第2次高市内閣が発足する2月19日(木)に、制度利用者と共に提出したいとのこと。
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第2次高市内閣が発足する2月19日(木)に、制度利用者と共に提出したいとのこと。
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おかしいことはまじで正常と思います、正常に見えてることやものはきっと異常を孕んでるんですよね、節郎日記、節郎小説を読むと分量をかくことの必要性というか、分量はある程度あったほうがいいという証明を目の当たりにするといいますか、読んでいる側もいい意味で、意味と距離を置くことができることが救いにもなってますね、書くことも諦めたくはありませんので、福田節郎が書き続けてくれること自体と、かいたことばたちを励みに、労働や人生はほどほどにしてがんばります。
07.02.2026 14:27 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0人のかたちを留めるための手段を労働にもっていかれすぎてわすれかけているなか、それこそ福田さんの日記も然り、笙野頼子然り、なんとか読めないながらにひとの文章を読み、息をつなげている自覚がかなりあります、抗わねばとわかっていながらも不器用すぎてなかなかうまくいかないですね、いやしかし前回、今回と節郎日記は神回が続いています。ありがとうございます。
07.02.2026 14:01 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0あたまでなにか小難しいことを考えることはできない、とっくにもうよくわからないフェーズにさしかかっている、小説も相変わらずよくわからない、小説のことを考えているあいだ、労働のことを考える余裕がなくなる、小説は読み始めれば余裕がなくなる、それ自体も物理的な救いである、ほんとうに結構ぎりぎりのところにきている、いまのままでは小説なんて書けやしない、もうかけなくなって二カ月経ったしこれから書けないかもしれないし、それでも読めればいいかとも思う、なんでもいいかと、極論はどうでもいいのかもしれない、でもやっぱり小説のことを考えればかきたくなるのかもしれない、自然な流れがあるのならそれにのってゆきたいな
07.02.2026 13:53 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0どうなっちまうんだ、労働に賃金に生かされているだけの労働者は人のかたちをしていながら人からかけ離れている、笙野頼子を読むのは大変な気合やら気概やら、とにかく全身全霊でのぞまなければならなかった、辛かった、読み終えたあとに身体に残るものはない、それが小説だ、けれどなんでこんなにも読んでよかったと思えるのか、小説だからだ、それはすごいことだと思う、別段小説を崇拝していない、小説家だってすごいとも思っていないかもしれない、それは尊敬していないとはまた別の、けれどもすごいとはまたちがう感情で、小説家はもっとごく自然な発生のうえにあるものだと思うからだ、だからこそ小説自体がこんなにも毎日近いのだ
07.02.2026 13:48 — 👍 1 🔁 0 💬 2 📌 0ひとの文章がまじでよめねえ、ところどころ読めたところだけ読んでいくことしかできねえ、見たことのない言葉をひたすら追っている感覚で、自分のことばもいまはこう暗くて湿っぽい病んでんなーって言葉しか出てこない、五連休は意味をなさなかった、労働者であることからは一ミリも離れられなかったしなんならものすごく痛感させられた、一日目から労働にもどるカウントダウンばかりに気を取られていたのだから社会にぶらさがり賃金に生かされている労働者でしかなかった、賃金をつかってつかれている温泉では労働のいやな記憶が次々に湧いてきて、息が詰まる、そこで深く吸い込んだ空気はめちゃくちゃ冷たく微かに美味かった、露天風呂です
07.02.2026 13:43 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0初めて黒沢清の映画を見たがめちゃくちゃよいな、映像って強えなあと思ったよね、
06.02.2026 13:32 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0 こちらでも宣伝をします。数年かけて断続的に書いていた日記がこの度、『日記』として刊行されまふ。ここブルスカでの投稿も収録されているので、是非チェックしてみてください!
この度、佐波長太郎の『日記』が恥露離庵より刊行されます。是非、入手してください!
1/18(日)の文学フリマ京都で頒布します。
368ページ、2000円です。
ブース:恥露離庵【お-36】
x.com/saba_tyou/st...
