すごい!故天野天街が脚本演出を手掛けたITOプロジェクト糸あやつり人形芝居『高丘親王航海記』がYoutubeで無料で見られるんやって!
澁澤龍彦の幻想小説を見事に舞台化した夢のような公演。高丘親王の人形の顔が劇団維新派の故松本雄吉そっくりだったのも切ない…アングラ好きは必見ですぜ!
ITOプロジェクト
糸あやつり人形芝居『高丘親王航海記』
youtu.be/uw9N2az_93M?...
脚本・演出=天野 天街(少年王者舘)
原作=澁澤 龍彦
ナレーション=知久 寿焼
@a10ga3.bsky.social
由来、科学の研究は厚顔無恥、無礼無作法を以て本領とする。──正木敬之
すごい!故天野天街が脚本演出を手掛けたITOプロジェクト糸あやつり人形芝居『高丘親王航海記』がYoutubeで無料で見られるんやって!
澁澤龍彦の幻想小説を見事に舞台化した夢のような公演。高丘親王の人形の顔が劇団維新派の故松本雄吉そっくりだったのも切ない…アングラ好きは必見ですぜ!
ITOプロジェクト
糸あやつり人形芝居『高丘親王航海記』
youtu.be/uw9N2az_93M?...
脚本・演出=天野 天街(少年王者舘)
原作=澁澤 龍彦
ナレーション=知久 寿焼
同好の士の皆様お待ちかね。
2026年3月6日発売予定 マルセル・シュオッブ『黄金仮面の王』書影ができました。
刊行発表以来ご期待を激しく、責任重大に感じていましたが、これは、お応えできたのでは…!!?(自社自賛)
内容も、文庫にも関わらず、新 訳 5 編 収 録 と豪華!!
ご入手には予約が確実です▼
www.kawade.co.jp/np/isbn/9784...
1月の河出書房新社に起きた事件をまとめました。
【月間まとめ】芥川賞の熱狂、ドラマの奇跡、「澁澤龍彦アクスタ」再臨|Web河出
web.kawade.co.jp/column/181761/
「人文的、あまりに人文的」第251回では、吉川浩満くんと「注目の新刊」についてお話ししました。以下の本を紹介しています。
★礒崎純一『幻想文学怪人偉人列伝──国書刊行会編集長の回想』筑摩書房
★アドリアン・ダウブ『「キャンセル・カルチャー」パニック』藤﨑剛人訳、青土社
★絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』扶桑社
★大野ロベルト『「もののあはれ」の訳し方』文学通信
★畑仲哲雄『増補改訂版 ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』勁草書房
★Addy Osmani『バイブコーディングを超えて』佐藤直生訳、オライリー・ジャパン
www.youtube.com/watch?v=YSAq...
「表象」は擦り切れた「推論」である。
31.01.2026 10:54 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0ルイ十四世の治下に続けることを余儀なくされた数々の大戦争は、国家の財政と国民の資力とを甚しく疲弊せしめはしたものの、世の災害に乗じて一儲けしてやろうと待ち構えている、あの蛭のような人物たちの、私腹を肥えしめるというふしぎな結果を生じた。こういう人物は、世の災害を鎮めようとするどころか、逆にこれを煽り立てて、そこから多大の利益をむさぼり取ろうとさえするのである。
(マルキ・ド・サド『ソドム百二十日』澁澤龍彥訳)
ムッソリーニは、ニーチェは「力への意志」では捉えられないと喝破しているので、やっぱり頭はいいなと思う。
18.01.2026 12:42 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0デリダもフロイトもなかなか良い漂白剤だと思うが、両者を混ぜて使うと変なものが出てきて気持ち悪くなる。なんなら死ぬ。これは、東浩紀のデビュー作の後半あたりから感じている。
14.01.2026 12:31 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0/
サド侯爵といえば澁澤龍彦
澁澤龍彦といえばサド侯爵
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澁澤龍彦アクスタ顕在が話題、澁澤復刊企画。
大反響にお応えし第2弾が決定しました。
次に現世に現れる澁澤はどんなお姿か(写真は第1弾)。
ドラコニアン同志による顕現、きっとご満足いただけます🐉
アクスタに関しては待て続報! ですが、もうご予約は可能です。
詳細▼
shosen.tokyo/apps/note/?e...
