だったけど、思い切って三冊を総合するかたちで書評した。
30.09.2025 07:47 — 👍 3 🔁 2 💬 0 📌 0お知らせです。
11/23に京都・京大地塩寮(YMCA会館)で開催されるシンポジウム「加藤典洋をどう考えるか」(編集グループ〈SURE〉主催)で、基調講演をつとめることになりました。
よろしければ、ぜひお越しくださいませ。
講演と討議 「加藤典洋をどう考えるか」|編集グループ〈SURE〉 share.google/2sf4eGRGL9ok7C…
今日の『べらぼう』では、光格天皇の「尊号問題」、紀州治貞に本居宣長が献呈した『玉くしげ』の話がちらりと出てきた。松平定信の厳格すぎる姿勢は、封建制度そのものの解体に対する必死の抗いの表現だったのだろう。
この先、蔦重が宣長に会いに松坂に行った話や、失職する定信がロシアから帰還した大黒屋光太夫を間近で見る話などが出てくると面白いのだが。
『ヘンリー・ソロー日記 1852年』山口晃訳(木菟書房)の書影📚 ソローのてになる鳥の挿絵がたまらない!
『ヘンリー・ソロー日記 1852年』山口晃訳(木菟書房)を拝受。全876頁、約830gのヴォリューム。ですので、少しずつ読み進めることも考えましたが、ソローの過剰な集中にならって、一気呵成に。ソローは関係性から物事を捉え、徹底して関係性に生きる人間だった(だからエマソンとの仲違いに悩んだ)!
エマソンの思想を生活の文脈に置き換え、「森羅万象(ユニヴァース)」との関係性で継承したソロー。彼にとっては「天性(ジーニアス)」さえ、個人の所有物ではなく、私たち「共通の特典」でした。自然と詩、思索と実践、花とハチ、人と人。関係性を捉えるために「凝視」するのではなく「眺める」。
なるほど。ご紹介くださり、こちらこそありがとうございます😄
28.09.2025 01:12 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0ある話し合いのサークルで鶴見俊輔が、ソローのcivilを「礼節ある」とし、「礼節ある不服従」と訳していたのを聞いたことがあります。
27.09.2025 10:12 — 👍 7 🔁 3 💬 1 📌 0近鉄・飛鳥駅近くの欽明天皇陵へ。
拙著『列島哲学史』(みすず書房)では、日本書紀に記されている欽明天皇の言葉に、列島の文字に残された最初の哲学的な問いを見てとっています。
思うところの多いひとときでした。
グラングリーン大阪で開催中の坂本龍一展へ。
沈黙、音、音楽。「声」、そして言葉への遠く長い暗渠をたどる行程。
マイケル・ワート『明治維新の敗者たち――小栗上野介をめぐる記憶と歴史』野口良平訳
歴史は勝者により書かれる。小栗を巡る語りを明治から平成まで追い、敗者への公正さを要求した人びとが「勝てば官軍、負ければ賊軍」式の明治政府史観に、いかに抗ってきたかを跡づける。
www.msz.co.jp/book/detail/...
9/24朝日新聞夕刊「れきしあるき」でマイケル・ワート『明治維新の敗者たち』野口良平訳 が紹介されました。
27年大河の主人公・小栗上野介@群馬・神奈川 幕末に製鉄・造船所、埋もれた功績
www.asahi.com/articles/DA3...
2025/9/18 OUT!!!
野口良平『列島哲学史』みすず書房
amzn.to/4pyyutv
中国・欧米という強大文明の辺境にある日本で、世界像のゆらぎは世界最大級だった。そこで成る哲学には、強国本位に普遍がイデオロギー化することに抗い、普遍に対する新しい考えを生む可能性があった。古代から現代まで列島哲学を辿る初の試み。
先週手にした本たちです。
先日、大学の生協で野口良平『列島哲学史』(みすず書房、2025)を手にして、帰りの電車で読み始めたところ、巻頭の課題設定や論の組み立てに引き込まれ、気がついたら間違った電車に乗ったまま見知らぬ場所に到着しておりました。
白岩さん、さっそくお読みくださり、ありがとうございます。
「打ち捨てられた〈誤りうること=可誤性〉」の系譜への注目をくみ取っていただけたことは、望外の仕合わせでした。
深く御礼申し上げます。
列島の思索の軌跡を縦横無尽にたどりながら、中央文明に標準化された「普遍」に抵抗し、下からの普遍性を縫い直す。著者はその途次で、打ち捨てられた〈誤りうること=可誤性〉を一つひとつ丹念に拾い上げていきます。揺らぎをくぐった対話と生成の先にある「列島哲学」とは回復の言葉でもあるのでしょう。「より開かれたもう一つのロゴス」へ!
17.09.2025 10:02 — 👍 13 🔁 2 💬 0 📌 0野口良平『列島哲学史』(みすず書房)の書影📘
野口良平『列島哲学史』(みすず書房)を拝受。かつて中江兆民は「我が日本、古より今に至るまで哲学なし」と断じました。彼の批判を起点に、自らの哲学を再定義し、日本を「列島」として捉え直す稀有な哲学史。
「人間が世界像のゆらぎを経験した際に、自分ともう一人の自分、自分と他人(たち)との対話を通して、自分の視野を育て、態度を整えていく努力。またその努力を支えうる方法。それを私は哲学と定義する」――敗者の経験や中間地帯の声を両掌で受けとめ、古代から仏教伝来を経て、法然・親鸞・『徒然草』から、福沢・兆民・透谷・鶴見俊輔へ。
『列島哲学史』(みすず書房)、いよいよ刊行の運びとなりました。
2500年の歩みの意味を探る試み。
どうぞよろしくお願いいたします。