書くことに関してはもっと書かなきゃいけないよな、数ヶ月前の自分、数週間前の自分のかいたものに向き合う体力と気力がなさすぎるから小説を書く手がいま止まってしまっている、
13.12.2025 16:18 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0もっと読んでかいたらいい、とは思うけど、ただ読んで書くだけじゃだめだとも思うし、数じゃない、わからなかったことをわからないままにしてとっておく、それと一緒に生きていくこととか、そうすることで進むしかないとは思う
13.12.2025 16:08 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0なんかしかし、誰かに読まれ感想を言う言わない、言われる言われないはやっぱり大して問題じゃない、もっと読んだものは秘めたかったりするし、なんか影響受けたんだとすれば、自分の文章にかいたときに出るものだから、わざわざ言及するよりは書いて形になった方がよっぽど生産性は良いのかもしれないなどとおもう、だけど、原動力や流通のサイクルを考えたときに人の声は大きな力を持つ、そのことと文学の相性が悪すぎるように思う
13.12.2025 16:06 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0芥川賞候補が選ばれるまでの過程って不透明すぎるよね、運だよな、それでいうと新人賞やら文芸誌にのることなどもふくめ、ほとんどが運にも思える、だから実力がないからとかそんなふうに思う人が書くのをやめてしまうのは悲しいことだ、でもそれ以上に自分の書いたものを自分で誰にも読まれず信じ続けて書き続ける難しさというのは本当にある
13.12.2025 16:02 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0あと書いておきたいのはうまさはコントロールしているものではなく、ついてきてしまうものだということで、別にうまく書こうと思っていなくてもうまく書けてしまうことが大半、これはちょっとちゃんと考えていかなきゃいけないと思った
28.11.2025 01:11 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0上手い文章を軽蔑、卑下する意図はまるでない。上手い文章をかくのは、自分を対象とした文を書くためのひとつの手段なのだと、それが好みかそうでないかという話はもちろんまた別なのだけど、そういうふうに思った
28.11.2025 01:00 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0とある文章を読み、何かを思うより先に上手いが先に来た。そのうまい文章を読みぱっと思ったのは、生きる中で育まれた社会性とポジティブさが絶妙な塩梅で絡み刻まれるような一定のリズムがあるということだった、もちろん変調はするし退屈などとは到底無縁なのだが、基盤のリズムがあり、そこに戻ってくることが自分の文章と内面との距離をとる方法の一つなのであるとおもった
28.11.2025 00:58 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0文学フリマ東京で販売される、田沢成琉さんが作られた『ボーダーレス』という冊子に「三人」という小説を寄稿しています、最近の福田節郎とはやや毛色の異なる、三人の中年男性の小説です、だいぶ地味な小説だと思います、120枚くらいっすかね、ぜひ、お手にとって頂けたらと思います、また来月にもなんらかの小説がなんらかに掲載されると思います、公式に発表されたら、そちらも告知します、よろしくお願いします。
17.11.2025 13:25 — 👍 3 🔁 3 💬 0 📌 1すげえいいな
10.10.2025 05:10 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0一方で緻密に遠回しに伝わるか伝わらないかの狭間を攻めることでしか具体的に接近できないような得体のしれないものもあるわけで、それはほんのこどもが代替のきかない方法で暴いていると思う
07.10.2025 14:45 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0腹の底だとか底の底をつたえるときに難しい言葉は全くいらないどころか邪魔にさえなる、さようなら、ギャングたちの持つばかばかしい切実さが大好きだ
07.10.2025 14:43 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0終わりました。また時間を開けて読みます。なんだかよくわからんけどすげえよ。ミラーは人間の生理的な現象かつ感情の流れを本当に情熱的に思いつつも大地の自然と同じようにそれらを扱っていた感じがする。