山田美年子は澁澤を振って砂澤ビッキを選んだ。それが澁澤にとってショックだったのは、「撲滅の賦」を読めば分かる。
それでも澁澤龍彦は、砂澤ビッキとの間で友情を育んだのである。
澁澤龍彦が砂澤ビッキに宛てた手紙が、何とも良い。友人であり先輩であり、と言ったおもむきで、肩肘を張らずに書いているように感じる。
#砂澤ビッキの生きた時代
澁澤龍彦の上級者になるには、澁澤への嫌悪と好意を同時に最大化するメタ認知能力が必要です。
澁澤龍彦アクリルスタンドを「欲しい」「でも悔しい」と思えるのは、上級者への正しい道のりを歩んでいる証拠と言えます。
澁澤龍彥「コクトーの入会演説」(1956年)と、渋沢孝輔「澁澤龍彥氏を悼む」(1987年)。
倉方健作編『「ふらんす」100年の回想』には、この二篇が収録されているとのことです。
澁澤龍彥「反対日の丸」より
反対日の丸というのは、私の発明した概念で、要するに「白地に赤く」の反対、「赤地に白く」である。アンティ日の丸である。
小学校にあがるようになって、最初の図画の時間に、クレヨンで日の丸の旗を描くことを教師に命ぜられた。私は画用紙の一方の側に、普通の日の丸を描き、もう一方の側に、反対日の丸を描いた。左右対称で、絶妙のアイデアだと自分では思っていた。
若手の研究者にすすめられて、二階堂奥歯『八本脚の蝶』を読む。
思うに、二階堂奥歯・三島由紀夫・ニーチェの系譜は、
「自己破壊に向かう精密機械」という点で、たしかに一つの棚に並ぶ。
ただ、澁澤龍彥はこの棚に置くと少し違和感がある。
苦痛を味わい尽くす二階堂とは対照的に、
彼には“苦痛が少ないほど幸福”というショーペンハウアー寄りの静けさがある。
なんならストア派と言ってもいい。
にもかかわらず、澁澤はニーチェも三島もこよなく愛する。
方向が180度違う者同士が並び、しばしば同類とみなされるのは不思議である。
いや、自明の理である。
このなかでいちばんそうなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
すると山猫の顔色がだんだんと変わり、やがてまるでまっかになって癇癪をおこしはじめました。
「帰ってくれ。黄金のどんぐり一升やるから帰ってくれ。」
「いや、いらないですけど。」
「帰れ。帰ってくれ。」
一郎はすっかり嫌われてしまいました。
「いえ、いえ、だめです。アダプテーションが……。」がやがやがやがや。
山ねこが叫びました。
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らし、どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。
「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」
一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。日本語圏の文学研究には、以下の構造的問題があります。『序論』が極端に短い、先行研究の位置づけが曖昧、本論が『読みの連続』になり論文としての“機能”が不明確、結論が弱い、あるいは存在しない、指導が経験則に偏る。
「裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減に仲なおりしたらどうだ。」
すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに云いました。
「いえいえ、だめです。なんといったって、アダプテーションがいちばんえらいのです。」
「いいえ、ちがいます。ケアがえらいのです。」
「そうでないよ。自らの権力性を自覚していることだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。山猫が叫びました。
「だまれ、やかましい。ここをなんと心得る。しずまれしずまれ。」
別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねって言いました。
「裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減になかなおりをしたらどうだ」
「そうでないよ。わたしのほうがよほど自らの権力性を自覚していると、きのうも判事さんがおっしゃったじゃないか。」
「だめだい、そんなこと。単独者だよ。単独者であることなんだよ。」
「翻訳のえらいひとだよ。翻訳をしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言って、なにがなんだか、まるで蜂の巣をつっついたようで、わけがわからなくなりました。そこでやまねこが叫びました。
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
別当がむちをひゅうぱちっとならしましたのでどんぐりどもは、やっとしずまりました。やまねこは、ぴんとひげをひねって言いました。
「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配そうに、それでもむりに威張って言いますと、どんぐりどもは口々に叫びました。
