河合隼雄・谷川俊太郎『魂にメスはいらない ユング心理学講義』
読んでいきます。
@careworker.bsky.social
哲学に関心のある介護職。 介護福祉士、介護支援専門員、社会福祉士。 Discordにて読書会「ケアとか倫理とか哲学とか」主宰/参加者随時募集中 高卒。哲学・倫理学の専門教育は受けていません。
河合隼雄・谷川俊太郎『魂にメスはいらない ユング心理学講義』
読んでいきます。
ユングからみるとキリストはどのような存在なのだろう。光に生き、人間の影を背負って死んだ存在だろうか。
25.02.2026 11:49 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0河合隼雄『ユング心理学入門』
読み進めていきます。
河合隼雄『ユングの生涯』読了。
素晴らしかった…。少し時間を取って感想をまとめよう思う。
この世に居場所のない人々の居場所を、何かしらの形で形成したいという理想は、自分のエネルギーに陰りを感じるようになって、重たいものとしてのし掛かってきている。
24.02.2026 09:59 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0半分冗談、半分本気。
24.02.2026 05:03 — 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0永遠への祈りとしての積ん読。
ユングの塔のように、それは積み上げることに意味があるのかもしれない。
現世の労苦を永遠なる知性へと移していく。現世では理解し得ないことは理解しつつ、祈るように積む。
30分でできた…。
24.02.2026 03:32 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0ユングにもしその内面を具現化できる力が備わってなかったなら、おそらく統合失調症になっていたのだろう。
23.02.2026 23:15 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0今日は眼鏡の新調へ。
23.02.2026 22:40 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0個人的な精神史。
ディオニュソス的な力が弱まった時、アンチ・キリスト、ニーチェに戻ってくるようだ。しかし、キリストあったこそのアンチであり、それはきっと生の両面なのだろう。
ニーチェと同じく、ユングの父も牧師だった。
23.02.2026 00:58 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0笑いとは人間の成し得ることだとは思えない。それはディオニュソス的な力の召喚にすら思える。
23.02.2026 00:58 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0「「ユーモア」という言葉はおびただしい数の美学者によってまちまちに用いられてはきたが、一定のユーモア概念への傾向は存在する。われわれはユーモアとは、世界や存在の諸矛盾を明瞭に深く意識しながらも、この生への信頼を失うことなく、生の醜さや残酷さ、悲劇的なものを受けいれるような生への態度であると定義する。ユーモアは、全体を規定しているものによって、人間存在の不条理を和らげる。ユーモアは世界の本質が別様にはあり得ないことを知っていて、この宿命的な知識と戯れるのである。慰めもなく脅威的なものはすべて、それによって相対化される。」p26~27
23.02.2026 00:53 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 1ユング、フランクル、西田幾多郎、その辺りから本邦におけるニーチェ受容を考えると、西谷啓治のニーチェ論は読んでみたい。
23.02.2026 00:44 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0「さかさまの崇高」という表現がおもしろく、的確だと驚く。それは精神的なものとの隔たりであり、同時に有限な人間存在への愛を含んでいるように感じる。
23.02.2026 00:40 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0「非常に若いころのニーチェが讃嘆し、成熟期のニーチェがすげなく拒否したジャン・パウルは、その『美学入門』のなかでユーモアについて次のように書いている。「さかさまの崇高であるユーモアは、個々のものを否定するのではなく、理念との対比を通じて有限なるものを否定するのである。ユーモアからみれば個々の愚かさ、個々の患者は存在しない。存在するのはただ愚かしさと愚かな世界のみである。ユーモリストはむしろ個々の愚かしさをほとんど擁護さえする。しかし一切の観客もろとも、さらし台の獄卒を拘留する。なぜなら彼の心を動かしているのは、市民的な愚かさではなく、人間の愚かさ、つまり一般的なものだからである。」 」p23
23.02.2026 00:36 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 1タルモ・クンナス『笑うニーチェ』
しばらく読み返してみる。
そもそもフランクルを読むようになったのもニーチェの影響がある。両者ともその根本思想は「生の肯定」であり、ニーチェの「運命愛」とフランクルの「態度価値」とは共通する部分が多いように思われる。
22.02.2026 23:14 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0ユングを導きに今後の40代からの人生について考えていると憂鬱な気分になり、彼が中年を「第二の思春期」といったのも頷ける。そう考えていると、思春期のこの憂鬱さを払拭したのはなんだったろうと振り替えってみると、そのひとつが「笑い」であり、ニーチェのツァラツストラの思想だったことを思い出す。ちょうど『ユングの生涯』でニーチェのことに批判的に触れていた。あの時とは違った形でニーチェを読むときかもしれない。
22.02.2026 23:08 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0レヴィナスの「享受」概念を理解するためのノート⑧―理性と感性の彼方、あるいはアナーキーな主体の存在様態としての享受|ぬま @pino_akkey
note.com/pinoakkey/n/...
伊藤先生の新刊、内容が濃すぎる。文脈を適切に整理されて、迷子になることがないんだけど、迷子にならないからこそその内容を直に受けて、普通にぶっ飛ばされる感じ。あと内容が短文に圧縮されているから、エネルギー密度も高い。
21.02.2026 13:08 — 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0ユングのみならず、ビンスワンガーとか、メダルト・ボスなどの偉大な心理療法家がスイスから出ているのも、スイスの土壌の精神性を反映していることであると思われる。」
21.02.2026 12:43 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0「ジェームス・ジョイスは、スイスを「精神の自然公園」(Naturpark des Geistes)と呼んだという。精神という語は、確かにスイスを語るのにふさわしい語だと思う。筆者がユング研究所に留学し、研究主任のヒルマン博士に会ったときに、彼が「チューリッヒの精神」(The spirit of Zürich)が、分析を学ぶのにふさわしいと言ったことを印象深く記憶しているが、このようなときに使われる「精神」という語が、まことにぴったりとした感じで響いてくるのである。
21.02.2026 12:42 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0夕暮れ。
19.02.2026 12:38 — 👍 69 🔁 6 💬 0 📌 0メガネのフレームが折れました。1年もったかなぁ…。
21.02.2026 11:33 — 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0私の中の永遠の働きに触れればこそ、他者の中に働く永遠と共鳴し合える。それこそケアの醍醐味だろう。やがて皆死ぬ。それでも意味があるのは、それぞれが永遠を生きているからだろう。
21.02.2026 09:36 — 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0高齢者ケアについての覚書
衰弱し、老いて、死んでいく。そういう日常に触れていると心的エネルギーが枯渇して、無感情になってしまうことがある。心的エネルギーの回復には心身を休めることが重要だと思うが、精神的エネルギーは永遠に触れることが必要だ。人間の生死を、有限性を超えた、永遠。
河合隼雄、読ませるなぁ…。
21.02.2026 08:51 — 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0「ユングは自分が「経験主義者」であることをよく強調するが、それは、彼の心理学が彼自身の無意識との対決、および、彼が共に関与した彼の患者たちのそれを基礎として成立していることを意味している。従って、ユングの心理学を理解するためには、その人はそれ相応の「経験」をもたねばならない。単なる知識を獲得するだけの態度では、ユングを理解することは難しい、と言わねばならない。彼の心理学は「生きる」ことと密接に結びついている。」
21.02.2026 08:46 — 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0