01.10.2025 14:38 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0ヘンリー・ミラー「北回帰線」を今月ずっと読んでいるのだが、疲れているから読めない日、疲れていなくてずんずん引き込まれていく日、疲れていてもなぜか読めて疲労した心身に何かが漲るように芽生えていく日とがある。とにかく北回帰線はよくわかんないけどすげえ文章群で何の意味も持たずにひたすらに生と死とをちらつかせて人間を示しているような凄みがある
25.09.2025 14:47 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0一見うまさを感じない、文章の成立の危ぶまれる筆致に凄みがあることは間違いないし、でてきた人物らは大学生くらいの年齢だったけれど抱え込んでいる鬱屈した感じは中学生くらいの印象を受け、じっさいそんなものかもしれないし、私にも中学生の頃からじっと動きのない重鎮があるかもしれない
24.07.2025 05:21 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0パーティーでシシカバブの文の在り方という一文の在り方はかなり理想だと思った。実際には数秒の間で行われる行動の前後で瞬間的に沸いて出る考えが書かれていきながら進んでいく感じ、小説って最高に遅いし遅くなくては成し得ないことはやはりあると再認識できた。
24.07.2025 03:51 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0真新しいことなんてやろうとする必要はないのはわかるけど本線を行けるほど健やかにこれてないわけで、さまざまなものに批判的な視点を持ってしまうのは私の現代的な部分と歪み、しかしそれを超えさえすれば別にどう思っていたってなんだっていいはずだよな
04.07.2025 01:40 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0退屈と面白さの境目はなんだろうと考える、昨日大量に撮った写真も見方によっては退屈だししかし生き物が生き物としてあることの面白さを感じて撮った、小説でも人が普通に生活をしていることの面白さ、普通であることの面白さのかかれたものが読むタイミングによっては退屈に感じ、はたまためちゃくちゃに面白く感じる、結局受け手側の見方、タイミングに依存するところが多いのであればやはり自分がいま考える面白さをひたすらかたちにするのが良くて、それは必ずしもカタチにする必要のないものだけれども、潜在的なより面白さを確かめるために書くのかもしれない
04.07.2025 01:36 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0まーしかし無料だとしてもそれは同じかもしれない、無料でも信頼は落ちるし有料のものがでたときに絶対に買わないと思う。だから有料無料かんけいない、普段からいい文章をかくしかないし、いい文章とは?おもしろいってまじなんだ?ジロンですが、人はふざけを必ず持っていてそれにいかにまじめに向き合ってるか?とかですか。人は変で普通なんだからそれを距離感と立体感をはかれる位置からかたられるそれは、面白い気もします
27.06.2025 13:55 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0やんわり期待抱いて金払ったやつ、ぜんぜん読めなかった、だからって金返せとはならないけど、まあある程度の信頼は失う、気軽に売り買いできる時代は信頼も気軽におちたりあがったり、だけどかいてる人間は今の自分で向かい合い続けるほかないし、それを売ったりするのはずっと自由だ、自由は怖い、自分で制御、放出するはんだんを。いまの自分の文章はいい、と断言できない、だから人目の少ない個人ホームページに移行して、より練習の場、として本物の練習ができるような環境をつくったのだろう
27.06.2025 10:58 — 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0昨日言ったこと考えたことが今日には違うものになるし、あのときあれが嫌いと言っていたけどやっぱり好きとか言ったり、そういうのは日常茶飯事で、言葉に出すことというのはその日の賞味期限付きの言葉に過ぎないけどたしかにその日強く思っていたことではあって、それでもそれがずっと続くなんてことはほぼありえない
17.06.2025 00:28 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0笙野頼子は私小説に限りなく近いと思う、しかも他の私小説とは一線画す感じでかかれてる、私小説とは呼べない姿かたちで私小説らしき魂が宿ってるみたいな、そういう印象。
16.06.2025 14:13 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0田中慎弥は私小説がまじですごい、というか私は私小説が好きなのかもしれない、私小説が好きってのはかなり変な話をしている自覚はあるけど……現実と小説をとくに意識しているという点で、いつももっていかれるから
16.06.2025 14:11 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0