「いえいえ、だめです、なんといったってアダプテーションがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんアダプテーションしています。」
「いいえ、ちがいます。ケアがえらいのです。いちばんケアなのはわたしです。」
「自らの権力性を自覚していることだよ。自らの権力性を自覚しているのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん自らの権力性を自覚しているからわたしがえらいんだよ。」
【漸層法の学習】
たんじろうが、きぶつじむざんを うえました。
「つよい つよい おにに なれ。
おおきな おおきな おにに なれ。」
つよい、げんきの よい、
とてつもなく おおきな きぶじつむざんが できました。
たんじろうは、
きぶじつむざんびのくびを きろうと しました。
「うんとこしょ、
どっこいしょ。」
ところが、くびは きれません。
たんじろうは、
れんごくさんを よんで きました。
れんごくさんが、ぜんしゅうちゅうで、
たんじろうが、ぜんしゅうちゅうで、
「うんとこしょ、
どっこいしょ。」
それでも、くびは きれません。
れんごくさんは、しにました。
しかし、富野はガンダム続編なんぞ作らねばならず、自分の才能はこんなものではない、このガンダムという牢獄から「出してくださいよー」と叫んでいたのである。敵の大将シロッコは、サンライズの重役で「こいつだけは許してはいけない」のだ。「遊びで戦争をやっている」奴、カミーユ・クローデルをもてあそんだロダンである。
……しかし、本当にダメなガンダム、最も腐ったガンダムと言われている『Vガンダム』(1993)がまだこの後に控えているのだ。こうしてみると、Zは黒富野の端緒に過ぎないのかもしれない。 さらに後の「健やかな」新訳Zは宮崎駿の明るい毒電波を浴びたことによるまやかしであろう。
ファースト・ガンダム大成功の後の富野は、イデオン劇場版を手がけたことで実写畑からのオファーが来ると思っていたが来ず(←もともと実写志望)、その後も名アニメーター湖川友謙とのコンビを続けたり、永野護という才能を起用してもヒットに恵まれず、嫌々ながらガンダム続編としてのZをやらされるのだ。
同時期には、宮崎駿が『風の谷のナウシカ』(1984)で大成功を収めている。『未来少年コナン』や『カリオストロの城』の頃の富野は「宮崎さんが良いものを作り、ボクが売れるものを作る」と余裕をかましていたが、宮崎は良くて売れるものを作ってしまったのだ。
『Zガンダム』(1985)の主人公、カミーユの名前は、カミーユ・クローデルに由来するという話をけっこう前にネットで目にした。監督の富野由悠季本人談(LD版)だそうで、ラストでの精神崩壊は、最初から決まっていたのだなと、ちょっと驚いた。
40年ぶりくらいで見返してみると、カミーユは宇宙空間で息苦しいと言ってヘルメットのバイザーを開けてしまうし、モビルスーツの中から「出してくださいよー」と言って終わるのである。これは、やっぱり富野由悠季本人だよなあと思う。
さすが、目の付け所が違いますね! マリ・クレールは、一時期買わなければならないような気がしていましたが、あの写真でそれをわかってくださる方がいらっしゃるとは……
22.11.2025 08:49 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0ナウカに注文すると3ヶ月で入荷するとのことです。
21.11.2025 12:43 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0「ふつうの言葉を使って、非凡なことを語りなさい」というショーペンハウアーに、もっとも澁澤龍彥らしさを感じる。
14.11.2025 13:36 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0澁澤龍彥『高丘親王航海記』の中国語訳、伊語訳、仏語訳に続いて英訳(2024)が出たのは記憶に新しいが、この度、露語訳も出た。
polyandria.ru/noage/catalo...
仏語訳が出たときには、「ドラゴンボールっぽい」という評価があって、フランス人は『ドラゴンボール』好きすぎだと思ったが、『タンクタンクロー』っぽいのは確かなので、当たらずとも遠からずかもしれない。
ロシアではどのように受け止められるのだろう?
くまもと文学・歴史館で、企画展「起爆する運動体 没後30年 谷川雁のものがたり」開催中。
澁澤龍彥のもとを離れた矢川澄子が向かった先が谷川雁だった。
そういえば、谷川はファイナル・ファンタジーの主題歌の作詞をしていたこともあった。
www2.library.pref.kumamoto.jp/bunreki/cat3...
昔、羽生善治が、過度の楽観主義は、悲観主義と区別がつかないと言っていたが、将棋が強くなる秘訣に関係あるのだろう。
同じように、過度の自己擁護も、自虐と区別がつかない。将棋が強くなれない人の典型のような気がする。